龍王級呪禁師の妄執愛は、囲われ姑娘に絡みつく

二辻

文字の大きさ
5 / 19

第5話

しおりを挟む
 ――やっぱりそういうことなんじゃない。
 こくっと生唾を飲み込む。
 こういうことは初めてで、彼の要求通りに上手くできるか自信がないか不安になってくる。
 満足してもらえなかったらどうなるのかなんて想像したくもないし、そもそも普通に交わるだけであの額を返せるとも思っていない。この服や化粧、料理代だって私程度の身体では払えない。
 お店ならば多少は売りになったかもしれない未経験というのも、こうなると面倒臭がられるような気がしてきてしまう。
  
「なにを、すればいいの」
  
 緊張を隠せないままに彼を振り返れば、束宵スーシャオからはやっぱり不思議そうな顔を返される。
  
「なに、って?」
「だから、どんな特別なことをすればいいの? どうしたら助けてもらったお礼がしきれるの?」
「なんだ、そんなことか。君はなにもしなくていい」
  
 束宵スーシャオの言葉に、今度は私が理解できない顔になる番だ。
  
「私、なにもしてないよ」
「してくれたじゃないか。オレ好みの格好をしてくれて、ごはんに付き合ってくれた。しかも、オレの膝の上で幸せそうに食べてくれた。今、すごい満足してる。こんなに満ち足りた気持ちになったのは久し振りだよ」
「……それしか、してない。っていうか、それは私がしてもらったことで、なにも返せてないよ」
「自分好みの女の子の命を助けられて、しかも一緒にお出掛けしてもらえたんだ。それ以上のものなんて求めないよ」
  
 彼がなにを言っているのかわからない。
 命を助けてもらったお代を支払うという話はどこにいったのか。お金はもちろん、今日は一日全部奢ってもらってしまっていてむしろ借りは増えている。発言の意図がわからずに顔をしかめれば、そんな私を見た束宵スーシャオはポンと手を打った。
  
「あー! ゴメン、ちゃんと話してなかったな。さっき吹っ掛けたのは冗談。え、もしかしてアレ本気にした? いやだな、元々君からお金取る気なんてないよ。払えるなんて全然思ってないし、そんな子から無理に取るつもりもない。綺麗な格好させてあげて、おなかいっぱい食べさせてあげたかっただけなんだ。あの状態で誘ったって、君、素直についてきてくれなかっただろ? だからあんな言い方しちゃった」
  
 へらりと笑った束宵スーシャオだったが、すぐに真面目な顔になる。
  
「ついでに、そんなに可愛くなった君をあそこに返したら無事じゃ済まなさそうだ。だから、連れて帰ってきた」
  
 彼の言葉に、自分の服を見下ろす。確かに、こんなに綺麗で高そうな服なんてあの町に足を踏み入れた瞬間、全身奪い取られて、下手したら命だって無くしてしまうかもしれない。あそこは、そういう町だ。そういう意味では束宵スーシャオの想像は間違っていない。
 そこは理解したとして、今日の出来事はどれもこちらが感謝すべき状況で、それを「ありがとう」と言われるのは納得できない。
  
「本当は、なにをさせるつもりなの?」

 ただ善意だけで動く人間などいない。なにかしらの見返りを求めているはずだ。すぐに言えないというのなら、それはきっとかなり難しい、もしくは受け入れられる人が少ないような内容なのではないだろうか。

「はっきり言ってくれて大丈夫だから、ちゃんと言って――」
「ね。今気付いたんだけど、これってもしかして人攫いになる? 君にもなんにも言わずに連れてきちゃったもんな。えー、どうしよう。困ったなあ」
  
 そんなことを言いながらも、束宵スーシャオに困った様子はない。
 私に身寄りはないと踏んでいるのか、それとも、それこそお金で全部どうにでもなると思っているのか、ただの変人か。彼の態度は嘘を吐いているようにも見えないが、本心であるようにも見えない。
 疑い深いのは、貧民街で育ちのせいもあるのだろうけど、束宵スーシャオも素直に信用させてくれない雰囲気を持っていた。

「全部本気で言ってるの?」
「本気だよ」

 へらへら笑っている彼の、着飾った私と食事を共にしただけで満足という言葉を信じるのなら、これ以上ここに留まる理由はない。私は、身体ごと彼に向き直って、身につけている綺麗な着物の襟を引っ張る。
 つまり、あの町に戻るにあたって一番問題になるのはこの服だ。髪を整えてくれた香りのいい油や化粧品の匂いは簡単に消せないけれど、それでも見た目がこれでなければ危険は多少減る。
  
「私の元々の服は? あれを着て帰れば多分大丈夫。これは返すよ」

 私が袖を通してしまったせいで、この服の価値はかなり下がってしまっただろうことが申し訳ない。しかし束宵スーシャオは、困ったように眉を寄せて肩をすくめた。

「ゴメン。あまりに汚かったからさ、処分お願いしちゃったよ」
  
 まだ着られたのに、と呟けば束宵スーシャオはさすがに嫌な顔になる。
  
「冗談だろ」
「え。着られたよ。まだ穴もそんなに開いてなかったし」
「……いや……えぇ……」
「じゃあ、どこかで古着を手に入れるから、とりあえずもう捨てるって服があったらそれを貰うことって出来る?」
  
 最悪、布1枚でも良いんだけど、と思いながら着物を脱ごうと帯に手を掛ける。しかし、どこがどうなって結ばれているのかわからなくて、四苦八苦することになる。苦労していると
  
「あそこに、帰りたい?」
  
 静かな声で束宵スーシャオが聞いてくる。改めて問われれば、瞬時に帰りたいとは言えなかった。

 穴の開いた壁。
 役目を果たしていない屋根。
 食べるものなど、毎日ほぼない。
 寝ている時もいつ奪われるかと気の休まることはなく、いつも寝不足で身体の調子が良かったことなどない。
 私は運良く気のいい大人に囲まれて育ってきたから今まで無事だっただけで、女が一人寝をして安心できる土地ではなかった。
  
「ほら、答えられない。もし帰りたくないんなら、ここにずっといても良いよ」
「それ、もしかして住み込みの使用人として雇ってくれるってこと?」
  
 使用人、と言っても、まともな生活をしてきていない私がちゃんと出来る仕事は少ない。でも覚えが悪いと言われたことはないから、教えてもらえればそこそこ働けるようになるはずだ。誰にも擦れ違っていないけれど、こんなに立派な家に召使いがいないわけがない。手が足りてないのなら、是非お願いしたいくらいだ。
 こんなに立派な屋敷で働けたらどんなに素敵だろう。屋根がある。壁がある。隙間風に凍えることもない。貞操や命の危機に晒されながら寝なくて済む。現金にも瞳を輝かせれば、彼は首を振って「雇わない」とあっさり言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。 花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。 日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。 だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

処理中です...