文明トカゲ

ペン牛

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二 縛鎖の男

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 日差しが徐々に強まっているのを感じながら、僕は佐治さんに教えられた花屋へ通じる道路を歩いていた。佐治さんと言い争いをしてから一週間ほど経った。その間連絡は取っていない。それなのに何故花屋へと向かっているのかと言えば、あの花屋の青年がどうなっているか気になったからだ。
(……知ったところで何ができるわけでもないけど、それでも何も知らないままではいたくない)
 ふと、道路の反対側を一生懸命走る三歳くらいの男の子が気になった。男の子は手に小さなお菓子の箱を持っている。男の子から十メートルほど離れたところに重たそうな買い物袋を両手に提げた女性がいた。きっとお母さんだろう。
(……大丈夫かな)
 車の往来は激しくないとはいえ、道路で子供から離れる、というのは危険な気がした。ただ男の子の母親らしき女性もそれはわかっているようで、やや強い口調で男の子に戻ってくるよう呼びかけていた。しかし、男の子は母親の言うことに逆らうのが楽しいのか、かえって走る速度を速め――転んだ。
(――っ!)
 自分が転んだわけでもないのに、痛みが走ったような気がした。男の子は大丈夫だろうか、泣いてしまわないだろうか――僕がそう思っていると、
「ないちゃあだあめよ」
 転んだ男の子の前に、人影が立っていた。服装はどこにでもいそうな主婦、という感じだった。だが、顔がおかしかった。
(――喋ってるのに、顔が動いてない)
 確かにあの女性は転んだ男の子に向かって話しかけたはずだ。だがそれなのに、顔がぴくりとも動かなかった。思わずその場に立ち止まって女性の顔を見続ける――瞬きをしていない。
「ないちゃあだあめよ」
 男の子は女性を見上げて、泣き出してしまった。母親らしき女性が駆け寄り、買い物袋を置くと、転んだままだった男の子を立たせる。
「ないちゃあだあめよ」
 顔の動かない女は、男の子が転んだ時に落としてしまったお菓子の箱を拾い上げ、興味深そうに見つめた。男の子の母親らしき女性は、すぐ側に明らかに様子のおかしい女がいるのに、まるで何も存在していないかのように、男の子をあやしている。
「なくな」
 顔の動かない女が、お菓子の箱を握りつぶして手の中に隠した。それを見た男の子は更に激しく泣き出した――母親らしき女性は、どうして男の子が激しく泣き出したのか、全くわかっていないようだった。
「なくなよお」
 顔の動かない女が、髪をかきむしりだした。それを見て、男の子が一層激しく泣き出す。母親らしき女性は何故男の子がこんなにも激しく泣くのかわからず、狼狽えている。
 ――ぴたり、と顔の動かない女が、髪をかきむしるのをやめ、その場から歩き出した。二十メートルほど歩き、カーブミラーのすぐ側で止まる。顔の動かない女が、何気なく右手を上げ――そのまま横に振って、カーブミラーの柱をへし折った。
「なきやまないんだったらつぶそおおおおおおうねええええええええええ」
 反射的に、僕は駆け出していた。男の子に向かって早足で歩く女の前に立ち塞がって、叫んだ。
「潰したいんだったら、僕を先に潰せ!」
 言ってしまってから後悔した。この女は間違いなくトカゲだ。カーブミラーの柱を殴ってへし折るなんて、人間業ではない。そして、それだけの力を持つトカゲの前に、僕は考えなしに立ってしまった。
 顔の動かない女は突然現れた僕を見て、首をかしげた。恐怖で呼吸が上手くできない。一瞬でも反応が遅れれば、その時点で終わりだ。こいつにとって人間を撲殺することなど虫を握りつぶすくらい容易いことだろう。女が首の位置を元に戻した。そして、
「いいよお」
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