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第三章 出口を探して

第25話 理想と現実

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「へー、イヨ君は勇者を選んでたんだ。うーん、なんだか似合う気もするなぁ。勇者イヨって感じだね。でも、勇者もなかなかひどかったらしいね」

 トトの言葉がとても軽いものに感じ、俺はわざと大袈裟な表情を作った。

「いいや、ひどいなんてものじゃなかったぞ。覚える魔法はたったの二つだけだったし、スキルもおままごとみたいな弱くて使えない能力だけ、勇者を選んで三日もしないうちに後悔したさ」

 俺はかつてのほろ苦い記憶を思い出していた。レベルを上げても一向に強くなる気配のないスキルと魔法。パーティー募集の貼り紙に小さく書きこまれた『勇者お断り』という一文。ソロで立ち回っても適正レベル帯のモンスターに返り討ちに遭う日々。なにが勇者だよ。そんな風に愚痴をこぼす毎日だった。

「あ、でも、今はもう勇者は選べなくなってるんだよね?」

 トトが首を傾げる。

「今は選べないな。プレイヤーに不評だったんだろう。ゲーム開始から三年目くらいの時にいきなり廃止になったし」

「いいや、それは違うよイヨ君、本当は本物の勇者が現れたからだって言ってたよ。本物の勇者は一人しかなれないからだって。だから他の偽物の勇者の人はみんな無職にされちゃったんだって」

「それ、たまに言ってるよな。一体誰に吹きこまれたんだ」

「ネコさんに教えてもらったよ」

 俺はその名前を聞くとまた腹が減ってきた。あの人を思い出すと緊張の糸みたいなのが途端に解けていくのが分かる。気が抜けるというか、あほらしくなるというか。そういえば、あの人も本物の勇者がどうだこうだ言ってたな。

「いいかトト。あの人の言う事をなんでもかんでも信じちゃダメだ。あの人は凄く適当な人だからな」

「えー、でも、ネコさんはイヨ君のとこのギルドマスターでしょ」

「それは前に入ってたギルドだ。それに、今はもうあのギルドも解散してる」

 俺は再び受付の方へ視線を戻した。受付中に何のやり取りも行わずに一定時間が経過すると『次の冒険者の方がお待ちですので』と注意を受ける記憶があったからだ。しかし、それは俺の覚え違いだったのか、受付の男性はにこやかにこちらを見ているだけだった。

「――まぁ、いいか。すみません、この職業で登録をお願いします」

 俺は本に記された職業を今一度確認し、受付の男性に声をかけた。
 再び冒険者になるからには出来るだけ安全に配慮した職業選択が必要となる。その点を考えると、序盤からある程度の火力が手に入る弓使いや武道家、比較的早い段階で戦闘を有利にするスキルが習得できる魔法使いあたりを選択するのが理想だろう。

「かしこまりました。では、イヨ様を『剣士』に登録いたします。よろしかったでしょうか?」

「はい、お願いします」

 まぁ、理想は理想であって、俺はそれほど器用なプレイヤーではなかった。
初心者の頃に色んな職業を転々とした事もあったが、結局どの道でも花開くことは無かった。俺に出来る事はただ一つ。選んだ道をただひたすらに、真っ直ぐと歩き続ける事だけだった。

「えー、イヨ君、また剣士にするの?」

 面白くなさそうにトトが言う。
こういう時、トトの事がとても憎たらしく見える。嫌味で言ってないのは分かるのだが、この小生意気な天才にも凡人の苦労を少しは知ってもらいたいもんだ。

「違うのにしなよー、私も剣士したかったのにー」

「トトは魔法使いでいいだろ。あんなに才能があったんだから。それに、トトが黒魔導士になればこの世界での生活も一安心だし」

「そうかなぁ、そうなのかなぁー」

「イヨ様、お待たせいたしました。ただいま職業登録の手続きが完了しました。それと、こちらは冒険者協会からです。よろしければお使い下さい。――では、イヨ様の旅に幸多からんことを祈っております」

 不服そうなトトを横目に、俺は受付の男性から『初心者セット』を受け取った。この『初心者セット』は初めて職業を登録した際に貰えるアイテムだった。セットの内容は『選んだ職業の最低ランクの武器』ーー剣士の場合は『木の剣』と『冒険者の服』『皮の靴』という3点セット。
 初心者の頃はこれがとても嬉しかった。武器を手にし、旅の衣装に着替えると、どこまででも行けるような気がしていた。

「トトはどうする? このまま登録するか?」

「うーん、私はもうちょっと考えようかな。まだ悩んでるとこ」

 あくび混じりにトトが言う。
受付に置かれた時計を見てみると、時刻はもう21時を過ぎるところだった。

「今日はもう寝るか。長い一日だったな」

「そうだね。とっても長い一日だったよ」

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