科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第136話 鍛錬の先へ(後編)——新たなる戦いの舞台へ

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 王宮訓練場。

 風が流れ、土の匂いが漂う。
 陽射しが訓練場の砂を照らし、木剣の試合とは違う、鋼の鈍い輝きを放つ剣が向かい合っていた。


 九条迅 vs. カリム・ヴェルトール。


 二人の間には、剣士としての緊張感が張り詰めていた。

 周囲には訓練を終えた騎士団の兵士たちが集まり、次元の違う戦いを目撃しようと見守っていた。


 「準備はいいか、勇者殿?」

 カリムが片手で剣を抜き、構える。
 その姿勢には、一切の隙がない。
 王道の剣士の型。完璧な立ち姿。

 一方の迅は、軽く肩を回しながら、レイピアを構えた。

 「……まぁな」

 だが、剣技の腕前だけでは勝てない。
 純粋な技量では、カリムには到底及ばない。

 だからこそ——

 迅は「科学」を駆使する。

 「神経加速《ニューロ・ブースト》」——!

 世界の速度が僅かに変わる。
 視界が広がり、カリムの筋肉の動き、剣の僅かな揺れ——
 攻撃の「起点」が、より鮮明に見えるようになる。

 「一応、剣術訓練だからな。使う魔法はこれだけにしとくわ。」

 カリムはそれを見て、微かに笑う。

 「うむ、良い判断だ。それならば——」

 カリムの姿が掻き消えた。


 ——高速の踏み込み!


 空気が一瞬で歪む。
 カリムは音すら立てずに、迅の懐へ入り込む。
 体の揺れがない。完全に無駄のない動き。

 (来る……!)

 迅は反射的に剣を構えた。

 一撃目——斬り上げ!

 カリムの剣が閃く。
 肩を狙った高速の刃が、一直線に振り抜かれる。

 迅は咄嗟にレイピアを下から合わせる。
 ——だが、重い。
 受け止めた腕が痺れ、骨の奥に響く衝撃。

 (こいつ……やっぱり化け物か!?)

 二撃目——横薙ぎ!

 迅は剣を交差させ、斜めに流すことでいなす。
 だが——

 カリムの剣が突然止まった。

 (……!?)

 カリムの腕の筋肉が一瞬緩み、剣の軌道が逆方向に流れる。

 ——フェイント!

 「しまっ……!」

 読まれた。迅の防御の動作が、逆に「隙」となる。
 カリムの足が一瞬で滑るように動き——

 足払い!


 (……くそっ、見えた!)

 迅は即座にバックステップ。
 体勢を崩さぬよう、空中での重心移動を最小限に抑える。

 だが、それすらもカリムの計算通りだった。

 「遅い!」

 カリムの剣が、空中の迅を狙って突き込まれる。

 「——甘ぇよ!」

 迅は空中で体を捻り、レイピアを横へ滑らせる。
 金属同士が擦れ合い、弾かれたカリムの剣が僅かに軌道を逸らす。

 迅はその隙を逃さず、地面に着地すると同時に、勢いをそのまま利用して踏み込んだ。

 「はっ……!」

 突きの構え。
 レイピアの細剣が、一直線にカリムの胸元を狙う。

 (どうだ……!?)

 だが——

 「良い速さだが——」

 カリムはその突きを最小限の動作で流す。
 重心移動すら感じさせない、無駄のない「受け」。

 (こいつ……本当に隙がねぇな!)

 しかし、迅は次の一手を既に準備していた。

 跳躍——そして回し蹴り!

 迅は体勢を崩すふりをしながら、軸足を使い、
 その場で高速の後ろ回し蹴りを放つ!

 狙いはカリムの側頭部!

 「……ほう?」

 だが——

 カリムは、その蹴りすら読んでいた。

 左手が、完璧なタイミングで上がる。

 迅の蹴りが、その掌にピタリと収まる。

 「これは貴殿の"悪癖"だな。」

 「っ!?」

 蹴りの勢いを完全に吸収され、迅の体が宙に浮いたまま動きを封じられた。

 「同格以上の相手に、迂闊な蹴りは命取りだぞ。勇者殿」

 カリムの声が響いた瞬間——

 彼は迅の軸足を刈り取るように払い、

 迅の体は、勢いよく地面に転がされた。


 ◇◆◇


 観戦していた騎士団の兵士たちは、全員が息を呑んでいた。

 「な、なんだ今の攻防……?」

 「目で追うのがやっとだったぞ……」

 「勇者殿……あれだけ速かったのに……」

 現騎士団長ヨハン・ジルベールをはじめとする騎士数名も、言葉を失っていた。

 彼らは騎士団の精鋭。
 戦場で幾度も修羅場を潜り抜けてきた実力者たちだ。
 それでも、いま訓練場で繰り広げられた一戦は、彼らの常識を易々と凌駕していた。

 「……次元が違う」

 誰かが、ぽつりと呟いた。

 ヨハンは沈黙のまま、剣を鞘に戻すカリムの背中を見つめていた。

 (……あの頃よりも、遥かに強くなっている……)

 かつて自分が副団長として仕えていた男——カリム・ヴェルトール。
 剣の冴えも、気配の読みも、すべてがより鋭く、洗練されている。

 (あいつは……まだ、強くなり続けているのか……)

 それは、敬意と共に滲む、悔しさに近い感情だった。

 だが——同時に、別の疑問が頭をよぎる。

 (それにしても……一時期“勇者とデキてる”って噂が流れてたが……なんだったんだ、あれは)

 まるで心を読んだように、騎士の一人がこっそりと耳打ちしてくる。

 「団長、あの二人……やっぱり“そういう仲”なんですかね?」

 「……知らん。だが、もしそうなら……リディア殿が黙ってるとは思えんがな……」

 ヨハンは小さくため息をつき、鋭く瞬く蒼の瞳をしたカリムを見やった。

 (まぁ、何にせよ……あんな動き、真似できる気がしない)


 ◇◆◇


 迅は地面に横たわったまま、苦笑した。

 「……だああ!やっぱり接近戦じゃまだ勝てねぇ!」

 「ふふ…勇者殿が持てる魔法を全て使えば、結果はまた違っただろうがな。」

 カリムは微笑を浮かべながら剣を鞘に戻した。

 「勇者殿、貴殿の剣は確かに成長している」

 「……けど?」

 「──今の戦い——貴殿は”最初から私を出し抜く”ことばかり考えすぎたな」

 「……!」

 「剣士は、『騙す』ことばかり考えていては勝てない。“信じる一撃こそ、剣士の本質” だ。
高い戦略性は貴殿の戦いの持ち味ではあるが、剣を使った戦術を用いる以上、そういった本質は忘れてはならない、と私は思う。」

 迅は少し考えた後、苦笑しながら起き上がった。

 「……なるほどな。確かに、俺は”計算”しすぎてたのかもな。勉強になったぜ、剣聖殿。」

 カリムは満足そうに微笑んだ。

 「一助《いちじょ》となったのなら何よりだ、勇者殿」


 ◇◆◇


 訓練場の片隅で、その激しい剣戟を静かに見守っていた一人の男がいた。

 ロドリゲス・ヴァルディオス。
 王国随一の魔法士であり、迅たちの戦いを支える参謀。

 彼は腕を組みながら、目の前の光景に静かに息を吐いた。

 (魔法ではリディアに迫り、剣ではカリムと渡り合う……)

 成長。
 それは、あまりにも速すぎる進化だった。

 九条迅という男は、もはや「知識の探求者」ではない。
 ——今、目の前で剣を交える彼は、「戦士」として歩み始めていた。


 かつての迅は、戦いを「研究の副産物」として見ていた。

 科学と魔法を組み合わせ、戦いの理論を確立することこそが目的。
 勝利も成長も、その延長線上にあった。

 しかし——

 今の彼は違う。

 迅は、明確に戦いを「学び始めた」。
 魔法と科学の融合を超えて、自らの剣と身体を使い、戦いの本質を掴み取ろうとしている。

 (それがどれほどの意味を持つのか……)

 ロドリゲスはふと手元を見た。

 一通の書状が握られている。
 王国の紋章が刻まれた封蝋——

 ノーザリア王国からの「武闘大会への招待状」。

 剣士の技を競う、王国最大の舞台。
 そこに、迅とカリムの名が特別枠として記されていた。

 (……戦いの真理を求めるならば、いずれ直面せねばならぬ道理)

 ロドリゲスは、目の前の戦士たちを見つめる。

 激しい呼吸を整えながら、迅は悔しげに地面を叩き、
 カリムは彼に手を差し伸べ、静かに微笑んでいた。

 ——それは、かつての迅には見られなかった姿。

 かつての彼なら、こうして剣技に打ちのめされても、
 「次は違う戦術で」と、冷静に分析していたかもしれない。

 だが、今は違う。

 彼は、勝利にこだわっている。
 単なる戦術の優位性ではなく——
 純粋に、「剣士」として強くなりたいという意志が見える。

 ロドリゲスは小さく笑みを漏らし、握り締めた書状をゆっくりと開いた。

 新たな戦いが、幕を開けようとしていた——。
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