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羽化と拷問
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アベルは深々と頷いた。
「ジュディを傷つけたのはマリアナだ。あいつがすべての元凶だよ。ジュディは、なにも悪くない」
「わ、私は……」
「しいて悪い所をあげるとしたら、俺達に相談なしにあの女に会いに行ったところでしょうか。次からは気を付けて下さいね」
カインの指がジュディの頬を擽る。今度は払いのけられなかった。
「俺達はジュディの顔が綺麗だから好きになったわけじゃないですよ」
「そうそう。ジュディといて楽しいから、好きなんだよ」
「でも、私は変わった。自分でも分かるの。醜くなったって。顔が変になって、心まで嫌なものでいっぱいになったの」
双子は顔を見合わせて、くすくす笑った。
「なんで笑うの?」
「だって、馬鹿げたことを言うから。ジュディは根本的なところ全く変わってないよ。俺達が悲しそうな顔をすれば、すごい嫌だって顔をしてたし」
「だいたい、汚い、醜いって自己申告している時点で可愛い」
「正当化しないあたり、まだまだ理性で抗っている可愛い女の子だよ」
「でも、いつかは自分の醜さを感じられなくなるかもしれない」
「それでいいんじゃないかな」
それでいい?
汚くていいと、醜くて構わないとそういっているのだろうか。
「俺思ったんだけど、どうしてそんなに綺麗でいたいの。ジュディは」
「だって、そうなるべきじゃないの。正しい人間であるべきだわ」
「どうしてですか。ジュディは、聖人じゃないでしょう。身も心も清く正しくなんて、おかしいですよ」
「だいたい、ジュディはもう俺達に抱かれているわけだし、清らかじゃないじゃん」
「それとこれとは話が別だもの!」
「違わないよ」
硬い声だった。
アベルはジュディの頬を弄り、微笑んだ。
「処女じゃないから、清らかじゃない。顔が醜いから、心も醜い。同じだよ。どっちも心の在り方の問題だ。ジュディの気持ちの問題」
「ジュディは自分のことが嫌い?」
「嫌い。大っ嫌い。昔は違ったのに。顔がこうなってから、嫌いになった」
「じゃあ、好きになろうよ」
「無理だよ。鏡を見ると、思い出すの。自分が化物みたいに醜い生き物だって。世の中のすべてを恨んでいそうな、不満げな顔。両親や使用人にも目を背けられる。そうされるたびに、私の心が化物に変わるの。黒々と毛を生やした醜い巨体を持つ、疎ましいものになるの」
簡単な話ではない。ジュディの顔はマリアナの呪いにかかっている。不幸になれ。その怨念がまとわりついている。
他人を疎み、僻んで、嘲笑う。どうしようもない異形へと変化させようとしてくるのだ。
「屋敷中の鏡を割ればいい。差別的な両親とは縁を切りましょう。使用人は挿げ替えればいい。ジュディ、簡単なことです」
「外にはあんまり出れなくなっちゃうけど、俺らにとっては好都合だしね。ジュディ、そう難しく考えなくていいよ。だって、目障りなものをすべて消せば、残るのはジュディのことが大好きな俺達しかいなくなる」
「俺達はジュディの心が醜くても構いません。そもそも、俺達の心のなかの方が醜いですからね。ジュディがこっちに堕ちてきてくれるなんて、それほど僥倖なことはない」
「俺、王女様の人には言えない秘密いっぱい知ってるよ。性病に罹って、白粉塗らなきゃ顔の傷がばれちゃうとか。女王様プレイのし過ぎで、蝋を持つと人格が豹変するとか。やばい話を聞かせて、楽しませてあげる!」
「国王陛下の愛人の話はどうですか。陛下に愛妾ができるたびに秘密裏に暗殺している話は? そんな愛人を殺そうとする王妃の話も怖気が走って面白いですよ」
「王子様が娼婦をいたぶって遊んでいる話も、ジュディは知らないだろうなあ。何人か人を殺してるんだよ、あの王子様」
「ある公爵が領民に無辜の罪を着せて処刑を楽しんでいる話もしましょう。血みどろ公爵なんて呼ばれて畏怖されているんだそうですよ。でも、そうやって処刑された人間に石を投げるのはそこの領民達なんです。全員がパニックに陥ったよう。罪人を裁く姿を見たら、夜は眠れません」
双子があげる話は、まるで残酷な童話だ。
現実のものとは全く思えない。見世物小屋での伯爵夫人の話もそうだった。現実に起こった話だと思えなかった。
「この世のなかに、綺麗な顔をして醜いことをやっている奴がいっぱいいるって教えてあげる。俺らの話を聞けばどいつもこいつも心と顔の関係なく醜い化け物だって分かるよ」
「俺達は国王陛下の番犬。いろいろなところに監査に行っていますからね。臨場感たっぷりに真実を語ってあげますよ」
国王、王女、王妃、王子、貴族。キラキラとした高貴な人達もどろどろとした内実を秘めている。マリアナだって同じだ。可憐な彼女は、ジュディの一生を台無しにしてしまう苛烈さを持っていた。
能天気なジュディはやっと彼らと同じ場所に降りてこられたのではないか。正義も、悪もごちゃごちゃに混ぜられた社交界。一歩間違えれば地獄に向かう片道券付きの混沌。
長閑な田舎貴族であったせいで、ジュディは目隠しされていただけだった。現実はもっと善悪が混ざり合い、判別不能な感情の国ではないか。
ふつふつと沸き上がる怒りに混ざって、ジュディがこれまでに感じたことがないざらりとした感情がふっと現れた。
「――マリアナは、どうなるの」
話を折るような問いかけに、双子はなぜか笑みを深めた。まるで、ジュディの頭のなかを覗き込んで中身を見たようだった。
マリアナのことを考えても仕方がない。ずっとそう思っていた。負のエネルギーを向けても、ジュディの顔は戻ってこない。心がもっと醜い怪物に変わるだけだ。
「貴族だから、厳罰は難しいかもしれない」
「ジュディの顔のことも、ごろつきの犯行になってしまいましたしね。彼女自身は屋敷で謹慎しているだけだとか」
「公爵家の一件も、処分は位を取り上げるだけになるって聞いたな。財産は没収しないらしいよ」
「そんなのずるい」
ぽろっと本音がこぼれていた。
貴族だから、罰を免れる。重い罰を受けない。そんなの許容できない。
マリアナは自分がジュディをどんな目に合わせたか、身をもって知るべきだ。ジュディの心に暗雲を立ち込めた。そのことを深く後悔するべきだ。捻じれ、鬱屈した感情を受け止める義務がある。
ジュディはマリアナのことが好きだった。憧れていた。自慢の友達だった。他に何も耳に入らないほど信奉していた。
大好きだったからこそ、マリアナはジュディの思いを裏切った報いを受けるべきだ。
独りよがりだったジュディを騙して利用していたのだから、どんな目に遭おうと文句は言えないはずだ。
「その通り。ずるいですよね」
「普通の貴族なら、報復するところだけど。……ジュディは優しいからしないんだよね?」
ジュディは首を振った。そんな聖職者のように清らかな人間ではない。
醜い顔の女だ。ならば、容姿に似合う存在になってみせる。
「マリアナの顔をぐちゃぐちゃにしたい」
アベルが口元に手をあてて、上機嫌に笑う。
「勿論だよ。二目と見れないようにしてあげようよ」
「顔を犬に食わせる拷問が東洋にはあるそうです。それはいかがですか」
カインがアベルと同じ仕草で笑った。
「いいね。食用の豚に食べさせるっていうのも面白いかも。その豚をマリアナに食わせたら、皮肉がきいていて楽しそうじゃない?」
「腕と足を切って丸太のようにしてしまう劇もありましたよね。なんという題名だったか……」
邪悪な双子のたくらみを窘めようとは思わなかった。
それどころか、二人がジュディのために目を輝かせて悪事を考えていると思うと、体の芯が熱く火照ってきた。悪党が嫌いだったジュディは、すっかり彼らの一員だ。どう痛めつけてやろうかと、思考を巡らせている。
「マリアナの顔を見て、笑ってあげたい」
「じゃあ、とりあえず拉致しないとね。ガイに頼んでみる? あの舞台役者なら、金さえ与えればなんでもやるでしょ」
「まだあの役者にお熱のようですから、うまくいきそうだ」
「ガイにも笑ってもらおうよ。醜い顔だって」
顔を見合わせ、喉の奥から双子は心底楽しそうに笑った。
「ジュディの言う通りにするよ」
「ジュディの望む通りに。俺達はジュディの手足となって動きますよ」
それぞれ手を引き寄せ、甲に口づけられる。唾液で濡れた手の甲に顔を近づけ、舐めとる。甘い果実の味がした。
「ありがとう。カイン、アベル。大好きだよ」
「そこは愛してるって言って欲しいんだけどな」
「ふふ、愛してる」
「っ、ジュディ可愛い過ぎません? 俺も愛してますよ」
狭い馬車のなかで、カインに抱きつかれた。力強い腕のなかはひどく安心できた。もう、醜い顔を覗き込まれても拒否しなかった。双子の瞳には醜いジュディはいない。
硫酸で顔が爛れてしまったジュディがいるだけだ。彼らはジュディの顔をひどいとは言ったが、醜いとは言わなかった。傷付き、痛められたことを心配している。ジュディの中身が変わることを、二人は心配していないようだった。
考えてみれば当然だった。もし、カインかアベルの顔が硫酸によって変わったとしても、ジュディは醜いとは思わなかっただろう。どうして痛めつけたと加害者に憤る。
そんなことで関係を断絶しようとは間違っても思わない。ジュディはカインとアベルを見分けるために、彼らを微細に観察し、研究した。その時間は一度の事故でかき消せるものではない。
双子もきっと同じなのだろう。ジュディのことを醜いとは思っていないのだ。ジュディをジュディだと見てくれているだけなのだ。
「俺も、愛してる。ジュディのことが大好きだよ」
その年の夏。カインの屋敷には女の悲鳴が響いた。喃語のような言葉にならない声に、ジュディは腹がよじれるほど笑った。
胸に一時の後悔が浮かんだが、宴のように騒ぎ立てる双子の声で罪悪感はかき消された。マリアナはずっと助けを求めていた。抜かれた歯を食い合わせるように歯茎をくっつけて、助けを呼んでいた。
お友達でしょとぱくぱくと口が動く。
そうならばよかったのに。ジュディは目を細め、目線を彼女に合わせた。縋る瞳。媚びるような歪んだ笑顔。爪の剥がれた指。
ぼろぼろの女。憧れていたお洒落な彼女はどこにもいない。
「助けてあげようか?」
救いの糸を垂れ落とすと、マリアナはこくこくと何度も頷いた。
血塗れの指が伸びてくる。カインとアベルは興味深そうにジュディを見守っていた。
「ごめんなさいって言って」
マリアナは一瞬顔を強張らせた。彼女のなかにある矜持が必死に抵抗しているのだろう。ジュディは血まみれの指をそっと優しく握った。マリアナの血が付いていると思うとはやく水で濯ぎたくなる。
「はやく。お願い」
「ご、ごめんなひゃい。ごめんなひゃい」
「うん、許すよ、マリアナ」
ジュディはぽいっとマリアナの手を投げ捨てた。もうこの女に価値はなくなった。散々、残忍に扱われてきた。けれど、仕返しが済み、謝らせた今ではマリアナに対する執着を失ってしまった。ぼろぼろに崩れた矜持に愉快さを感じていたが、すぐに飽きてしまった。
もうどうでもいい。
双子に向き直り、お風呂に入りたいと懇願する。マリアナの血で汚れてしまったので、さっさと洗い流してしまいたかった。
「この女、もういいんですか?」
「うん。どうでもよくなっちゃった」
「もっと痛めつけてもいいのに。まあ、いいや。薔薇風呂に入ろ」
ゆっくりと拷問部屋の扉が閉まる。金切り声の女がジュディの背中を引き止めようとしたが、届かなかった。
「ジュディを傷つけたのはマリアナだ。あいつがすべての元凶だよ。ジュディは、なにも悪くない」
「わ、私は……」
「しいて悪い所をあげるとしたら、俺達に相談なしにあの女に会いに行ったところでしょうか。次からは気を付けて下さいね」
カインの指がジュディの頬を擽る。今度は払いのけられなかった。
「俺達はジュディの顔が綺麗だから好きになったわけじゃないですよ」
「そうそう。ジュディといて楽しいから、好きなんだよ」
「でも、私は変わった。自分でも分かるの。醜くなったって。顔が変になって、心まで嫌なものでいっぱいになったの」
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「なんで笑うの?」
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「正当化しないあたり、まだまだ理性で抗っている可愛い女の子だよ」
「でも、いつかは自分の醜さを感じられなくなるかもしれない」
「それでいいんじゃないかな」
それでいい?
汚くていいと、醜くて構わないとそういっているのだろうか。
「俺思ったんだけど、どうしてそんなに綺麗でいたいの。ジュディは」
「だって、そうなるべきじゃないの。正しい人間であるべきだわ」
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「それとこれとは話が別だもの!」
「違わないよ」
硬い声だった。
アベルはジュディの頬を弄り、微笑んだ。
「処女じゃないから、清らかじゃない。顔が醜いから、心も醜い。同じだよ。どっちも心の在り方の問題だ。ジュディの気持ちの問題」
「ジュディは自分のことが嫌い?」
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「じゃあ、好きになろうよ」
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「外にはあんまり出れなくなっちゃうけど、俺らにとっては好都合だしね。ジュディ、そう難しく考えなくていいよ。だって、目障りなものをすべて消せば、残るのはジュディのことが大好きな俺達しかいなくなる」
「俺達はジュディの心が醜くても構いません。そもそも、俺達の心のなかの方が醜いですからね。ジュディがこっちに堕ちてきてくれるなんて、それほど僥倖なことはない」
「俺、王女様の人には言えない秘密いっぱい知ってるよ。性病に罹って、白粉塗らなきゃ顔の傷がばれちゃうとか。女王様プレイのし過ぎで、蝋を持つと人格が豹変するとか。やばい話を聞かせて、楽しませてあげる!」
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「王子様が娼婦をいたぶって遊んでいる話も、ジュディは知らないだろうなあ。何人か人を殺してるんだよ、あの王子様」
「ある公爵が領民に無辜の罪を着せて処刑を楽しんでいる話もしましょう。血みどろ公爵なんて呼ばれて畏怖されているんだそうですよ。でも、そうやって処刑された人間に石を投げるのはそこの領民達なんです。全員がパニックに陥ったよう。罪人を裁く姿を見たら、夜は眠れません」
双子があげる話は、まるで残酷な童話だ。
現実のものとは全く思えない。見世物小屋での伯爵夫人の話もそうだった。現実に起こった話だと思えなかった。
「この世のなかに、綺麗な顔をして醜いことをやっている奴がいっぱいいるって教えてあげる。俺らの話を聞けばどいつもこいつも心と顔の関係なく醜い化け物だって分かるよ」
「俺達は国王陛下の番犬。いろいろなところに監査に行っていますからね。臨場感たっぷりに真実を語ってあげますよ」
国王、王女、王妃、王子、貴族。キラキラとした高貴な人達もどろどろとした内実を秘めている。マリアナだって同じだ。可憐な彼女は、ジュディの一生を台無しにしてしまう苛烈さを持っていた。
能天気なジュディはやっと彼らと同じ場所に降りてこられたのではないか。正義も、悪もごちゃごちゃに混ぜられた社交界。一歩間違えれば地獄に向かう片道券付きの混沌。
長閑な田舎貴族であったせいで、ジュディは目隠しされていただけだった。現実はもっと善悪が混ざり合い、判別不能な感情の国ではないか。
ふつふつと沸き上がる怒りに混ざって、ジュディがこれまでに感じたことがないざらりとした感情がふっと現れた。
「――マリアナは、どうなるの」
話を折るような問いかけに、双子はなぜか笑みを深めた。まるで、ジュディの頭のなかを覗き込んで中身を見たようだった。
マリアナのことを考えても仕方がない。ずっとそう思っていた。負のエネルギーを向けても、ジュディの顔は戻ってこない。心がもっと醜い怪物に変わるだけだ。
「貴族だから、厳罰は難しいかもしれない」
「ジュディの顔のことも、ごろつきの犯行になってしまいましたしね。彼女自身は屋敷で謹慎しているだけだとか」
「公爵家の一件も、処分は位を取り上げるだけになるって聞いたな。財産は没収しないらしいよ」
「そんなのずるい」
ぽろっと本音がこぼれていた。
貴族だから、罰を免れる。重い罰を受けない。そんなの許容できない。
マリアナは自分がジュディをどんな目に合わせたか、身をもって知るべきだ。ジュディの心に暗雲を立ち込めた。そのことを深く後悔するべきだ。捻じれ、鬱屈した感情を受け止める義務がある。
ジュディはマリアナのことが好きだった。憧れていた。自慢の友達だった。他に何も耳に入らないほど信奉していた。
大好きだったからこそ、マリアナはジュディの思いを裏切った報いを受けるべきだ。
独りよがりだったジュディを騙して利用していたのだから、どんな目に遭おうと文句は言えないはずだ。
「その通り。ずるいですよね」
「普通の貴族なら、報復するところだけど。……ジュディは優しいからしないんだよね?」
ジュディは首を振った。そんな聖職者のように清らかな人間ではない。
醜い顔の女だ。ならば、容姿に似合う存在になってみせる。
「マリアナの顔をぐちゃぐちゃにしたい」
アベルが口元に手をあてて、上機嫌に笑う。
「勿論だよ。二目と見れないようにしてあげようよ」
「顔を犬に食わせる拷問が東洋にはあるそうです。それはいかがですか」
カインがアベルと同じ仕草で笑った。
「いいね。食用の豚に食べさせるっていうのも面白いかも。その豚をマリアナに食わせたら、皮肉がきいていて楽しそうじゃない?」
「腕と足を切って丸太のようにしてしまう劇もありましたよね。なんという題名だったか……」
邪悪な双子のたくらみを窘めようとは思わなかった。
それどころか、二人がジュディのために目を輝かせて悪事を考えていると思うと、体の芯が熱く火照ってきた。悪党が嫌いだったジュディは、すっかり彼らの一員だ。どう痛めつけてやろうかと、思考を巡らせている。
「マリアナの顔を見て、笑ってあげたい」
「じゃあ、とりあえず拉致しないとね。ガイに頼んでみる? あの舞台役者なら、金さえ与えればなんでもやるでしょ」
「まだあの役者にお熱のようですから、うまくいきそうだ」
「ガイにも笑ってもらおうよ。醜い顔だって」
顔を見合わせ、喉の奥から双子は心底楽しそうに笑った。
「ジュディの言う通りにするよ」
「ジュディの望む通りに。俺達はジュディの手足となって動きますよ」
それぞれ手を引き寄せ、甲に口づけられる。唾液で濡れた手の甲に顔を近づけ、舐めとる。甘い果実の味がした。
「ありがとう。カイン、アベル。大好きだよ」
「そこは愛してるって言って欲しいんだけどな」
「ふふ、愛してる」
「っ、ジュディ可愛い過ぎません? 俺も愛してますよ」
狭い馬車のなかで、カインに抱きつかれた。力強い腕のなかはひどく安心できた。もう、醜い顔を覗き込まれても拒否しなかった。双子の瞳には醜いジュディはいない。
硫酸で顔が爛れてしまったジュディがいるだけだ。彼らはジュディの顔をひどいとは言ったが、醜いとは言わなかった。傷付き、痛められたことを心配している。ジュディの中身が変わることを、二人は心配していないようだった。
考えてみれば当然だった。もし、カインかアベルの顔が硫酸によって変わったとしても、ジュディは醜いとは思わなかっただろう。どうして痛めつけたと加害者に憤る。
そんなことで関係を断絶しようとは間違っても思わない。ジュディはカインとアベルを見分けるために、彼らを微細に観察し、研究した。その時間は一度の事故でかき消せるものではない。
双子もきっと同じなのだろう。ジュディのことを醜いとは思っていないのだ。ジュディをジュディだと見てくれているだけなのだ。
「俺も、愛してる。ジュディのことが大好きだよ」
その年の夏。カインの屋敷には女の悲鳴が響いた。喃語のような言葉にならない声に、ジュディは腹がよじれるほど笑った。
胸に一時の後悔が浮かんだが、宴のように騒ぎ立てる双子の声で罪悪感はかき消された。マリアナはずっと助けを求めていた。抜かれた歯を食い合わせるように歯茎をくっつけて、助けを呼んでいた。
お友達でしょとぱくぱくと口が動く。
そうならばよかったのに。ジュディは目を細め、目線を彼女に合わせた。縋る瞳。媚びるような歪んだ笑顔。爪の剥がれた指。
ぼろぼろの女。憧れていたお洒落な彼女はどこにもいない。
「助けてあげようか?」
救いの糸を垂れ落とすと、マリアナはこくこくと何度も頷いた。
血塗れの指が伸びてくる。カインとアベルは興味深そうにジュディを見守っていた。
「ごめんなさいって言って」
マリアナは一瞬顔を強張らせた。彼女のなかにある矜持が必死に抵抗しているのだろう。ジュディは血まみれの指をそっと優しく握った。マリアナの血が付いていると思うとはやく水で濯ぎたくなる。
「はやく。お願い」
「ご、ごめんなひゃい。ごめんなひゃい」
「うん、許すよ、マリアナ」
ジュディはぽいっとマリアナの手を投げ捨てた。もうこの女に価値はなくなった。散々、残忍に扱われてきた。けれど、仕返しが済み、謝らせた今ではマリアナに対する執着を失ってしまった。ぼろぼろに崩れた矜持に愉快さを感じていたが、すぐに飽きてしまった。
もうどうでもいい。
双子に向き直り、お風呂に入りたいと懇願する。マリアナの血で汚れてしまったので、さっさと洗い流してしまいたかった。
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