龍王級呪禁師の妄執愛は、囲われ姑娘に絡みつく

第11話

　気持ち良く受け入れてくれた束宵スーシャオと一緒に住みだして2年と少しが経った。
　最初に教えられたのは、この屋敷で働いているのは彼の使役する式――作り物の妖？　のようなものだということ。彼らは私には姿が見えない存在だという。気配があっても怖がる必要はなく、生活全般の世話をしてくれているから要求があれば声に出せば応えてくれる。外出時には私の護衛としてついてきてくれているらしい。

　生活を共にしだしてすぐ、束宵スーシャオは字の読めなかった私に読み書きを教えてくれた。

「読み書きは出来て悪いものじゃないからね」
「うん」
「書けたり読める字は一つもない？」
「自分の名前だけ」
「じゃあ、次覚えるのはオレの名前にしようか」
　 
　彼は、自分の名前を『束宵』と書く。書く文字すらも美しい男にどういう意味か尋ねれば、彼はにんまりと微笑んだ。
　 
「束は、束ねるとか、拘束する、みたいな意味」
「……拘束……」
「花束、とかの束。ははっ、玲花リンファの名前にも花って字が入ってるね」
　 
　束宵スーシャオは「花束」と書いて「君とオレの名前合わせた言葉だな」と嬉しそうな顔をする。なんだか恥ずかしいことを言っている彼の脇をつついて続きを促せば、笑顔のままで自分の名前を指す。
　 
「それから、宵、は夜のことだよ」
「束宵の髪の色、夜の空の色っぽいもんね」
「ん？　そう？」
　 
　彼は自分の髪を軽く撫でてみせる。
　 
「でもオレは、玲花リンファの炎みたいな色の髪も好きだよ。ああもう、君が読み書きできるのは、自分の名前とオレの名前だけで良いような気がしてきたな」
「良くないってば。冗談言ってないで、他の字も教えて。数字とか、色々」
「うん、ゆっくり覚えていこう」
　 
　束宵スーシャオの教えが上手なせいか、まるで昔から知っていたものを思い出すかのような速度で文字を読んだり書いたりできるようになった。
　読み書きを覚えたおかげで、出来る仕事も増えたのはとてもありがたかった。束宵スーシャオは働きに出なくてもいいと言っていたけれど、家のことは式が全部やってくれるから私に出来ることなどない。やることなくごろごろしているのも性に合わない。だから、週に２回ほど短時間だけ、束宵スーシャオも知っている料理屋で女給の仕事をさせてもらっていた。
　清潔な環境にあるおかげで、食事を提供する場でも働けるようになったのは嬉しい。ついでにお店で料理も教えてもらって、今では時々私の作った料理を束宵スーシャオに食べてもらえている。相変わらず、私の手から食べないと味がわからないらしくて、私がいない日のお昼はまだろくに食べないことも多いみたいだけど、朝と夜はなるべく一緒に食べることで、少しは彼の生活も健康的になったのではないかと思う。
　少し稼げるようになってからは生活費を渡そうとしたのだけど、束宵スーシャオは受け取ってくれなかった。
　 
「お金は余ってるから要らない」
　 
　となんとも腹の立つことを言った上でこんなお願いをしてきた。
　 
「お礼がしたいって言うのなら……そうだな、添い寝してくれると嬉しいかな。玲花リンファが一緒だとよく寝られて調子良いんだ」
　 
　添い寝、それはつまり一緒に寝てくれということだ。私は束宵スーシャオと一緒の寝室で眠ることになり、そして私たちは――などという展開にはならず、本当に2年間、添い寝だけで手を出してくることはなかった。
　初めてであったあの日、私に一目惚れしたの好きな子だのと言っていた割には、束宵スーシャオは抱き締めるくらいしかしてこなかった。触れ方がいやらしいということもなくて、ただ包み込むように、守るように、私を抱き締めていた。そういう態度が、束宵スーシャオに対して安心感を持てたきっかけのひとつだったのだと思う。なんらかの対価に身体を求めてこない男というのは、私が生きてきた中ではとても貴重な存在だった。
　ただ私を甘やかして、大事にしてくれているのがわかる彼の態度に、今まで特定の誰かから愛された経験のなかった私はすっかり懐柔されてしまって、その環境がなくてはならないものになっていった。
　そして、一緒にいて安心できる男だった束宵スーシャオが私にとってなくてはならない存在になるのはあっという間で、一緒に暮らしていくうちに芽生え始めたほのかな恋心を密かに育てていた私は、20歳になったその日、彼に想いを告げることにした。
　 
「あのね、私、束宵スーシャオに言いたいことがあって」
　 
　誕生日を祝ってもらった日の夜、寝台に寝転がった束宵スーシャオの隣に座った格好で切り出した。
　誕生日と言っても、親のいない私は明確な生まれた日を知らない。ただ町のおばさんたちから、この日に拾ったと言われた日を覚えていただけだ。彼と出会ってすぐに18になったと予想できる私は、そこからかなり経ってから誕生日について問われ、過ぎていると答えて束宵スーシャオをがっかりさせた。
　だから今日は、生まれてから二度目の生まれたことを祝ってもらえた特別な日。特別な贈り物は、束宵とお揃いの簪だった。
　彼と出会った頃は洗える回数が多くなかったこともあって短く切っていた髪も、今では背中の中ほどまで伸びた。私の髪を弄るのが楽しいのか、毎日のように束宵スーシャオが結ってくれていろいろな髪形を楽しめるようになっていた。どうして女の髪を結うのに慣れているのかという疑問が湧かなかったわけではないが、気にしたらいけないと頭の隅に追いやった。
　今日の髪型は、贈り物の簪で一つにまとめた形だった。束宵スーシャオの髪も、上半分がお揃いの簪でお団子にされていた。
　――お揃いのものを、なんとも思ってない相手に渡したりはしないよね？
　でも、好かれているのではないかという予感はあるのに、一切手は出されない。もう子供ではないのに、なにもされない。
　いや、そもそも出会った時から子供というような年齢ではなかったのに、あの時から彼の態度は変わらないのだ。
　――単純に、女としての魅力がない？
　ちょっと不安になりながら脇腹をつつけば、束宵スーシャオはびくんと身体を跳ねさせる。
　 
「んっ、なに？　構ってほしいの？」
　 
　腕を伸ばして腰に抱き着いてくることはしても、それ以上されないのはわかっている。
　 
「真面目な話」
「ん？」
　 
　笑顔だった束宵スーシャオが真面目な顔になる。
　 
「なに？　出てくとか、そういう話？」
　 
　うっすらと弓形になる唇。しかし目は笑ってない。
　 
「ううん」
「そういうのじゃないなら良いよ。話聞く」
　 
　身体を起こした束宵スーシャオは、私と向き合うように寝台の上に座る。寝巻の裾をぎゅうっと握った私は、明らかに緊張を隠せていなかった。
　 
「なに？　おねだり？　動物が飼いたい？　それとも欲しいものが高くて言い出しにくいの？」
「そういうのじゃない」
　 
　首を左右に振れば、彼は首を傾げる。
　 
「言いたいことあるなら、ちゃんと言ってくれないとわからないよ」
「あのね」
「うん」
「あの、私ね」
　
　普段の私なら、こんなに口籠ったりはしない。なかなか言い出せない私を急かすことなく、束宵スーシャオは黙って待ってくれる。私のことを尊重してくれるそんなところも好きだな、と改めて思って心が温かくなり、覚悟を決める。
　 
「私、束宵スーシャオのことが、好き……」
「………………」

　彼は真面目な顔のまま、表情を変えない。

「あの、友達とか家族とか、そういうのじゃなくて」
「あー……恋愛的な意味で、ってこと？」
　 
　黙られると余計に緊張する。耐えきれずに続ければ、彼はそのものずばりな意味で聞き返してきた。改めて確認されるとどうしようもなく恥ずかしい。震えなのかどうかもわからないほどにかすかに頷き、俯いたまま自分の手を見つめる。ぎしっと寝台が鳴って彼が少しこちらに近付いたのを感じた。
　 
「ね、本当にオレのこと好きなの？」
「……うん」
「へえ」
　 
　いつの間にかぎゅっと瞑っていた目を開ければ、下から覗き込むように彼が眺めてきている。普段ならなんとも思わない距離なのに、自分の気持ちを伝えようとしているという自覚があるせいか、急に恥ずかしくて仕方がなくなる。
　 
「玲花リンファ顔、赤いよ」

　束宵スーシャオの囁く声は、いつもより甘い。

「だって、こんなのはじめてで」
「へえ。玲花リンファが、初めて好きになった相手、オレ？」
「ん」
　 
　こくりと頷くと、束宵はとろける笑みを見せた。
　 
「どうしよ、嬉しい」
「嬉しい？」
「うん、嬉しい。ずっとずっと好きだったから、やっと受け入れてもらえたんだなぁって胸がいっぱいで泣きそうかも」
　 
　彼は顔をゆっくりと近付けてくる。
　いい？　と吐息で尋ねられ、生唾を飲み込みながら頷く。
　 
「好きだよ」
「わたし、も、好き」
「……玲花リンファ……ん……」
　 
　そっと唇が重なって、そのまま寝台に押し倒される。
　ただ触れるだけだった唇から舌が差し出される。唇の間を何度も優しく舌先で撫でられて口を開けば、そこにぬるりとしたものが入ってきた。