真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第149話 人と竜の間にあるもの

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「べ、別に……そんなんじゃ……!」


リュナは唇を噛み、鋭い声で否定した。
しかしその瞳には、わずかな揺らぎが浮かんでいた。

蒼龍はそのわずかな隙を逃さない。扇を押し返しながら、意地悪な笑みを深めた。



「アナタの内包する魔力量は──凄まじいわ」

「でも、その“人の皮”を被り……大き過ぎる魔力量を無理矢理包み込む事に、どれだけ無駄な力を使っているのかしらぁ?」



低く甘やかでありながら、氷柱のような言葉がリュナの心臓を突き刺した。



「ッ……」



リュナの背筋を冷たい汗が伝う。



(……確かに、変身魔法で人間の姿になってる間は……体躯に合わせて“魂の器”の大きさも小さくなってるっす……)

(器から溢れそうになる魔力を、魔力で抑える……っていう、無駄な行程がある事……見抜いてやがるっすね……!)

(兄さんくらい無尽蔵な魔力でもありゃ、話は別っすけど……)



内心で歯噛みするが、その動揺は隠しきれなかった。

蒼龍はさらに一歩、踏み込む。



「ホラホラ!」

「醜い真の姿に戻って……伝説の魔竜の本気をアタシにぶつけてくればいいじゃない!」



扇をひらりと振るい、リュナの目を挑発するように細める。



「──あの子。ブリジットちゃんが、ここで本当の姿に戻ったアナタを見たら……どんな顔をするのかしらぁ。見てみたいわぁ……」



その言葉に、リュナの動きが止まった。
心臓が大きく跳ね、喉が音を立てて詰まる。



(……ッ!)



視界の端に、無意識のうちにブリジットの笑顔が浮かぶ。

その瞬間、胸の奥底に沈んでいた記憶が、まざまざと蘇った。



──初めて出会った日のこと。

深い森の中。
霧が漂い、湿った土の匂いが重く沈んでいた。

木々の間から自分を見つけたブリジットは、今にも泣き出しそうに震えながら、それでも必死に短剣を構えていた。

小さな肩はガタガタと揺れ、膝は折れそうになりながらも、青ざめた顔でこちらを睨んでいた。

弱々しいのに、どこか必死で──その眼差しだけは、折れていなかった。



(……そんな目で、あーしを見てたっすね……)



だが、あの時の自分は愚かだった。

軽い威嚇のつもりで吐いたブレス。

けれど、その一撃は人間にとっては致命的なもの。
衝撃に煽られた少女の体は悲鳴を上げ、地面に倒れ込んだ。

次の瞬間。

兄さん──アルドが烈火の如く怒り、冷たい殺気で自分を睨みつけた。

あの目。あの怒り。

ほんの一瞬で“死”が背後に立ったと悟り、全身の鱗が逆立った。
冷たい恐怖が喉を締め付け、息すら出来なかった。



(あの時は……ホントに、死ぬと思ったっす)



だが──死ななかった。

アルドも、ブリジットも、自分を拒絶するどころか……。

むしろその後、何事もなかったかのように傍にいてくれた。

食卓を囲み、同じ布団で眠り、笑い合う日々を過ごさせてくれた。

その温もりは、千年の孤独で凍えた自分の心を、じわりと溶かしていった。


だからこそ──。

だからこそ、一度たりとも本来の姿には戻れなかった。

分かっていた。アルドもブリジットも、自分を忌避したり、恐れたりする人間じゃないってことくらい。

それでも……。



(……怖かったんすよ。そんな事、2人は絶対しないって頭ではわかってても──)

(元の姿に戻ったら──また、孤独だったあの頃に戻っちゃうんじゃねーかって……)



理解してくれるはずだと頭で分かっていても。

胸の奥に焼きついたあの永遠にも思える孤独への“恐怖”は、今もなお消えないまま。

それは心に深く刺さった棘のように、ずっと抜けずに残っていた。

リュナの瞳に迷いが浮かんだその刹那。



「“金光の舞い”ッ!!」



蒼龍の声が空気を裂いた。
両の扇がぱっと交差した瞬間──。


バシュウウウウッッ!!


眩い閃光が炸裂し、ジェットコースターの軌道全体を白金の光が呑み込んだ。



「しまっ……!」



リュナは慌てて目を閉じるが、遅かった。
瞼の裏を突き破るように閃光が突き刺さり、世界が一瞬で真っ白に染まる。



「……ッ!!」



視界が、奪われた。
立っている足場の感覚すら遠のき、空気の流れだけが敵の気配を伝える。

蒼龍の声が、氷の針のように耳を刺した。



「……その首を落とせば」



スッと扇に生えた氷刃が光を反射する。



「死体は元の醜い姿に戻るのかしらぁ?」



甘美に囁きながら、蒼龍は一閃。
氷刃が白銀の弧を描き、無防備なリュナの首元へ迫った。



(マズった……! あーしとした事が……っ!)



リュナは目を閉じたまま、必死に龍腕を振るう。
だが迫る気配は速すぎる。

背筋を撫でる死の気配が、肌を焼くように近づいてきた──。


──その時だった。



「えいやぁーーっ!!」



どこか間の抜けた叫び声が、進行方向から響いてきた。



「……え?」



蒼龍が眉をひそめ、視線を前へと向ける。

次の瞬間、視界に飛び込んできたのは──レールのカーブに立ち塞がるひとりの少女。

ブリジット。

全身を振り絞るように、巨大なピコピコハンマー"ピコ次郎"をフルスイングしていた。

赤と黄色のハンマーが弧を描き、夜の光を反射する。



「う、嘘でしょぉぉぉぉ!?」



蒼龍が悲鳴を上げるよりも早く──。


ボシュゥンッ!!!


間抜けな「ピコッ」という音が響いた瞬間。

ジェットコースターの運動エネルギーがゼロになったかのように、ぴたりと停止した。



「ちょっ……えええええぇぇぇええ!?」




慣性に耐えきれず、蒼龍の身体は宙に投げ出される。

青いドレスの裾をひらひらさせながら、彼女は遊園地の中央広場へと吹っ飛んでいった。

 

「うわっ──!」



リュナも同じく前方へ投げ出されそうになる。
宙に浮いた瞬間、心臓が喉まで競り上がる。

だが。



「それぇーーっ!!」



ブリジットの声が飛ぶ。
少女の腕が大きく伸び──リュナの体をしっかりと抱き留めた。

カッ、と夜空を裂く軌道。
ブリジットはリュナをお姫様抱っこのまま、石畳の上にスタッと軽やかに着地する。

足元から衝撃が広がり、砂塵が舞った。

 

「……へ?」



リュナの瞳が大きく揺れた。
自分の体がブリジットの腕に収まっているという現実に、理解が追いつかない。



「ね、姉さん! あーし、重いっすよ!」



慌てて言葉を吐き出す。
黒マスクの下で耳まで真っ赤になっていた。

ブリジットは穏やかに首を振り、にこっと笑った。



「そう? 全然重くないよ」



一瞬。

リュナの胸が、理由もなくズキリと痛んだ。

その笑顔は、あまりにも真っ直ぐで、温かくて。
だからこそ──痛いほど眩しかった。

 

 ◇◆◇



「そうよぉ、ブリジットちゃん!」



蒼龍は足を大きく広げ、腰を反らせ、舞台女優のように両腕を大げさに掲げた。

その青い扇が夜空の月光と観覧車のネオンを同時に反射し、ギラリと怪しい光を放つ。

唇は艶やかに吊り上がり、芝居がかった冷笑が顔全体を支配していた。



「その“トカゲちゃん”はねぇ──人に化けてるだけで、本当は大っきくて恐ぁ~い、魔竜なのよぉ!」



語尾を引き伸ばす声は、観客席のない舞台で観衆を幻視しているかのよう。

リュナを指差す指先まで演技がかっており、背後の観覧車の光輪を背景にして、まるで舞台美術の一部と化していた。



「きっと人に化けてる理由も……アナタを騙して、いつか食べるために決まってるわ!」

「人と竜が仲良くなんて──出来るはず、無いんだからっ!!」



最後の叫びは、夜の遊園地に反響して木馬の残骸を震わせる。

艶やかさの中に怒号めいた圧が混ざり、聞く者の心臓を無理やり掴み上げるかのようだった。


リュナの胸が、ズキンと痛んだ。

理性では跳ね返せる挑発のはずなのに、心の奥底の柔らかい場所を突かれてしまったような痛み。



(……やっぱ、そう見えるんすかね)



無意識に視線が揺れた。

恐る恐る横目でブリジットを窺う。

ほんの一瞬でいい。怯えていないか、拒絶の色を浮かべていないか、それだけ確かめたくて。


──だが。


ブリジットは、ぽかんと口を開けていた。

怯えるでも、怒るでもなく、まるで目の前の蒼龍の芝居に呆気を取られた子どものように。



「え?」



小さな吐息のように、その声が漏れた。
ただそれだけ。

その素っ気なさが、逆にリュナの心を強く揺さぶった。


そして──。



「……出来るよっ!! 仲良く!!」



次の瞬間だった。

ブリジットは一歩踏み出し、勢いそのままにリュナの身体をギュッと抱きしめた。

小柄な腕なのに、不思議と強くて、決して離さないと告げるような力がこもっている。

胸元に押し寄せてくる体温。肩越しに伝わる鼓動。
それらがリュナの心臓を直撃し、胸の奥に熱を広げていく。



「だって……人と竜の違いがあったって……見た目もあたしの方が子供っぽいかもだけど……どんなに歳上だって……!」



ブリジットの声は震えていなかった。
むしろ夜の遊園地のざわめきを突き抜けるほどに真っ直ぐで、曇りのない瞳が蒼龍を射抜く。



「リュナちゃんは、もうあたしの──“妹”なんだからっ!!」



その宣言は、彼女の全身からほとばしる確信だった。

家族として、決して切り離さないという強い意志が、その言葉に宿っていた。



「っ……」



リュナの胸が一瞬で熱くなった。

喉が詰まり、呼吸が浅くなる。

視界の端がじわりと滲み、今にも涙がこぼれそうになる。



(……っバカ、あーし……そんなこと言われたら………また泣いちまうじゃねーか……)



奥歯を噛み締める。唇を強く結ぶ。

何度も泣いてきた。ブリジットの前で。

だけど、これ以上は──甘えてばかりじゃいられない。

拳を握りしめ、必死に堪えるリュナ。

胸の奥で渦巻く熱と涙を押し込みながら、ただその温もりを全身で受け止め続けていた。

 

 ◇◆◇



呆気に取られたのは──蒼龍の方だった。

妖艶な微笑を浮かべていた唇がわずかに緩み、長い睫毛の奥の瞳が、ほんの一瞬だが虚を突かれたように揺らぐ。

ブリジットはきゅっと眉を寄せ、子どもがむくれるように頬を膨らませる。

しかしその声音は真剣で、胸の奥からほとばしる熱を隠そうとしなかった。



「それに! リュナちゃんがこの姿でいる理由なんて、一つしかないに決まってるじゃない!」



小さな足で一歩前に出る。
ネオンがきらめく石畳を踏みしめ、ぷりぷりとした怒りをぶつけるように声を張る。



「蒼龍さん、女の子なのに、そんなことも分からないの!?」



蒼龍はわずかに目を細め、低い声を洩らした。



「……じゃあ、何が目的だっていうの?」



冷たく鋭い響きが広場を貫く。

だがブリジットは怯まず、むしろ胸を張ってさらに一歩前に出た。

その瞳は迷いなく輝き、ピンと背筋を伸ばす。
そして──右手を大きく振り上げ、ビシィッと蒼龍を指差した。



「決まってるよっ!!」



ネオンの光が彼女の頬を染める。
宣言の瞬間、空気がピンと張りつめ、観覧車の明滅ですら鼓動を止めたかのように感じられた。



「アルドくん──“好きな人の前”で、ちょっとでも可愛くいたい! それだけに決まってるじゃないっ!!」



夜風に声が響き渡る。

その真っ直ぐな断言は、どんな魔法よりも鋭く、どんな刃よりも強靭に広場を震わせた。



──しぃん。



観覧車の回転音も、カルーセルの残響も、一瞬だけ凍りついた。

世界が呼吸を忘れたような静寂。



「……ッ!?」



その静寂を破ったのは、リュナの全身を走り抜ける衝撃だった。

顔がボンッと赤く染まり、耳まで真っ赤に燃え上がる。

胸の奥で心臓がドカドカと暴れ、毛穴という毛穴が一気に開く感覚。




「はああぁぁっ!?!?!?」




咆哮竜のその喉から、遊園地の夜空を震わせる大絶叫が放たれた。
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