婚約者達は悪役ですか!?

夏目

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害毒

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 カインとアベルの誘いを受け、デートをしながら数日経った。もんもんと考え込んでしまうので、出掛けても気が晴れない。気もそぞろなジュディを見て、カインもアベルも心配していた。だが、二人に、愛が分からないと打ち明ける気にはなれず、体調が悪いからとデートも断るようになってしまった。
 社交シーズンが終わる前に結論を出してしまいたいが、そうもいかなかった。カドックと顔を合わせても結婚の話をしてから妙に気まずくなってしまい、部屋に引きこもってしまったので、足が萎えてしまっている。
 これほど部屋に引きこもったのは、カドックの看病以来だった。陰気な行動をしていると自嘲しながら、日が暮れるのを待つ日々だ。
 だが、ある日カドックが手紙を携えて部屋を訪れた。ノックなしに入り込んできたから、ジュディはぼさぼさ髪のまま彼の前で手紙を開く羽目になった。
 ロイドからの手紙だった。なぜか、封筒に封蝋はなく、書名だけだ。
 手紙の内容は、晩餐の誘いだった。蝶のコレクションを見せてくるという約束を覚えてくれたのだろうか。
 よければ今夜はどうかと書かれている。急だと思いながらも、引きこもる生活にも飽きていたので了承することにした。

「お嬢、返信書いてくれますか? 使者が返事を貰うまで待たせてもらうと言って、家の前に馬車を止めているんですよ」
「今夜のお誘いだから、早く返信が欲しいのかもしれないわね」
「今夜ですか? また急っすね」

 カドックは手紙を流し見ると、猫のように目を細めて上唇を舐めた。

「なんか、変じゃないですか。夜八時、時間厳守できてくれなんて」
「……言われてみれば少しおかしいわね。どうしてなのかしら」
「うーん。違和感があるんだよなあ。どうします、お嬢」

 違和感があるからと断るわけにもいかないだろう。
 ジュディは羽ペンと紙を用意して、伺う旨を記した。

「カドックも一緒に行く?」
「あー。すいません、旦那様から荷造りの準備をしろと命令されているんですよ。侍女か乳母を連れていって下さい」

 社交シーズンも終わりだ。このままジュディは避暑地に向うが、カドック達使用人は荷物を置きに一度、領の屋敷に帰ることになっていた。

「分かった。これをその使者に渡して」
「了解です」

 カドックはそそくさと部屋を出て行った。
 ジュディはさっそく風呂に入り、丹念に体中を侍女に磨かせた。風呂から上がると、侍女が髪にオイルをつけ、櫛を通す。髪型は侍女が決めるのがほとんどだ。腰まである長い髪を、ジュディだけでは世話しきれない。
 後ろ髪を上下に分けて、上を左右に分けて三つ編みを結ぶ。下の髪を纏め、上の三つ編みを絡ませる。最後に黄色の髪留めでとめる。バレッタは琥珀色の宝石がついている。宝石の色合いが夕焼けのように綺麗でジュディのお気に入りだ。
 白粉を塗って、唇に紅をひく。鏡のなかの自分は、さっきまでの自分とはまるで別人だ。
 首の下まで白い粉をはたいてむらがないかを確認する。貴族は男性も女性も化粧をすることが多いが、ピエロのように白塗りを遣りすぎるとかえって滑稽だ。
 肌の色より少しだけ白いといった塩梅がいい。
 コルセットをすると、内臓が締め付けられ、食べ物が喉を通らない。そのせいで小腹が空く。それを予防するためにコルセットをつける前には軽食を口にするのが常識だ。クッキーを咀嚼し、ドレスに着替える。
 少し休憩すると時間になった。馬車を呼び、カドックに一声かけて屋敷を出る。カドックは気をつけてと声をかけて、仕事に戻った。


 ロイドの屋敷は品のいい白亜の壁が特徴的だった。こじんまりとしたつくりをしている。古風だが、趣がある意匠が散りばめられており、観ているだけで楽しい。圧倒するような華美さはないが、よく見れば端麗で、無駄がない。ロイドに似ている。華があるわけではないが、実直で落ち着く。
 玄関先で応対した執事はジュディの訪問を訝しんだ。

「お坊ちゃまからそのような話は聞いておりませんが……」
「あら、そうなんですか? なにか行き違いがあったのかしら」
「ここでお待ちいただけますか。きいてまいります」
「お願いします」

 連れてきた侍女が「変ですね、お嬢様」と不思議そうに眼を丸くしている。ジュディも同じ気持ちだったので、小さく頷いて、なにか問題があるのかもしれないわと呟いた。
 しばらくして戻ってきた執事は頬に汗をかいていた。なにがあったのかと尋ねると具合が悪いからお断りして欲しいと言われたと語られた。

「具合が悪いの!? 大変だわ……」
「いえ、その、具合が悪いというか」
「挨拶だけでもしてもいいかしら?」

 もごもごともごつく執事をせっつくように案内してもらう。

「お坊ちゃま、ジュディ様がご挨拶だけでもとおっしゃられて」
「そこにいるのかい!? 駄目だといっただろう、爺や」
「大丈夫なの? ロイド」

 ドアを開けようとすると静止の声がかかる。

「ごめん、ジュディ。今は駄目なんだ。そもそも僕は君を今晩呼んでいないよ」
「え!? でも、確かに、ロイドの名前で晩餐会の招待状が来たわ」
「……きっと誰かが僕の名前を語って君を呼び出したんだ」
「そういえば封蝋がなかったわ。……ごめんなさい。軽率に騙されてしまった。怪しんではいたのだけど……」

 ドアの側にいるのか、ロイドの声が近い。呼吸の音がする。

「いいや、僕が誘うのが遅かったからだね。カドックとジュディを招待すると言っていたのに、長々と約束を延ばしてしまっていただろう。また、今度招待するよ。来てもらって悪いけれど、今日のところは帰ってもらってもいいだろうか?」

 ジュディは問題ないが、ロイドのことが心配だ。さっきから呼気が大きくなっている。

「分かったわ。今日は突然訪ねてしまってごめんなさい」

 扉に手をついて謝ると、ドアの向こう側から重たいものが転がるような物音がした。

「ロイド、どうしたの?」

 返事がない。執事が意を決して扉を開けると、床に横たわったロイドがいた。頬は赤く、荒い息を吐き出している。手を額に当てると溶けそうになるほど熱かった。

「大変だわ! すぐにお医者様を呼ばなくちゃ!」

 執事が使用人達を呼ぶために走っていってしまった。息苦しそうだったので、首元を緩めると、ロイドの瞼が開く。よかったと息を吐いた瞬間、ジュディは体を押し倒されていた。
 首元に熱い息が吹きかけられる。熱っぽいとろりとした瞳で見つめられた。正気ではないのか、くすくすと口元に笑みを浮かべている。

「ジュディはとてもいい香りがするね」

 がちゃがちゃとズボンの留め具を外す音が聞こえた。
 ロイドがなにをしようとしているのか察して、ジュディは嫌悪感でどうにかなりそうだった。手の平でロイドの顔を押しのけ首を振る。

「ロイド、嫌、嫌よ!」
「ごめん、体が熱くて、我慢が出来ない」
「やだ、やだあ!」

 ジュディの声が聞こえたのか、執事が飛んできてロイドの体を抱え上げた。
 体の重みがいまだに、胸にのしかかっているようだった。
 体が小刻みに震える。ロイドに犯されそうになった。ショックだった。
 別室に連れていかれたロイドはそのまま倒れてしまったらしい。ずっと謝っていたと申し訳なさそうに執事が語った。

「どうされてしまったのか。あれは尋常ではない様子でした」
「まるで、毒でも飲んでしまわれたような有様でしたわね……」
「ジュディ様、申し訳ございません」

 深々と謝られてしまう。大丈夫だと笑いたいのに、うまくいかない。震える体を侍女に擦りつけて、なんとか正気を保っているような状況だ。

「お坊ちゃまは優しい方なのです。このようなことをされる方ではないのです。本当です……」

 ジュディにもそれは分かっていた。ロイドは無理矢理娘を犯すような人間ではない。室内を見渡すと、テーブルのティーカップが倒れていた。中から紅茶が零れている。
 木でできた籠にはクッキーが入っていた。
 いつか、マリアナがジュディにも同じようにクッキーを焼いてきてくれたことがあった。もしかして、数時間前にマリアナが訪ねてきたのではないだろうか。

「マリアナ……」
「マリアナ様には言わないで下さいませ!」

 縋りつくような声で懇願されてしまった。今にも跪き、赦しを乞うような姿をしている。

「後生でございます。ジュディ様……」
「言うつもりはないの。ただ、さっきまでマリアナがここに来ていたのではないかと思っただけよ」
「そうです。さきほどまで坊ちゃまを見舞うために来てくださいました。あの方は、坊ちゃまの婚約者。このようなことが知られてしまえば、破談になってしまいます……」

 涙を浮かべて言い寄られしまえば強く出ることができない。マリアナに言うつもりは勿論ないがこうも怯えた様子なのは気がかりだ。

「破談になってしまったら、なにか問題があるの?」
「い、いえ! ジュディ様のお耳に触れるようなことではありません」

 これは裏があるなと察知する。どうやって聞き出したものかと思案していたときだった。ロイドが運ばれた部屋から、誰かを呼ぶ声がした。

「だれかいないかね。至急、これの薬品を買ってきてくれないか! 王都のオペラハウス前にある食堂で買える! 薬の知識があるものがいいのだが」
「はい! わたくしめが行きます!」

 部屋から顔を出したのは医者のマークだった。カインとアベルは、約束どおり、マークを紹介していたようだ。

「薬品は吐かせたが、まだ油断はできない。できるだけ、水を飲ませて吐き出させている」
「分かりました。もっと水をもってこさせます」
「それも早くしてくれ。今夜が峠だぞ」

 ロイドはそれほどまでに容態が悪いのだろうか。それに、吐き出させているとはどういうことだろう。まるで、毒を飲んだような言い草だ。

「マーク、ロイドは大丈夫なの?」

 マークの険しい表情のまま頭を振った。

「粗悪な媚薬を大量に盛られたようですね。ロイド様はお体が強くない。強力な薬に、体が拒絶反応を示しています」
「そういえば、ロイドの部屋で零れた紅茶を見たわ。もしかして、それに……?」
「そうですか。のちほど調べてみましょう。ジュディ嬢はお帰りになった方がよろしいかと存じます。ここにいても息がつまるだけでしょう」

 居座ってもロイドの使用人達に迷惑をかけるだけだ。なにかあれば連絡してくれと言いおいて、勧められたとおりにジュディは侍女をひき連れて帰ることにした。
 揺れる馬車のなかで、ジュディはアベルの台詞を思い出していた。
 ――その悪党はね、自分の婚約者を殺そうとしているんだ。病弱な婚約者に少しずつ毒を飲ませてるんだよ。
 そんなことはあってはいけないし考えるのも恐ろしいことだが、アベルの言葉はまるで今回のことを予見していたように的を射ているような気がした。ロイドが変貌する前、マリアナと一緒にいた。これは偶然なのだろうか。
 マリアナを疑っているのか。友達であるマリアナを?
 だが、これまでも、マリアナはおかしな言葉をジュディに吹き込んできた。真偽が不確かな噂話で惑わし、双子からジュディを遠ざけようとしていた。
 これまで抑えてきた疑念が一気に噴き出してきた。マリアナは本当にジュディの善良な友達なのだろうか。彼女こそ、隠している裏の顔があるのではないか。
 いつもマリアナはジュディを品定めしていた。隣に立つ人間としてふさわしいか、はかっていた。
 なのにジュディはマリアナの言葉ならば間違いはないと妄信し続けていた。
 ――本当の悪党は、可憐な女性の姿をしている。
 馭者に行き先を変更するように伝える。一度も招待されたことはない、マリアナの屋敷。場所だけは知っていた。
 いつか必ず、招待してくれるものと信じていた。だから行くのに少し戸惑いがあった。
 それでも、自分のなかに湧き出してきた疑問に答えを出してしまいたかった。
 馭者が上手く、馬車の方向を転換する。馬の嘶きが上がる。目指すはマリアナの屋敷だ。

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