どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第一章 夜の女王とミミズク

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「子爵って、どの?」

 リストに尋ねる。リストは辺りを見渡して、大股で三歩歩けば手が触れ合える距離にいた女を目線で指した。
 ハルに言い寄っている子爵令嬢だった。
 なぜか、壁の花になっている。おかげで翡翠色のマーメイドドレスもくすんで見えた。
 目元には青い刺青。サラザーヌ公爵令嬢の信奉者らしい。

「あの子の父親が来ているのはなぜ」
「ギスランの企みだ。あいつめ、悪趣味なことを考える」
「それはどういうことなの? 悪趣味とは?」
「サラザーヌ公爵令嬢がもっとも嫌悪することが分かるか、カルディア?」
「サラザーヌ公爵令嬢? なぜ、彼女の名前が出てくるの?」

 そういえば、さっきの話でもリストはサラザーヌ公爵令嬢の名を出していなかったか。
 話が端的過ぎて私には理解できなかったが、二人には分かっているらしい。
 子爵とサラザーヌ公爵令嬢との関係とはなんだ。
 家柄でいえば、子爵が劣っている。サラザーヌ公爵令嬢が相手にしない身分の人間だ。

「嫌なことならば普通の貴族と同じではないの。自分の自尊心が打ち砕かれること、それが恐ろしいのでは?」
「そう、そして、純粋な想いを踏み躙られる屈辱も、貴族には耐えられない」
「どういうこと?」

 リストは私に視線を戻すと、鼻を鳴らした。

「サラザーヌ公爵令嬢は罪深い。つまり、そういうことだ」



 リストは詳しく説明する気がない様子だった。
 気がつけば、劇団の歌はハルが仲直りの時に歌ってくれた曲になっていた。

「月曜日の水葬は嘆くものがいない。火曜日の水葬は金の心配がない。水曜日の水葬は丁寧で、恵まれて。木曜日の水葬は鐘の音とともに。金曜日の水葬は親愛に溢れ。土曜日の水葬は夜に行われ。日曜日の水葬は聖職者が祈りを捧げてくれる」

 相変わらず、合唱する気がないばらばらな歌声。少しは合わせる努力をした方がいいのではないだろうか。
 聖歌隊ではないのに、歌の精度を求められるのは酷だろうが、流石に揃わな過ぎだ。
 くすくす。また、だ。また、笑い声が。
 振り返り、周りを睥睨する。なぜ、こんなに不愉快な気持ちにさせられねばならないの?

「……気になるか?」
「私を笑われている気分」

 リストは笑いをかみ殺そうとして失敗した。低い声で笑う。淫らな声だった。

「分からないのか? 皆、お前を笑っている」
「なんですって?」
「お前がおかしいから笑っているんだ、カルディア」

 足元がふわふわなチョコレートケーキになった気分だった。生地の中に足が埋まっている。

「私のどこがおかしいっていうのよ!」
「この歌を聴いて、のほほんと聴き入っているからだ」
「それは、どういう意味」

 この曲に私が怒るべきだと?
 この曲のどこにだ。私が笑われるような、侮辱的な曲には思えないのに。
 リストは嘲弄の眼差しを私に注いでいた。
 身体中から汗が流れ落ちそうだ。
 貴族達が私に向ける目線に気がつく。
 ーー豚になった王族。
 ドレスが、水分で重くなる。汗が止まらない。
 怖気が走った。誰もが、私を家畜のような目で見ていた。
 平民に向ける、凍えた、嘲弄の視線だ。
 チョコレートケーキが溶け始めた。それでも足が抜けない。どこにもいけない。
 リストは、相変わらず、低い声で笑っていた。
 違う世界の住人のようだった。
 私は、リストと同じ王族よね?
 なのに、なぜ、こんなに遠いのだろう。壁一枚に阻まれているような、遠くて、届かない存在のよう。

「ギスランは、さっきの曲が不愉快だと言っていたわ」
「きっとここにいたら、この曲も不愉快だと言うだろうな」
「この曲が、なんだと言うの」
「なんだと思う?」

 試すように、リストが顔を覗き込んでくる。
 ……検討もつかない。そもそも、見当がついていたら、もっと行動を取っている。
 リストの瞳に失望が映り込む。一層、汗が滴る。
 リスト指が、睫毛の毛先を撫でた。甘やかすように。

「家畜のような目をするようになったな?」

 砂糖の塊で出来たような甘ったるい声だった。リストは、何かの芝居をするように親しげに柔らかく笑った。言葉の意味が、数秒後流れ込んできた。衝撃的だった。うなじが一気に熱くなる。
 リストにも、貴族達と同じような目線で見られている。

「憧憬、羨望、手に届かない高嶺の花が、俺の低俗さにも気が付けない魯鈍な女に成り果てたのか」

 リストは、自分の言葉に甘い痛みを覚えるように胸をおさえた。私の胸にもその感覚があった。リストが届かない存在のようだと思えていたから。

「お前が軽んじられるのは、失態や曲のせいではないのかもしれんな。お前自身が、飼育される人間に堕ちたからかもしれん」
「私が、飼育されるですって?」
「ああ、お前が望むならば俺が飼ってやろうか」
「何を馬鹿な。私はお前なんかに飼われたりしない!」

 思わず声を荒らげたことを後悔する。貴族達の注目が集まっている。好奇の目に晒されることは苦痛でしかない。
 リストをぐいぐい引っ張る。
 劇団員達は次の曲を歌い始めていた。それを尻目に、サロンの一つに入る。取り敢えず、場所を変えて話し合うべきだ。
 身近にあったサロンの中は異常な興奮に包まれていた。沈黙と熱気が部屋を占拠していた。
 掴んでいたリストの腕が震えた。リストへ視線を投げる。傲岸不遜な表情が戻っていた。
 サロンの中央には樫で出来た丸机が置かれていた。清族の男ーー森でサラザーヌ公爵令嬢の隣にいた男が、その前に立っている。道化のような白塗りの顔。着膨れしたような格好をしている。典型的な道化師の衣装だ。青薔薇のブローチをつけている。
 清族の男は、木槌で小突いて、注目を集めた。
 貴族達の熱気が一気に上がった。体感温度が変わるほど、人々は清族の男の言葉を熱望している。

「今宵は、偽善がもっとも尊い。月を手に入れるために貴族がすべきことは一つ。青薔薇を捧げること、それだけ」

『月と貴族』に登場する月に恋をした貴族が求婚の言葉と共に捧げたのは青薔薇だ。すると、月が人間のかたちを取り、二人は結ばれる。清族の男が紡いだのは、『月と貴族』の一編だった。
 サラザーヌ公爵令嬢も、童話好きなのだろうか。さっきの『仮面舞踏会』もだが、童話が盛り込まれている。

「天が猛雨の滂沱たるを降らせたのはいつのことことだったか。下々は明日の暮らしにさえ困窮している。さあ、我らの偽善の愛で、満たしてやりましょう」

 木槌がもう一度、音を立てる。
 見栄えのする侍女達が運んできたのは、青い宝石がいくつも埋め込まれたネックレスだった。
 そうして、始まったのはオークションだった。



 場の空気に飲まれた。リストと話し合うはずが、オークションを見守ってしまう。青い宝石を嵌め込んだ商品が次々と落札されていく。かなり高値だ。その金があったら、もっと作りのいいものが買えそうなのに。
 驚いたのは、競りにリストが参加したことだった。涼しい顔で、値段を上げて落札していく。六つほど買ったあたりで、舌打ちした。
 いくらリストが宰相の息子だからといえども、使えるお金には制限がある。このオークションは、通常のオークションの金銭感覚ではとてもついていけない。値段が何倍も跳ね上がっている。誰だって全てを買い占めることは出来ない。

「ねえ、リスト。そんなに素敵な商品には見えないのだけど」

 買い占められないことにそこまで苛立つものか?
 アンティークな商品ではないし、嵌め込んだ青い宝石は無粋な曇りがある。トルマリンを灰でけぶらせたよう。あまり、良品ではない。

「あれは、そういうものではない。俺が指輪や髪留めを買って、喜ぶような男だと?」
「好きな女のために買っていたら、喜ぶのではないの? まあ、あんなもの差し出されたら顔に投げつけ返してやるけど」
「俺はあんな質の悪いものを贈ったりしない」

 質が悪いのが分かっているならば、なぜ買い占めようとするんだ。

「仕事だ。この夜会に参加したのも、このオークションが目的だった」

 仕事? つまり、軍のか?
 オークションが仕事になるってどういうことだ。
 これ以上謎を増やして欲しくないのだが。ただでさえ、サラザーヌ公爵令嬢は没落寸前だというのにこれほど豪勢な夜会を開ける理由やギスランの意図、サガルの劇団がここにいるわけ、子爵が夜会にきている意味、歌の件、なにも解決していないのだ。
 そろそろ、頭が破裂してしまいそう。謎だらけだ。
 この際、ぼけぼけミミズクでいいから、私の疑問を一から十まで答えてくれる存在が欲しい。

「説明する気はある?」
「機密だ」
「さっきまでぺらぺら喋っていたじゃない」
「……魔薬が売買されている」

 魔薬……?
 それは、コリン領にあると見当をつけていたのではなかったか。ギスランが隠し持っているのではなかったの?
 なぜ、ここで売買されているんだ。
 いや、待てよ。ギスランとサラザーヌ公爵令嬢は、魔薬で繋がっているということか?
 だとしたら、子爵は? また、別問題なのか?

「俺には、どれが魔薬か見当もつかんが。とにかく、オークションで売られるもののなかに魔薬が紛れている」
「……だからこんなに値段が高騰している?」
「おそらくな」

 ここにいる貴族達は、どこに紛れているともしれない魔薬を求めて、馬鹿げた金額を提示しているのか。魔薬さえも道楽の一環と考えるべきなのか。

「オークションが終わったあと、全ての商品を押収して調べた方がいいんじゃないの」
「貴族に無体な真似が出来るものか。それに、魔薬はどんな形をしているのかも分かっていない。魔薬だけ抜かれ、見つからなかったら、大恥だ」
「じゃあ今、オークションをやめさせて、検査するのは?」
「論外だ」

 小声で話し合っているうちに、ブレスレットと首飾りが落札された。リストの表情が険しくなる。私もなんだか焦ってきた。
 私が使えるお金は微々たるものだ。こんな法外な値段を要求される道楽に付き合う余裕がない。
 だが、知ってしまったものを見逃すのも具合が悪い。
 次に出てきたのは、宝石が散りばめられた額縁で飾られた絵画だった。
 青い服を着た娼婦が男達に囲まれに嬲られている陰鬱な絵だ。女は縋るような目つきで、私に訴えている。
「助けて!」と今にも声が聞こえそうだ。
 リストの息を呑む音が聞こえた。訝しんだのち、あんぐりと口を開いて凝視する。
 この絵! 嘘でしょう?

「サガルのコレクションじゃない! ザルゴの『青い絵』シリーズ。『買われた娼婦』」
「アトリエに飾られた、お気に入りの作品だろう? なぜ、こんなところに」

 二人して茫然と見守る。
 貴族達も、絵の正体に気がついたようでざわつき始めた。
 道化役の男が、へらへら笑って絵の紹介をし始める。

「自ら命を絶った天才画家を皆様ならばご存知でしょう? ザルゴ・トデルフィ。トデルフィ公爵。大四公爵の一人であった彼の最後の作品群である『青い絵』シリーズの最初の作品であるこの『買われる娼婦』。サガル王子からの寄贈品でございます。慈悲深い王子は、見知らぬ民でも施しを与えられる」

 サガルの名が出た途端、会場が特殊な雰囲気に包まれた。熱気とはまた別の野心めいたものだ。
 オークションが始まった。最初から600万リベー。貧族六人を生涯養える金額だ。
 貴族達はそれでも値段を積み上げていく。サガルの所有物であったということが、付加価値となっているのだ。

「1000万リベー!」

 目玉が飛び出るかと思った。高らかに宣言された金額は、淑女の最高クラスの持参金相当だ。普通の貴族が絵画に出していい金額ではない。

「伯爵の三男坊だな。サガルの侍従の真似事をしているのだったか」
「……破産覚悟で挑んでいるんじゃないでしょうね」
「さあ。いざとなったら身売りする決意はありそうな顔をしているが」
「1000万リベー! 1000万リベーが出ました。他はいらっしゃいませんか」

 冷静に尋ねる清族の男が、私をちらりと見た。
 そうして、にっこりと満面の笑みを見せた。嫌な予感がする。

「カルディア姫。貴女はよろしいのですか?」

 名指しで尋ねられた。周りの貴族達が私を振り返った。リストが後ろに下がらせようと前に踏み出した。

「それとも、この商品は値打ちがないものでしょうか」
「……2000万リベー」
「2000万リベー! 流石、物の価値がお分かりになる!」

 歓声が上がった。リストが叱りつけるような低い声を出す。

「どこから2000万リベーも捻出するんだ、馬鹿カルディア!」
「仕方がないじゃない。あんな言い方されて入札しなければ、サガルの審美眼がないと批判することになる。最悪、私の本を売るわ」
「ギスラン・ロイスターに頼め。あいつならば、お前の為の金は惜しまない」
「あいつに無心をしろというの?!」
「その通りだ、いいな?」

 むっとしつつ、オークションの成り行きを見守る。伯爵の三男坊は、流石に2000万リベー出せないようだ。消沈したように頭を振って、項垂れる。
 2000万リベー。私も首を振りたい。中流貴族の総資産だ。過去に戻って自分の口を摘んでやりたくなる。せめて1200万リベーにすればよかった。
 満足げに清族の男は頷き、木槌を叩こうとした。ーーその時。

「3000万リベー」

 蔦のように長い腕が音を立てずに上がった。
 仕立てのいい、黒のジャケットと白いシャツの間からちらりと褐色のぞいていた。白い手袋をした指は左右に揺れている。

「3000万リベー出す。買わせてくれるだろう?」



 特徴的な濁声。垣間見える褐色の肌。清らかな川のような長い薄水色の髪。
 覚えがあるものだった。リストも同じことを思ったのか、眉根をきゅうっと顔の中心に寄せた。
 ザルゴだ。彼の特徴によく似ている。一年前に亡くなったはずなのに。
 ザルゴ公爵は、一風変わった男だった。元は砂漠の蠍王の国からやって来た、異人の家系。三百年前の革命の際に尽力した大四公爵家の一つであり、武家の家柄だ。
 軍の司令官であった彼はだから声が掠れている。天才的な画家で軍人。
 茶目っ気のある人だったが、一目見ただけでは気難しげに見えた。隠れファンが多かったことは記憶している。リストも、ザルゴ公爵のことは慕っていた。
 彼に憧れた貴族が成りきっているのだろうか。だが、そうだとしたら不謹慎だ。
 清族の男が慌てて、周りに目配せした。そうして、私に問うような視線を投げた。私は首を振る。3000万リベー以上出す勇気はなかった。
 落札者は呼び寄せられる前に、意気揚々と躍り出た。顔には、劇団と同じように仮面をつけていた。
 劇団員が、3000万リベー!? 
 正気を疑いたくなる。だが、落札者は、慣れた演目を演じるようにゆったりと心地よさそうに清族の男にもたれかかっている。まさか、これも劇団の出し物だとは言わないだろうな……。

「本当に、よろしいんですか?」

 清族の男は、落札者の懐を探るような眼差しで尋ねた。いくらザルゴ公爵に似ているといっても、別人だろう。
 常人がぽんと出せる金額ではない。

「おれは、金を厭わん性格だ。この作品はおれのお眼鏡にかなった。ただそれだけだが?」

 並々ならぬ自信に気圧されたのか、未だ半信半疑の様子ではあるが、清族の男は落札を宣言した。興奮の溜め息を落とす。たかだが、成人前の貴族の夜会で人の一生を変えるほどの金が動いたのだ。
 ーー金で買えないものはない。
 イルの言葉が蘇って、深い心の谷に落ちていく。
 落札者の男は、ゆっくりと優雅に貴族達の前に立って、一礼した。



 リストは六つしか買えなかったことが不服な様子だったが、それ以上に死んだはずのザルゴ公爵に似た人物がいたことが衝撃らしい。
 混乱した様子で私に訊いてきた。

「ザルゴ公爵だと思うか?」
「死んだ人は蘇ったりしないわ」
「そう、だな? だが、あれは……」

 ぼんやりとしながら歩くリストの手をひく。私に対して不敬なことを言っていた癖に、今は迷子の子供のような顔をしている。少し、頭を冷やさせたほうがいい。
 連れ込んだ場所が悪かったな。オークション会場だとは思わなかった。
 ただ、本当に魔石が売買されていたのかは謎だ。
 燦爛と輝くシャンデリアの下で、傘を逆さにしたようなドレスに囲まれたサラザーヌ公爵令嬢を見つけた。いつの間にか、劇団の演目は終わったらしい。身なりのしっかりした紳士達が遠巻きで、サラザーヌ公爵令嬢を熱っぽく見つめている。皆を従えて、サラザーヌ公爵令嬢が三つあるうちの一番大きなサロンに連れて行く。
 私達は、サラザーヌ公爵令嬢の入ったサロンの隣にある小さめのサロンに入った。
 紫煙が宙にふわふわ浮いている。遊戯用の台やティーセットが烟る視界にぼやけて見えた。休憩室は普通、男女分けられるものだが、この場においては違うらしい。
 煙草を吸う貴族達を横目に、空いているソファーにリストを座らせる。リストは体を丸めるように縮まって座った。ぼんやりと虚ろな瞳だ。

「リスト?」

 唇を引き結び、無理矢理に笑った。誘拐されて戻ってきた時のリストの怯えた態度に似ている。

「ザルゴ公爵は俺の恩人だ」

 リストは、一度誘拐されている。
 その時に助けてくれた軍人が、ザルゴ公爵だった。リストはそれから、軍人を志すようになった。子供の頃から、秀才で、王族として気位が高かった男が剣を振るうように。
 リストの父は反対したが、最終的にリストの望み通りになった。ザルゴ公爵にも説得を手伝ってもらったときく。
 手に剣だこをつくり、体のあちこちに打撲痕を残すようになった。なにかに駆り立てられるように、戦地や防衛拠点を視察して、王城から離れるようになった。ザルゴ公爵にひっついて回って。

「リスト、何度だって言うわ。死んだ人は蘇ったりしないの」
「ああ、理解はしている。……だが」

 リストは両手をきつくあわせて、唇を噛む。

「もし、戻って来たら? 俺は」

 深刻な様子に違和感を覚えた。なぜ、そんなにも沈痛そうな面持ちなんだろう。
 事情を探りたくて、屈み込んだ時だった。
 痛ましいほどの悲鳴が上がった。
 貴族達の夜に相応しくない、歪んだ音に、体が硬直する。隣のサロンからだった。周りの貴族達も何事かと体を竦ませている。
 様子を伺いにいこうと立ち上がると、リストに手首を掴まれた。締め上げるような強さだった。見上げるような瞳は、松明の炎のように力強い赤。

「行くな」
「リスト、様子を伺いに行くだけよ。お前はここにいて構わないわ」

 頑是ない子供のように、リストは首を振った。焦れてしまう。いつもならば、リストだって飛び出そうとするはずだ。
 手をゆっくりと振り解く。
 自失してしまうほど、ザルゴ公爵のことを慕っていたのか。
 胸が小さく疼く。人の死は心にぽっかりと穴を開ける。
 リストにも、心に穴が空いている?
 寄り添いたいが、側にいても傷付けてしまいそうな気がした。慰め方なんて、知るものか。弱々しいリストをこのまま見るのも嫌だ。私のなかで、彼は傲岸不遜で、ツンと高慢に澄まし顔をしているのだから。

「俺が醜いから? 劣っているからか?」
「リスト?」

 下唇を噛んで、リストはそのまま黙り込んだ。
 合わせた両手が震えていた。

「……見てくる」

 リストは力なく首を振ったが、今度はとどめようとはしなかった。


 リストの様子が気になる。
 ただ、感傷が噴き出したにしては違和感があった。だが、感傷ではないならば、一体なんだというのだろう。

 休憩所を出ると、程遠くないところでギスランが令嬢達に囲まれていた。絵画を切り取ったような、煌びやかな交流だ。腕や手にさりげなく接触されても、ギスランは振り払おうとしない。むしろ、親密そうに話し込んでいる。
 最悪だ! なんだ、あいつ!
 よく分からない怒りのまま、乱暴な足取りで、隣のサロンに入る。ギスランなんて、知るものか。

 サロンのなかに入った私は、愕然とした。
 ーーなに、これ。
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