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白兎編
6-2.白兎は鏡を見る
しおりを挟む「白様は色が白うございますので、こちらの柄なんてどうでしょうかなぁ」
「うん…」
ぺこりぺこりとやたら頭を下げる禿げ頭の男が目尻を下げて私の顔色を伺っている。
幾人かの女の人が男の指示によって反物を次々取り上げ、私に見せてくるけれども、私にはそれが何なのか、何の意味があるのかさっぱり分からないのである。
それよりも私は目の前の白いものに心を奪われていて、申し訳ないが反物の柄なんぞ最初から目の端にちらつく異物程度にしか感じられない。
--私だ。私がそこにいる。
私の姿を映し出した大きなものは、鏡というらしい。
白い着物を着て、肩ほどまで伸びた細い銀の髪の毛を無造作に束ね、灰色がかった瞳でこちらを見ている。
幾つもの反物を肩に掛けては外され、じろじろ見られてはまた掛けられる。
驚いたような表情をしている私は、そっと鏡へと手を伸ばした。
「本当に、雪にそっくりだ…」
「はっ?何か申されましたかな」
「いや、何も無いよ。ごめん」
「ほんなら、次はこちらを。ああ、何でもよう似合いはるわ。なぁ」
禿げ頭さんの言に、周りの女中さんたちも一斉に頭を縦に振った。
そういえば、いつだって椿の黒い瞳には私が映っていた。
あの、真っ白の塊が私だったんだな。
てっきり、月明かりがそうさせるのだと思っていた。
「白様はいつもその白のお着物をお召しになっていらっしゃるでしょう。もうすぐ特別なことがございますから、その為に旦那様がお気遣いなさったのですよ」
若い女中さんがにこにこ微笑みながら、私が身体の長さを測られるのを手伝ってくれた。
「特別なこと?」
「はい。とてもお目出度いことなのでございますよ」
「何故新しい着物が必要なんだい?」
「その日は、皆一張羅で出かけますから。白様もおんなじでございます」
「ふぅん…。何だか大変だなぁ」
「楽しくはございません?新しいお着物なんて、滅多に着られませんのに」
そんなことを言われても、私に実感が湧くはずも無い。
でも、鏡が見られたのは嬉しいと思う。
椿が私の見目のことを言ってから、気になっていたのだ。
私のことを椿は何度も綺麗だと言う。
空や月みたいなものを想像していたけれど、それとも何か違う異質さだ。
見慣れていた女中さんや椿より、猫である雪に近い気がする。
「はー…、本に、白様はお身体が綺麗ですなぁ」
「そうかい?」
「それはもう。私も呉服を長くやらして貰ってますけど、こないにお綺麗な方、滅多に会うたことがありまへん」
「はぁ…」
「腕も長くて、お腰も細くてなぁ。お顔は勿論やけども、お世話の女中さん方は幸せもんですわ」
若い女中さんが、照れたように笑った。
「ほな、こんなもんやろかねぇ。お前たち、名残惜しいやろけども、お暇するで」
「あい」
「またの機会があればまた今度て言いたいんやけどなぁ。今回だけでも、御許しが頂けて本に嬉しゅうございました」
ああ、この何か尊いものを見るような目は、腰のあたりがむずむずして居心地が悪い。
私は早く出て行って欲しくて、恭しく頭を下げる禿げ頭の男たちに深々と礼をした。
物欲しげな目をした周りの女たちが、後ろ髪を引かれるようにちらちらと私を振り返りながら去って行く。
最後に女中さんが満足そうな笑顔で、丁寧に襖を閉めてくれた。
結局、私の新しい着物とやらがどんな柄になったのかは分からない。
白地に花の模様が入ったものや、紺、淡い紫など様々な布切れがあったような気がするけれども、今着ている白い着物で十分だ。
「ねぇ、雪」
柔らかい毛皮にそっと触れると、雪はにゃあと返事をした。
「雪が私に懐くのは、当たり前のことだったのかもしれないね。私が雪を好いたのも、きっと当然だ」
「んにぁ」
「さ、空を見よう。また晴れだよ。雨が降ればいいのに…」
清々しいほどの快晴は、遠い山の向こうまで透けて見えた。
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