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水神殿への帰還
8-8 神獣フェンリル
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白王狼の奥さんは俺の頭に齧りつき、思いっきりガジガジやっている。耐性1万もある俺のシールドがあっという間に削られてしまう。
「おい、フェンリル! ちょっと待て!」
俺の声で一瞬止まったが、目が合うとまた直ぐに俺を噛み殺そうと全力で齧り始めた。
僅か1分もしない間にもう4回目のシールドのリバフを行っている。
【テレポート】で逃げたり空を飛ぶ手もあるが、逃げても野営地の仲間が襲われるだけだしな……このままだとジリ貧だ。
『ナビー先生お願いします!』
『……チッ』
『あの、ナビーさん? 今、「チッ」って聞こえましたが?』
『……はぁ、マスター最近ダメダメですね。折角マスターが、どうかっこよく対処するか動画を撮っていたのに、またですか……盗賊の時の【飛翔】といい、神殿巫女のお土産が無いではないですか……』
ナビーになじられてる間に6回目のシールドを張り直す。
『ごめんなさい。狩っていいのでしたら狩りますが?』
『……何を言ってるのです? 神獣を狩るのですか? まさか自分が設定した聖獣や神獣の役割をお忘れになったとかじゃないですよね?』
早くしてくれと思いながらも7回目のシールドを張る。
『早くフェンリルを何とかして欲しいのですが……』
『……フェンリルの役割をちゃんと言えたら何とかしてあげます』
なんで上から目線の物言いなんだよ! 五感を与えてから最近調子に乗りやがって! 後で仕返ししてやる。
『聖獣や神獣は確かその土地の土地神的存在で、悪い魔力だまりを浄化する役目を与えたんだっけ?』
『……自信なさげでしたが正解です。なので決して害してはならないと国で保護しているのです。一部の金に目が眩んだ悪意ある冒険者たちが稀に狩ろうとしますがフェンリルに敵うはずもなく全て返り討ちですね』
『ナビーさん、そろそろ何とかしてくれません? またアウラたちに叱られるよ?』
『……もう頼みましたよ』
『お止めなさい!』
幼げな声だが威厳のある凛とした声の念話が聞こえてきた。フェンリルはビクッとして齧るのを止め周りをキョロキョロして何かを探しているようだ。
『ベルル様?』
「って、フェンリル! お前言葉理解できるんじゃないか!」
『当たり前ではないか! フェンリルじゃぞ! フェンリル様と言え無礼者!』
『無礼なのはお前の方です! その方はこの世界をお創り下さった創主様ですよ!』
「ベルル、久しぶり!」
『はい! あるじさま、お久しぶり過ぎてうれしょんしちゃいそうです! 尻尾も勝手にフリフリしちゃってちぎれちゃいそうです! ハフハフッ』
うわー、確かに暫く放っておいたけど、尻尾を思いっきりフリフリしながらハフハフ言ってるベルルの姿の幻視が見えそうで怖い。相変わらずの駄女神っぷりに呆れて言葉がでない。
『あの、獣神ベルル様ですよね?』
『そうですよ。私の声を忘れてしまったのですか? えーっと、あるじさま、【クリスタルプレート】に顕現するならほとんど神力も要らないようですので、あるじさまの【クリスタルプレート】に行っていいですか?』
「そうなのか? じゃあ、【クリスタルプレート】出すな」
俺は【クリスタルプレート】を出して200インチサイズの大画面にした。
画面上には愛らしいチワワのようなベルルが尻尾をぶんぶん振って俺に手を振っている。
耳もピクピク動いていてとても可愛い。
『ベルル様! でもそのお姿は?』
見たらフェンリルが俺の【クリスタルプレート】に腹を見せて寝転んで尻尾をぶんぶん振っている。お腹がパンパンに張って苦しそうだが。フェンリルの姿はなぜか愛らしいものに見える。さっきまでの俺を殺そうとしていた奴と同じやつに見えないほどだ。これは犬がよくやる絶対服従という意味を込めた、忠誠のポーズだな。
『フェンリル、あなたの亭主の事はお気の毒でした。ですが創主様を襲ったのですよ。返り討ちにあって死んだのですが、仕方ないと思いませんか? むしろ一族ごと消滅も有り得たのですよ』
フェンリルは俺の方を見て尻尾も耳もうな垂れてしゅんとなって謝ってきた。
『神とは露知らず、申し訳ありませんでした! なにとぞご寛容な処罰を! せめてお腹の赤ちゃんだけはお許しを!』
『バカですね。その気ならあるじさまはあなたを瞬殺していますよ。そうしないで私をお呼びになったのでしょ? 殺す気などはなから無いと気付きなさい。あるじさまに失礼ですよ』
「いや、フェンリルの気持ちは十分理解できる。むしろ亭主の敵討ちとか俺的に好感が持てる行為だ。だが俺も死ぬわけにはいかないからな。俺が死んだらこの世界は崩壊するらしいからね」
フェンリルは俺の世界崩壊発言にギョッとしてプルプル震えだした。
『創主様、我が夫はどうして創主様を襲ったのでしょう?』
「そうか、知らないのか。あの日の夕方にこの場所で魔獣の解体を商隊で行ったんだ。おそらくその血の匂いで集まったんだろうけど、シルバーウルフ3匹とシルバードック10匹がやってきて俺がいた野営地を襲ってきたんだよ。当然襲ってきたから返り討ちにしたのだけど、多分その後仲間が帰って来ないのを心配してお前の旦那さんが見にきたんだと思う。その時は白王狼が会話できる程知能があると知らなかったし、いきなり襲ってきたから返り討ちにしてしまった。知らない事とはいえごめんな」
『なんて馬鹿な事を、あれほど人を襲うなと言っておいたのに!』
「ん? お前はどうして人を襲うなと言ってるんだ? 魔獣だから別に襲ってもいいんじゃないか?」
『魔獣とて知能がある者はちゃんと考えて行動します。人を襲えば必ず仕返しされます。もしそれが貴族であれば人を雇って何百人という集団でやってくるでしょう。そうなれば狼ごときの存在では太刀打ちできないのです。だから絶対人を襲うなと常日頃より散々教えていたものを……』
「そうか……でもお前の旦那は立派に俺と戦ったぞ。おそらくお前と同じだよ。殺された仲間の敵討ちだ。旦那の事をバカにするならお前の今の行動の方がよっぽどバカだぞ。身重のクセに人を襲ってるんだからな。旦那の事言えないだろ?」
『そうですね。夫以上のバカな行いです。人間ごとき身重でも瞬殺できると高を括くっておりました』
「ん? やっぱお前は旦那さんより強いのか?」
『あるじさま、当たり前じゃないですか。その子は私がイメージして、ユグちゃんが直接創ったオリジナル個体ですよ。国が相手でも勝てますよ。仮にも世界を管理する神獣なのですからそう簡単に殺されてはいけないのです。それに白王狼も軍が出動するほどの強さがあるのです。あるじさまが強すぎるだけです』
「あれ? フェンリルって聖獣じゃなかったっけ? ホワイトウルフ→ホワイトファングウルフ→フェンリルに進化して、魔石持ちの魔獣だから聖獣だったと思ってたんだけど?」
『フェンリルは神獣ですよ。王種までは魔石が存在しますが、フェンリルまで進化できた時点で魔石はなくなり、神獣として変態し、神の加護と祝福を得て寿命が無くなります。その子は進化個体ではなく、生まれた時からフェンリルとして創られた特別個体ですけどね』
「この世界ができてから、同時に存在しているユグちゃんが創りだしたオリジナル個体か。じゃあ、長生きしてるんだな。死が無いという事に不満は無いか?」
『いえ、この世界に神獣フェンリルとしてお創り下さったことにむしろ感謝しています。誇りに思える素晴らしい使命です。これからも何千年でも何万年でも、この身が朽ちるまでこの地を守っていきたいと思っています』
「そうか、ありがとう。でも、もし生き疲れたなら必ず言ってくれ。安らかな死を迎えられるように配慮する。子や孫が先に死ぬのを何度も何度も見るのは辛いだろ?」
『確かに仲間が死んでいくのを見るのは辛いですが、神獣は自然の摂理から外れた存在です。もうその事にも慣れました。それでもこの地を守る使命がある喜びは何事にも代えられない私の誇りなのです』
「そう言ってくれると俺も嬉しい。ところで、お前の旦那が俺と立派に戦って、おそらく仲間を逃がすための遠吠えを残した動画があるのだが見たいか?」
少し残酷な気もしたが、旦那を馬鹿だといったままでは、仲間を想って立派に戦ったあいつが浮かばれない。
『創主様、動画とはなんでしょう?』
「今、ベルルが映ってる物に、俺とお前の旦那が戦った時の記録を映し出して観る事ができるんだよ。ベルルが考えたシステムなんだけどね。自分の旦那が殺されるとこは見たくないだろうし、俺に対する恨みが余計に強くなるかもだから見せない方が良いのかもしれないけど、俺はお前の旦那の事は今でも立派だったと思っている。お前がちょっと旦那の事をバカにしたのが許せないってのもあるから、いかにお前の旦那が勇敢だったか見てほしい」
『見られるなら、是非見たいです。配下の者が主人の最後の声も立派だったと言っていますが、私は聞いていませんので……』
俺はあの時の動画をフェンリルに見せた。
彼女は白王狼の最後の遠吠えを聞き、俺に向かって最後に尻尾を振ったのを見て泣いているようだった。
『創主様ありがとうございます。立派な最後でした。主人はちゃんと創主様に敬意を払って死ねたのですね』
「ああ、立派だったろ? あの遠吠えはどういう意味があるのか解るか?」
『はい。自分が勝てない程の強者だからくるな。私と生まれてくる子供たちを頼むという言伝です』
その時、フェンリルが急に苦しみだした。
破水だ……どうやら旦那が亡くなった所を見てショックで産気づいたようだ。
「ごめん! やはり見せるべきじゃなかったな!」
『いえ、予定日はもうすぐでしたので偶々です。創主様はお気になさらずうっ~』
『むしろラッキーですよ! あるじさまがいるのです! これで出産で死ぬことは無いですからね! 子供たちも安泰です! 頑張って可愛い子を産むのですよ!』
『ハイ! ベルル様! キュウーン』
かなり苦しいようだが、俺は何をすればいいのだろう? そうだ!
「【痛覚半減】レベル2。どうだ少しは楽になったか?」
『あれ? 凄く楽になりました! でもまだかなり痛いです! 腰が~~~』
「出産は完全に痛みを無くすと胎児に危険がでる可能性がある。痛覚は残してあるから自分のタイミングで産み落とすんだ。長生きしているのだから、出産は初めてじゃないんだろ?」
『いえ、出産は今回が初めてです。良いオスはこれまでも居たのですが、私の事を畏れ多いとほとんどの駄狼どもが謙遜してしまって……機会が無かったのです』
「それってお前の事が単に怖かったとかじゃないのか?」
凄く睨まれちゃいました。フェンリルめちゃくちゃ怖いです。
「そんな殊勝な旦那さん死なせちゃってほんと申し訳ない」
『創主様に牙を剥けてしまったのです。仕方ないです~う~ん!』
1匹目が産まれた! 鑑定ではメスのホワイトウルフと出た。そしてすぐに2匹目が出てきた。フェンリルのオスだ! 出産で新たな神獣が増えるのか!? そしてすぐに3匹目が、今度はホワイトウルフのオスだ。
『創主様、ありがとうございます! おかげで思っていたより楽な出産ができました!』
「ああ、それは良かった! 【クリーン】それより1匹フェンリルが生まれたぞ! 神獣も出産で増えるんだな?」
俺は【クリーン】で子狼を綺麗にしてやり、母フェンリルのお腹に持って行ってやった。
『エッ!? 増えませんよ!? 神獣が出産で簡単に増えてしまったら大変じゃないですか!』
「エッ!? でも2匹目のこの子、俺の鑑定魔法じゃフェンリルのオスって出てるぞ? 最初のが白狼のメス、3匹目が白狼のオスだ」
『フェンリル、喜びなさい! ユグドラシルがどうやら神力を使って神獣を1匹混ぜたようです!』
『あの、宜しいのですか?』
『創主様がお前の旦那を奪ってしまった代わりに、神獣を1匹あなたに与えるそうです。それで創主様の恨みを忘れてほしいそうです。お前がさみしくないよう、死なない神獣フェンリルを子として与えるそうです。かなりの神力を使ったそうですので創主様に感謝するのですよ!』
『ハイ! 創主様ありがとうございます! とても嬉しいです!』
そう言ってフェンリルは立ち上がろうとしているが……。
「ちょっと待て! 【ボディースキャン】どうやらもう1匹いるようだが、へその緒が首に巻きついてなかなか出てこないようだ。このままだと死んでしまうかもだからお前の腹を裂いて取り出すがいいか?」
『エッ!? 私は殺されちゃうのですか!? フェンリルの代替わり!?』
「いやいや、俺は回復魔法があるからお前も死なせないよ! っていうかお前も神獣だから回復魔法あるだろ?」
『ありますが、魔法よりも自己回復効果が高いので余程の致命傷でないかぎり勝手に傷は塞がります』
「時間がないからやるぞ! そこで腹を出して寝てくれ! 【痛覚無効】」
ナイフを取出し消毒し、子が居る部位をピンポイントで裂いてさっと取出し、上級呪文で回復し事なきを得た。
『創主様、重ね重ねありがとうございます! おかげさまで無事出産ができました!』
「うーん【クリーン】最後のこの子は白狼だな、メスのようだがちょっと元気がない。他の子たちよりかなり小さいし、どうやらへその緒が首に絡んでいたため未熟児に育ったみたいだな」
先に生まれた3匹は羊水をケポッとすぐに吐き出した後、元気にフェンリルのお腹の上で母乳を吸っている。大きさは生まれたばかりなのに中型犬ぐらいの大きさがすでにある。最後のこの子はチワワぐらいの大きさでプルプル震えて今にも死にそうな雰囲気だ。他の子と同じようにお腹の側に置いたのだが母親の母乳も探そうとせずうな垂れて震えているだけだ。
フェンリルは、その様子を暫く見ていたのだが一言ぼそりとつぶやいた。
『残念ですね……』
うん? 『残念です』とはどういう事だろう? 俺は母フェンリルに問うのであった。
「おい、フェンリル! ちょっと待て!」
俺の声で一瞬止まったが、目が合うとまた直ぐに俺を噛み殺そうと全力で齧り始めた。
僅か1分もしない間にもう4回目のシールドのリバフを行っている。
【テレポート】で逃げたり空を飛ぶ手もあるが、逃げても野営地の仲間が襲われるだけだしな……このままだとジリ貧だ。
『ナビー先生お願いします!』
『……チッ』
『あの、ナビーさん? 今、「チッ」って聞こえましたが?』
『……はぁ、マスター最近ダメダメですね。折角マスターが、どうかっこよく対処するか動画を撮っていたのに、またですか……盗賊の時の【飛翔】といい、神殿巫女のお土産が無いではないですか……』
ナビーになじられてる間に6回目のシールドを張り直す。
『ごめんなさい。狩っていいのでしたら狩りますが?』
『……何を言ってるのです? 神獣を狩るのですか? まさか自分が設定した聖獣や神獣の役割をお忘れになったとかじゃないですよね?』
早くしてくれと思いながらも7回目のシールドを張る。
『早くフェンリルを何とかして欲しいのですが……』
『……フェンリルの役割をちゃんと言えたら何とかしてあげます』
なんで上から目線の物言いなんだよ! 五感を与えてから最近調子に乗りやがって! 後で仕返ししてやる。
『聖獣や神獣は確かその土地の土地神的存在で、悪い魔力だまりを浄化する役目を与えたんだっけ?』
『……自信なさげでしたが正解です。なので決して害してはならないと国で保護しているのです。一部の金に目が眩んだ悪意ある冒険者たちが稀に狩ろうとしますがフェンリルに敵うはずもなく全て返り討ちですね』
『ナビーさん、そろそろ何とかしてくれません? またアウラたちに叱られるよ?』
『……もう頼みましたよ』
『お止めなさい!』
幼げな声だが威厳のある凛とした声の念話が聞こえてきた。フェンリルはビクッとして齧るのを止め周りをキョロキョロして何かを探しているようだ。
『ベルル様?』
「って、フェンリル! お前言葉理解できるんじゃないか!」
『当たり前ではないか! フェンリルじゃぞ! フェンリル様と言え無礼者!』
『無礼なのはお前の方です! その方はこの世界をお創り下さった創主様ですよ!』
「ベルル、久しぶり!」
『はい! あるじさま、お久しぶり過ぎてうれしょんしちゃいそうです! 尻尾も勝手にフリフリしちゃってちぎれちゃいそうです! ハフハフッ』
うわー、確かに暫く放っておいたけど、尻尾を思いっきりフリフリしながらハフハフ言ってるベルルの姿の幻視が見えそうで怖い。相変わらずの駄女神っぷりに呆れて言葉がでない。
『あの、獣神ベルル様ですよね?』
『そうですよ。私の声を忘れてしまったのですか? えーっと、あるじさま、【クリスタルプレート】に顕現するならほとんど神力も要らないようですので、あるじさまの【クリスタルプレート】に行っていいですか?』
「そうなのか? じゃあ、【クリスタルプレート】出すな」
俺は【クリスタルプレート】を出して200インチサイズの大画面にした。
画面上には愛らしいチワワのようなベルルが尻尾をぶんぶん振って俺に手を振っている。
耳もピクピク動いていてとても可愛い。
『ベルル様! でもそのお姿は?』
見たらフェンリルが俺の【クリスタルプレート】に腹を見せて寝転んで尻尾をぶんぶん振っている。お腹がパンパンに張って苦しそうだが。フェンリルの姿はなぜか愛らしいものに見える。さっきまでの俺を殺そうとしていた奴と同じやつに見えないほどだ。これは犬がよくやる絶対服従という意味を込めた、忠誠のポーズだな。
『フェンリル、あなたの亭主の事はお気の毒でした。ですが創主様を襲ったのですよ。返り討ちにあって死んだのですが、仕方ないと思いませんか? むしろ一族ごと消滅も有り得たのですよ』
フェンリルは俺の方を見て尻尾も耳もうな垂れてしゅんとなって謝ってきた。
『神とは露知らず、申し訳ありませんでした! なにとぞご寛容な処罰を! せめてお腹の赤ちゃんだけはお許しを!』
『バカですね。その気ならあるじさまはあなたを瞬殺していますよ。そうしないで私をお呼びになったのでしょ? 殺す気などはなから無いと気付きなさい。あるじさまに失礼ですよ』
「いや、フェンリルの気持ちは十分理解できる。むしろ亭主の敵討ちとか俺的に好感が持てる行為だ。だが俺も死ぬわけにはいかないからな。俺が死んだらこの世界は崩壊するらしいからね」
フェンリルは俺の世界崩壊発言にギョッとしてプルプル震えだした。
『創主様、我が夫はどうして創主様を襲ったのでしょう?』
「そうか、知らないのか。あの日の夕方にこの場所で魔獣の解体を商隊で行ったんだ。おそらくその血の匂いで集まったんだろうけど、シルバーウルフ3匹とシルバードック10匹がやってきて俺がいた野営地を襲ってきたんだよ。当然襲ってきたから返り討ちにしたのだけど、多分その後仲間が帰って来ないのを心配してお前の旦那さんが見にきたんだと思う。その時は白王狼が会話できる程知能があると知らなかったし、いきなり襲ってきたから返り討ちにしてしまった。知らない事とはいえごめんな」
『なんて馬鹿な事を、あれほど人を襲うなと言っておいたのに!』
「ん? お前はどうして人を襲うなと言ってるんだ? 魔獣だから別に襲ってもいいんじゃないか?」
『魔獣とて知能がある者はちゃんと考えて行動します。人を襲えば必ず仕返しされます。もしそれが貴族であれば人を雇って何百人という集団でやってくるでしょう。そうなれば狼ごときの存在では太刀打ちできないのです。だから絶対人を襲うなと常日頃より散々教えていたものを……』
「そうか……でもお前の旦那は立派に俺と戦ったぞ。おそらくお前と同じだよ。殺された仲間の敵討ちだ。旦那の事をバカにするならお前の今の行動の方がよっぽどバカだぞ。身重のクセに人を襲ってるんだからな。旦那の事言えないだろ?」
『そうですね。夫以上のバカな行いです。人間ごとき身重でも瞬殺できると高を括くっておりました』
「ん? やっぱお前は旦那さんより強いのか?」
『あるじさま、当たり前じゃないですか。その子は私がイメージして、ユグちゃんが直接創ったオリジナル個体ですよ。国が相手でも勝てますよ。仮にも世界を管理する神獣なのですからそう簡単に殺されてはいけないのです。それに白王狼も軍が出動するほどの強さがあるのです。あるじさまが強すぎるだけです』
「あれ? フェンリルって聖獣じゃなかったっけ? ホワイトウルフ→ホワイトファングウルフ→フェンリルに進化して、魔石持ちの魔獣だから聖獣だったと思ってたんだけど?」
『フェンリルは神獣ですよ。王種までは魔石が存在しますが、フェンリルまで進化できた時点で魔石はなくなり、神獣として変態し、神の加護と祝福を得て寿命が無くなります。その子は進化個体ではなく、生まれた時からフェンリルとして創られた特別個体ですけどね』
「この世界ができてから、同時に存在しているユグちゃんが創りだしたオリジナル個体か。じゃあ、長生きしてるんだな。死が無いという事に不満は無いか?」
『いえ、この世界に神獣フェンリルとしてお創り下さったことにむしろ感謝しています。誇りに思える素晴らしい使命です。これからも何千年でも何万年でも、この身が朽ちるまでこの地を守っていきたいと思っています』
「そうか、ありがとう。でも、もし生き疲れたなら必ず言ってくれ。安らかな死を迎えられるように配慮する。子や孫が先に死ぬのを何度も何度も見るのは辛いだろ?」
『確かに仲間が死んでいくのを見るのは辛いですが、神獣は自然の摂理から外れた存在です。もうその事にも慣れました。それでもこの地を守る使命がある喜びは何事にも代えられない私の誇りなのです』
「そう言ってくれると俺も嬉しい。ところで、お前の旦那が俺と立派に戦って、おそらく仲間を逃がすための遠吠えを残した動画があるのだが見たいか?」
少し残酷な気もしたが、旦那を馬鹿だといったままでは、仲間を想って立派に戦ったあいつが浮かばれない。
『創主様、動画とはなんでしょう?』
「今、ベルルが映ってる物に、俺とお前の旦那が戦った時の記録を映し出して観る事ができるんだよ。ベルルが考えたシステムなんだけどね。自分の旦那が殺されるとこは見たくないだろうし、俺に対する恨みが余計に強くなるかもだから見せない方が良いのかもしれないけど、俺はお前の旦那の事は今でも立派だったと思っている。お前がちょっと旦那の事をバカにしたのが許せないってのもあるから、いかにお前の旦那が勇敢だったか見てほしい」
『見られるなら、是非見たいです。配下の者が主人の最後の声も立派だったと言っていますが、私は聞いていませんので……』
俺はあの時の動画をフェンリルに見せた。
彼女は白王狼の最後の遠吠えを聞き、俺に向かって最後に尻尾を振ったのを見て泣いているようだった。
『創主様ありがとうございます。立派な最後でした。主人はちゃんと創主様に敬意を払って死ねたのですね』
「ああ、立派だったろ? あの遠吠えはどういう意味があるのか解るか?」
『はい。自分が勝てない程の強者だからくるな。私と生まれてくる子供たちを頼むという言伝です』
その時、フェンリルが急に苦しみだした。
破水だ……どうやら旦那が亡くなった所を見てショックで産気づいたようだ。
「ごめん! やはり見せるべきじゃなかったな!」
『いえ、予定日はもうすぐでしたので偶々です。創主様はお気になさらずうっ~』
『むしろラッキーですよ! あるじさまがいるのです! これで出産で死ぬことは無いですからね! 子供たちも安泰です! 頑張って可愛い子を産むのですよ!』
『ハイ! ベルル様! キュウーン』
かなり苦しいようだが、俺は何をすればいいのだろう? そうだ!
「【痛覚半減】レベル2。どうだ少しは楽になったか?」
『あれ? 凄く楽になりました! でもまだかなり痛いです! 腰が~~~』
「出産は完全に痛みを無くすと胎児に危険がでる可能性がある。痛覚は残してあるから自分のタイミングで産み落とすんだ。長生きしているのだから、出産は初めてじゃないんだろ?」
『いえ、出産は今回が初めてです。良いオスはこれまでも居たのですが、私の事を畏れ多いとほとんどの駄狼どもが謙遜してしまって……機会が無かったのです』
「それってお前の事が単に怖かったとかじゃないのか?」
凄く睨まれちゃいました。フェンリルめちゃくちゃ怖いです。
「そんな殊勝な旦那さん死なせちゃってほんと申し訳ない」
『創主様に牙を剥けてしまったのです。仕方ないです~う~ん!』
1匹目が産まれた! 鑑定ではメスのホワイトウルフと出た。そしてすぐに2匹目が出てきた。フェンリルのオスだ! 出産で新たな神獣が増えるのか!? そしてすぐに3匹目が、今度はホワイトウルフのオスだ。
『創主様、ありがとうございます! おかげで思っていたより楽な出産ができました!』
「ああ、それは良かった! 【クリーン】それより1匹フェンリルが生まれたぞ! 神獣も出産で増えるんだな?」
俺は【クリーン】で子狼を綺麗にしてやり、母フェンリルのお腹に持って行ってやった。
『エッ!? 増えませんよ!? 神獣が出産で簡単に増えてしまったら大変じゃないですか!』
「エッ!? でも2匹目のこの子、俺の鑑定魔法じゃフェンリルのオスって出てるぞ? 最初のが白狼のメス、3匹目が白狼のオスだ」
『フェンリル、喜びなさい! ユグドラシルがどうやら神力を使って神獣を1匹混ぜたようです!』
『あの、宜しいのですか?』
『創主様がお前の旦那を奪ってしまった代わりに、神獣を1匹あなたに与えるそうです。それで創主様の恨みを忘れてほしいそうです。お前がさみしくないよう、死なない神獣フェンリルを子として与えるそうです。かなりの神力を使ったそうですので創主様に感謝するのですよ!』
『ハイ! 創主様ありがとうございます! とても嬉しいです!』
そう言ってフェンリルは立ち上がろうとしているが……。
「ちょっと待て! 【ボディースキャン】どうやらもう1匹いるようだが、へその緒が首に巻きついてなかなか出てこないようだ。このままだと死んでしまうかもだからお前の腹を裂いて取り出すがいいか?」
『エッ!? 私は殺されちゃうのですか!? フェンリルの代替わり!?』
「いやいや、俺は回復魔法があるからお前も死なせないよ! っていうかお前も神獣だから回復魔法あるだろ?」
『ありますが、魔法よりも自己回復効果が高いので余程の致命傷でないかぎり勝手に傷は塞がります』
「時間がないからやるぞ! そこで腹を出して寝てくれ! 【痛覚無効】」
ナイフを取出し消毒し、子が居る部位をピンポイントで裂いてさっと取出し、上級呪文で回復し事なきを得た。
『創主様、重ね重ねありがとうございます! おかげさまで無事出産ができました!』
「うーん【クリーン】最後のこの子は白狼だな、メスのようだがちょっと元気がない。他の子たちよりかなり小さいし、どうやらへその緒が首に絡んでいたため未熟児に育ったみたいだな」
先に生まれた3匹は羊水をケポッとすぐに吐き出した後、元気にフェンリルのお腹の上で母乳を吸っている。大きさは生まれたばかりなのに中型犬ぐらいの大きさがすでにある。最後のこの子はチワワぐらいの大きさでプルプル震えて今にも死にそうな雰囲気だ。他の子と同じようにお腹の側に置いたのだが母親の母乳も探そうとせずうな垂れて震えているだけだ。
フェンリルは、その様子を暫く見ていたのだが一言ぼそりとつぶやいた。
『残念ですね……』
うん? 『残念です』とはどういう事だろう? 俺は母フェンリルに問うのであった。
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ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
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パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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