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第17話
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余りにも美しくも悍ましい光景に、私はガタガタ震えて床にへたり込む。
束宵はすべての水槽に口付けながら、またこちらに戻ってくる。
「どうしたの? 桃花に会いたかったんじゃないの?」
「桃……花さ、の……あれ、あれは……死、体……?」
「ああ、ダメだよ玲花」
半泣きになりながら耳を押さえて震える私の顎を、あの爪のような装飾品をつけた指で引っ掛けて上を向かせた束宵は笑う。
「いくら君でも、彼女たちにそんな失礼な言い方をしてはダメだ」
「っ、これ、あ……この部屋、なに……」
「これはオレの愛の形。言ってきたじゃないか。ずっとずっとずっとずっと前から君だけを愛してる、って。玲花が生まれるずっと前から、前の君が死ぬ前の前の前――そのずっと前から君だけを愛し続けてるんだ」
ずっと前、は出会った時、2年前からという話ではなかったのか。
その言葉が、生まれるよりも前からのことを指していることを知らされた私は、目を見開く。
そもそも、前世なんて言われても信じられない。こんなのを見せられても、なにも思い出せない。なのに。
「君が亡くなってからも、肉体が消えてしまうのが惜しくてさぁ。記憶はどうしても薄れていくものだから、また巡り合えるとわかっていても思い出は大切にしたいじゃないか。だから、こうやって美しいまま保管してあげているんだ。昔の自分に会って、なにか思い出したことはない? オレとのこととか、愛された記憶とか」
目の端から、つうっと涙がこぼれた。
「君がこの世にいない間に、別の魂を持つ女に浮気したりなんかもしてないよ。オレが愛し続けてるのは、玲花、君だけだ。君がこの世から去ってからしばらくすると、オレも、また君がこの世に戻ってくるまで眠りにつくんだ。君のいない世界なんて、寂しくて耐えられないからね。肉体の年齢は、君の隣に並ぶのにふさわしい姿にしてあるつもりなんだけど、ちゃんと好みに合ってるかな?」
いつもの優しい笑顔で、いつもの優しい口調で。でも、彼の言っている言葉は私に通じない。同じ言語を扱っているはずなのに、意味が入ってこない。
「もう何年だろうな。君を愛し始めてから、数百年はゆうに経ってる。その間、ずっと君だけなんだ。こんなに一途な男はいないよ。そう思わない?」
なにもわからない、と私は首を左右に振るしかできない。混乱しすぎて言葉が出ない。ただ確かなのは、目の前に若い女性の遺体と思しきものが複数、美しい姿のままで保管されているということだった。ここから見る限り腐敗している様子は見えないし、良い香りしかしていない。
「オレの身体の一部がないのだって、過去の玲花を救おうとして神やら特別な力を持つ妖に捧げたからなんだ。腑の一部も捧げてる。この話をするのは、玲花が初めてかもな」
ねえ玲花、と彼は顔を近付けてくる。避ける間もなく口付けられ、舌に絡めとられる。くちゅ、と鳴る淫靡な音も、今日は悍ましいだけだ。彼は動けなくなっている私を抱き上げて、部屋の中に置いてある長椅子まで運んだ。そこに私を押し倒す。
「……や……っ」
抵抗すると、彼は笑う。
「まさか。君たちの見ている前で抱いたりなんてしないよ。もう触れられない子たちが嫉妬したら可哀想だし、見せつけるのも趣味が悪いしね」
そう言いながらも、深い口付けはしてくる。
「ああ、生きてる。玲花は、生きてて、触れることが出来て、オレの腕の中にいる。これがどれだけ幸せなことかわかるかい?」
「ス、シャオ、待って……」
「こんなに震えて。はははっ、感動してくれた? オレの一途な愛、伝わった? 思い出した?」
わからない、とまた首を振れば、束宵は不思議そうな顔をする。
どうしてこれで伝わると思うのだろう。どうして、その発言のすべてが事実だと、なんの疑問もなく信じられると思っているのだろう。わかっていたつもりの束宵のことが、わからなくなって、怖くなった。
「ど、して、私が、その、桃花……さん、たちと、同じ魂、って」
「オレには魂が見えるんだ。そういう目を貰ったからね。それに、君の身体にも証拠がある」
束宵は私を抱き上げると、桃花の水槽の前に連れて行った。恐ろしくて目を逸らそうとすれば、彼は私の顎を軽く掴んで前を向かせる。
「見て。桃花の脇腹、花のような痣があるのがわかるかい?」
恐る恐る視線を上げてみれば、確かに赤く、なにかの花のようにも見える小さな痣が彼女の身体にはあった。
それから、次の水槽の前へ。
その女性の身体にも、同じような痣がある。
三人目になると、花の横に蛇のような痣が現れた。
「あれは、君の魂に、オレの魂が結びついた印。だからね、君が君だって、ちゃんとわかるんだ」
それから後の人の身体にも、どこかしらに花と蛇の痣があった。
「それでね、君にも、ちゃんとあの痣がある」
束宵は、私の背中を撫でた。
「気付いてないだろうな。自分じゃ見えない場所だから」
彼は、私の背中、左に寄った場所に口付ける。
「ここに、ちゃんと。彼女たちと同じ痣がある。オレが愛し続けてきている女性だって印があるんだ」
その声はうっとりとしている。完全に酔いに浸っていて、私のことなど見えてはいなさそうに思えた。
彼がずっと、誰に愛していると言っていたのか、誰を抱いていたのか、わからない。わからなくなる。
私を見てはいなかったのではないかと思えば、胸が苦しくなった。
「愛してるよ、玲花」
「……桃花さんじゃなくて?」
「ん? だから、どれも君だろ。オレが好きな女の子は、ただ一人だ。ずっと変わらない」
多分、彼にもこちらの言葉が通じていない。私の中に桃花を見ていたのだろうと指摘しても「同じ魂なんだからどっちも同じことだよ」と返ってくる。
「でも、違う肉体なんでしょ」
「それは違うけど、魂は一緒。オレはね、君の魂を鬼になんてさせない。オレの手の届かないところにはいかせない。そう決めたんだ。ずっとずっと一緒にいるって」
だから、と彼は恐ろしいくらいに純粋で綺麗な笑顔を見せた。
「今回こそ、逃げないでね。」
大昔、その当時は桃花という女性だった私と出会った彼は、自然と恋に落ちた。二人は愛し合い、結婚して、しかしその直後に桃花は大病を患ってしまう。その頃から天才呪禁師の名を欲しいままにしていた束宵だったが、どんな手を使っても彼女の病気の進行は止められなかった。
その結果、彼女はあっけなく20歳で命を落とすことになる。
人は死ぬと鬼となって死後の世界に行くことが定められている。でも、それが束宵は許せなかった。自分の手の届かないところに行かれるのが、寂しくて苦しくてならなかった。そこで、禁術を用いて、桃花の魂をこの世に留まらせることにした。
その代償として失ったのは、味覚をはじめとした感覚のいくつかと、肉体の一部。それでも、術は成功したのだ。桃花の魂は、死後の世界に行かなかった。肉体も保存することで、元の身体に宿った桃花とずっと一緒に居られるのではないか――束宵はそう考えた。
のだが。
「どうにもうまくいかなくて、いつも肉体を離れた君の魂はオレの元から去って、別の肉体に宿るんだ。毎回見つけ出しているけどね」
束宵は愛し気に私の手を撫でる。
「どの桃花――玲花も可愛くて、そのたびに新しく恋に落ちたような気持ちになって。でも、オレが愛してるのが君だけなのは変わらない。永遠の愛を誓うよ。ははっ、これ、何度言ったかわからないな」
優しい声で耳元に囁いて、そこに口付ける。
「その時によって、どうしてもオレを受け入れるのに時間が掛かる時とか、いろいろあるんだけど」
彼の口調からは、生まれ変わった肉体に宿った桃花から拒絶されたこともあるのではないのだろうか。でも、その疑問を口にする勇気はなかった。下手な質問をすれば、私が彼を拒否していると思われかねない。そうなった時、この男が私になにをするのか。想像もしたくない。
「今回は、桃花と同じくらいに、オレのことを素直に受け入れて、愛してくれてて。本当に、嬉しい。嬉しいんだ。多分、素直に受け入れてくれているから、今のところ悪いようにはなってない。今回こそ絶対に救ってあげるから。だから」
愛されているのは、嘘ではない。
彼の愛情は本物だ。
私を必要としてくれていて――こんなのを見せられて、恐ろしくて堪らないのに、でも嫌いだとは思っていない。
――これは、私が桃花さんと同じ魂を持っているから? 彼女が愛した気持ちが強く残っているから?
だとすれば、私、玲花の気持ちはどこにあるのだろう。拒絶感を感じたのだろう過去の私と、私の違いはなに?
きつく抱きしめてきた束宵を、震える手で抱き返した。
束宵はすべての水槽に口付けながら、またこちらに戻ってくる。
「どうしたの? 桃花に会いたかったんじゃないの?」
「桃……花さ、の……あれ、あれは……死、体……?」
「ああ、ダメだよ玲花」
半泣きになりながら耳を押さえて震える私の顎を、あの爪のような装飾品をつけた指で引っ掛けて上を向かせた束宵は笑う。
「いくら君でも、彼女たちにそんな失礼な言い方をしてはダメだ」
「っ、これ、あ……この部屋、なに……」
「これはオレの愛の形。言ってきたじゃないか。ずっとずっとずっとずっと前から君だけを愛してる、って。玲花が生まれるずっと前から、前の君が死ぬ前の前の前――そのずっと前から君だけを愛し続けてるんだ」
ずっと前、は出会った時、2年前からという話ではなかったのか。
その言葉が、生まれるよりも前からのことを指していることを知らされた私は、目を見開く。
そもそも、前世なんて言われても信じられない。こんなのを見せられても、なにも思い出せない。なのに。
「君が亡くなってからも、肉体が消えてしまうのが惜しくてさぁ。記憶はどうしても薄れていくものだから、また巡り合えるとわかっていても思い出は大切にしたいじゃないか。だから、こうやって美しいまま保管してあげているんだ。昔の自分に会って、なにか思い出したことはない? オレとのこととか、愛された記憶とか」
目の端から、つうっと涙がこぼれた。
「君がこの世にいない間に、別の魂を持つ女に浮気したりなんかもしてないよ。オレが愛し続けてるのは、玲花、君だけだ。君がこの世から去ってからしばらくすると、オレも、また君がこの世に戻ってくるまで眠りにつくんだ。君のいない世界なんて、寂しくて耐えられないからね。肉体の年齢は、君の隣に並ぶのにふさわしい姿にしてあるつもりなんだけど、ちゃんと好みに合ってるかな?」
いつもの優しい笑顔で、いつもの優しい口調で。でも、彼の言っている言葉は私に通じない。同じ言語を扱っているはずなのに、意味が入ってこない。
「もう何年だろうな。君を愛し始めてから、数百年はゆうに経ってる。その間、ずっと君だけなんだ。こんなに一途な男はいないよ。そう思わない?」
なにもわからない、と私は首を左右に振るしかできない。混乱しすぎて言葉が出ない。ただ確かなのは、目の前に若い女性の遺体と思しきものが複数、美しい姿のままで保管されているということだった。ここから見る限り腐敗している様子は見えないし、良い香りしかしていない。
「オレの身体の一部がないのだって、過去の玲花を救おうとして神やら特別な力を持つ妖に捧げたからなんだ。腑の一部も捧げてる。この話をするのは、玲花が初めてかもな」
ねえ玲花、と彼は顔を近付けてくる。避ける間もなく口付けられ、舌に絡めとられる。くちゅ、と鳴る淫靡な音も、今日は悍ましいだけだ。彼は動けなくなっている私を抱き上げて、部屋の中に置いてある長椅子まで運んだ。そこに私を押し倒す。
「……や……っ」
抵抗すると、彼は笑う。
「まさか。君たちの見ている前で抱いたりなんてしないよ。もう触れられない子たちが嫉妬したら可哀想だし、見せつけるのも趣味が悪いしね」
そう言いながらも、深い口付けはしてくる。
「ああ、生きてる。玲花は、生きてて、触れることが出来て、オレの腕の中にいる。これがどれだけ幸せなことかわかるかい?」
「ス、シャオ、待って……」
「こんなに震えて。はははっ、感動してくれた? オレの一途な愛、伝わった? 思い出した?」
わからない、とまた首を振れば、束宵は不思議そうな顔をする。
どうしてこれで伝わると思うのだろう。どうして、その発言のすべてが事実だと、なんの疑問もなく信じられると思っているのだろう。わかっていたつもりの束宵のことが、わからなくなって、怖くなった。
「ど、して、私が、その、桃花……さん、たちと、同じ魂、って」
「オレには魂が見えるんだ。そういう目を貰ったからね。それに、君の身体にも証拠がある」
束宵は私を抱き上げると、桃花の水槽の前に連れて行った。恐ろしくて目を逸らそうとすれば、彼は私の顎を軽く掴んで前を向かせる。
「見て。桃花の脇腹、花のような痣があるのがわかるかい?」
恐る恐る視線を上げてみれば、確かに赤く、なにかの花のようにも見える小さな痣が彼女の身体にはあった。
それから、次の水槽の前へ。
その女性の身体にも、同じような痣がある。
三人目になると、花の横に蛇のような痣が現れた。
「あれは、君の魂に、オレの魂が結びついた印。だからね、君が君だって、ちゃんとわかるんだ」
それから後の人の身体にも、どこかしらに花と蛇の痣があった。
「それでね、君にも、ちゃんとあの痣がある」
束宵は、私の背中を撫でた。
「気付いてないだろうな。自分じゃ見えない場所だから」
彼は、私の背中、左に寄った場所に口付ける。
「ここに、ちゃんと。彼女たちと同じ痣がある。オレが愛し続けてきている女性だって印があるんだ」
その声はうっとりとしている。完全に酔いに浸っていて、私のことなど見えてはいなさそうに思えた。
彼がずっと、誰に愛していると言っていたのか、誰を抱いていたのか、わからない。わからなくなる。
私を見てはいなかったのではないかと思えば、胸が苦しくなった。
「愛してるよ、玲花」
「……桃花さんじゃなくて?」
「ん? だから、どれも君だろ。オレが好きな女の子は、ただ一人だ。ずっと変わらない」
多分、彼にもこちらの言葉が通じていない。私の中に桃花を見ていたのだろうと指摘しても「同じ魂なんだからどっちも同じことだよ」と返ってくる。
「でも、違う肉体なんでしょ」
「それは違うけど、魂は一緒。オレはね、君の魂を鬼になんてさせない。オレの手の届かないところにはいかせない。そう決めたんだ。ずっとずっと一緒にいるって」
だから、と彼は恐ろしいくらいに純粋で綺麗な笑顔を見せた。
「今回こそ、逃げないでね。」
大昔、その当時は桃花という女性だった私と出会った彼は、自然と恋に落ちた。二人は愛し合い、結婚して、しかしその直後に桃花は大病を患ってしまう。その頃から天才呪禁師の名を欲しいままにしていた束宵だったが、どんな手を使っても彼女の病気の進行は止められなかった。
その結果、彼女はあっけなく20歳で命を落とすことになる。
人は死ぬと鬼となって死後の世界に行くことが定められている。でも、それが束宵は許せなかった。自分の手の届かないところに行かれるのが、寂しくて苦しくてならなかった。そこで、禁術を用いて、桃花の魂をこの世に留まらせることにした。
その代償として失ったのは、味覚をはじめとした感覚のいくつかと、肉体の一部。それでも、術は成功したのだ。桃花の魂は、死後の世界に行かなかった。肉体も保存することで、元の身体に宿った桃花とずっと一緒に居られるのではないか――束宵はそう考えた。
のだが。
「どうにもうまくいかなくて、いつも肉体を離れた君の魂はオレの元から去って、別の肉体に宿るんだ。毎回見つけ出しているけどね」
束宵は愛し気に私の手を撫でる。
「どの桃花――玲花も可愛くて、そのたびに新しく恋に落ちたような気持ちになって。でも、オレが愛してるのが君だけなのは変わらない。永遠の愛を誓うよ。ははっ、これ、何度言ったかわからないな」
優しい声で耳元に囁いて、そこに口付ける。
「その時によって、どうしてもオレを受け入れるのに時間が掛かる時とか、いろいろあるんだけど」
彼の口調からは、生まれ変わった肉体に宿った桃花から拒絶されたこともあるのではないのだろうか。でも、その疑問を口にする勇気はなかった。下手な質問をすれば、私が彼を拒否していると思われかねない。そうなった時、この男が私になにをするのか。想像もしたくない。
「今回は、桃花と同じくらいに、オレのことを素直に受け入れて、愛してくれてて。本当に、嬉しい。嬉しいんだ。多分、素直に受け入れてくれているから、今のところ悪いようにはなってない。今回こそ絶対に救ってあげるから。だから」
愛されているのは、嘘ではない。
彼の愛情は本物だ。
私を必要としてくれていて――こんなのを見せられて、恐ろしくて堪らないのに、でも嫌いだとは思っていない。
――これは、私が桃花さんと同じ魂を持っているから? 彼女が愛した気持ちが強く残っているから?
だとすれば、私、玲花の気持ちはどこにあるのだろう。拒絶感を感じたのだろう過去の私と、私の違いはなに?
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