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九章
帰国の途
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扉を開けた瞬間、その真横に衛兵が一人立っていたので飛び上がるほどびっくりする。咄嗟にうつむいて、小さく会釈し、そのまま裏口から出て大通りへ向かう。私が着替える羽目になったことを知らない衛兵は、まさか警護、もとい監視対象の私が裏口から出て来たとは思いもしなかったようだ。
ドキドキしながら早足で大通りに出ると、すぐに曲がって衛兵から見えない場所に来る。そっと物陰から様子を伺い、衛兵が気づいてないのを再確認すると、急いでその界隈から離れた。
女官達が部屋に戻ってくるまで、恐らく後、3、4分。私が居ないと判明したら、裏口から逃げたのがバレて、すぐに追跡されてしまう。
走るのは目立ってしまうと思い、とにかく大急ぎで停泊する船が見える広場に向かって歩く。海風が吹き付ける港は、広々としていて、沢山の船が停泊していた。あてもなく歩き回るのはよくないと思い、焦る心を押し留め、一旦立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡す。どの船も、その国の国旗を掲げている。
マドレア国の、碇がモチーフの旗を探す。風に吹かれ空にはためく国旗を順番にチェックして、ようやく、マドレア国の船を見つけた。思ったより遠くに停泊している。
港には観光客も多いし、商船に出入りする人々もかなりいるので、この人混みに紛れたら絶対見つからないだろう。ラッキーだと思いながら早足で歩きだしたが、なんとなく後方が騒がしい気がして後ろを振り返ってみた。焼き菓子屋さんのあった方角から、衛兵達が走り出てくるのが見えて仰天する。しかも、一般市民らしい男達も数人、彼等同様に港へ向かって走り出て来た。もしかすると、いわゆる隠れ捜査官的なやつらかもしれない!
もう歩いている場合ではないと判断し、全速力で走り出した。
人混みの間を縫うように必死で走り、マドレアの商船を目指す。途中、紙飛行機を飛ばして追いかけっこをする子供達にぶつかりそうになった。あの白いカナリアを逃してしまった子もいた気がするが、残念ながら振り返る余裕はない。
急がなくては!
私がマドレアの商船に入るのを兵士に見られたら、マドレア国にも迷惑をかけてしまう。敵国であるラベロアから来た私を匿ったとなると、エティグスとマドレアの国交に影響が出るのは必至だ。
追っ手に見つかる前に、マドレアの商船内に入る必要があった。
普段の運動不足が祟って、息も絶え絶えになりながら、なんとかマドレアの商船のところまで辿り着き、一度足を止める。後ろを振り返ると、まだ、追っ手は私がどこにいるかわからないのか、港の人混みに散らばっているらしく、彼等の姿は見当たらなかった。
誰も私を見てはいないと確信し、ひとまず安堵する。
勝手に入っていいのかも分からないが、躊躇している時間もないので、小走りで桟橋を渡り、マドレア国の商船へと向かう。船内への入口に立っていた乗組員が、走ってくる私の姿を見ると、さっと辺りを見渡す様な素ぶりを見せたが、すぐに扉を開けてくれた。
どうやら、事情は彼も知っていたらしい。
ホッとしながら、なんとか商船内に駆け込むと、そのまま倒れ込むように床にへたり込んだ。乗組員がすかさず後ろで扉を閉める。
ゼイゼイと肩で息をして呼吸を整えていると、バタバタを騒々しい音がして、奥の方から男数人がやってきた。午前中に見た、商人達と、アデロスの姿を確認し、安堵のあまり、涙が浮かぶ。
「アデロス……!」
「セイラ様!よく、ご無事でここまでいらっしゃいました!まさか今日すぐに実行されるとは……」
アデロスが走り寄ってきて、床に這いつくばる私の手を取る。とても心配していたのか、少し感極まったように目元を赤くしていた。
「こんな危ないことを、セイラ様お一人にお任せするなんてどうかと思ったのですが、陛下のご指示だったので……」
その言葉に、私は思わず苦笑した。
普通の姫君だったら到底無理だろうが、カスピアンは私がそんな繊細な神経の持ち主じゃないことはよく知っている。それに、脱走するのも初めてじゃないから、私さえその気なら悪知恵を働かせ、ひとりでもやり遂げると思ったのだろう。
「一人のほうが動きやすくて、断然良かったと思う。でも、もう、追っ手が港にいるの。これからどうするのか教えて」
座り込んで再会を喜んでいる時間などないのだ。
アデロスは頷いて、私を立たせると奥の方へと案内しながら、これからの策について説明してくれた。
これから港の商船が全て捜索されるのは間違いないので、事は急がねばならない。
アデロスによると、私はここで着替えて、港の市場に戻ることになっているとのこと。これからは、アンカール国の支援が手配されているそうだ。
私は、市場で出店しているアンカール国の商人と共に、店仕舞をして、アンカール国へ向かう。
アデロスはこのままマドレア商船に残り、すぐに出航する。
恐らく、エティグスの追っ手はマドレア商船が怪しいと見て、追跡してくるはずなので、その裏をかいて、私は陸路でアンカールへ向かい、アンカールからラベロアに戻るという事になるらしい。
すぐにアデロスと別れ、会った事も無いアンカール国の商人達と行動を共にするというのが、心細く不安だったが、そんな弱音を吐いている状況ではない。
船内にいた、ひとりの女性が着替えを手伝ってくれた。
驚いた事に、出来上がったのは、男装の私。
エレガントに結い上げていた髪は一度解いて、一つのお団子にまとめると帽子の中に隠した。
私の体型的に、ぱっと見た感じ、やっぱり少年。
着替えて出てきた私を見て、アデロスが申し訳なさそうに眉をしかめた。
「これも、陛下のご命令で……セイラ様に、このような格好をさせてしまって、申し訳ございません」
彼等にとっては、一応、姫君という立場の女性に、庶民の男物の服を着せるなんてありえないことなのだろうが、私にとっては、ドレスとは比較出来ないほど動きやすく快適だった。
私の世界からこの世界に戻ってきた時に、ジーンズを穿いていたがために少年と見間違われ、危うく投獄されかけたことがあった。カスピアンは私の奇妙な格好に激怒していたが、今回は、それがいいヒントになったようだ。
即刻行動開始となり、アデロスと女性に連れられ商船から出る。
港に、かなりの兵が出てきているのが見え、恐ろしさに足がすくむ。既に、停泊中のいくつかの商船にチェックが入っているらしい。マドレアの商船に彼等がやってくるのはもう、時間の問題だ。
「セイラ様、この船はすぐに出航し、追っ手の目を引きつけなくてはなりません。ここで一旦、お別れです」
アデロスが心配そうに私を見た。
私は笑顔で頷いた。
「大丈夫!ありがとう、アデロス。ラベロアでまた会えるのを、楽しみにしているから」
アデロスは頷いて、いつものように、戯けたように大きなお辞儀をすると、すぐに商船の中へと戻っていった。女性に誘導されて、四方八方に走り回る兵の間を縫うように歩き、市場へと向かう。あちらこちらに兵士の姿を見かけ、緊張でドキドキしたが、男装が功を奏して、誰も私達を呼び止めなかった。港の方を振り返ると、もう、マドレアの商船は出航し、桟橋から離れていくのが見える。
アデロスの言った通り、複数の兵士がマドレアの商船を指差しているのが見えた。恐らく、これからエティグスの船が彼等を追いかけて、船内を捜索するのだろうが、当然、私はそこにはいない。焼き菓子屋さんの衣類も持って出て来たので、マドレアの商船には、私がいた痕跡は皆無だ。捜索が終わり、疑いが晴れお咎めなしとなったら、彼等はそのままマドレアへ戻れるだろう。
相変わらず沢山の人々が行き交う市場へ入ると、女性は私をアンカール国産の家具を出店している店に連れて来てくれた。家具屋の主人らしき人が私を見ると、にっこり微笑んで中に招き入れる。
「フォレオと申します。指示は受けております。直ちにアンカールへ帰国しますので、ご一緒下さい」
フォレオはすぐにスタッフに声をかけ、店仕舞を始めた。手持ち無沙汰だった私も、遠慮する彼等に混じり、手伝う事にする。そのほうが目立たないと思ったこともあるが、私を同行するという危険を顧みず手助けしてくれる彼等に、少しでもお礼の気持ちを行動で示したかった。
大きな幌馬車二台に、大小様々な家具を詰め込むのが済んだのが、もう、夕暮れ。市場のほうでも兵士達が歩き回っているのを見かけ、生きた心地がしなかった。だが、店仕舞しているのはここだけではないので、特に怪しまれることもなく、幌馬車は出発した。
フォレオの隣に乗り、市場を後にする。
港町は、店仕舞をした商人達の幌馬車が行き交い、市場を後にするたくさんの買い物客で溢れていた。
人通りが少ない林道まで来ると、ほっと胸を撫で下ろす。
無事に、市場を離れることが出来た。
ガタガタと馬車に揺れながら、フォレオが話をしてくれる。
家具屋の主人と思っていたが、彼は実は、アンカール国の軍人だった。これから二晩かけてアンカールへ向かうらしい。道中では、街の境目にある検問所、そして国境にある検問所を通過するという関門が待ち受けている。フォレオの話だと、私達が検問所を通過する頃には、現地に、私が姿を消したという連絡が届いているはずなので、厳しいチェックが入ることが予測されるそうだ。
「遠巻きに護衛はついておりますので、身辺の安全は保証致します。ただ、姫君にはお辛い旅になるかと思います」
遠巻きに護衛とはどういうことかと思って聞いたら、アンカール国へ帰る商人の幌馬車は私達だけじゃなくて、前後にも複数あり、その中にアンカールの兵士も紛れているとのことだった。
そして、国境を越えたアンカール側には、カスピアンがわざわざ迎えに来てくれることになっているらしい。フォレオは私達がエヴァールを出たことを知らせるため、すでにアンカールの国境近くの要所へ伝書鳩を飛ばしたとのことだった。
外国の協力まで要請しての大掛かりな脱走劇となったことに、今更ながら信じられない思いだが、ルシア王子の目を欺くのに成功したのは間違いない。まだ、二回の検問所通過という試練を乗り越える必要があるが、少なくともエヴァールを無事に離れたことにホッとした。
フォレオが温かい毛布を出して、私の肩に掛けてくれる。
彼の年頃はきっと、私の兄より少し上くらいだろう。
目尻に寄る細かい小皺が、彼の温厚な人柄を表しているようだった。
ウォルシュ公爵も、とっても親切な人だったことを思い出し、アンカール国に深い親近感を覚えた。
私はひとつ、心の中で決心をする。
もし、危ない状況になりかけたら、一人で行動しよう。
アンカールの人々に迷惑をかけるわけにはいかない。
自分の行動には、自分で責任を持つ。
それだけは固く心に誓ったのだった。
ドキドキしながら早足で大通りに出ると、すぐに曲がって衛兵から見えない場所に来る。そっと物陰から様子を伺い、衛兵が気づいてないのを再確認すると、急いでその界隈から離れた。
女官達が部屋に戻ってくるまで、恐らく後、3、4分。私が居ないと判明したら、裏口から逃げたのがバレて、すぐに追跡されてしまう。
走るのは目立ってしまうと思い、とにかく大急ぎで停泊する船が見える広場に向かって歩く。海風が吹き付ける港は、広々としていて、沢山の船が停泊していた。あてもなく歩き回るのはよくないと思い、焦る心を押し留め、一旦立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡す。どの船も、その国の国旗を掲げている。
マドレア国の、碇がモチーフの旗を探す。風に吹かれ空にはためく国旗を順番にチェックして、ようやく、マドレア国の船を見つけた。思ったより遠くに停泊している。
港には観光客も多いし、商船に出入りする人々もかなりいるので、この人混みに紛れたら絶対見つからないだろう。ラッキーだと思いながら早足で歩きだしたが、なんとなく後方が騒がしい気がして後ろを振り返ってみた。焼き菓子屋さんのあった方角から、衛兵達が走り出てくるのが見えて仰天する。しかも、一般市民らしい男達も数人、彼等同様に港へ向かって走り出て来た。もしかすると、いわゆる隠れ捜査官的なやつらかもしれない!
もう歩いている場合ではないと判断し、全速力で走り出した。
人混みの間を縫うように必死で走り、マドレアの商船を目指す。途中、紙飛行機を飛ばして追いかけっこをする子供達にぶつかりそうになった。あの白いカナリアを逃してしまった子もいた気がするが、残念ながら振り返る余裕はない。
急がなくては!
私がマドレアの商船に入るのを兵士に見られたら、マドレア国にも迷惑をかけてしまう。敵国であるラベロアから来た私を匿ったとなると、エティグスとマドレアの国交に影響が出るのは必至だ。
追っ手に見つかる前に、マドレアの商船内に入る必要があった。
普段の運動不足が祟って、息も絶え絶えになりながら、なんとかマドレアの商船のところまで辿り着き、一度足を止める。後ろを振り返ると、まだ、追っ手は私がどこにいるかわからないのか、港の人混みに散らばっているらしく、彼等の姿は見当たらなかった。
誰も私を見てはいないと確信し、ひとまず安堵する。
勝手に入っていいのかも分からないが、躊躇している時間もないので、小走りで桟橋を渡り、マドレア国の商船へと向かう。船内への入口に立っていた乗組員が、走ってくる私の姿を見ると、さっと辺りを見渡す様な素ぶりを見せたが、すぐに扉を開けてくれた。
どうやら、事情は彼も知っていたらしい。
ホッとしながら、なんとか商船内に駆け込むと、そのまま倒れ込むように床にへたり込んだ。乗組員がすかさず後ろで扉を閉める。
ゼイゼイと肩で息をして呼吸を整えていると、バタバタを騒々しい音がして、奥の方から男数人がやってきた。午前中に見た、商人達と、アデロスの姿を確認し、安堵のあまり、涙が浮かぶ。
「アデロス……!」
「セイラ様!よく、ご無事でここまでいらっしゃいました!まさか今日すぐに実行されるとは……」
アデロスが走り寄ってきて、床に這いつくばる私の手を取る。とても心配していたのか、少し感極まったように目元を赤くしていた。
「こんな危ないことを、セイラ様お一人にお任せするなんてどうかと思ったのですが、陛下のご指示だったので……」
その言葉に、私は思わず苦笑した。
普通の姫君だったら到底無理だろうが、カスピアンは私がそんな繊細な神経の持ち主じゃないことはよく知っている。それに、脱走するのも初めてじゃないから、私さえその気なら悪知恵を働かせ、ひとりでもやり遂げると思ったのだろう。
「一人のほうが動きやすくて、断然良かったと思う。でも、もう、追っ手が港にいるの。これからどうするのか教えて」
座り込んで再会を喜んでいる時間などないのだ。
アデロスは頷いて、私を立たせると奥の方へと案内しながら、これからの策について説明してくれた。
これから港の商船が全て捜索されるのは間違いないので、事は急がねばならない。
アデロスによると、私はここで着替えて、港の市場に戻ることになっているとのこと。これからは、アンカール国の支援が手配されているそうだ。
私は、市場で出店しているアンカール国の商人と共に、店仕舞をして、アンカール国へ向かう。
アデロスはこのままマドレア商船に残り、すぐに出航する。
恐らく、エティグスの追っ手はマドレア商船が怪しいと見て、追跡してくるはずなので、その裏をかいて、私は陸路でアンカールへ向かい、アンカールからラベロアに戻るという事になるらしい。
すぐにアデロスと別れ、会った事も無いアンカール国の商人達と行動を共にするというのが、心細く不安だったが、そんな弱音を吐いている状況ではない。
船内にいた、ひとりの女性が着替えを手伝ってくれた。
驚いた事に、出来上がったのは、男装の私。
エレガントに結い上げていた髪は一度解いて、一つのお団子にまとめると帽子の中に隠した。
私の体型的に、ぱっと見た感じ、やっぱり少年。
着替えて出てきた私を見て、アデロスが申し訳なさそうに眉をしかめた。
「これも、陛下のご命令で……セイラ様に、このような格好をさせてしまって、申し訳ございません」
彼等にとっては、一応、姫君という立場の女性に、庶民の男物の服を着せるなんてありえないことなのだろうが、私にとっては、ドレスとは比較出来ないほど動きやすく快適だった。
私の世界からこの世界に戻ってきた時に、ジーンズを穿いていたがために少年と見間違われ、危うく投獄されかけたことがあった。カスピアンは私の奇妙な格好に激怒していたが、今回は、それがいいヒントになったようだ。
即刻行動開始となり、アデロスと女性に連れられ商船から出る。
港に、かなりの兵が出てきているのが見え、恐ろしさに足がすくむ。既に、停泊中のいくつかの商船にチェックが入っているらしい。マドレアの商船に彼等がやってくるのはもう、時間の問題だ。
「セイラ様、この船はすぐに出航し、追っ手の目を引きつけなくてはなりません。ここで一旦、お別れです」
アデロスが心配そうに私を見た。
私は笑顔で頷いた。
「大丈夫!ありがとう、アデロス。ラベロアでまた会えるのを、楽しみにしているから」
アデロスは頷いて、いつものように、戯けたように大きなお辞儀をすると、すぐに商船の中へと戻っていった。女性に誘導されて、四方八方に走り回る兵の間を縫うように歩き、市場へと向かう。あちらこちらに兵士の姿を見かけ、緊張でドキドキしたが、男装が功を奏して、誰も私達を呼び止めなかった。港の方を振り返ると、もう、マドレアの商船は出航し、桟橋から離れていくのが見える。
アデロスの言った通り、複数の兵士がマドレアの商船を指差しているのが見えた。恐らく、これからエティグスの船が彼等を追いかけて、船内を捜索するのだろうが、当然、私はそこにはいない。焼き菓子屋さんの衣類も持って出て来たので、マドレアの商船には、私がいた痕跡は皆無だ。捜索が終わり、疑いが晴れお咎めなしとなったら、彼等はそのままマドレアへ戻れるだろう。
相変わらず沢山の人々が行き交う市場へ入ると、女性は私をアンカール国産の家具を出店している店に連れて来てくれた。家具屋の主人らしき人が私を見ると、にっこり微笑んで中に招き入れる。
「フォレオと申します。指示は受けております。直ちにアンカールへ帰国しますので、ご一緒下さい」
フォレオはすぐにスタッフに声をかけ、店仕舞を始めた。手持ち無沙汰だった私も、遠慮する彼等に混じり、手伝う事にする。そのほうが目立たないと思ったこともあるが、私を同行するという危険を顧みず手助けしてくれる彼等に、少しでもお礼の気持ちを行動で示したかった。
大きな幌馬車二台に、大小様々な家具を詰め込むのが済んだのが、もう、夕暮れ。市場のほうでも兵士達が歩き回っているのを見かけ、生きた心地がしなかった。だが、店仕舞しているのはここだけではないので、特に怪しまれることもなく、幌馬車は出発した。
フォレオの隣に乗り、市場を後にする。
港町は、店仕舞をした商人達の幌馬車が行き交い、市場を後にするたくさんの買い物客で溢れていた。
人通りが少ない林道まで来ると、ほっと胸を撫で下ろす。
無事に、市場を離れることが出来た。
ガタガタと馬車に揺れながら、フォレオが話をしてくれる。
家具屋の主人と思っていたが、彼は実は、アンカール国の軍人だった。これから二晩かけてアンカールへ向かうらしい。道中では、街の境目にある検問所、そして国境にある検問所を通過するという関門が待ち受けている。フォレオの話だと、私達が検問所を通過する頃には、現地に、私が姿を消したという連絡が届いているはずなので、厳しいチェックが入ることが予測されるそうだ。
「遠巻きに護衛はついておりますので、身辺の安全は保証致します。ただ、姫君にはお辛い旅になるかと思います」
遠巻きに護衛とはどういうことかと思って聞いたら、アンカール国へ帰る商人の幌馬車は私達だけじゃなくて、前後にも複数あり、その中にアンカールの兵士も紛れているとのことだった。
そして、国境を越えたアンカール側には、カスピアンがわざわざ迎えに来てくれることになっているらしい。フォレオは私達がエヴァールを出たことを知らせるため、すでにアンカールの国境近くの要所へ伝書鳩を飛ばしたとのことだった。
外国の協力まで要請しての大掛かりな脱走劇となったことに、今更ながら信じられない思いだが、ルシア王子の目を欺くのに成功したのは間違いない。まだ、二回の検問所通過という試練を乗り越える必要があるが、少なくともエヴァールを無事に離れたことにホッとした。
フォレオが温かい毛布を出して、私の肩に掛けてくれる。
彼の年頃はきっと、私の兄より少し上くらいだろう。
目尻に寄る細かい小皺が、彼の温厚な人柄を表しているようだった。
ウォルシュ公爵も、とっても親切な人だったことを思い出し、アンカール国に深い親近感を覚えた。
私はひとつ、心の中で決心をする。
もし、危ない状況になりかけたら、一人で行動しよう。
アンカールの人々に迷惑をかけるわけにはいかない。
自分の行動には、自分で責任を持つ。
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