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 寝室のベッドに叩きつけられた九曜は、体勢を立て直すために、すぐさま起き上がろうとしたが、体がベッドに縛りつけられたように起きることができなかった。
 そうしているうちに、翼弦が寝室に入ってくる。
 翼弦はベッドで起き上がろうと必死にもがいている九曜に覆いかぶさった。
「翼弦様、おやめください!」
 口づけしてくる翼弦に対し、九曜は顔を背けたが、手で顔を固定され、舌を入れられた。
 九曜は翼弦の侵略に抗う術がなかった。
「……んっ」
 翼弦から上着を引き裂かれ、九曜の肩は剥き出しになり、白い肌に残る生々しい歯形が露わになった。
 情交の跡を目にした翼弦は、目を細めた。
「……湯殿で乳繰り合っていたあれか。まだ生々しいな」
 九曜の体は驚愕のあまり凍りついた。
「どうしてそれを!?」
「私は変幻自在の身だ。幻以との睦まじさがどれほどのものか、見せてもらった。それでお主が惜しくなった」
 翼弦は凍りついたままの九曜の体をまさぐる。
 九曜の胸に手を滑らせていた翼弦は、ふと九曜のうっすらと赤味を帯びている胸の先を注視した。
「腫れているではないか」
 そういうと、翼弦は九曜の胸の先に親指で触れる。
「んんっ」
 痛いほどの刺激におそわれて九曜が顔をしかめると、翼弦は片頬を歪めた。
「幻以は執拗だのう。まあ、お主が甘えた声でねだるゆえ無理もないか。今宵は誰も邪魔をせぬ。早速あの声を私にも聞かせてほしいものだ」
 そういうと、翼弦は九曜の胸の先に舌を這わせた。
 泡沫洞の湯殿で幻以がたっぷりと愛情を注いでいた場所だ。すでに敏感になってしまっている。
「あ、ん……っ、嫌、嫌です、翼弦様……っ」
 襲ってくる刺激に危機感をつのらせた九曜は、渾身の力で翼弦を突き飛ばした。
 翼弦が押し除けられたのを機に術が破れ、九曜の体は自由になり、九曜はベッドから飛び出し、入口へ向けて走り出した。
「待て、九曜! 誰か、あの者を捕らえよ!」
 翼弦の声を無視して、九曜は廊下へ出た。
 廊下へ出た九曜は、今度は先ほど通った玄関へ向けて、ひたすら走り続けた。
 玄関口の両脇に有翼の門衛が二人立っていて、九曜の存在に気づくや否や、槍を手に向かってきたが、仙人のもとで修業した九曜にとって、門衛を二人吹き飛ばすくらい、造作もなかった。
 満月の輝く前庭へ出た九曜は、月明かりを頼りに、とにかく走った。
 金翼宮は、凌雲山の山頂にある。敷地はそれほど広くない。
 九曜はすぐさま塀に囲まれた山頂の崖っぷちへたどり着いた。
(この塀を飛び越えれば……)
 九曜は塀から身を乗り出して、外を見る。
 眼下の雲の隙間に見出せるそれは絶望的な断崖絶壁だった。到底人が上り下りできる勾配ではない。
「九曜よ。ここは人間のお主では逃げ出せぬぞ」
 背後から声がして、九曜は振り返った。翼弦がいた。
 なんの気配もなく、いつの間にか背後に立たれていたのに九曜は驚きを隠せなかった。
「諦めて私のものになるのだ」 
「い、嫌です……嫌……っ!」
 気がつくと、九曜は無意識に仙術を発動させていた。
 九曜の体から見えざる力がほとばしり、翼弦は衝撃を受け、うつむいてよろりと後退した。
「九曜……お主っ」
 苦しげな声とともに顔を上げた翼弦は、苦悶の表情で九曜を睨みつけた。

  
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