真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第272話 分断された戦場、水底に眠る神々

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瓦礫が散乱するフロアは、まるで崩れた遺跡の腹の中のようだった。
天井の裂け目から落ちる水が、床に張った浅い水面を打ち、くるぶしほどの深さの水が波紋を広げている。
光源は乏しく、魔力灯の残骸がぼんやりと周囲を照らすだけだ。
湿った空気は重く、獣の匂いと金属の臭いが混じり合っていた。

その中央で、二つの影が向かい合っている。

一方は、しなやかな肢体を持つ女──ジュラシエル。
ヒールのかかとが水面に沈み、わずかに水を跳ねさせる。
その姿は人型だが、立ち姿には捕食者特有の余裕があった。
視線は鋭く、だがどこか楽しげだ。

もう一方は、鱗に覆われた男──ギュスターヴ。
太い尾がゆっくりと揺れ、床の水を掻き分ける。
その尾の付け根に盛り上がる筋肉は、まるで圧縮されたバネのように張り詰めていた。
手には巨大な金棒。濡れた金属が鈍く光る。

次の瞬間。

ギュスターヴの尾が、鞭のようにしなった。



「"鰐丸ワニマ"ッッ!!」



叫びと同時に、床が爆ぜる。
尾の筋肉を全力で解放した跳躍。
金棒を構えたまま、ギュスターヴの身体が縦に回転する。まるで巨大な車輪だ。
水面が円を描いて弾き飛び、瓦礫が宙を舞う。

回転の勢いを殺さず、そのままジュラ姉へと突っ込んでくる。



「──ッ!」



ジュラ姉は一歩も引かない。水を蹴り、身体をひねる。



「"暴君の尾鞭タイラント・テール"ッ!!」



鋭い後ろ回し蹴り。
ヒールが描く軌道は、獣の尾の一撃のように無駄がなく、残像すら残した。

ヒールと金棒が、正面から衝突する。

ビシィィィッ!!

空間が軋むような、耳障りな高音がフロアに響き渡った。
衝撃波が水面をえぐり、同心円状に波が広がる。
瓦礫が震え、天井から細かな砂が落ちた。

ギュスターヴの回転が止まる。

目を見開いたまま、数歩、後ずさる。
金棒を握る腕がわずかに痺れ、鱗の間から息が漏れた。



「……ハッ」



驚愕。そして──喜悦きえつ
牙を覗かせ、ギュスターヴはニィと笑う。



「俺の金棒を……蹴りだけで、防ぐとハ……」



視線が、ジュラ姉の姿をなぞる。



そんな姿・・・・になっても……“凶竜”の力は、健在……という事カ……!」



その言葉に、ジュラ姉は一瞬だけ瞬きをした。



(……あら?)



内心で、首を傾げる。



(この男子……ギャタシの真の姿、知ってる……? 以前、どこかでお茶でもしたかしらッ?)



だが、すぐに口元が緩む。ヒールを水面から引き抜き、余裕たっぷりに微笑んだ。



「アラッ。褒めてくれるの?」



肩をすくめ、半身になる。両手を上下に構え、指をわずかに曲げる。
その形は──巨大な顎。ティラノサウルスの噛みつきを思わせる、原始的で凶暴な構え。



「この姿だって……捨てたものじゃなくてよッ!」



踏み込む。



「"牙王拳ガオーケン'"……!」



声が低く響く。



「"暴君の大顎タイラント・クランチ"ッッ!!」



両手を転回させ、左右から振るわれる両腕。
空気が圧縮され、衝撃が形を持つ。
まるで巨大な顎が閉じるかのように、左右から同時にギュスターヴへと迫った。



「グオオォォッ!?」



ギュスターヴは咆哮し、金棒を横に構える。
つっかえ棒のように、全身で支える。
衝撃が金棒を通じて身体に叩きつけられ、鱗が軋み、足元の水が爆ぜた。

それでも──受け切る。

金棒が震え、ギュスターヴの膝がわずかに沈むが、倒れない。

ジュラ姉は目を細めた。



(マッ! なかなかやるじゃないッ!)



口元に、感心したような笑み。



(この爬虫類系男子ったら!)



二人は距離を詰め、打ち合う。
拳と金棒。蹴りと突き。
水が跳ね、瓦礫が砕ける。
その合間に、言葉が交わされる。



「それでこそダ……!!」



ギュスターヴが吠える。



「この力こそ……俺が、討ち倒すべき相手……!!」



金棒を振り抜きながら、叫ぶ。



「“強欲四天王”……“凶竜”のジュラシエルのちからッッ!!」



その名を聞いた瞬間、ジュラ姉の動きが一瞬だけ止まった。
だが、すぐに軽く身を翻し、攻撃をいなす。



「へぇ……」



目を細める。



「なるほどねッ」



内心で、思考が一気に加速する。



(これは……ギャタシの失態……)



金棒をかわしながら、距離を取る。



(まさか、ギャタシが“強欲四天王”だと知ってる男子が、学園内にいたなんて……)



ギュスターヴの動き。その視線。その憎悪。



(つまり……コイツは、“強欲四天王”としてのギャタシに、恨みを持つ何者か)



一歩、踏み込む。



(だとしたら、コイツがブリジットさんのチームを狙ってきたのは……ギャタシのせい)



答えは、ひとつ。
胸の奥に、熱が灯る。



(アルドきゅんの役に立つ為に来たギャタシが……逆に、アルドきゅんやブリジットさんの足を引っ張る要因になるなんて……)



そんな事、あってはならない。許せない。



(言語道断ッ!!)



ジュラ姉の足元の水が、ぴたりと止まった。
波紋が消え、フロアが異様な静寂に包まれる。



(責任持って……ここで、ギャタシが……コイツを、消す……ッ!)



その瞬間、立ち上がる殺気。
ギュスターヴの背筋が、ぞくりと震えた。鱗の間を、冷たいものが走る。



「……そうダ……!」



血走った目で、ジュラ姉を見据える。



「その殺気こそガ……!」



金棒を握る手が、わずかに震える。



「かつて、俺に絶望を味あわせた……“凶竜”の、ジュラシエル……そのものダ……ッ!!」



ジュラ姉は、静かに構え直す。
ティラノサウルスを模した形意拳の姿勢。腰を落とし、重心を低くする。



「ごめんなさいだけど……」



声音は、どこか申し訳なさそうで、しかし冷たい。



「ギャタシ……アナタの事、とんと記憶に無いのよねッ……!でも……」



視線が鋭くなる。



「アナタの標的が、ギャタシだって事は……理解したつもりよッ」



殺気が、さらに濃くなる。
ギュスターヴは、低く笑った。



「──無理も無イ……」



金棒を構え、姿勢を低くする。



「かつての俺ハ……お前の記憶の枝葉に引っかかる事も無イほど……矮小で、弱い存在だっタ」



水が、尾の動きに合わせて揺れる。



「だが、今ハ……」



ゆっくりと、顔を上げる。



「今の俺ハ……お前をも超える程の力を、手に入れたタ……」



一歩、踏み出す。



「この力を持って……お前を倒シ……」



ジュラ姉は、鼻で笑った。



「へぇ……?」



目が、鋭く細まる。



「ギャタシを倒して……かつての汚名返上でも、しようってワケかしらッ!?」



その問いに、ギュスターヴは一瞬、言葉を詰まらせ──
そして、叫んだ。



「──違ウ!!」



胸を張り、力強く。



「俺は……お前を上回るパワーで、お前を倒シ……!」



次の瞬間、声がひっくり返る。



「お前を……お前を……俺の妃として、迎え入れルッッ!!」



叫びと同時に、鱗に覆われた頬が、ぽっと赤く染まった。

沈黙が、場を支配する。

水が、ぽたり、と落ちる音だけが響く。
ジュラ姉は、しばらくぽかんと口を開けたまま、ギュスターヴを見つめていた。

そして。



「──は?」



間の抜けた声が、フロアに虚しく響いた。



─────────────────────



フロアの天井は高く、無機質なコンクリート状の柱が規則的に林立していた。
崩れた瓦礫が足元に転がり、床には浅く水が溜まっている。
遠くで水滴が落ちる音が、やけに大きく響いていた。

その柱の一本──四角柱の天辺に、ディオニスは悠々と立っていた。

長い脚を軽く組み、片手には酒瓶。
もう片方の足首には、紫色の鎖が絡みつき、魔力を帯びて鈍く光っている。
その鎖を見下ろしながら、ディオニスは困ったように肩をすくめた。



「おいおい……」



気の抜けた声。



「俺ぁ別に、お前らとここでやり合うつもりじゃなかったんだぜ?」



冗談めかした口調。
まるで、絡まれた酔客が場を収めようとしているかのようだ。

だが──

その下、濡れた床に立つ鬼塚玲司は、一切気を許していなかった。低く腰を落とし、視線を鋭くディオニスに向ける。



「……いきなり不意打ち仕掛けてきた側が言っても」



低く、唸るように。



「何の説得力もねぇんだよ……!」



拳を握る力が、わずかに強まる。



(コイツ……相当やるな)



鬼塚の直感が、警鐘を鳴らしていた。



(ビビアーナのヤツが集めたザコどもとは……空気が、まるで違ぇ)



ディオニスの立ち姿には、余裕がある。だがそれは慢心ではない。刃を隠した獣が、こちらの動きを測っている──そんな気配。



(ジュラ姉を下の階に叩き落としたやつの仲間みてぇだが……)



視線を巡らせる。



(チームメンバーの残り二人が、どこに隠れてるかも分からねぇ)



鬼塚は、ちらりと横目で後方を見る。
ブリジット・ノエリア。
緊張した表情でこちらを見つめている。
その足元では、ミニチュアダックスの姿をしたフレキが、低く唸りながら周囲を警戒していた。



(こいつを、ここで取り逃がして……)



鬼塚の胸に、最悪の想定が浮かぶ。



(ジュラ姉を襲ったやつと合流されたら……ジュラ姉が、やべぇ)



一瞬、歯を食いしばる。



(だが……)



胸の内には、さらに、悪い想像。



(一番最悪なのは……ジュラ姉がやられた上に、ここで俺とブリジットさんがコイツにやられるパターンだ)



ブリジットの力を、鬼塚は信じている。



(単純な戦闘で、ブリジットさんが負けるとは思わねぇ)



だが──



(コイツは……得体が知れねぇ)



ディオニスの軽薄な態度の裏に、底知れぬ何かを感じる。



(ネームプレートを割られちまう可能性……ゼロとは、言い切れねぇ)



三人同時脱落。
それこそが、最も避けるべき結末だ。



(そうなりゃ……)



背筋に、冷たいものが走る。



(アルドさんまで巻き込んで、失格だ)



拳が、強く握られる。



(それだけは……絶対ぇ、避けねぇとな……!)



決断は、早かった。
鬼塚は、ぐっと息を吸い込み、後ろを振り返る。



「ブリジットさん!フレキくん!」



張りのある声が、フロアに響き渡る。



「俺は、この野郎をぶちのめして……ジュラ姉を助けに行く!二人は先行って、モンスター退治や宝箱で、少しでもポイント稼いでおいてくれッ!」



ブリジットの目が、見開かれる。



「えっ!? で、でも……!」



不安と戸惑いが、声に滲む。
鬼塚は、いつものように──だが、どこか強がるように、ニッと笑った。



「ここは、俺一人で大丈夫だ!」



親指で、自分を指す。



「それよりさ……深度ボーナス稼いでるアルドさんに、少しでも援護射撃しときたいだろ?」



その言葉に、ブリジットは一瞬、唇を噛んだ。
胸に、迷いが浮かぶ。
だが、すぐに表情を引き締め、頷く。



「……分かった!」



声に、覚悟が宿る。



「ジュラ姉の事は……任せるよ、鬼塚くん!」

「ああ!」



鬼塚は力強く頷いた。



「任せろ!」



そして、フレキに目を向ける。



「フレキくん!ブリジットさんを頼むぜ!」



フレキは尻尾をぶんぶんと振り、元気よく鳴いた。



「任せてくださいっ!鬼塚さんも……お気をつけてっ!」



その言葉を背に、ブリジットとフレキは通路へと走り去っていく。水音が遠ざかり、やがて二人の姿は闇に溶けた。

静寂。残されたのは、鬼塚とディオニスだけ。

ディオニスは、その様子を眺めながら、肩をすくめる。そして、酒瓶を口に運び、ガブガブと豪快に飲み干した。



「なぁー……」



酒臭い息を吐きながら、気だるげに言う。



「俺も帰るって言ってるだろ?見逃してくれても……いいんじゃねぇのか?」



鬼塚は、ゆっくりと首を回し、拳を鳴らす。

ポキ……ポキ……



「……いきなり不意打ちかましてくる様なヤツの言う事を」



低い声。



「信じるヤツが、いるかよ」



ディオニスは、酒瓶から口を離し、プハッと息を吐いた。



「ったく……」



苦笑混じりに。



「面倒な事に、なっちまったな」



次の瞬間。
ディオニスの足元に、魔力が集束する。重く、粘つくような気配。



「"鋼酒はがねざけ"……」



低く呟く。



「"黒斬縞くろきりしま"。」



床が、裂けた。
ディオニスの足元から、黒い刃が、一本、二本、三本……計五本、音もなく立ち上がる。
液体のように揺らめきながら、鋭い刃先を持つそれらが、紫色の鎖へと走った。

ザンッ!!

鎖は、いとも容易く断ち切られる。



「何ッ!?」



鬼塚が叫んだ瞬間。
五つの黒刃は、ディオニスの立つ柱の側面を、するりと滑り降りる。
まるで、水面から顔を出したサメの背びれのように。

そして──

床に触れた次の瞬間、一直線に、鬼塚へと迫る。



「……ッ!」



鬼塚は、息を吸い込み、低く呟いた。



「……魔装戦士ストラディアボラス……ッ」



紫色の魔力が、鬼塚の周囲に渦を巻く。圧縮され、形を成し──
次の瞬間、六尺棒ほどの棍が、彼の手に顕現した。



「オラァァァッ!!」



雄叫びを上げ、鬼塚が棍を振るう。
その瞬間、棍は如意棒のように伸び──

バキバキィィッ!!

迫り来る黒い刃を、次々と叩き割る。
砕けた魔力の破片が、水面に散り、霧のように消えていった。

ディオニスは、目を細め、感心したように呟く。



「……ほぉ」



鬼塚は棍を構え、低く身を沈める。
二人の視線が、正面からぶつかる。



(コイツ……魔力を元に、武装を具現化するスキル……)



鬼塚の脳裏に、分析が浮かぶ。



(つまり……)



ディオニスもまた、同じことを考えていた。



(お互い……似たようなタイプの能力って訳か……)



空気が、張り詰める。
互いに──
警戒レベルが、一段階、引き上げられた。



─────────────────────



地下四十九階。

俺は、ひと気のないダンジョンの通路を、一人でてくてくと歩いていた。

足元を覆う浅い水が、くるぶしに触れるたび、ちゃぷ、ちゃぷ、と間の抜けた音を立てる。
その音だけが、やけに大きく響く。
壁も天井も、濡れた石の冷気を含んだまま、ただ無言で続いていた。



「確か、ロリババア2号先生……マリーダ教授の話だと、このダンジョンって地下五十階まで、だったよねぇ」



天井を見上げながら、独り言を零す。
もちろん、答えが返ってくるはずもない。
でも、一人が寂しくてついつい声を出してしまう。
視界の先は相変わらず薄暗く、どこまで行っても似たような通路が延々と続いている。



「ってことは……あと一階。もうちょっとで全クリ、って事だね」



口に出した途端、自分で少し可笑しくなる。
全クリ、だなんて。命が懸かってる状況で、我ながらゲーム感覚が抜けていない。



「ここまで来れば、“深度ボーナス”ってやつは……まあ、問題なく貰えてるとは思うんだけど」



歩きながら、水を踏み、ちゃぷちゃぷと音を鳴らす。



「いかんせん……深度ボーナスってヤツに関してだけ、何ポイント入ったとか、そういうアナウンスが一切無いんだよねぇ。地味に不安なんだけど」



腕を後ろで組み、ふうっと息を吐く。
ダンジョンは相変わらず無言だ。
こちらの成果を称えるでもなく、危険を警告するでもなく、ただ淡々と続いている。
無関心、というよりは、最初から俺の存在なんて想定していないみたいだ。

俺は歩みを緩め、少し上を見上げた。



「ブリジットちゃん達……大丈夫かなぁ」



ふと、仲間の顔が脳裏に浮かぶ。
真面目で、少し不器用なブリジットちゃん。
何だかんだ頼りになる鬼塚くん。
そして、余裕たっぷりで、どこかズレてるジュラ姉。



「まあ……鬼塚くんもいるし、ジュラ姉もいるし。大丈夫だとは思うけど」



そう口にしながらも、胸の奥が、わずかにざわつく。
根拠のない安心感ほど、信用できないものはない。



「……でもさ」



ぽつりと、声が落ちた。



「大丈夫だったとして……俺抜きで、三人で楽しくキャッキャウフフしてたら、それはそれで……ちょっと、さみしい気もする」



苦笑いを浮かべ、首を振る。
本当に、何を考えてるんだか。
こんな状況で、拗ねたみたいな感情を抱くなんて。
でもまぁ、ぶっちゃけ……
一人だけ別行動ってのは、寂しいよね!!
にんげんだもの!!

そんな取り留めのないことを考えているうちに、通路の先が、ふっと開けた。



「……お?」



足を踏み出した瞬間、視界が一気に広がる。

そこは、巨大なフロアだった。

天井は、はるか高く。
見上げても、暗闇の奥に溶け込んでいて、どこまで続いているのか分からない。
まるで星の無い夜空を、そのまま室内に閉じ込めたみたいな、底知れない空間だ。

床一面には、静かな水面が広がっていた。
湖のように穏やかで、微動だにしない水。
その上に、細く白い道が、橋のように延びている。無機質で、不自然なほど真っ直ぐな道だ。



「へぇ……」



思わず、感嘆の声が漏れた。
白い道は、途中でいくつにも枝分かれしている。
どれも等しく細く、どれも等しく、先が暗闇に溶けている。どれが正解かなんて、まるで分からない。

そして──



「おっと、これは……」



俺は、思わず足を止めた。

水面から、何かが突き出ている。
一つや二つじゃない。
視界に入るだけでも、何十体。奥の暗闇を含めれば、数えきれないほど。

それは、神像だった。

顔。肩。胸元。

水面から半身を出した、巨大な石の像。
苔や水垢に覆われ、長い年月、ここに沈んでいたのが一目で分かる。
全長は……ざっと見積もっても、八十メートルとか、百メートルとか。そのくらいは、余裕でありそうだった。

静まり返った水面に、無言で佇む、巨大な神々。
どの像も表情が異なり、怒り、慈悲、無感情──それぞれが、こちらを見下ろしているようにも見える。



「……いや、っわ」



思わず、率直な感想が口から出た。



「なんか……東北の山の中に立ってる、巨大仏像みたいなんだけど」



あれだ。
ニュースや特集番組でたまに見たやつ。
見た瞬間、誰もが『動き出して麓の街を破壊する姿』を妄想しちゃうやつ。
怖いですねぇー。

とはいえ、立ち止まっても仕方がない。
俺は肩をすくめ、意を決したように、白い道へと足を踏み出した。



「すげぇな……これも、マリーダ教授のスキルで作られた部屋なのかな……雰囲気あるわぁ……」



水面に映る神像の影を横目に見ながら、スタスタと歩く。
足音が、やけに響く。水面は相変わらず静かだ。



「……とはいえさ」



ふと、独り言が止まらない。



「俺、知ってるんだよ」



誰に聞かせるでもなく、呟く。



「漫画とかアニメだと……こういう仏像的なやつって」



一歩、また一歩。
白い道が、静かに続く。



「大体、急に動き出して」



息を吸い、吐く。



「襲ってきたり、するんだよね~」



──その瞬間だった。

ビガーンッ!!

耳鳴りがするほどの、強烈な光が走った。
周囲に林立する、無数の神像。
その両目が、同時に、灼けつくような光を放った。



「……あ。これ、余計な事言ったパターンのやつ?」



低く、重たい音が鳴る。

ギギギ……ギギギギ……

巨大な石が擦れ合う、嫌な軋み音。
まるで大地そのものが、悲鳴を上げているみたいだ。

水面が、ざわり、と揺れ、波紋が幾重にも広がる。

神像たちが──動いた。

ゆっくりと。
だが、圧倒的な質量を伴って。

首が回り、腕が持ち上がり、石の関節が無理矢理引き剥がされる。
その一つ一つの動きが、重く、確実だ。

無数の視線が、一斉に、俺へと向けられる。
俺は、白い道の上で立ち止まり、半目になった。



「……ほら、やっぱりね。」



ため息混じりに、そう呟いた。

静寂だったフロアは、もう存在しない。
巨大な神々が目覚めたこの場所で、俺は一人、地下五十階目前のフロアに立っていた。
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