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 深夜。
 自室に戻った翼弦は、天空に浮かぶ月を眺めながら、憂鬱な溜息をついた。
「翼弦様、お薬湯でございます」
「うむ」
 翼弦は少女のような若い侍女が持ってきた湯呑をそっと手に取り、湯呑にたたえられた薬湯に映り込んだ月が揺れるのを見届けてから、口をつける。
 何ともいえない苦味が口の中に染みわたり、翼弦は渋面を作った。
「お加減の方は、いかがでございますか?」
「もう痛みは消えている」
 以前、翼弦は九曜に危害を加えられ、男性機能に支障が出ている。
 妻を持たず、俗世を離れて雲の上に住まう仙人にとって、それは大した出来事ではないはずなのだが。
 現在、翼弦は怒りにまかせて九曜を罰している。
 報復のために彼に屈辱を味わわせている真っ最中だ。
 自分の代理人の木龍の手で、彼を、犯している。
 伴侶のいる九曜の、悲壮な顔ときたら。
 それを面白おかしく観覧している。
 人間ごときに共鳴しない、仙人の残酷な娯楽なのかもしれない、と思いながら。
 そのはずだった。
 本気で九曜という男に魅了されるまでは。
 今夜の九曜は常軌を逸していた。
 犯される役目の九曜が、逆に木龍に襲いかかった。
 どのような心境の変化なのか、翼弦は囚われの彼の内面を推し測ることはできなかったが、その美しい獣の姿を目に灼きつけた。
 月光の中で肌に青白い光をまとわりつかせて、きつい顔が余計にきつく、琥珀色の目が肉食の猛獣のように輝いていた。
 彼が捕食する姿は、容赦がなかった。
 薬湯を飲み干した翼弦は、胸に手を当てた。
「どうしたことだ、この胸の高鳴りは」
 当初、九曜をさらったのは単なる享楽だった。
 天下に名高い自分が恋愛の成就のために利用されたことに対する応酬だった。
 正直なところ、自分を踏み台にして結ばれた二人を離れ離れにできれば、それでよかった。
 傷つけば傷つくほど、焦がれていく。  
 九曜を本気で自分のものにしたい。
 飼い慣らしたい。
 手懐けたい。
「いや……慰み者などではなく、私の妃にしたい。愛し抜きたい」
 翼弦はテーブルの上で両肘をつき、組んだ両手の上で顔をうずめて再び溜息をつく。
 九曜は、木龍などに与えてよいものではなかったのだ。
 代理を立てなければ九曜に報復はおろか、怒りを伝達することすらできない現状がもどかしく、不愉快でたまらない。
「早く癒えないものだろうか」
 翼弦が独り言をつぶやくと、部屋の隅に控えていた侍女が一歩前に出た。
「玉泉の出る温泉で湯治もよいかもしれません」
 うつむいていた翼弦は、侍女の提案を聞いて顔を上げた。
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