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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「……お前は?」
それなりに顔が整った優男だった。ノアとクリストファーに酒を出した男。
櫛の通った髪や綺麗な身なりを見る限りギスランの僕の一人だろうが顔は知らない奴だ。
新顔だろうか。
「ケイと申します」
「いつもの侍女はどうしたの」
「所用がありまして、席を外しております。二、三日は戻りませんので、俺が代わりを務めます」
「お前が?」
はいと淀みなく頷かれると気色ばむ。
侍女は治療を受けているのだろう。所用ではなく、きちんとそう言ってくれればいいのに。
「イルの様子は? いつ戻れそう?」
「まだ、治療が済んでいないようです。結構酷い有様らしくて。しばらくは戻ってこれないものと思います」
「じゃあ、お前一人?」
「精一杯務めさせていただきます」
ふうんとこぼして、きっちりと起き上がる。
「お食事はどうされますか」
「いい。トーマのところに行くわ。あと、ヨハンのもとにも。見舞いの品を用意してくれる?」
「どのようなものがいいでしょう。食べ物ではない方が?」
「……そうね、こういう時どういうのがいいのかしら。一緒に考えてくれる?」
「勿論です」
思っていた以上に滑らかに話が進んでいく。
ケイは話題を絶やすことなく私にお伺いを立てながら見舞いの品をあっさりと決めてしまった。
案外、有能な男なのかもしれない。
「はあ……」
トーマとは面会謝絶。ヨハンはお見舞いの品だけ使用人に受け取られて門前払いだった。そもそも、学校中が騒がしく、清族達は気が立っているのか、険しい表情を崩さない。
居心地が悪くすごすごと隅に身を置くと、ケイも習うように隅に来た。
「トーマ様、大丈夫でしょうか」
クリストファーの懸念は合っていたのかもしれない。トーマに会ってはならないと強く清族から進言された。
その合間に、呪われると溢したのを聞き逃さなかった。呪われる。治療をしているのに、そんな言葉溢れるわけがない。なにか異常事態が発生しているに違いなかった。
「大丈夫なわけないのよ。最後にあったとき、すごい格好をしていたし……。ここで、うようよしていても仕方がないわね。テウに会いにいきましょう」
「かしこまりました」
「俺に会いに来てくれる予定だった?」
にゅっと顔の前にテウが現れた。驚いて後退ると、喉を鳴らすように笑われる。
「テウ様ったら……」
「お姉さんが俺のことを探してくれるなんて、嬉しい。お腹が空いたの?」
テウと後ろには呆れ顔のヴィクターがいた。服がはだけて、髪もぼさぼさだ。じいっと見つめ過ぎたのか、ヴィクターが慌てたように髪の毛を触り始めた。
「ぼ、ぼく、なに…か……」
「ぼく?」
「いえ! わたくしに何か? お見苦しい箇所があります?」
「髪の毛、凄く飛んでいますよ。よければ、使いますか?」
側に控えていたケイがヴィクターに櫛を差し出した。驚いたように目を見張りながら、受け取る。
「あら、どなた?」
「ケイです。お見知り置きを」
「新しい従者というわけですの? では少しお借りしますわね」
術で、鏡を取り出しながらヴィクターが身支度を整える。その間に、テウの体を上から下まで観察する。よかった、怪我はしていないようだ。
「お姉さん?」
「……まずは、お疲れ様。悪かったわね、私の代わりに指揮をさせてしまって」
本当はきちんと話して欲しかった。
けれど、テウは私の代わりに全部やってくれた。貴族達に気がつかれて失敗と言えるかもしれないけれど、代わりにやってくれた人間を頭ごなしに非難したくない。
「ああ、ううん。案外楽しかったから。今回は少し失敗した部分もあるけれど、おおむね、予想通りだった」
テウは思ったより何倍も元気だった。興奮して元気というわけではなく、活力が溢れているような無邪気さがあった。
「思ったよりもこういうのが好きなのかもしれない。最初は無我夢中だったけど、だんだんと楽しくなって来て。戦術書を買おうかなって思ってるんだ」
「好きって」
「人にああだこうだと命令するの。抽象的じゃなく、具体性のある命令を下すことが大切だと知ったよ。それに、人の処理能力を観察するのも楽しかった。少し料理と似てた。最初はそりゃあ、緊張しっぱなしで吐いてたんだけどね。今思えば全然平気だよ」
くるりと体を回転させて、ご機嫌にテウがこぼす。
違和感がよぎった。テウにいけないことを教えてしまったのではないだろうか。
「サガル様には散々言われたけれど、大丈夫。あの人もこれぐらいの騒ぎは予想内みたいだったから。つくづく凄いね。だって、ぐちぐち騒いでいた貴族の子息を、言葉だけで籠絡させてたんだよ」
「サガルと……兄様と会ったの」
「うん。魔性って感じだよ。盲目になって凄みが増してた。まるで、こっちの考えが読めるように何でも分かってるんだ」
拳を握って、震えを誤魔化す。会わなくてはと思うのに、踏ん切りがつかない。今回の騒動は会うには申し分ない理由だ。
けれど、サガルのもとに足を運ぶのが怖い。話題が出ると、心が擦り切れそうになる。
なのに、どうして会ったのが私ではないのだろうと羨む理不尽な情動もあるから不思議だった。
「……楽しめたのならよかった。いや、良くないわね。お前ね、少しは私に相談しなさいよ。何も聞いていないのに、テウもトーマも参加していると言われた私の気持ちにもなって欲しいのだけど」
「それはこっちの台詞でもあるんだけどな。どうしてお姉さんが巻き込まれているの。イヴァンの音楽会に参加してたはずなのに」
「いろいろあったのよ。……本当に、いろいろ。まだ、清族の棟の復旧は済んでいないの?」
「まだですわね」
櫛をケイに返しながら、ヴィクターが口を挟んできた。きっちりと整えられた髪と清潔感のある着こなしに直されていて、ひっそり笑った。
「じゃああそこにあった遺体もまだ移動させていない?」
「遺体はすでに全て回収済みです。……ジョージのことを言っていらっしゃるの」
「ええ」
そうか、やっぱりジョージは。
分かっていたことなのに、ずんと胸が重くなる。
遺体はもう、運ばれているのか。私を殺そうとした彼の方が死体となった。喜劇のような事態だ。
「少しだけ、知っていたものだから」
「そう……。ならば、葬列にご参加いただけると嬉しいわ」
「ええ、考えておく。……そうだ、ケイ、ロディアは無事? 怪我をしていると思うのだけど」
「どうしてロディアのことを? もしかして、どこかで会ったんですか」
顔を顰めて、ケイが聞き返してくる。
険しい表情に驚いた。ロディアと会っていたらまずいのだろうか。
「ロディアはギスラン様のもとを離れた女です。何か変なことはされませんでしたか」
「いいえ。口は悪かったけれど、助けてくれたもの」
「……ならばいいですけど。ギスラン様から離れるなんて耐えられないだろうから、自害したとばかり思っていたんですけどね」
「そんなことより、お姉さん。俺の質問へにちゃんと答えて。どうして、音楽会に来なかったの」
ケイのこぼした言葉を拾う暇もなかった。テウに再び詰め寄られる。テウにジョージのことを話してもいいのだろうが、この場にはケイもヴィクターもいる。万が一があってはいけない。
耳に顔を寄せて、あとでと呟くと拗ねたように頬を膨らませた。
「お姉さん」
「テウ、お前はヴィクターと何をしていたの」
「……んー。分かったよ。教える。少しおかしなことになっているんだよねぇ。ね、天才科学者様」
テウに話をふられたヴィクターは苦笑しながら頷いた。
「ええ、はなおとめもよろしければご覧になって下さいまし。きっと驚かれますわ」
そう言って二人は私の手を引いて歩きはじめた。遅れないように早足で駆け寄る。
階段をのぼり、城の屋上へとたどり着く。嵐のように吹く風に目を細める。鼓膜を支配するような風の音がする。
短い詠唱がとぎれとぎれに聴こえて、音がやんだ。ヴィクターが術を使ってくれたらしかった。
けれど、通り抜ける風の強さはそのままで、ふわりとドレスの舞い上がらせる。裾を押さえながら、ゆっくりと目を開けると、不思議な光景が広がっていた。
空を紅と黒の魚が泳いでいる。踊るように、満足そうに。
戦意は感じられなかった。泰然としていて、優雅でさえあった。ジョージと一緒に見た魚達とは性質が全く違うようだ。こちらを攻撃してくる気配も、こちらを警戒する様子もない。
「不思議でしょう? 先程、突然現れて。でも何もして来ませんのよ」
「何かの術なの?」
「それは今から調べますの。――慈悲深き我らの王、玉座で微睡む愛しき方。従順な僕の声を、どうか聞き届け下さい。空の落書きを洗い流す、落涙の雨を」
厳かな声とともに、急に空が曇りはじめた。空の魚は雨宿りをするように体をくねらせ、雲の中に隠れる。
気がつけば、あたりは一面暗闇で、ごろごろと、雷の音が鳴りはじめた。
「あら、ふふふ……。少し面白いことになりそうですわね。屋根のあるところに戻りましょうか」
「こ、これ、どうなるの!? 大丈夫なのよね!?」
思い出すのは、ファミ河の氾濫だ。
土砂降りのまま三日三晩降り続いたりしないだろうか。
「心配なさらないで。きっとはなおとめが思っている通りにはなりませんので」
「けれど」
「大丈夫、ほら!」
雷の音が止んで、雲の間から雨が降ってくる。手を広げて、滴を受け止めた。
飴ぐらい大きくて丸かった。手に触れた瞬間、ぱんと弾け、黄金の石に変わる。
ころりと手のひらにあるのは、どう見ても純金だ。稲穂の色よりもなお、美しい黄金の色。
言葉を失った私を見てヴィクターが楽しそうに声を上げる。
「全部、はなおとめのものですわ。全ての栄光は貴女の手に」
下の方で歓喜の声が上がったのが聞こえた。
階段をおりると使用人達が我先にと外へ飛び出そうとしている。
テウがくすくすと笑ってその姿を見送った。
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