龍王級呪禁師の妄執愛は、囲われ姑娘に絡みつく

二辻

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第14話

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 自分の身体の不調に気付いたのは、彼と心身ともに結ばれてからしばらく経った頃のことだった。
時折妖に襲われることもありつつ、それでも束宵スーシャオが毎回助けてくれるので、ある意味平和に幸せに暮らしていたのだが。
 さすがに昼夜を問わず求められるというのが続くと、体力にも限界が来る。妙に疲れやすくなったのを、彼と愛し合う頻度の高さで単純に疲れが溜まっているだけだと思っていた。それに彼に愛されるのは気持ち良かった。心身ともに満たされる感覚は、愛情に飢えていた昔の私の寂しさも埋めてくれるものだった。
 でも、ある日貧血を起こしてよろけた私を見た時の束宵スーシャオの動揺は、ちょっとやそっとではなかった。こちらが驚くほどに狼狽え、すぐに私を寝台に寝かせ、もうなにもしなくていい、とその場に言葉で縛り付けた。

玲花リンファ、ああ玲花リンファ……無理はしないで。辛かったら休んでいい。本当は働きに出る必要なんてないんだから、これからはずっと家にいて」
「ちょっと疲れてるだけだよ。大丈夫だってば。もう、束宵ってば心配性だな」
「――疲れてるだけじゃ、髪の色は抜けないよ」
「え?」
 
 苦しそうな顔になった彼に指摘されて、はじめて気付いた。燃えるような赤色といつも束宵スーシャオが褒めてくれる私の髪の根本が、うっすらと白くなってきていたのだ。
 
「ずっと見ていたのに。今度こそ、って思ってたのに」
 
 ガリガリと親指の爪を噛む束宵スーシャオの顔は貧血の私よりも真っ青になっていた。
 
「若いうちから白髪になる人もいるもんね。私、そういう家系だったのかな?」
 
 それに、貧民街では苦労している人も多かったから、若いうちから白髪の多い人も結構な割合でいた。だから、こんなのは珍しい話ではなくて、束宵スーシャオがどうしてそこまで苛立っているのかわからない。
 
「そういう時には、そんな感じに髪の全体が白くなってはいなかっただろう」
 
 唸るように言った束宵スーシャオの目が据わっている。血が滲むほどに爪を噛んでいた彼は、ハッとした顔で部屋を駆け出すとすぐに戻ってきて、濃い緑色のドロリとした液体の入った器を突きつけてきた。
 
「これ、滋養強壮の薬。少しは良くなるはずだから、飲んで」
「ありがと――って、うわっ、苦っ!」
 
 一口試しに飲んでみると、顰め面になってしまうほどの苦みが襲ってくる。そーっと器を置こうとすれば「ダメだよ、全部飲まなきゃ」束宵スーシャオは手首を掴んでとめさせる。
 
「えーと、あとで飲むよ」

 笑って誤魔化せば大抵のことはゆるしてくれる束宵スーシャオなのに、この時は断固として譲ってくれなかった。

「ダメ、今、オレの前で全部飲んで」
 
 嫌だなぁと思っていつまでも飲まずにいると、彼は器を奪って一気にそれを口に含んだ。
 ――自分で飲んで、苦くないから飲んで言うつもりなのかな?
 なんて思っていると、私の顎を上げさせた束宵スーシャオが唇を重ねてくる。うわ、と思う間もなく上手に薬を流し込まれた。
 唇と鼻を塞がれていては吐き出すことも出来ず、全部飲み込まされる。喉をドロドロの液体が滑り落ちていくのを感じながら、うぇ、と舌を出して苦さに耐える。
 
「よく飲めたね。偉いよ」
 
 ぽん、と頭を撫でられる。涙目で見上げれば、彼は私の目尻に浮かんだ涙を拭った。
 
「苦かったよー」
「身体に効く薬は、苦いものだよ」
束宵スーシャオ、呪禁師なら術でどうにかならないの? すぐに元気になるようなのとか。おなか痛いのは治してくれるのに、他のはなにもしてくれないよね」
 
 なんで? と問えば、いいこいいこと頭を撫でてくれながら懐から出した飴を私の口に押し込み「オレも苦かったから」と口付けてくる。お互いの舌の間で転がし、甘くなった唾液を何度も飲み込む。そうこうしているうちに、飴は溶け切ってしまった。
 
「もう、どさくさに紛れてなにするの」
「口の中、いつまでも苦いのは嫌だろ?」
 
 にまぁっと笑った束宵スーシャオに、私は再び問う。
 
「だから、すぐに元気になれるような術とか、ないの? あったら便利なのに」

 案の定、これで私を黙らせたつもりだったのだろう。懲りずに話を再び振った私に、一瞬口角を下げた彼は小さく肩をすくめた。

「うーん……ないわけじゃないんだけど、オレのそういう術って玲花リンファの身体と相性よくないみたいでさ。試してみるにも、君の今の体調じゃ余計に具合悪くなる可能性が高い。今は薬で我慢して?」
 
 またこの苦い薬を飲まされるのか。器の底に残った緑の液体を見ながら恨めし気な目になってしまう。唸る私の頭をまた撫でた束宵スーシャオは優しい顔で見てくる。
 
「それにしても、術にはかける相手との相性なんてあるんだね。おなか痛いのはちゃんと治るのに」
「あとは外傷――火傷とか怪我なら治してあげてるだろ。人の身体に対して使う術は、相手の気の流れを使うものも多いからね。どうしても効きやすいとか効果がないとか、そういう差は出てきちゃうものなんだ」
「そっか」
 
 ――まあ、呪禁師といっても万能なわけではないのだろうし、そんなものなのかな。
 単純にそう理解した私は、体調が回復するまで仕事を休むことになった。ほぼ寝込んでいる状態ではあったものの、彼から求められることがないわけではなく、むしろ念入りに愛されるようになっていた。
 
「ねえ、どうしても……したいの?」
「ん、ゴメン。でも、お願い、オレのこと受け入れて」
 
 苦しそうな顔でねだられると、可哀想になってしまって拒否はできない。玲花リンファはなにもしなくていいと言われた私は本当にされるがままだった。それでも彼が独りよがりということはなく、毎回ちゃんと私を気遣って、丁寧に、大切に愛してくれていた。

 彼に抱かれることで体力を使うせいか一時的に疲れはする。しかし不思議なことに、目を覚ませば少し身体が軽くなっているということに気付いた。
 束宵スーシャオに愛されている私は、毎日、少しずつ体調を取り戻しつつあった。
 
束宵スーシャオ、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
 
 元気になりつつあり家の中を歩き回る許可が出た私は、本を読んでいる束宵スーシャオの近くで刺繍をしていた。彼から教わった呪術的な紋様を小物に糸で描いていく。彼は仕事の度にそれをお守り代わりと言って懐に入れていっていた。私の作ったものにそんな効果はないのは明らかだったが、彼が大切にしてくれるのは嬉しい。今は彼の帯に、花の模様を刺繍している最中だった。
 
「どうして病気療養中なのに、その――私のこと、毎日、抱くの?」
「シたいから」
「嘘。それだけじゃないでしょ。だって、抱いてくれると身体楽になるもん。おかしくない?」
 
 誤魔化すように笑う束宵スーシャオにぐっと顔を寄せると、自然と顔を寄せられる。思わず目を瞑ると、ふっ、と唇の前で吹き出された。カッと頬を染めて目を開ければ、くすくす笑いながら彼は頬に口付けてくる。
 
「本当、可愛いな玲花リンファは」
「誤魔化さないでよ!」
 
 ゴメンて、と目を細めた彼は、すぐに笑いを引っ込め真剣な顔をした。
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