モノの卦慙愧

陰東 紅祢

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第二章 ~少女期~

黄泉戸喫

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 麟と共に以前立ち寄った店を巡る。
 ひなからすればとても懐かしいような気持ちだが、麟にはつい最近の事だろう。
 身長が伸びてすっかり大人びたひなは、子供時分に出会ったあやかしたちには言わなければ気付かれないほどだった。

「こんにちは。前はお世話になりました」
 
 そう言って声をかけても、皆一様に頭に「?」が浮んでいる。

「この子は前に私が連れて来た子だよ」
「おお! あん時のお嬢ちゃんか! 全然分からなかったよ! さすが実体ある子の成長が早いんだなぁ」

 麟の言葉の付け足しにようやく気付いて、やはり同じように皆反応を示す。だが串焼きをくれた主人のこの言葉にひながピクッと反応してしまった。
 その言葉はひなにとってはどこか引っ掛かりを覚える言葉だったのだが、すぐに取り繕うように笑みを浮かべて笑って誤魔化した。

「……あ、あはは。うん、そうかもしんない。ちょっと会わないだけで見違える子もいるって言うもんね」
「うんうん。そうかそうか、なるほどねぇ……。じゃあアレか。お嬢ちゃんはいずれ麒麟様のいい人になるんだろうなぁ」

 「いい人になる」と言う言葉の意味がよく分からず、ひなは思わずきょとんとして麟を見上げると、麟の方が恥ずかしそうに僅かに顔を赤らめて顔を逸らしていた。
 ひなが不思議に思っていると串焼きの主人が「何だ何だ? え? つまりこりゃ、もうそう言う事ってか!?」と豪快に笑い出した。

「まぁ、そう言う事なら頑張れよ! 応援してるぜ!」

 意味も分からず応援されたひなはぺこりと頭を下げると、麟は顔をそむけたままひなの手を握りやや足早にその場から離れた。
 歩き難さは感じつつも、麟に手を引かれて歩いている間に少しコツを掴んだひなは、足早に歩く麟の後姿を見上げた。

「……」

 こんなに近くて相手の温もりが分かるほどに触れ合っているのに、何だか急に、遠く感じるのは何故だろう?
 ひなはぼんやりとそんな事を思うのだった。

 先ほどの主人の話が自分にとって引っかかる言葉だったせいなのかもしれない。あの、「実体のある子」と言う言葉。相手に悪気があったわけではないのは分かっているが、なぜか「君はこの世界の者ではない」と言われたような気がしてしまったのだ。
 だから余計に遠く感じてしまうのかもしれないと……。

 その後、お祭りの屋台のような街並みを歩き、麟から飲み物を受け取ると近くの長椅子に腰を降ろした。手渡されたジュースを両手で持ち、その水面を見つめていると何やら懐かしさがこみ上げてくる。

「こうやって麟さんとお出かけするの、随分久しぶりな気がする」
「そうだね。ひなには前の時からだいぶ時間が経ってるように感じるだろう」
「うん。だって、現世に戻されてたから……。何だか凄く久しぶり。でも、麟さんからみたらそうでもないよね」
「そうだね。ただ、軽々と抱き上げられたはずの子が一瞬で大きく育った事には、少し戸惑いはあるよ」

 そう言って笑う麟に、ひなも照れたように笑い返した。
 分かっていても、幽世と現世の時間の圧倒的違いに翻弄されてしまう。それだけ2人は違う世界を生きている者同士であることをハッキリと分からせられる瞬間でもあった。

 あぁ、そう言う事か……。

 ひなはそこで妙に納得してしまった。
 ひなは手元の冷たいジュースを見ながらぽつりとつぶやく。

「私も、麟さんと同じになれたらいいのにな……」
「……?」
「だって、私と麟さんとの時間はだいぶかけ離れてるでしょう? それに、ここは魂だけが来る世界で、私は今、実体ごとここにいる。分からないけど、もしかしたら肉体の方は魂よりずーっと早く朽ち果てる可能性もあるのかな……」

 口にするほど現実味を帯びて聞こえて来る。
 肉体が先に朽ちたらどうなるのだろう。残された魂はそのまま幽世に留まることが出来るのだろうか。残れるならいいが、そうでなかったとしたらどうなるのか。何も分からないからこそ、怖くもあった。

「あの串焼き屋のご主人さんが言う、麟さんのちゃんとしたいい人になるんなら、もしかして私は一回死んで来なきゃいけないのかも、なんて……」

 困ったように笑うひなに、麟は表情を固くした。そして何も言わずにひなをきつく掻き抱く。
 それに驚いて、ひなは手を滑らせてジュースを落としてしまう。

「り、麟さん?」
「……」

 驚くひなに、麟はさらに腕に力を込めた。
 一度死んで来なければいけない、と言うひなの言葉が麟の心には痛い。

 人は亡くなれば必ず魂は一度ここに集まる。ただし、三途の川を渡る時ほとんどの魂は記憶も思い出も洗い流された状態でやってくる。しかし、香蓮のように多くの記憶を持ったままくる者も決して少なくはない。

 それに、もしひなが亡くなった状態でここへ来たとしても、それはもはやひなではない。記憶も何も無いまっさらな魂になる可能性は極めて高く、そうなれば麟でも見分けがつかなくなってしまうのだ。

「……黄泉戸喫よもつへぐい
「え?」
「黄泉戸喫を知っているかい?」
「ヨモツヘグイ?」
「黄泉の世界で作られた食べ物を口にすると現世には還れず、生きながら死者と同じになる……」

 麟は、自分が思う以上にひなに固執していることは分かっていた。それでもまた失う恐怖の方が勝り、もしかしたらひなを困らせることになるかもしれないと分かっていても、縋りつきたかった。
 既に幽世での食事は十分に摂っている。今更ひなが現世に戻ることは前のような問題がない限りはあり得ないのは分かっているはずなのに、放っておくとどこかへ行ってしまいそうで怖かった。

 そんな麟とは対照的に、その話を聞いたひなは安心を覚えていた。
 死者の世界での食事を摂るだけで他の魂たちと同じになれるなら、これ以上ないほどの安堵感を得られるからだ。

「麟さん、じゃあ私は、きっともうここにいるみんなと同じなんだね」

 ひなはそう言うと、麟の胸元に顔を埋めた。

「みんなと同じって言う事は、麟さんとも同じってことだよね?」
「……そうだね」

 麟の言葉に、ひなは麟の着物の羽織を握り締める。

「じゃあ……良かった。だって私もう何処にも行くところないもん。現世に戻る理由もないし未練もない。戻ったってもう知らない世界になっちゃってるし、知ってる人もいない。だからこれからもずっと、私が帰る場所はここでいいんだって、麟さんと一緒に過ごせるんだって、そう思ったら凄く安心した」
「君が安心出来るなら、それでいい……」
「ごめんね麟さん。私今、麟さんが不安になるような事言っちゃったよね」
「……いや」

 お互いに分かっている事なのに、どうしても不安になるのは今が幸せだと感じているからだ。
 ずっとこの時間が続けばいいと思っているからこそ、怖くなる。

「ところで麟さん……」
「?」
「串焼きのおじさんが言ってた、いい人って、どう言う事?」

 寄り添っていたひなが顔を上げ、真面目な顔をして訊ねられた瞬間麟の顔があからさまなほど赤らんだのを見てひなの方が驚いて目を丸くしてしまう。

「え? え?? 何? どう言う事?」
「い、いや……それはまた追々……」
「麟さんがそんな真っ赤になっちゃうくらい恥ずかしい事なの?」

 そんな言い方をされたこともなければ、人としていい人と言う使い道しか知らないひなには麟の反応が分からずに疑問しか浮かばない。
 何と返していいのか悩んでいた麟は、深い溜息を吐いて覚悟を決めたようにまっすぐひなに向き合った。

「あの店主の言ういい人と言うのは……」
「うん」
「……夫婦と言う意味がある」
「めお、と……って……」

 繰り返し呟いたその言葉に、自然と体がカーっとあつくなってくるのが分かる。
 ひなは、人知れず麟と夫婦になると言う想像くらいはしたことはある。だが、実際にそれを言葉にされると恥ずかしくて仕方が無かった。
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