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三 雷鳴の猫
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目の前にちぎられたパンをつまむ美しい手がある。手からは石鹸の清潔な香りがする。手は、僕の口元までパンを運んできたのだった。
「……梓、何度も言ってるけど、食事くらい一人でできるから。いくらなんでも心配しすぎだよ」
「駄目」
「いや、駄目って……」
「腕、動かすとまだ痛いんでしょ?」
「痛いけど、骨が折れてるわけじゃないし、大分マシにはなってきたんだから、僕は我慢できにゅ」
口にパンを押しつけられたせいで、梓に言いたいことを最後まで言えなかった。しょうがないのでパンをくわえると、そのまま咀嚼し、飲み込む。
「……だから梓、僕は自分で食べらりぇ」
梓は素早い手つきで、再び僕の口にパンを押しつけた。抵抗したかったが、今の僕は梓のように素早く手を動かすことができない。
(……考えてみたら、よく打ち身と擦り傷だけで済んだな)
顔の動かない女の姿をしたトカゲに襲われてから五日が経った。僕は救急車で病院に運ばれたものの、検査の結果入院の必要なしと判断され、簡単な治療だけ受けて帰宅したのだった。体の痛みは不思議なほどなく、僕は問題なく元の生活に戻れると思いながら、その日眠りに就いた。
――目を覚ました僕を待ち受けていたのは、全身の打ち身によるベッドから起き上がることも困難なほどの激痛だった。僕は十分もかけて枕元に置いた携帯を取ると、どうにか梓に助けを求めることに成功したのだが、
(まさか、梓がこんなに過保護だったなんて)
全身の打ち身のせいでまともに動けないから助けてほしい――僕が電話でそう言ってから梓が家に来るまで、大体一時間ほどだったと思う。梓が来てくれた時のためにアパートの鍵とチェーンを開けておこうと思い、ベッドからまるで滑り落ちるように降り、床を這い、呼吸が乱れるほどの痛みに耐えながら立ち上がって鍵とチェーンを開け、ベッドに戻ろうとしていたところで、梓がアパートのインターフォンを鳴らしたのだ。
(毎日ずっと面倒見てくれるんだもんなぁ……大学は大丈夫なのかって聞いても大丈夫としか言わないし)
迷惑になるからずっと側にいてくれなくてもいい――そう言う僕を梓は、
『今の楓に何ができるの?』
の一言で切り捨て、僕が助けを求めた日から今日に至るまで、ありとあらゆることの手助けをしてくれた。
「……梓、何度も言ってるけど、食事くらい一人でできるから。いくらなんでも心配しすぎだよ」
「駄目」
「いや、駄目って……」
「腕、動かすとまだ痛いんでしょ?」
「痛いけど、骨が折れてるわけじゃないし、大分マシにはなってきたんだから、僕は我慢できにゅ」
口にパンを押しつけられたせいで、梓に言いたいことを最後まで言えなかった。しょうがないのでパンをくわえると、そのまま咀嚼し、飲み込む。
「……だから梓、僕は自分で食べらりぇ」
梓は素早い手つきで、再び僕の口にパンを押しつけた。抵抗したかったが、今の僕は梓のように素早く手を動かすことができない。
(……考えてみたら、よく打ち身と擦り傷だけで済んだな)
顔の動かない女の姿をしたトカゲに襲われてから五日が経った。僕は救急車で病院に運ばれたものの、検査の結果入院の必要なしと判断され、簡単な治療だけ受けて帰宅したのだった。体の痛みは不思議なほどなく、僕は問題なく元の生活に戻れると思いながら、その日眠りに就いた。
――目を覚ました僕を待ち受けていたのは、全身の打ち身によるベッドから起き上がることも困難なほどの激痛だった。僕は十分もかけて枕元に置いた携帯を取ると、どうにか梓に助けを求めることに成功したのだが、
(まさか、梓がこんなに過保護だったなんて)
全身の打ち身のせいでまともに動けないから助けてほしい――僕が電話でそう言ってから梓が家に来るまで、大体一時間ほどだったと思う。梓が来てくれた時のためにアパートの鍵とチェーンを開けておこうと思い、ベッドからまるで滑り落ちるように降り、床を這い、呼吸が乱れるほどの痛みに耐えながら立ち上がって鍵とチェーンを開け、ベッドに戻ろうとしていたところで、梓がアパートのインターフォンを鳴らしたのだ。
(毎日ずっと面倒見てくれるんだもんなぁ……大学は大丈夫なのかって聞いても大丈夫としか言わないし)
迷惑になるからずっと側にいてくれなくてもいい――そう言う僕を梓は、
『今の楓に何ができるの?』
の一言で切り捨て、僕が助けを求めた日から今日に至るまで、ありとあらゆることの手助けをしてくれた。
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