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ⅳ
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「結局、婚約を破棄しなかったんですね」
ファウストは、残念そうに呟いた。
リジナはむっとして、ファウストを睨みつけた。ファウストのせいで、マリオの疑念が深まったのだ。
後ろに立つセドが「我が主になんて不遜な!」と言いたげに眉を上げて牽制してくる。
「ファウスト、なんで、残念そうなの?」
「僕は、幸せそうな主を見るのが嫌いだ」
頬杖をついて、ファウストは無表情で机の表面を見つめている。
「僕らは国の奴隷でしょう。こいつらのせいで、結婚は出来ない」
ファウストは視線でセドを指した。
後ろにいるセドが、ファウストの髪を丁寧に整えている。せっせと世話を焼く姿は、従順に見える。
リジナは両脚にかかる重みに目を向ける。
ひたむきに、リジナを見つめる双子は、リジナが目線をくれただけで瑞々しい頬を赤く染めた。
リジナに置いてけぼりをくらったことがよほどこたえたらしい。
マリオの屋敷から帰ってきたとき、うるうると甘えるように瞳を潤ませて、貞淑な妻のように待っていたのだ。手紙のことについても怒ったものだから、叱られたあとからずっと、本物の猫のように甘えてくる。
「恋愛も難しいでしょうね。殆どの、魔術師の主がそうだ。なのに、マリオとリジナだけ、幸せになるなんて、羨ましくて死んでしまいそうです」
「ファウスト」
顔を上げたファウストは、振り切ったように明るい顔をしていた。リジナは内心ほっとした。
ファウストの言葉は、魔術師の主の全員が抱える問題だ。
主は、結婚できないことが多い。
ファウストもそのことに絶望しているのかもしれない。息途絶えるまで、セドに世話をされると決められた人生。
先が決まっている。魔術師に主と選定された、その日から。
「だから、少しばかり意地悪しても、いいでしょう? 慰めですよ、単なる」
ファウストは、セドの頭を撫でた。
きゅうんとときめくようにセドが喜んでいる。
ファウストは、ふいに視線を投げた。
視線の先には、カシスを連れたマリオがいた。
カシスは、マリオの腰ぐらいしかない少年だ。
背中に羽が生えた鳥類系の獣人の姿をしている。
とことことマリオの後ろをひっつく姿は、人見知りのようだが、実際には気が強く物怖じしない。
マリオは、リジナを見つけるなり、ふんわりと幸せそうに笑った。
舌打ちが聞こえた。リジナはファストを見た。
「異邦人はきちんと帰したんですね?」
「ああ。ナツミはニホンに帰ったよ」
再び会ったとき、ナツミはいたずらが成功したような顔をして祝福してくれた。
「こんないい男、他にいないんだから、逃しちゃだめよ。ふんじばってでも、一緒にいなさい」といい、さらに結婚してからが重要だと切々と説いてくれた。
生々しい夫婦生活をきいていると、確かにナツミは既婚者だと実感した。
リジナが、誤解して嫉妬してしまったと謝ると、にこにこして許してくれた。むしろ、こっちが誤解してややこしくしてしまってごめんなさいと、礼儀正しく謝られる始末だ。とても、気のいい女性だった。
「リジナと幸せにと言ってくれた」
「うん」
「とてもいい女性だ。こちらの責任で長く滞在してもらったというのに、泣き言ひとつこぼさなかった」
ニホンという国は、とてもいい国なのだろうなとマリオはひとりごちた。
「それで、その原因であるカシスとは仲直りできました?」
マリオの後ろにいたカシスがぴくりと怯えるように震えた。
複雑な顔をして、マリオはカシスを見やり、そのまま膝を落とした。
「マリオ様……」
か細い声で、健気にカシスがマリオを見つめた。
「声を、とって、ごめんなさい」
「うん」
「おれ、マリオ様と、契約を結びたくて」
「それは、わかっている」
優しい声に感極まったのか、ぽろっとカシスが涙をこぼした。
リジナの膝の上で嬉しそうにまどろんでいた双子も、ぎょっとして、カシスへ視線をやった。
「お前、私とリジナの結婚を許す?」
「け、けっこ、けっこん」
顔が青ざめ、息も絶え絶えになるカシスに、マリオは無情にも斧のような言葉を降らせた。
「許さないならば、お前と口をきかない。贈り物も突っ撥ねる。ナツミのようなことがあってはいけないから、魔術の使用も制限する」
カシスは、見ていて気の毒になるほど美しい顔を涙で濡らしている。
それでも、マリオが強固な意思を曲げないとわかると、不承不承と頷いた。
「うん、いい子だ」
マリオは、カシスの頬に涙を拭うよう指を滑らせた。カシスがその指におそるおそる触れる。
「強硬手段ですね、マリオ。まあ、それくらい言わないと魔術師どもはいうことをきいてくれないか」
くっと、笑い損ねたようにファウストは、喉を鳴らした。
リジナの双子は、なんで許した! と憤慨するように耳を立てている。声に出さないのは、マリオのように強硬手段に出られたらたまらないからだろう。
マリオは、カシスから手を離すと、リジナに近づいてきた。膝を占領し、威嚇する双子を追い払い、騎士のように片膝をつく。
「リジナ、傷付けて、すまなかった。これから、幸せにするから、許してくれる?」
「……うん、私も、これからは誤解されないように、双子と距離をとろうと思う」
「結婚してくれ」
大きく頷くと双子が耐えかねたように大声で憤懣を吐き出す。
それに加えて、ファウストが囃し立てるように口笛を鳴らした。
「ありえない! こんな不細工な男が、リジナの伴侶になれるわけない」
「リジナ、ぼくたちから距離をとるって、本気? 嘘だよね? そうでないと、泣いてしまう」
「ははは! 主同士の結婚など、異例だ。せいぜい、これからも邪魔して、横恋慕するとしましょうか」
カシスがじいと恨みがましい瞳でリジナを見つめながら、バサバサと羽を動かしている。
「こんな小娘にマリオ様が!」といきり立っているようだった。鏡写しのように、双子と似た反応をする魔術師に、リジナはくすりと笑ってしまった。
リジナと同じくらいマリオも朗らかに笑う。
「くすくす笑う君も可愛い。もっと笑うといいよ」
マリオがくすくす笑いながら、柔らかく唇を合わせた。
真っ赤になる顔を、隠すように頬をおさえる。
続け様に頬に口付けられる。
燃え盛る暖炉に薪を投げ込んだように、周囲が騒がしくなった。
「願わくば、私だけがその可愛い姿を見ていたいな」
リジナは、恥ずかしくてたまらなかったが、口付けを返すことで、それに答えた。
ファウストは、残念そうに呟いた。
リジナはむっとして、ファウストを睨みつけた。ファウストのせいで、マリオの疑念が深まったのだ。
後ろに立つセドが「我が主になんて不遜な!」と言いたげに眉を上げて牽制してくる。
「ファウスト、なんで、残念そうなの?」
「僕は、幸せそうな主を見るのが嫌いだ」
頬杖をついて、ファウストは無表情で机の表面を見つめている。
「僕らは国の奴隷でしょう。こいつらのせいで、結婚は出来ない」
ファウストは視線でセドを指した。
後ろにいるセドが、ファウストの髪を丁寧に整えている。せっせと世話を焼く姿は、従順に見える。
リジナは両脚にかかる重みに目を向ける。
ひたむきに、リジナを見つめる双子は、リジナが目線をくれただけで瑞々しい頬を赤く染めた。
リジナに置いてけぼりをくらったことがよほどこたえたらしい。
マリオの屋敷から帰ってきたとき、うるうると甘えるように瞳を潤ませて、貞淑な妻のように待っていたのだ。手紙のことについても怒ったものだから、叱られたあとからずっと、本物の猫のように甘えてくる。
「恋愛も難しいでしょうね。殆どの、魔術師の主がそうだ。なのに、マリオとリジナだけ、幸せになるなんて、羨ましくて死んでしまいそうです」
「ファウスト」
顔を上げたファウストは、振り切ったように明るい顔をしていた。リジナは内心ほっとした。
ファウストの言葉は、魔術師の主の全員が抱える問題だ。
主は、結婚できないことが多い。
ファウストもそのことに絶望しているのかもしれない。息途絶えるまで、セドに世話をされると決められた人生。
先が決まっている。魔術師に主と選定された、その日から。
「だから、少しばかり意地悪しても、いいでしょう? 慰めですよ、単なる」
ファウストは、セドの頭を撫でた。
きゅうんとときめくようにセドが喜んでいる。
ファウストは、ふいに視線を投げた。
視線の先には、カシスを連れたマリオがいた。
カシスは、マリオの腰ぐらいしかない少年だ。
背中に羽が生えた鳥類系の獣人の姿をしている。
とことことマリオの後ろをひっつく姿は、人見知りのようだが、実際には気が強く物怖じしない。
マリオは、リジナを見つけるなり、ふんわりと幸せそうに笑った。
舌打ちが聞こえた。リジナはファストを見た。
「異邦人はきちんと帰したんですね?」
「ああ。ナツミはニホンに帰ったよ」
再び会ったとき、ナツミはいたずらが成功したような顔をして祝福してくれた。
「こんないい男、他にいないんだから、逃しちゃだめよ。ふんじばってでも、一緒にいなさい」といい、さらに結婚してからが重要だと切々と説いてくれた。
生々しい夫婦生活をきいていると、確かにナツミは既婚者だと実感した。
リジナが、誤解して嫉妬してしまったと謝ると、にこにこして許してくれた。むしろ、こっちが誤解してややこしくしてしまってごめんなさいと、礼儀正しく謝られる始末だ。とても、気のいい女性だった。
「リジナと幸せにと言ってくれた」
「うん」
「とてもいい女性だ。こちらの責任で長く滞在してもらったというのに、泣き言ひとつこぼさなかった」
ニホンという国は、とてもいい国なのだろうなとマリオはひとりごちた。
「それで、その原因であるカシスとは仲直りできました?」
マリオの後ろにいたカシスがぴくりと怯えるように震えた。
複雑な顔をして、マリオはカシスを見やり、そのまま膝を落とした。
「マリオ様……」
か細い声で、健気にカシスがマリオを見つめた。
「声を、とって、ごめんなさい」
「うん」
「おれ、マリオ様と、契約を結びたくて」
「それは、わかっている」
優しい声に感極まったのか、ぽろっとカシスが涙をこぼした。
リジナの膝の上で嬉しそうにまどろんでいた双子も、ぎょっとして、カシスへ視線をやった。
「お前、私とリジナの結婚を許す?」
「け、けっこ、けっこん」
顔が青ざめ、息も絶え絶えになるカシスに、マリオは無情にも斧のような言葉を降らせた。
「許さないならば、お前と口をきかない。贈り物も突っ撥ねる。ナツミのようなことがあってはいけないから、魔術の使用も制限する」
カシスは、見ていて気の毒になるほど美しい顔を涙で濡らしている。
それでも、マリオが強固な意思を曲げないとわかると、不承不承と頷いた。
「うん、いい子だ」
マリオは、カシスの頬に涙を拭うよう指を滑らせた。カシスがその指におそるおそる触れる。
「強硬手段ですね、マリオ。まあ、それくらい言わないと魔術師どもはいうことをきいてくれないか」
くっと、笑い損ねたようにファウストは、喉を鳴らした。
リジナの双子は、なんで許した! と憤慨するように耳を立てている。声に出さないのは、マリオのように強硬手段に出られたらたまらないからだろう。
マリオは、カシスから手を離すと、リジナに近づいてきた。膝を占領し、威嚇する双子を追い払い、騎士のように片膝をつく。
「リジナ、傷付けて、すまなかった。これから、幸せにするから、許してくれる?」
「……うん、私も、これからは誤解されないように、双子と距離をとろうと思う」
「結婚してくれ」
大きく頷くと双子が耐えかねたように大声で憤懣を吐き出す。
それに加えて、ファウストが囃し立てるように口笛を鳴らした。
「ありえない! こんな不細工な男が、リジナの伴侶になれるわけない」
「リジナ、ぼくたちから距離をとるって、本気? 嘘だよね? そうでないと、泣いてしまう」
「ははは! 主同士の結婚など、異例だ。せいぜい、これからも邪魔して、横恋慕するとしましょうか」
カシスがじいと恨みがましい瞳でリジナを見つめながら、バサバサと羽を動かしている。
「こんな小娘にマリオ様が!」といきり立っているようだった。鏡写しのように、双子と似た反応をする魔術師に、リジナはくすりと笑ってしまった。
リジナと同じくらいマリオも朗らかに笑う。
「くすくす笑う君も可愛い。もっと笑うといいよ」
マリオがくすくす笑いながら、柔らかく唇を合わせた。
真っ赤になる顔を、隠すように頬をおさえる。
続け様に頬に口付けられる。
燃え盛る暖炉に薪を投げ込んだように、周囲が騒がしくなった。
「願わくば、私だけがその可愛い姿を見ていたいな」
リジナは、恥ずかしくてたまらなかったが、口付けを返すことで、それに答えた。
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