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3.白い少女
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竜次は強烈な光で視界を奪われた。とっさに腕をかざし、目を守る。
光の出どころを見ようとするが、逆光でよく見えない。
(しまった、警備員か……!)
このまま逃げるか、何かいいわけをして誤魔化すかを竜次が逡巡していると、男が呆れたような声を出した。
「やっぱり来たな、駒井……」
「何で、オレの名前っ!?」
驚いて見やると、男が竜次からライトを逸らした。
やっとその姿が見えると、そこに立っていたのは竜次と同じ制服を着て、ボディバッグを背負った少年。
灼だった。
「な、何でお前がここにいるんだよ、孤塚!?」
竜次の問いに、灼はひとつ大きなため息をついて、答えた。
「どうせお前らは忠告をしても誰かしら来るだろうと思ったから、見まわりをしてやっていたんだ。来たのは、駒井ひとりだけか?」
「そうだよ、オレひとりだよ! 悪いか!?」
冷静な声で指摘されたことに、竜次はバカにされた気がして、苛立った。
「いや、ひとりなら好都合だ。目撃者は悪戯に増やしたくない。それに、たとえ犠牲者が出てもひとりなら、大ごとにはならない」
「は?」
何をいわれているのかよくわからないが、何だかとても不穏な話をされている気がする。
竜次がひとりで来た安堵のためか、灼は珍しくにこやかな笑みを浮かべている。
もっとも、この会話の流れで笑っていても、逆に怖いだけなのだが。
竜次が詳しく訊こうとして口を開きかけたとき、灼がひとりで来たのではないことに気づいた。
灼の後ろに隠れるようにして、もう少し小柄な人かげが立っていたのである。
「……誰?」
竜次の視線に気づいた灼が促すと、ひとりの小柄な少女が前に出てきた。
御山高校の男子制服は、普通の黒い詰襟タイプで、夏服は半袖の白いシャツのみになる。
女子制服は、セーラー服だ。白い襟の白い半袖に青いネクタイ、白い膝丈のスカート。全体的に、とにかく白い。汚れが目立つということで、女子生徒と保護者からは不評だが。
少女は、その白い制服を着ていた。
竜次の眼は、その少女に釘づけになった。
かなりの美人である。しかし、釘づけになった理由は、それだけではない。
彼女の腰までかかりそうなほどの長く白い髪、くりっとした青い瞳。黒い闇の中、対照的に全身が真っ白で、窓から差しこむ月の光を浴びて、淡く輝いている。
その神秘的な雰囲気とあいまって、竜次はまるで天使にでも出会ったかのような気分になった。
「キレイな子だなあ……」
つい、ポロッと本音が溢れた。
その瞬間、少女の色素の薄い真っ白な頬に、サッと赤みがさしたことを、灼は見逃さなかった。
見惚れている竜次の視線を遮るかのように、さりげなく少女を背に隠した。
「彼女には、魔除けのお守り代わりに、ついて来てもらった」
「……あなた、わたしのことを何だと思っているの?」
少女は灼の後ろから顔を出すと、不機嫌そうに眉をひそませた。
その言葉の意味は竜次にはわからなかったが、他にも気になることはあった。
「見覚えないけど、この子、うちの高校にいたっけ?」
こんな美少女ならば、どこで出会っても必ず忘れないだろう。しかし、竜次は知らなかった。
まだ入学して、数ヶ月しか経っていないせいだろうか。たまたま出会わなかっただけなのか。
灼は、その質問に答えなかった。
代わりに、少女が口を開いた。
「燈」
「え?」
「燈よ。わたしの名前。あなたは?」
「あ、えっと、駒井竜次。竜次でいいよ」
竜次は、にこやかに答えた。いや、にこやかというより、デレデレとした笑顔といったほうが、正しいかもしれない。
「そう。よろしくね、竜次くん」
「さっさと帰れ、竜次」
ニコッと笑う燈の横で、灼がムスッとしている。対抗心のためか、呼び方まで変わっている。
「お前まで竜次と呼んでいいとはいってないぞ、灼!」
「こっちこそ、名前で呼べだなんて、ひと言もいっていないぞ……」
しばし、ふたりが睨みあう。
燈が呆れた顔をして、ふたりの間に割ってはいった。
「とにかく! ここはお化けが出て危険だから、早く行きましょう。外まで送っていくから」
「でも、オレ、まだやることが……」
「燈様に口ごたえするな!」
竜次は、目を丸くした。
普通、高校生同士で名前に「様」なんて、つけるわけがない。
「……何で、『様』?」
最初は、友だちか姉弟かと思ったが、そうではないらしい。このふたりは、一体どのような関係なのだろうか。
「あ? 高貴なお方なのだから、当然だろう?」
灼は不思議そうに、「至極真っ当なことだ」とでもいうような顔をした。
(『高貴なお方』って何!? 全然ついていけないんですけど……)
竜次は困惑した。
灼が何を考えているのか、全くわからない。ひょっとして、からかわれているのだろうか。
竜次の反応に気づいた燈が、灼をジロリと睨んだ。誤魔化すように、コホンと可愛らしい咳払いをひとつして、いった。
「いいから、大人しく帰って。死ぬわよ」
「死ぬって、いくら何でも……」
大袈裟だ、と竜次は思った。何の冗談だと。
そもそも、お化けとかいうものの存在だって、信じられるわけがない。
しかし、燈は大真面目にいっているようだ。
愛想はよいが、灼と同じで、何を考えているのか読めない少女だ。
灼も追いうちをかけるように、続ける。
「先にいっておくが、お化けが出たら、僕では手に負えないからな」
「何で? お前、喧嘩は強いんだろ?」
不思議そうな竜次に、灼が呆れた顔で、本日何度目かのため息をつく。
「どうして、喧嘩と同列に考えているのかわからないけど……」
「ちょっと待って! 灼、あなた、喧嘩なんかしているの? ダメでしょう、危ないことをしては!」
燈が灼を叱った。大して年が変わらないはずなのに、その口調はまるでお母さんのようだった。
灼が「余計なことを」といわんばかりに、竜次を睨みつけた。
しかし、すぐに燈を宥めて、続けた。
「あー、とにかく、話を戻そう。いいか? 前提として、燈様ほどの霊力があれば、大体のお化けは寄ってこない」
(ああ、さっきの『魔除けのお守り代わり』って、そういう……。いや、霊力の意味はわからないけど)
「だけど、それでも寄ってくるお化けは、よほど強い奴か、理性のない奴だ。僕のちっぽけな霊力では、そんなものに大した抵抗はできない」
「いや、まだオレ、そのお化けとかいうのを全然信じちゃいないけど……。でも、その理論なら、燈ちゃんが何とかできるんじゃないの?」
竜次の「燈ちゃん」呼びに、灼の眉が一瞬ピクリと動いたが、何もいわなかった。
燈が首を振って、答えた。
「ダメよ。わたしの力は契約者がいないと、使えないもの」
「どういうこと?」
竜次の問いには答えず、燈はニコリと笑っただけだった。そのまま、無理やり竜次の手を引いて、歩きだした。
「さあ、帰るわよ」
灼は不服そうだったが、何もいわずに燈に従った。
むしろ、いきなり手を握られて慌てたのは、竜次だった。
チャラく見えても、実際は女子とお付きあいをしたこともない。大抵は「竜次くんって、いい人だよね」といわれてしまうタイプだった。
つまり、女子の手を握ったこともないのだ。
(そんな、大胆な……。燈ちゃんの手、氷みたいに冷たい。手が冷たい人は、優しいっていうよな……)
幽霊調査のことも脳内からふき飛び、竜次はひたすら、変態のようなことを考えてしまった。
放心状態のまま、ふたりについて行こうとしたときだった。突然、足もとで何かが動く気配がした。
不思議に思ってライトを下に向けたとき、それが見えてしまった。
「うわああああああ」
光の出どころを見ようとするが、逆光でよく見えない。
(しまった、警備員か……!)
このまま逃げるか、何かいいわけをして誤魔化すかを竜次が逡巡していると、男が呆れたような声を出した。
「やっぱり来たな、駒井……」
「何で、オレの名前っ!?」
驚いて見やると、男が竜次からライトを逸らした。
やっとその姿が見えると、そこに立っていたのは竜次と同じ制服を着て、ボディバッグを背負った少年。
灼だった。
「な、何でお前がここにいるんだよ、孤塚!?」
竜次の問いに、灼はひとつ大きなため息をついて、答えた。
「どうせお前らは忠告をしても誰かしら来るだろうと思ったから、見まわりをしてやっていたんだ。来たのは、駒井ひとりだけか?」
「そうだよ、オレひとりだよ! 悪いか!?」
冷静な声で指摘されたことに、竜次はバカにされた気がして、苛立った。
「いや、ひとりなら好都合だ。目撃者は悪戯に増やしたくない。それに、たとえ犠牲者が出てもひとりなら、大ごとにはならない」
「は?」
何をいわれているのかよくわからないが、何だかとても不穏な話をされている気がする。
竜次がひとりで来た安堵のためか、灼は珍しくにこやかな笑みを浮かべている。
もっとも、この会話の流れで笑っていても、逆に怖いだけなのだが。
竜次が詳しく訊こうとして口を開きかけたとき、灼がひとりで来たのではないことに気づいた。
灼の後ろに隠れるようにして、もう少し小柄な人かげが立っていたのである。
「……誰?」
竜次の視線に気づいた灼が促すと、ひとりの小柄な少女が前に出てきた。
御山高校の男子制服は、普通の黒い詰襟タイプで、夏服は半袖の白いシャツのみになる。
女子制服は、セーラー服だ。白い襟の白い半袖に青いネクタイ、白い膝丈のスカート。全体的に、とにかく白い。汚れが目立つということで、女子生徒と保護者からは不評だが。
少女は、その白い制服を着ていた。
竜次の眼は、その少女に釘づけになった。
かなりの美人である。しかし、釘づけになった理由は、それだけではない。
彼女の腰までかかりそうなほどの長く白い髪、くりっとした青い瞳。黒い闇の中、対照的に全身が真っ白で、窓から差しこむ月の光を浴びて、淡く輝いている。
その神秘的な雰囲気とあいまって、竜次はまるで天使にでも出会ったかのような気分になった。
「キレイな子だなあ……」
つい、ポロッと本音が溢れた。
その瞬間、少女の色素の薄い真っ白な頬に、サッと赤みがさしたことを、灼は見逃さなかった。
見惚れている竜次の視線を遮るかのように、さりげなく少女を背に隠した。
「彼女には、魔除けのお守り代わりに、ついて来てもらった」
「……あなた、わたしのことを何だと思っているの?」
少女は灼の後ろから顔を出すと、不機嫌そうに眉をひそませた。
その言葉の意味は竜次にはわからなかったが、他にも気になることはあった。
「見覚えないけど、この子、うちの高校にいたっけ?」
こんな美少女ならば、どこで出会っても必ず忘れないだろう。しかし、竜次は知らなかった。
まだ入学して、数ヶ月しか経っていないせいだろうか。たまたま出会わなかっただけなのか。
灼は、その質問に答えなかった。
代わりに、少女が口を開いた。
「燈」
「え?」
「燈よ。わたしの名前。あなたは?」
「あ、えっと、駒井竜次。竜次でいいよ」
竜次は、にこやかに答えた。いや、にこやかというより、デレデレとした笑顔といったほうが、正しいかもしれない。
「そう。よろしくね、竜次くん」
「さっさと帰れ、竜次」
ニコッと笑う燈の横で、灼がムスッとしている。対抗心のためか、呼び方まで変わっている。
「お前まで竜次と呼んでいいとはいってないぞ、灼!」
「こっちこそ、名前で呼べだなんて、ひと言もいっていないぞ……」
しばし、ふたりが睨みあう。
燈が呆れた顔をして、ふたりの間に割ってはいった。
「とにかく! ここはお化けが出て危険だから、早く行きましょう。外まで送っていくから」
「でも、オレ、まだやることが……」
「燈様に口ごたえするな!」
竜次は、目を丸くした。
普通、高校生同士で名前に「様」なんて、つけるわけがない。
「……何で、『様』?」
最初は、友だちか姉弟かと思ったが、そうではないらしい。このふたりは、一体どのような関係なのだろうか。
「あ? 高貴なお方なのだから、当然だろう?」
灼は不思議そうに、「至極真っ当なことだ」とでもいうような顔をした。
(『高貴なお方』って何!? 全然ついていけないんですけど……)
竜次は困惑した。
灼が何を考えているのか、全くわからない。ひょっとして、からかわれているのだろうか。
竜次の反応に気づいた燈が、灼をジロリと睨んだ。誤魔化すように、コホンと可愛らしい咳払いをひとつして、いった。
「いいから、大人しく帰って。死ぬわよ」
「死ぬって、いくら何でも……」
大袈裟だ、と竜次は思った。何の冗談だと。
そもそも、お化けとかいうものの存在だって、信じられるわけがない。
しかし、燈は大真面目にいっているようだ。
愛想はよいが、灼と同じで、何を考えているのか読めない少女だ。
灼も追いうちをかけるように、続ける。
「先にいっておくが、お化けが出たら、僕では手に負えないからな」
「何で? お前、喧嘩は強いんだろ?」
不思議そうな竜次に、灼が呆れた顔で、本日何度目かのため息をつく。
「どうして、喧嘩と同列に考えているのかわからないけど……」
「ちょっと待って! 灼、あなた、喧嘩なんかしているの? ダメでしょう、危ないことをしては!」
燈が灼を叱った。大して年が変わらないはずなのに、その口調はまるでお母さんのようだった。
灼が「余計なことを」といわんばかりに、竜次を睨みつけた。
しかし、すぐに燈を宥めて、続けた。
「あー、とにかく、話を戻そう。いいか? 前提として、燈様ほどの霊力があれば、大体のお化けは寄ってこない」
(ああ、さっきの『魔除けのお守り代わり』って、そういう……。いや、霊力の意味はわからないけど)
「だけど、それでも寄ってくるお化けは、よほど強い奴か、理性のない奴だ。僕のちっぽけな霊力では、そんなものに大した抵抗はできない」
「いや、まだオレ、そのお化けとかいうのを全然信じちゃいないけど……。でも、その理論なら、燈ちゃんが何とかできるんじゃないの?」
竜次の「燈ちゃん」呼びに、灼の眉が一瞬ピクリと動いたが、何もいわなかった。
燈が首を振って、答えた。
「ダメよ。わたしの力は契約者がいないと、使えないもの」
「どういうこと?」
竜次の問いには答えず、燈はニコリと笑っただけだった。そのまま、無理やり竜次の手を引いて、歩きだした。
「さあ、帰るわよ」
灼は不服そうだったが、何もいわずに燈に従った。
むしろ、いきなり手を握られて慌てたのは、竜次だった。
チャラく見えても、実際は女子とお付きあいをしたこともない。大抵は「竜次くんって、いい人だよね」といわれてしまうタイプだった。
つまり、女子の手を握ったこともないのだ。
(そんな、大胆な……。燈ちゃんの手、氷みたいに冷たい。手が冷たい人は、優しいっていうよな……)
幽霊調査のことも脳内からふき飛び、竜次はひたすら、変態のようなことを考えてしまった。
放心状態のまま、ふたりについて行こうとしたときだった。突然、足もとで何かが動く気配がした。
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「うわああああああ」
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