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廃病院

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三病目「痕約」

三病目「痕約」

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なにかとても気持ちのいいものに包まれているような感じに違和感を覚え目を開ける。そこは知らない天井、知らない壁、知らない部屋。どうやら自分はベッドの上に寝かされているようだ。顔を横に向けると螺燈が僕の隣で腕枕をして寝ている。驚いて起き上がると僕は下着以外身に付けていなかった。とりあえず近くに畳んで置かれていた白衣だけ羽織りすやすやと気持ち良さそうに眠っている螺燈を見る。

よし、ぶん殴ろう。

「おら、起きろや螺燈!!」
螺燈から無理やり布団を剥ぎ取ると螺燈は「うわっ」と驚きの声をあげ目を覚ました。
「どうした、凜々也?」
彼は眼鏡をかけながら眠たそうに起き上がりこちらを注視している。
「おい、なんでお前が裸の僕と一緒に寝てんだよ?」
螺燈を思い切り睨みつけながら今にも飛び掛りそうな勢いで彼を問い詰める。
「......」

「なにもしてないよ?」
「今の間はなんだ!?」
動揺のひとつもせずにこちらに笑顔を向けるこの男を抹殺したくなった。もしかしたらこの男は僕が立てた誓いを破らせるようなことをしたのかもしれない。僕はいわゆる『魔法使い』として一生生きると独りで誓いを立てたのだ。理由は『僕は僕のものだから』誰にも渡さないし渡すつもりはない。自分も男だが男、いやコイツなら何かしらやりかねない。僕は再び螺燈を睨み上げる。
「もしなんかしたんなら責任取れよ...?でなかったらお前を殺して僕も死ぬ!!」
そう僕が啖呵を切ると螺燈は楽しげに笑い微笑んでいる。
「まぁ、落ち着いて凜々也」
螺燈は少し考えるような素振りを見せた後白い寝巻きを整えると部屋の隅にある茶色のローチェストへ真っ直ぐ向かい1番上の引き出しを開けた。中から真っ黒な小箱を取り出しゆっくりとこちらに戻ってきた。
「ほら、見てこの古い指輪」

あ?

螺燈は古くて重たい印象を受ける指輪を小箱から取り出して僕に見せてきた。

......このガキふざけてんのか?

僕は螺燈を見上げるように睨みつけ怒りでこのガキを何とかしてやりたいと思った。
「てめぇ僕に『愛してる』とか言ったクセに『実は既婚者でした』とか抜かしたら風呂に沈めるぞ!?」
「怖いなぁ」
怒る僕を見て螺燈は可笑しそうに朗らかに笑っている。そしてゆっくりと口を開き細めていた目をしっかりと開けて優しい眼差しで僕を真っ直ぐと見つめた。
「これは僕の家に代々伝わる指輪だよ」
だからなんなんだよと僕が不機嫌そうに話を聞いていると螺燈が優しく『僕』を呼んだ。
「ねぇ、聞いて凜々也?」
その場の空気が変わっていくのが分かる。相変わらず螺燈は暗い陰を落としたような色をした瞳で僕を見つめ『言った』

「結婚しよう、凜々也」

...まただ... また僕は恐ろしい場面に遭遇している。ひとから好意を持たれ伝えられるのはとても恐ろしくて厄介なものだ。若い時の僕は今よりももっと人懐っこいフリしてたし小柄でこの見た目だから自分よりもずっと上の世代の男達から沢山『可愛がられた』よ。普通に父親や祖父世代の奴らが僕に「君が女だったらよかったのに」って自分達の子供でもおかしくない年齢の僕に... 仮に僕が女の子でもお前らは選ぶ側じゃないしなんのいいところもない親世代のお前らなんか相手にしねぇよ。僕はお前らの玩具じゃない... 僕はやっと震える声で口を開いた。
「キミは...」
怖いけど僕が『守らないと』
「キミは僕をバカにしているのか!?会ったばかりの僕に...!何が目的だ...?金か?それとも...身体か...?僕はひとに渡すものなんか持ってねぇよ...!」
「僕は...!」
最後は半泣きになっていたと思う。すると心の中のものが僕を縛り付けている鎖を解いていくような感覚を覚えた。
『ねぇ』
聞き覚えのある今より少し幼い声で『僕』を説く声がする。
『いい加減自分を許してあげてよ』

あ...

自分の中の声に耳を傾けるとソコにいたのは未成年の時の僕だった。相変わらず何考えてるのか分からない顔をしている。僕がコイツから離れたのは確か20代前半の頃だったと思う。周りの大人が役たたずだから僕がしっかりしないといけないのを理解したから。傷付けてくる大人は沢山いても誰も僕を守ってくれるひとがいないのが分かったから。
『きみはあの時ただ怯えることしか出来なかった僕をずっと心の中で守ってくれてたんだよね?』
昔の僕はまだ高校生だろうに幼い顔つきに疲れや暗いものが滲み出た表情で僕を見つめてくる。

そんな目で僕を見るなよ...

『僕が弱かったから猫をあの女に殺されたことも、自分自身すらもゴミでも捨てる感覚で外に放り出されて棄てられたことも』

やめてくれ... 今までの僕の頑張りを『キミ』が否定しないでくれ...


『今の自分ならされるがままになんかされないで反撃なんかいくらでも出来たのにって悔やんでることも』

『もういいんだよ』

やめてくれもう忘れろとか前向きに生きろとか家族なんか忘れて幸せになれとか昔のことをいつまでもとかたかが猫なんかとか僕の存在意義が崩壊してしまうやめてくれ...


『もういいんだよ、あのお兄さんを信じて肩の荷を下ろしても』

やめて、そんな怖いこともう言わないで... 誰のために今まで『大人』のフリして生きてきたと思ってんだよ... 僕だって本当は周りの子と同じようにケータイ持ちたかったし欲しい物もあったよ。なんであの女のタバコやあの女が大好きなコーヒー代の為に中学の頃から今まで集めてた漫画やゲーム売って金作って来ないといけないんだよ... あの女に尽くしても僕が愛されることなんかないのにあの女が僕を頼って優しくしてくれるのは金作ってきて欲しい時だけじゃん。普段あの女が僕に掛けてくる言葉なんかクソ以下のものだし未成年が金作ってくる行為自体も『雀の涙』って言われて、バイトもダメと言われてバイトするなら1万円は取り分にしていいけど残りは家に入れろと言われて、ああそうだ交通費ないからって高校受かったのに通学出来なかったんだっけ。
ケータイ含むネット環境もないし学校も行かせて貰えないしお金もないから人との交流もなくて家にいるしかなかったのに友達いない僕をバカにして来たり『あんたがずっと家にいて精神的に辛い、お願いだから学校行くか働くかして欲しい』と泣かれた。いや、僕もそうしたいのにそうさせないのはあんただろ。

僕はあの時どうすればよかったのだろう

あの女をぶん殴って奴の毎日のタバコ代やコーヒー代、不定期に行く美容院代を取り上げてやればよかったのかな... それも何か違う気がする。
でも食事は毎日白米に醤油をかけたものを食べさせられたしあの女に『お腹空いた』と言うと自分が責められてるみたいだからやめろと怒鳴られた。たまにあの女が気が向いた時に作る出汁も取ってない具無しの味噌汁がご馳走だった。すごく美味しかったんだよ、あの味噌汁が出る時はその日は何かのお祝いの日か疑う程に。でも1番は僕の猫に暴力振るうのをやめてほしかったな。ニャーって鳴いただけで「命令されてるみたいでムカつく」って猫を蹴るのやめてくれるか?

僕は...どうしたらよかったんだろう...

僕は何時まで『大人のフリ』を続ければいいんだろう

今でもたまに定食屋に行くと食べるカツ定食を僕の身体が受付けてくれない。美味しすぎるから。揚げたての揚げ物なんか食卓に出てきたことあったっけ?

「凜々也」

螺燈の声に我に返る。僕ももうこれ以上苦しむことも無いだろう。

「螺燈」

そっぽを向いて左手を差し出す。
「ん。」
「凜々也...?」
呆気にとられている螺燈に不機嫌そうに答えてやる。
「左手!...薬指出してんだろうが...はやくしろよ」
「あ、ああ...」
少し慌てたように僕の薬指にブカブカの指輪をはめてくる螺燈がなんか可笑しかった。
「凜々也...!ありがとう...」
螺燈は僕をギュっと抱き締め相変わらずニコニコと、でも嬉しそうに笑った。
「お前の今も過去も全て受け止めるよ」

なんか変なの。それがまだ『幼い』僕の純粋な感想だった。それでも僕の頬に熱いものが伝う。

「...僕たちまだ会ったばかりなのに早いよ、バカ」
僕は螺燈を抱き締め返した。今までは最期に僕が抱き締めたものは猫だったな。そう思いながらそっと目を閉じ螺燈と抱き合っていた。

三病目 オワリ
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