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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第149話 人と竜の間にあるもの
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「べ、別に……そんなんじゃ……!」
リュナは唇を噛み、鋭い声で否定した。
しかしその瞳には、わずかな揺らぎが浮かんでいた。
蒼龍はそのわずかな隙を逃さない。扇を押し返しながら、意地悪な笑みを深めた。
「アナタの内包する魔力量は──凄まじいわ」
「でも、その“人の皮”を被り……大き過ぎる魔力量を無理矢理包み込む事に、どれだけ無駄な力を使っているのかしらぁ?」
低く甘やかでありながら、氷柱のような言葉がリュナの心臓を突き刺した。
「ッ……」
リュナの背筋を冷たい汗が伝う。
(……確かに、変身魔法で人間の姿になってる間は……体躯に合わせて“魂の器”の大きさも小さくなってるっす……)
(器から溢れそうになる魔力を、魔力で抑える……っていう、無駄な行程がある事……見抜いてやがるっすね……!)
(兄さんくらい無尽蔵な魔力でもありゃ、話は別っすけど……)
内心で歯噛みするが、その動揺は隠しきれなかった。
蒼龍はさらに一歩、踏み込む。
「ホラホラ!」
「醜い真の姿に戻って……伝説の魔竜の本気をアタシにぶつけてくればいいじゃない!」
扇をひらりと振るい、リュナの目を挑発するように細める。
「──あの子。ブリジットちゃんが、ここで本当の姿に戻ったアナタを見たら……どんな顔をするのかしらぁ。見てみたいわぁ……」
その言葉に、リュナの動きが止まった。
心臓が大きく跳ね、喉が音を立てて詰まる。
(……ッ!)
視界の端に、無意識のうちにブリジットの笑顔が浮かぶ。
その瞬間、胸の奥底に沈んでいた記憶が、まざまざと蘇った。
──初めて出会った日のこと。
深い森の中。
霧が漂い、湿った土の匂いが重く沈んでいた。
木々の間から自分を見つけたブリジットは、今にも泣き出しそうに震えながら、それでも必死に短剣を構えていた。
小さな肩はガタガタと揺れ、膝は折れそうになりながらも、青ざめた顔でこちらを睨んでいた。
弱々しいのに、どこか必死で──その眼差しだけは、折れていなかった。
(……そんな目で、あーしを見てたっすね……)
だが、あの時の自分は愚かだった。
軽い威嚇のつもりで吐いたブレス。
けれど、その一撃は人間にとっては致命的なもの。
衝撃に煽られた少女の体は悲鳴を上げ、地面に倒れ込んだ。
次の瞬間。
兄さん──アルドが烈火の如く怒り、冷たい殺気で自分を睨みつけた。
あの目。あの怒り。
ほんの一瞬で“死”が背後に立ったと悟り、全身の鱗が逆立った。
冷たい恐怖が喉を締め付け、息すら出来なかった。
(あの時は……ホントに、死ぬと思ったっす)
だが──死ななかった。
アルドも、ブリジットも、自分を拒絶するどころか……。
むしろその後、何事もなかったかのように傍にいてくれた。
食卓を囲み、同じ布団で眠り、笑い合う日々を過ごさせてくれた。
その温もりは、千年の孤独で凍えた自分の心を、じわりと溶かしていった。
だからこそ──。
だからこそ、一度たりとも本来の姿には戻れなかった。
分かっていた。アルドもブリジットも、自分を忌避したり、恐れたりする人間じゃないってことくらい。
それでも……。
(……怖かったんすよ。そんな事、2人は絶対しないって頭ではわかってても──)
(元の姿に戻ったら──また、孤独だったあの頃に戻っちゃうんじゃねーかって……)
理解してくれるはずだと頭で分かっていても。
胸の奥に焼きついたあの永遠にも思える孤独への“恐怖”は、今もなお消えないまま。
それは心に深く刺さった棘のように、ずっと抜けずに残っていた。
リュナの瞳に迷いが浮かんだその刹那。
「“金光の舞い”ッ!!」
蒼龍の声が空気を裂いた。
両の扇がぱっと交差した瞬間──。
バシュウウウウッッ!!
眩い閃光が炸裂し、ジェットコースターの軌道全体を白金の光が呑み込んだ。
「しまっ……!」
リュナは慌てて目を閉じるが、遅かった。
瞼の裏を突き破るように閃光が突き刺さり、世界が一瞬で真っ白に染まる。
「……ッ!!」
視界が、奪われた。
立っている足場の感覚すら遠のき、空気の流れだけが敵の気配を伝える。
蒼龍の声が、氷の針のように耳を刺した。
「……その首を落とせば」
スッと扇に生えた氷刃が光を反射する。
「死体は元の醜い姿に戻るのかしらぁ?」
甘美に囁きながら、蒼龍は一閃。
氷刃が白銀の弧を描き、無防備なリュナの首元へ迫った。
(マズった……! あーしとした事が……っ!)
リュナは目を閉じたまま、必死に龍腕を振るう。
だが迫る気配は速すぎる。
背筋を撫でる死の気配が、肌を焼くように近づいてきた──。
──その時だった。
「えいやぁーーっ!!」
どこか間の抜けた叫び声が、進行方向から響いてきた。
「……え?」
蒼龍が眉をひそめ、視線を前へと向ける。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは──レールのカーブに立ち塞がるひとりの少女。
ブリジット。
全身を振り絞るように、巨大なピコピコハンマー"ピコ次郎"をフルスイングしていた。
赤と黄色のハンマーが弧を描き、夜の光を反射する。
「う、嘘でしょぉぉぉぉ!?」
蒼龍が悲鳴を上げるよりも早く──。
ボシュゥンッ!!!
間抜けな「ピコッ」という音が響いた瞬間。
ジェットコースターの運動エネルギーがゼロになったかのように、ぴたりと停止した。
「ちょっ……えええええぇぇぇええ!?」
慣性に耐えきれず、蒼龍の身体は宙に投げ出される。
青いドレスの裾をひらひらさせながら、彼女は遊園地の中央広場へと吹っ飛んでいった。
「うわっ──!」
リュナも同じく前方へ投げ出されそうになる。
宙に浮いた瞬間、心臓が喉まで競り上がる。
だが。
「それぇーーっ!!」
ブリジットの声が飛ぶ。
少女の腕が大きく伸び──リュナの体をしっかりと抱き留めた。
カッ、と夜空を裂く軌道。
ブリジットはリュナをお姫様抱っこのまま、石畳の上にスタッと軽やかに着地する。
足元から衝撃が広がり、砂塵が舞った。
「……へ?」
リュナの瞳が大きく揺れた。
自分の体がブリジットの腕に収まっているという現実に、理解が追いつかない。
「ね、姉さん! あーし、重いっすよ!」
慌てて言葉を吐き出す。
黒マスクの下で耳まで真っ赤になっていた。
ブリジットは穏やかに首を振り、にこっと笑った。
「そう? 全然重くないよ」
一瞬。
リュナの胸が、理由もなくズキリと痛んだ。
その笑顔は、あまりにも真っ直ぐで、温かくて。
だからこそ──痛いほど眩しかった。
◇◆◇
「そうよぉ、ブリジットちゃん!」
蒼龍は足を大きく広げ、腰を反らせ、舞台女優のように両腕を大げさに掲げた。
その青い扇が夜空の月光と観覧車のネオンを同時に反射し、ギラリと怪しい光を放つ。
唇は艶やかに吊り上がり、芝居がかった冷笑が顔全体を支配していた。
「その“トカゲちゃん”はねぇ──人に化けてるだけで、本当は大っきくて恐ぁ~い、魔竜なのよぉ!」
語尾を引き伸ばす声は、観客席のない舞台で観衆を幻視しているかのよう。
リュナを指差す指先まで演技がかっており、背後の観覧車の光輪を背景にして、まるで舞台美術の一部と化していた。
「きっと人に化けてる理由も……アナタを騙して、いつか食べるために決まってるわ!」
「人と竜が仲良くなんて──出来るはず、無いんだからっ!!」
最後の叫びは、夜の遊園地に反響して木馬の残骸を震わせる。
艶やかさの中に怒号めいた圧が混ざり、聞く者の心臓を無理やり掴み上げるかのようだった。
リュナの胸が、ズキンと痛んだ。
理性では跳ね返せる挑発のはずなのに、心の奥底の柔らかい場所を突かれてしまったような痛み。
(……やっぱ、そう見えるんすかね)
無意識に視線が揺れた。
恐る恐る横目でブリジットを窺う。
ほんの一瞬でいい。怯えていないか、拒絶の色を浮かべていないか、それだけ確かめたくて。
──だが。
ブリジットは、ぽかんと口を開けていた。
怯えるでも、怒るでもなく、まるで目の前の蒼龍の芝居に呆気を取られた子どものように。
「え?」
小さな吐息のように、その声が漏れた。
ただそれだけ。
その素っ気なさが、逆にリュナの心を強く揺さぶった。
そして──。
「……出来るよっ!! 仲良く!!」
次の瞬間だった。
ブリジットは一歩踏み出し、勢いそのままにリュナの身体をギュッと抱きしめた。
小柄な腕なのに、不思議と強くて、決して離さないと告げるような力がこもっている。
胸元に押し寄せてくる体温。肩越しに伝わる鼓動。
それらがリュナの心臓を直撃し、胸の奥に熱を広げていく。
「だって……人と竜の違いがあったって……見た目もあたしの方が子供っぽいかもだけど……どんなに歳上だって……!」
ブリジットの声は震えていなかった。
むしろ夜の遊園地のざわめきを突き抜けるほどに真っ直ぐで、曇りのない瞳が蒼龍を射抜く。
「リュナちゃんは、もうあたしの──“妹”なんだからっ!!」
その宣言は、彼女の全身からほとばしる確信だった。
家族として、決して切り離さないという強い意志が、その言葉に宿っていた。
「っ……」
リュナの胸が一瞬で熱くなった。
喉が詰まり、呼吸が浅くなる。
視界の端がじわりと滲み、今にも涙がこぼれそうになる。
(……っバカ、あーし……そんなこと言われたら………また泣いちまうじゃねーか……)
奥歯を噛み締める。唇を強く結ぶ。
何度も泣いてきた。ブリジットの前で。
だけど、これ以上は──甘えてばかりじゃいられない。
拳を握りしめ、必死に堪えるリュナ。
胸の奥で渦巻く熱と涙を押し込みながら、ただその温もりを全身で受け止め続けていた。
◇◆◇
呆気に取られたのは──蒼龍の方だった。
妖艶な微笑を浮かべていた唇がわずかに緩み、長い睫毛の奥の瞳が、ほんの一瞬だが虚を突かれたように揺らぐ。
ブリジットはきゅっと眉を寄せ、子どもがむくれるように頬を膨らませる。
しかしその声音は真剣で、胸の奥からほとばしる熱を隠そうとしなかった。
「それに! リュナちゃんがこの姿でいる理由なんて、一つしかないに決まってるじゃない!」
小さな足で一歩前に出る。
ネオンがきらめく石畳を踏みしめ、ぷりぷりとした怒りをぶつけるように声を張る。
「蒼龍さん、女の子なのに、そんなことも分からないの!?」
蒼龍はわずかに目を細め、低い声を洩らした。
「……じゃあ、何が目的だっていうの?」
冷たく鋭い響きが広場を貫く。
だがブリジットは怯まず、むしろ胸を張ってさらに一歩前に出た。
その瞳は迷いなく輝き、ピンと背筋を伸ばす。
そして──右手を大きく振り上げ、ビシィッと蒼龍を指差した。
「決まってるよっ!!」
ネオンの光が彼女の頬を染める。
宣言の瞬間、空気がピンと張りつめ、観覧車の明滅ですら鼓動を止めたかのように感じられた。
「アルドくん──“好きな人の前”で、ちょっとでも可愛くいたい! それだけに決まってるじゃないっ!!」
夜風に声が響き渡る。
その真っ直ぐな断言は、どんな魔法よりも鋭く、どんな刃よりも強靭に広場を震わせた。
──しぃん。
観覧車の回転音も、カルーセルの残響も、一瞬だけ凍りついた。
世界が呼吸を忘れたような静寂。
「……ッ!?」
その静寂を破ったのは、リュナの全身を走り抜ける衝撃だった。
顔がボンッと赤く染まり、耳まで真っ赤に燃え上がる。
胸の奥で心臓がドカドカと暴れ、毛穴という毛穴が一気に開く感覚。
「はああぁぁっ!?!?!?」
咆哮竜のその喉から、遊園地の夜空を震わせる大絶叫が放たれた。
リュナは唇を噛み、鋭い声で否定した。
しかしその瞳には、わずかな揺らぎが浮かんでいた。
蒼龍はそのわずかな隙を逃さない。扇を押し返しながら、意地悪な笑みを深めた。
「アナタの内包する魔力量は──凄まじいわ」
「でも、その“人の皮”を被り……大き過ぎる魔力量を無理矢理包み込む事に、どれだけ無駄な力を使っているのかしらぁ?」
低く甘やかでありながら、氷柱のような言葉がリュナの心臓を突き刺した。
「ッ……」
リュナの背筋を冷たい汗が伝う。
(……確かに、変身魔法で人間の姿になってる間は……体躯に合わせて“魂の器”の大きさも小さくなってるっす……)
(器から溢れそうになる魔力を、魔力で抑える……っていう、無駄な行程がある事……見抜いてやがるっすね……!)
(兄さんくらい無尽蔵な魔力でもありゃ、話は別っすけど……)
内心で歯噛みするが、その動揺は隠しきれなかった。
蒼龍はさらに一歩、踏み込む。
「ホラホラ!」
「醜い真の姿に戻って……伝説の魔竜の本気をアタシにぶつけてくればいいじゃない!」
扇をひらりと振るい、リュナの目を挑発するように細める。
「──あの子。ブリジットちゃんが、ここで本当の姿に戻ったアナタを見たら……どんな顔をするのかしらぁ。見てみたいわぁ……」
その言葉に、リュナの動きが止まった。
心臓が大きく跳ね、喉が音を立てて詰まる。
(……ッ!)
視界の端に、無意識のうちにブリジットの笑顔が浮かぶ。
その瞬間、胸の奥底に沈んでいた記憶が、まざまざと蘇った。
──初めて出会った日のこと。
深い森の中。
霧が漂い、湿った土の匂いが重く沈んでいた。
木々の間から自分を見つけたブリジットは、今にも泣き出しそうに震えながら、それでも必死に短剣を構えていた。
小さな肩はガタガタと揺れ、膝は折れそうになりながらも、青ざめた顔でこちらを睨んでいた。
弱々しいのに、どこか必死で──その眼差しだけは、折れていなかった。
(……そんな目で、あーしを見てたっすね……)
だが、あの時の自分は愚かだった。
軽い威嚇のつもりで吐いたブレス。
けれど、その一撃は人間にとっては致命的なもの。
衝撃に煽られた少女の体は悲鳴を上げ、地面に倒れ込んだ。
次の瞬間。
兄さん──アルドが烈火の如く怒り、冷たい殺気で自分を睨みつけた。
あの目。あの怒り。
ほんの一瞬で“死”が背後に立ったと悟り、全身の鱗が逆立った。
冷たい恐怖が喉を締め付け、息すら出来なかった。
(あの時は……ホントに、死ぬと思ったっす)
だが──死ななかった。
アルドも、ブリジットも、自分を拒絶するどころか……。
むしろその後、何事もなかったかのように傍にいてくれた。
食卓を囲み、同じ布団で眠り、笑い合う日々を過ごさせてくれた。
その温もりは、千年の孤独で凍えた自分の心を、じわりと溶かしていった。
だからこそ──。
だからこそ、一度たりとも本来の姿には戻れなかった。
分かっていた。アルドもブリジットも、自分を忌避したり、恐れたりする人間じゃないってことくらい。
それでも……。
(……怖かったんすよ。そんな事、2人は絶対しないって頭ではわかってても──)
(元の姿に戻ったら──また、孤独だったあの頃に戻っちゃうんじゃねーかって……)
理解してくれるはずだと頭で分かっていても。
胸の奥に焼きついたあの永遠にも思える孤独への“恐怖”は、今もなお消えないまま。
それは心に深く刺さった棘のように、ずっと抜けずに残っていた。
リュナの瞳に迷いが浮かんだその刹那。
「“金光の舞い”ッ!!」
蒼龍の声が空気を裂いた。
両の扇がぱっと交差した瞬間──。
バシュウウウウッッ!!
眩い閃光が炸裂し、ジェットコースターの軌道全体を白金の光が呑み込んだ。
「しまっ……!」
リュナは慌てて目を閉じるが、遅かった。
瞼の裏を突き破るように閃光が突き刺さり、世界が一瞬で真っ白に染まる。
「……ッ!!」
視界が、奪われた。
立っている足場の感覚すら遠のき、空気の流れだけが敵の気配を伝える。
蒼龍の声が、氷の針のように耳を刺した。
「……その首を落とせば」
スッと扇に生えた氷刃が光を反射する。
「死体は元の醜い姿に戻るのかしらぁ?」
甘美に囁きながら、蒼龍は一閃。
氷刃が白銀の弧を描き、無防備なリュナの首元へ迫った。
(マズった……! あーしとした事が……っ!)
リュナは目を閉じたまま、必死に龍腕を振るう。
だが迫る気配は速すぎる。
背筋を撫でる死の気配が、肌を焼くように近づいてきた──。
──その時だった。
「えいやぁーーっ!!」
どこか間の抜けた叫び声が、進行方向から響いてきた。
「……え?」
蒼龍が眉をひそめ、視線を前へと向ける。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは──レールのカーブに立ち塞がるひとりの少女。
ブリジット。
全身を振り絞るように、巨大なピコピコハンマー"ピコ次郎"をフルスイングしていた。
赤と黄色のハンマーが弧を描き、夜の光を反射する。
「う、嘘でしょぉぉぉぉ!?」
蒼龍が悲鳴を上げるよりも早く──。
ボシュゥンッ!!!
間抜けな「ピコッ」という音が響いた瞬間。
ジェットコースターの運動エネルギーがゼロになったかのように、ぴたりと停止した。
「ちょっ……えええええぇぇぇええ!?」
慣性に耐えきれず、蒼龍の身体は宙に投げ出される。
青いドレスの裾をひらひらさせながら、彼女は遊園地の中央広場へと吹っ飛んでいった。
「うわっ──!」
リュナも同じく前方へ投げ出されそうになる。
宙に浮いた瞬間、心臓が喉まで競り上がる。
だが。
「それぇーーっ!!」
ブリジットの声が飛ぶ。
少女の腕が大きく伸び──リュナの体をしっかりと抱き留めた。
カッ、と夜空を裂く軌道。
ブリジットはリュナをお姫様抱っこのまま、石畳の上にスタッと軽やかに着地する。
足元から衝撃が広がり、砂塵が舞った。
「……へ?」
リュナの瞳が大きく揺れた。
自分の体がブリジットの腕に収まっているという現実に、理解が追いつかない。
「ね、姉さん! あーし、重いっすよ!」
慌てて言葉を吐き出す。
黒マスクの下で耳まで真っ赤になっていた。
ブリジットは穏やかに首を振り、にこっと笑った。
「そう? 全然重くないよ」
一瞬。
リュナの胸が、理由もなくズキリと痛んだ。
その笑顔は、あまりにも真っ直ぐで、温かくて。
だからこそ──痛いほど眩しかった。
◇◆◇
「そうよぉ、ブリジットちゃん!」
蒼龍は足を大きく広げ、腰を反らせ、舞台女優のように両腕を大げさに掲げた。
その青い扇が夜空の月光と観覧車のネオンを同時に反射し、ギラリと怪しい光を放つ。
唇は艶やかに吊り上がり、芝居がかった冷笑が顔全体を支配していた。
「その“トカゲちゃん”はねぇ──人に化けてるだけで、本当は大っきくて恐ぁ~い、魔竜なのよぉ!」
語尾を引き伸ばす声は、観客席のない舞台で観衆を幻視しているかのよう。
リュナを指差す指先まで演技がかっており、背後の観覧車の光輪を背景にして、まるで舞台美術の一部と化していた。
「きっと人に化けてる理由も……アナタを騙して、いつか食べるために決まってるわ!」
「人と竜が仲良くなんて──出来るはず、無いんだからっ!!」
最後の叫びは、夜の遊園地に反響して木馬の残骸を震わせる。
艶やかさの中に怒号めいた圧が混ざり、聞く者の心臓を無理やり掴み上げるかのようだった。
リュナの胸が、ズキンと痛んだ。
理性では跳ね返せる挑発のはずなのに、心の奥底の柔らかい場所を突かれてしまったような痛み。
(……やっぱ、そう見えるんすかね)
無意識に視線が揺れた。
恐る恐る横目でブリジットを窺う。
ほんの一瞬でいい。怯えていないか、拒絶の色を浮かべていないか、それだけ確かめたくて。
──だが。
ブリジットは、ぽかんと口を開けていた。
怯えるでも、怒るでもなく、まるで目の前の蒼龍の芝居に呆気を取られた子どものように。
「え?」
小さな吐息のように、その声が漏れた。
ただそれだけ。
その素っ気なさが、逆にリュナの心を強く揺さぶった。
そして──。
「……出来るよっ!! 仲良く!!」
次の瞬間だった。
ブリジットは一歩踏み出し、勢いそのままにリュナの身体をギュッと抱きしめた。
小柄な腕なのに、不思議と強くて、決して離さないと告げるような力がこもっている。
胸元に押し寄せてくる体温。肩越しに伝わる鼓動。
それらがリュナの心臓を直撃し、胸の奥に熱を広げていく。
「だって……人と竜の違いがあったって……見た目もあたしの方が子供っぽいかもだけど……どんなに歳上だって……!」
ブリジットの声は震えていなかった。
むしろ夜の遊園地のざわめきを突き抜けるほどに真っ直ぐで、曇りのない瞳が蒼龍を射抜く。
「リュナちゃんは、もうあたしの──“妹”なんだからっ!!」
その宣言は、彼女の全身からほとばしる確信だった。
家族として、決して切り離さないという強い意志が、その言葉に宿っていた。
「っ……」
リュナの胸が一瞬で熱くなった。
喉が詰まり、呼吸が浅くなる。
視界の端がじわりと滲み、今にも涙がこぼれそうになる。
(……っバカ、あーし……そんなこと言われたら………また泣いちまうじゃねーか……)
奥歯を噛み締める。唇を強く結ぶ。
何度も泣いてきた。ブリジットの前で。
だけど、これ以上は──甘えてばかりじゃいられない。
拳を握りしめ、必死に堪えるリュナ。
胸の奥で渦巻く熱と涙を押し込みながら、ただその温もりを全身で受け止め続けていた。
◇◆◇
呆気に取られたのは──蒼龍の方だった。
妖艶な微笑を浮かべていた唇がわずかに緩み、長い睫毛の奥の瞳が、ほんの一瞬だが虚を突かれたように揺らぐ。
ブリジットはきゅっと眉を寄せ、子どもがむくれるように頬を膨らませる。
しかしその声音は真剣で、胸の奥からほとばしる熱を隠そうとしなかった。
「それに! リュナちゃんがこの姿でいる理由なんて、一つしかないに決まってるじゃない!」
小さな足で一歩前に出る。
ネオンがきらめく石畳を踏みしめ、ぷりぷりとした怒りをぶつけるように声を張る。
「蒼龍さん、女の子なのに、そんなことも分からないの!?」
蒼龍はわずかに目を細め、低い声を洩らした。
「……じゃあ、何が目的だっていうの?」
冷たく鋭い響きが広場を貫く。
だがブリジットは怯まず、むしろ胸を張ってさらに一歩前に出た。
その瞳は迷いなく輝き、ピンと背筋を伸ばす。
そして──右手を大きく振り上げ、ビシィッと蒼龍を指差した。
「決まってるよっ!!」
ネオンの光が彼女の頬を染める。
宣言の瞬間、空気がピンと張りつめ、観覧車の明滅ですら鼓動を止めたかのように感じられた。
「アルドくん──“好きな人の前”で、ちょっとでも可愛くいたい! それだけに決まってるじゃないっ!!」
夜風に声が響き渡る。
その真っ直ぐな断言は、どんな魔法よりも鋭く、どんな刃よりも強靭に広場を震わせた。
──しぃん。
観覧車の回転音も、カルーセルの残響も、一瞬だけ凍りついた。
世界が呼吸を忘れたような静寂。
「……ッ!?」
その静寂を破ったのは、リュナの全身を走り抜ける衝撃だった。
顔がボンッと赤く染まり、耳まで真っ赤に燃え上がる。
胸の奥で心臓がドカドカと暴れ、毛穴という毛穴が一気に開く感覚。
「はああぁぁっ!?!?!?」
咆哮竜のその喉から、遊園地の夜空を震わせる大絶叫が放たれた。
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だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
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※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
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地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
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