理科準備室のお狐様

石澄 藍

文字の大きさ
3 / 20

3.白い少女

しおりを挟む
竜次は強烈な光で視界を奪われた。とっさに腕をかざし、目を守る。
 光の出どころを見ようとするが、逆光でよく見えない。

(しまった、警備員か……!)

 このまま逃げるか、何かいいわけをして誤魔化すかを竜次が逡巡していると、男が呆れたような声を出した。

「やっぱり来たな、駒井……」
「何で、オレの名前っ!?」

 驚いて見やると、男が竜次からライトを逸らした。
 やっとその姿が見えると、そこに立っていたのは竜次と同じ制服を着て、ボディバッグを背負った少年。
 あきだった。

「な、何でお前がここにいるんだよ、孤塚こづか!?」

 竜次の問いに、灼はひとつ大きなため息をついて、答えた。

「どうせお前らは忠告をしても誰かしら来るだろうと思ったから、見まわりをしてやっていたんだ。来たのは、駒井ひとりだけか?」
「そうだよ、オレひとりだよ! 悪いか!?」

 冷静な声で指摘されたことに、竜次はバカにされた気がして、苛立った。

「いや、ひとりなら好都合だ。目撃者は悪戯に増やしたくない。それに、たとえ犠牲者が出てもひとりなら、大ごとにはならない」
「は?」

 何をいわれているのかよくわからないが、何だかとても不穏な話をされている気がする。
 竜次がひとりで来た安堵のためか、灼は珍しくにこやかな笑みを浮かべている。
 もっとも、この会話の流れで笑っていても、逆に怖いだけなのだが。

 竜次が詳しく訊こうとして口を開きかけたとき、灼がひとりで来たのではないことに気づいた。
 灼の後ろに隠れるようにして、もう少し小柄な人かげが立っていたのである。

「……誰?」

 竜次の視線に気づいた灼が促すと、ひとりの小柄な少女が前に出てきた。

 御山高校の男子制服は、普通の黒い詰襟タイプで、夏服は半袖の白いシャツのみになる。
 女子制服は、セーラー服だ。白い襟の白い半袖に青いネクタイ、白い膝丈のスカート。全体的に、とにかく白い。汚れが目立つということで、女子生徒と保護者からは不評だが。
 少女は、その白い制服を着ていた。

 竜次の眼は、その少女に釘づけになった。
 かなりの美人である。しかし、釘づけになった理由は、それだけではない。
 彼女の腰までかかりそうなほどの長く白い髪、くりっとした青い瞳。黒い闇の中、対照的に全身が真っ白で、窓から差しこむ月の光を浴びて、淡く輝いている。

 その神秘的な雰囲気とあいまって、竜次はまるで天使にでも出会ったかのような気分になった。

「キレイな子だなあ……」

 つい、ポロッと本音が溢れた。

 その瞬間、少女の色素の薄い真っ白な頬に、サッと赤みがさしたことを、灼は見逃さなかった。
 見惚れている竜次の視線を遮るかのように、さりげなく少女を背に隠した。

「彼女には、魔除けのお守り代わりに、ついて来てもらった」
「……あなた、わたしのことを何だと思っているの?」

 少女は灼の後ろから顔を出すと、不機嫌そうに眉をひそませた。
 その言葉の意味は竜次にはわからなかったが、他にも気になることはあった。

「見覚えないけど、この子、うちの高校にいたっけ?」

 こんな美少女ならば、どこで出会っても必ず忘れないだろう。しかし、竜次は知らなかった。
 まだ入学して、数ヶ月しか経っていないせいだろうか。たまたま出会わなかっただけなのか。

 灼は、その質問に答えなかった。
 代わりに、少女が口を開いた。

あかり
「え?」
「燈よ。わたしの名前。あなたは?」
「あ、えっと、駒井竜次。竜次でいいよ」

 竜次は、にこやかに答えた。いや、にこやかというより、デレデレとした笑顔といったほうが、正しいかもしれない。

「そう。よろしくね、竜次くん」
「さっさと帰れ、竜次」

 ニコッと笑う燈の横で、灼がムスッとしている。対抗心のためか、呼び方まで変わっている。

「お前まで竜次と呼んでいいとはいってないぞ、灼!」
「こっちこそ、名前で呼べだなんて、ひと言もいっていないぞ……」

 しばし、ふたりが睨みあう。
 燈が呆れた顔をして、ふたりの間に割ってはいった。

「とにかく! ここはお化けが出て危険だから、早く行きましょう。外まで送っていくから」
「でも、オレ、まだやることが……」
「燈様に口ごたえするな!」

 竜次は、目を丸くした。
 普通、高校生同士で名前に「様」なんて、つけるわけがない。

「……何で、『様』?」

 最初は、友だちか姉弟かと思ったが、そうではないらしい。このふたりは、一体どのような関係なのだろうか。

「あ? 高貴なお方なのだから、当然だろう?」

 灼は不思議そうに、「至極真っ当なことだ」とでもいうような顔をした。

(『高貴なお方』って何!? 全然ついていけないんですけど……)

 竜次は困惑した。
 灼が何を考えているのか、全くわからない。ひょっとして、からかわれているのだろうか。

 竜次の反応に気づいた燈が、灼をジロリと睨んだ。誤魔化すように、コホンと可愛らしい咳払いをひとつして、いった。

「いいから、大人しく帰って。死ぬわよ」
「死ぬって、いくら何でも……」

 大袈裟だ、と竜次は思った。何の冗談だと。
 そもそも、お化けとかいうものの存在だって、信じられるわけがない。

 しかし、燈は大真面目にいっているようだ。
 愛想はよいが、灼と同じで、何を考えているのか読めない少女だ。
 灼も追いうちをかけるように、続ける。

「先にいっておくが、お化けが出たら、僕では手に負えないからな」
「何で? お前、喧嘩は強いんだろ?」

 不思議そうな竜次に、灼が呆れた顔で、本日何度目かのため息をつく。

「どうして、喧嘩と同列に考えているのかわからないけど……」
「ちょっと待って! 灼、あなた、喧嘩なんかしているの? ダメでしょう、危ないことをしては!」

 燈が灼を叱った。大して年が変わらないはずなのに、その口調はまるでお母さんのようだった。

 灼が「余計なことを」といわんばかりに、竜次を睨みつけた。
 しかし、すぐに燈を宥めて、続けた。

「あー、とにかく、話を戻そう。いいか? 前提として、燈様ほどの霊力があれば、大体のお化けは寄ってこない」
(ああ、さっきの『魔除けのお守り代わり』って、そういう……。いや、霊力の意味はわからないけど)

「だけど、それでも寄ってくるお化けは、よほど強い奴か、理性のない奴だ。僕のちっぽけな霊力では、そんなものに大した抵抗はできない」
「いや、まだオレ、そのお化けとかいうのを全然信じちゃいないけど……。でも、その理論なら、燈ちゃんが何とかできるんじゃないの?」

 竜次の「燈ちゃん」呼びに、灼の眉が一瞬ピクリと動いたが、何もいわなかった。

 燈が首を振って、答えた。

「ダメよ。わたしの力は契約者がいないと、使えないもの」
「どういうこと?」

 竜次の問いには答えず、燈はニコリと笑っただけだった。そのまま、無理やり竜次の手を引いて、歩きだした。

「さあ、帰るわよ」

 灼は不服そうだったが、何もいわずに燈に従った。
 むしろ、いきなり手を握られて慌てたのは、竜次だった。

 チャラく見えても、実際は女子とお付きあいをしたこともない。大抵は「竜次くんって、いい人だよね」といわれてしまうタイプだった。
 つまり、女子の手を握ったこともないのだ。

(そんな、大胆な……。燈ちゃんの手、氷みたいに冷たい。手が冷たい人は、優しいっていうよな……)

 幽霊調査のことも脳内からふき飛び、竜次はひたすら、変態のようなことを考えてしまった。

 放心状態のまま、ふたりについて行こうとしたときだった。突然、足もとで何かが動く気配がした。
 不思議に思ってライトを下に向けたとき、それが見えてしまった。

「うわああああああ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...