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第146話 東堂善鬼伝(後編) 〜兵の夢の始まり〜
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飛竜を斬り伏せ、卍天丸と共に旅に出てから、三年が経った。
その間、善鬼は幾多の地を巡った。
北の氷雪を纏う高地では、鬼の角を持つ獣人族"鬼人族"と剣を交え、
南海沿いの無法地帯では、名うての傭兵団と真剣勝負を繰り広げ、
中央の都では名門剣術道場に招かれ、あらゆる流派の技と思想を学び取った。
だが——
「……物足りん」
月明かりの下、焚き火の前で剣を手入れしながら、善鬼はぽつりと呟いた。
薪がはぜる音だけが、静寂に応える。
「皆、強かった。技も心も、鍛えられてた」
刃を布で丁寧に拭いながら、目を細める。
「……せやけど、最後は結局、"闘気"の重さでねじ伏せてしもた」
剣ではなく、力で勝つ——。
その結果に、勝者であるはずの善鬼自身が、満たされずにいた。
“本物”は、まだどこかにいるはずや。
そう確信していた。
——そんなある日。
とある港町の酒場で、旅人がふと語った異国の噂が、善鬼の耳に届いた。
「西の大陸・デラシア。あそこじゃ今、人間と“魔族”って化けもんが戦争しとるらしいで。魔王軍とか、勇者とか……御伽話みたいな話やけどな」
その言葉を聞いた瞬間、善鬼の中の何かが静かに弾けた。
港の桟橋に立ち、濃紺の夜に染まる水平線をじっと見つめる。
その目は、まるで新たな戦場の匂いを嗅ぎつけた獣のようだった。
「……おもろそうやん」
にやりと、口元がつり上がる。
「なあ、卍天丸」
横で眠っていた竜の子が、首をもたげてこちらを見る。
「あかんわ、こんな島国。もう斬る相手がおらへん。せやから、空越えて行くぞ。……次は、命賭けられる戦場や」
卍天丸は、何かを感じ取ったように翼を広げ、低く鳴いた。
砂浜に腰を下ろし、善鬼は静かに剣を脇に置く。
そして、月明かりに照らされた砂を、人差し指でなぞる。
そこに描かれたのは、大陸の形。世界の向こうにある未知の地——“デラシア”。
「……魔族ちゅう、化けもんがおるらしい」
砂の上に指で線を走らせながら、善鬼は呟く。
「勇者っちゅうのもおる。魔王もおる。剣聖、魔法士、冒険者……何でもありやな」
砂図の中央をぐっと突き刺すように押し、続ける。
「命懸けでやり合える奴……俺の剣と、正面からぶつかってくれる奴……ほんまにおるんかは分からん。でも、もしおるなら——」
ゆっくりと立ち上がる。
「行くしかあらへんやろ」
潮風が、旅装を揺らす。
「試したいんや、自分の剣が、世界のどこまで通用するかを」
善鬼は腰の刀にそっと手を置いた。まるで、古き友に語りかけるように。
「行くで、卍天丸。空の向こうで、俺らの“価値”、見せつけたろやないか」
竜の子が一声高く吠える。
彼の背に、善鬼が飛び乗ったのは翌朝のことだった。
誰にも見送られず、誰のためでもなく。
ただ、自らの信じる“強さ”の果てを目指して——。
飛竜は空へと駆けた。雲を裂き、風を越え、海を越えて。
その翼が切り裂く空は、善鬼にとって、未知なる戦場への門だった。
東の果て、アカツキ。
そこを出発点とした旅は今、世界を巻き込む戦乱のただ中へと繋がっていく——
剣を持つ者としての、“本懐”を果たすために。
◇◆◇
——地鳴りのような歓声が、コロシアムの空を割った。
ノーザリア王都、アーヴェント。
この地で開催される"ノーザリア王都武闘大会"。その本戦、一回戦の開幕を告げる朝。
「……人が、ぎょーさんおるなぁ」
控え室の窓から、スタジアムを埋め尽くす群衆を見下ろしながら、善鬼が小さく呟いた。
豪奢な観客席、翻る王国旗、そして照らされる円形闘技場。
彼にとって、異国の景色はどこか新鮮で、どこか懐かしい。
「……こら、退屈せんで済みそうやな」
背後では、卍天丸が低く鳴いている。今や善鬼の背丈を優に越えるまでに成長した竜は、この日のために姿を隠し、彼の影に潜むように待機していた。
「出番までもうすぐやな、相棒」
善鬼はゆっくりと刀を撫でた。
その柄の感触は、幼き日に拾い、削り、鍛え上げてきた“自分自身”のようだった。
「初戦の相手は……ええと、カリム・ヴェルトール、やったか」
ふと眉をひそめる。
(ほとんど闘気を纏ってへんかったな、あの兄さん……)
善鬼にとって、“強さ”とは闘気の濃さ、燃え上がるような気迫の形だ。
それが感じられなかったカリムの存在は、正直——期待外れ、だった。
「……一回戦から、拍子抜けやったらイヤやなぁ」
ぼそりと、つぶやく。
だがその目に浮かぶのは、ほんのわずかな、“焦燥”だった。
——どこかで分かっていた。
あの剣士は、闘気を纏わぬからといって、侮れる相手ではない。
「……せやけど」
それでも、自分の剣が“通じる”のかを確かめたい。
今の自分がどこまで行けるか。
世界を斬るに値する刃を、自分が持っているのか。
それを証明するには、戦うしかなかった。
「——ほな、行こか」
善鬼はゆっくりと腰を上げる。
陽光が差し込む廊下の奥、コロシアムへ続くゲート。
その向こうで、待つ者がいる。
観客ではない。勝利でもない。
ただ一人、“本物”の剣士が。
(退屈な試合にならんと、ええんやけどな)
小さく、口の端を吊り上げる。
そして——
コロシアムの石扉が、開かれる。
東堂善鬼。その名を刻むために。剣を極めし者として。
彼は、静かに、戦場へと歩き出した。
その間、善鬼は幾多の地を巡った。
北の氷雪を纏う高地では、鬼の角を持つ獣人族"鬼人族"と剣を交え、
南海沿いの無法地帯では、名うての傭兵団と真剣勝負を繰り広げ、
中央の都では名門剣術道場に招かれ、あらゆる流派の技と思想を学び取った。
だが——
「……物足りん」
月明かりの下、焚き火の前で剣を手入れしながら、善鬼はぽつりと呟いた。
薪がはぜる音だけが、静寂に応える。
「皆、強かった。技も心も、鍛えられてた」
刃を布で丁寧に拭いながら、目を細める。
「……せやけど、最後は結局、"闘気"の重さでねじ伏せてしもた」
剣ではなく、力で勝つ——。
その結果に、勝者であるはずの善鬼自身が、満たされずにいた。
“本物”は、まだどこかにいるはずや。
そう確信していた。
——そんなある日。
とある港町の酒場で、旅人がふと語った異国の噂が、善鬼の耳に届いた。
「西の大陸・デラシア。あそこじゃ今、人間と“魔族”って化けもんが戦争しとるらしいで。魔王軍とか、勇者とか……御伽話みたいな話やけどな」
その言葉を聞いた瞬間、善鬼の中の何かが静かに弾けた。
港の桟橋に立ち、濃紺の夜に染まる水平線をじっと見つめる。
その目は、まるで新たな戦場の匂いを嗅ぎつけた獣のようだった。
「……おもろそうやん」
にやりと、口元がつり上がる。
「なあ、卍天丸」
横で眠っていた竜の子が、首をもたげてこちらを見る。
「あかんわ、こんな島国。もう斬る相手がおらへん。せやから、空越えて行くぞ。……次は、命賭けられる戦場や」
卍天丸は、何かを感じ取ったように翼を広げ、低く鳴いた。
砂浜に腰を下ろし、善鬼は静かに剣を脇に置く。
そして、月明かりに照らされた砂を、人差し指でなぞる。
そこに描かれたのは、大陸の形。世界の向こうにある未知の地——“デラシア”。
「……魔族ちゅう、化けもんがおるらしい」
砂の上に指で線を走らせながら、善鬼は呟く。
「勇者っちゅうのもおる。魔王もおる。剣聖、魔法士、冒険者……何でもありやな」
砂図の中央をぐっと突き刺すように押し、続ける。
「命懸けでやり合える奴……俺の剣と、正面からぶつかってくれる奴……ほんまにおるんかは分からん。でも、もしおるなら——」
ゆっくりと立ち上がる。
「行くしかあらへんやろ」
潮風が、旅装を揺らす。
「試したいんや、自分の剣が、世界のどこまで通用するかを」
善鬼は腰の刀にそっと手を置いた。まるで、古き友に語りかけるように。
「行くで、卍天丸。空の向こうで、俺らの“価値”、見せつけたろやないか」
竜の子が一声高く吠える。
彼の背に、善鬼が飛び乗ったのは翌朝のことだった。
誰にも見送られず、誰のためでもなく。
ただ、自らの信じる“強さ”の果てを目指して——。
飛竜は空へと駆けた。雲を裂き、風を越え、海を越えて。
その翼が切り裂く空は、善鬼にとって、未知なる戦場への門だった。
東の果て、アカツキ。
そこを出発点とした旅は今、世界を巻き込む戦乱のただ中へと繋がっていく——
剣を持つ者としての、“本懐”を果たすために。
◇◆◇
——地鳴りのような歓声が、コロシアムの空を割った。
ノーザリア王都、アーヴェント。
この地で開催される"ノーザリア王都武闘大会"。その本戦、一回戦の開幕を告げる朝。
「……人が、ぎょーさんおるなぁ」
控え室の窓から、スタジアムを埋め尽くす群衆を見下ろしながら、善鬼が小さく呟いた。
豪奢な観客席、翻る王国旗、そして照らされる円形闘技場。
彼にとって、異国の景色はどこか新鮮で、どこか懐かしい。
「……こら、退屈せんで済みそうやな」
背後では、卍天丸が低く鳴いている。今や善鬼の背丈を優に越えるまでに成長した竜は、この日のために姿を隠し、彼の影に潜むように待機していた。
「出番までもうすぐやな、相棒」
善鬼はゆっくりと刀を撫でた。
その柄の感触は、幼き日に拾い、削り、鍛え上げてきた“自分自身”のようだった。
「初戦の相手は……ええと、カリム・ヴェルトール、やったか」
ふと眉をひそめる。
(ほとんど闘気を纏ってへんかったな、あの兄さん……)
善鬼にとって、“強さ”とは闘気の濃さ、燃え上がるような気迫の形だ。
それが感じられなかったカリムの存在は、正直——期待外れ、だった。
「……一回戦から、拍子抜けやったらイヤやなぁ」
ぼそりと、つぶやく。
だがその目に浮かぶのは、ほんのわずかな、“焦燥”だった。
——どこかで分かっていた。
あの剣士は、闘気を纏わぬからといって、侮れる相手ではない。
「……せやけど」
それでも、自分の剣が“通じる”のかを確かめたい。
今の自分がどこまで行けるか。
世界を斬るに値する刃を、自分が持っているのか。
それを証明するには、戦うしかなかった。
「——ほな、行こか」
善鬼はゆっくりと腰を上げる。
陽光が差し込む廊下の奥、コロシアムへ続くゲート。
その向こうで、待つ者がいる。
観客ではない。勝利でもない。
ただ一人、“本物”の剣士が。
(退屈な試合にならんと、ええんやけどな)
小さく、口の端を吊り上げる。
そして——
コロシアムの石扉が、開かれる。
東堂善鬼。その名を刻むために。剣を極めし者として。
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