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2章
80.白い花
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アルティーティは道なき道を爆走するクロエの首にしがみついていた。
鞍にはまたがっているものの、身体能力が高い黒馬の全速力は半端ない。早馬もビックリの速度だ。風の抵抗を考えると姿勢を低くせざるを得ない。下手に体を上げれば落馬しそうだ。
だがクロエも、アルティーティを乗せていることをわかってか、枝葉に彼女がぶつからないように獣道を走ってくれている。
その辺りの紳士的──クロエはメスだが──配慮を見るに、ただ暴走している訳ではないことが理解できた。脇目も振らず、しかし目的を持って走っている。
最初は「止まって!」と声をかけていたが、今はもうなるようになれと無言でクロエの背に乗るしかない。
気が済んだらみんなのところへ帰ってくれたらいいんだけど。でないとジークフリートが鬼になる。今でも十分鬼ってそうだが。
(どこへ行くんだろう?)
瘴気があった場所に案内するつもりだろうか。あの瘴気まみれのネックレスに触発されたのかもしれない。
だが、飛び込んだ茂みの先は、瘴気の方向とは少しずれていた気がする。寮や厩舎の方向とはもちろん逆だ。
尋ねようにも、相手は馬だ。言葉がわからない。
言葉が通じたとして、ただ黙々と突き抜けるように走るクロエは答えてくれなさそうだ。下手に口を開ければ舌も噛みそうだ。何も言わないに限る。
そうして薄暗い森の木々をくぐり抜け、茂った草むらをかき分け──唐突に開けた場所に出た。
もう日は落ちて一番星が上がっている。クロエは速度を下げると、ぴたりとそこへ止まった。
「どうしたの? なにかあっ……」
降りながらあたりを見回し、そして見つけた──見つけてしまった。
地を這うように咲くその花を。
緑が生い茂る中、その花はたった一輪。つるりとした白の花弁と、絡みつくようにくるくると巻いた茎葉が蠱惑的にうつる。
各地を旅して食虫花や食肉花などの珍しい花を見ている者にとったら興味すら惹かれない花だ。もちろん、アルティーティもそうであるはずだった。
ただの白い花だ。そのはずなのに目が離せない。
『──なら思い出せ』。
誰かの声とともにズキン、と頭が痛みだす。
この場を離れるべきだと警鐘が鳴るように、頭痛が襲いかかってくる。痛みとともに「思い出せ」という言葉が脳内に響き、薄れた記憶が急激に膨れ上がる感覚に眩暈がする。
あまりの痛さにたまらず膝をついた。
(思い出せ……? ……な、にを……?)
頭を抑えて座り込むアルティーティのまわりを、クロエが心配そうにうろうろしている。大丈夫、と声を絞り出すと、クロエの大きな瞳が瞬いた。
『──忘れろ』。
同じ声がまた浮かぶ。先ほどとは真逆の意味だ。
何を思い出して何を忘れろと言うのか。白い花を見れば見るほど頭痛は強くなっていく。
こんなところで倒れたら死ぬかも。死ぬ──死ぬ?
(あ……思い出した…………あれは……あの花は……)
「アルティーティ!」
ジークフリートの叫び声が遠く聞こえる。
──ああ、やっぱり怒ってる。また説教かな。今度も謹慎ついたりして。嫌だな。お祭り近いから忙しいのに。それに花のことも伝えなきゃ。
でもなんで、来てくれてよかったなんて思うんだろう。最近優しいからかな。
それともあの時の騎士様にちょっと似てるからかな。
おかしいな、全然違うのに──。
駆け寄る彼の姿に弱々しく微笑むと、アルティーティは意識を手放した。
鞍にはまたがっているものの、身体能力が高い黒馬の全速力は半端ない。早馬もビックリの速度だ。風の抵抗を考えると姿勢を低くせざるを得ない。下手に体を上げれば落馬しそうだ。
だがクロエも、アルティーティを乗せていることをわかってか、枝葉に彼女がぶつからないように獣道を走ってくれている。
その辺りの紳士的──クロエはメスだが──配慮を見るに、ただ暴走している訳ではないことが理解できた。脇目も振らず、しかし目的を持って走っている。
最初は「止まって!」と声をかけていたが、今はもうなるようになれと無言でクロエの背に乗るしかない。
気が済んだらみんなのところへ帰ってくれたらいいんだけど。でないとジークフリートが鬼になる。今でも十分鬼ってそうだが。
(どこへ行くんだろう?)
瘴気があった場所に案内するつもりだろうか。あの瘴気まみれのネックレスに触発されたのかもしれない。
だが、飛び込んだ茂みの先は、瘴気の方向とは少しずれていた気がする。寮や厩舎の方向とはもちろん逆だ。
尋ねようにも、相手は馬だ。言葉がわからない。
言葉が通じたとして、ただ黙々と突き抜けるように走るクロエは答えてくれなさそうだ。下手に口を開ければ舌も噛みそうだ。何も言わないに限る。
そうして薄暗い森の木々をくぐり抜け、茂った草むらをかき分け──唐突に開けた場所に出た。
もう日は落ちて一番星が上がっている。クロエは速度を下げると、ぴたりとそこへ止まった。
「どうしたの? なにかあっ……」
降りながらあたりを見回し、そして見つけた──見つけてしまった。
地を這うように咲くその花を。
緑が生い茂る中、その花はたった一輪。つるりとした白の花弁と、絡みつくようにくるくると巻いた茎葉が蠱惑的にうつる。
各地を旅して食虫花や食肉花などの珍しい花を見ている者にとったら興味すら惹かれない花だ。もちろん、アルティーティもそうであるはずだった。
ただの白い花だ。そのはずなのに目が離せない。
『──なら思い出せ』。
誰かの声とともにズキン、と頭が痛みだす。
この場を離れるべきだと警鐘が鳴るように、頭痛が襲いかかってくる。痛みとともに「思い出せ」という言葉が脳内に響き、薄れた記憶が急激に膨れ上がる感覚に眩暈がする。
あまりの痛さにたまらず膝をついた。
(思い出せ……? ……な、にを……?)
頭を抑えて座り込むアルティーティのまわりを、クロエが心配そうにうろうろしている。大丈夫、と声を絞り出すと、クロエの大きな瞳が瞬いた。
『──忘れろ』。
同じ声がまた浮かぶ。先ほどとは真逆の意味だ。
何を思い出して何を忘れろと言うのか。白い花を見れば見るほど頭痛は強くなっていく。
こんなところで倒れたら死ぬかも。死ぬ──死ぬ?
(あ……思い出した…………あれは……あの花は……)
「アルティーティ!」
ジークフリートの叫び声が遠く聞こえる。
──ああ、やっぱり怒ってる。また説教かな。今度も謹慎ついたりして。嫌だな。お祭り近いから忙しいのに。それに花のことも伝えなきゃ。
でもなんで、来てくれてよかったなんて思うんだろう。最近優しいからかな。
それともあの時の騎士様にちょっと似てるからかな。
おかしいな、全然違うのに──。
駆け寄る彼の姿に弱々しく微笑むと、アルティーティは意識を手放した。
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