理科準備室のお狐様

石澄 藍

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4. 蜘蛛の大群

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 足もとには大きな蜘蛛がいた。しかも、大量の。

 大きさも普通の蜘蛛の大きさではない。
 世界最大級の蜘蛛は足まで含めると、全長30センチほどもあるというが、こちらは胴体だけでもそれを超えていそうだ。タランチュラのように、足も太い。

 その大群が、4階に続く階段や壁からワサワサと降りてきたのだ。
 辺りを照らしてよく見ると、2階へ降りる階段の壁にも、ちらほらといる。

 異様な光景だった。日本の学校に、このような蜘蛛がこれほど大量にいるだろうか。
 いや、そんなことはどうでもよい。

 竜次は、蜘蛛が大の苦手だった。

「何だよ、これ!?」

 パニックになって叫ぶ。
 落ち着いた声で、あかりがたしなめる。

「あ~、気づいちゃったか……。静かに、じっとしていて。何があっても、絶対に手を出さないで」

 しかし、残念ながら竜次の耳には届いていなかった。
 1匹の蜘蛛が今にも足をよじ登ろうとしていて、それどころではなかったのである。

「来るな!!」

 竜次は、無我夢中でそれを蹴りあげた。

 蹴りあげられた蜘蛛は宙を舞い、1メートルほどふっ飛ばされて、着地した。

 ガチガチガチ――。

 大したダメージはなさそうだが、妙に発達した牙を鳴らして威嚇している。
 どうやら、相当怒らせてしまったらしい。

 しかも、さざ波が広がるように、だんだんと周りの蜘蛛にもそれが伝染していく。

 ガチガチガチガチガチガチ――。

 次第に、音は増えて大きくなっていく。獲物でも狙うように、いくつもの眼が3人を見つめている。

 あきが忌々しげに、舌打ちをする。

「これはまずいな。逃げろ!」

 3人は、一目散に蜘蛛の侵略が進んでいない3階の廊下へ駆けだした。

「だから、手を出すなって、燈様にいわれたんだろうが……!」
「手は出してない。足だけだ!」
「そういうの、屁理屈っていうのよ……」

 走りながら喧嘩している3人のあとを、蜘蛛の大群がガサガサと不気味な音を立てながら、追いかけてくる。

「ついてきた! 何なんだよ、あれ!?」
「多分、土蜘蛛の子どもたちよ。あれも、お化けの一種。気をつけてね。子蜘蛛でも、危険だと判断した人間は襲って、ついでに喰べちゃうから」

 燈の言葉に、竜次は背筋にゾワっと悪寒が走った。

「お化けが人喰い蜘蛛だなんて、聞いてない! 知っていたら、来なかったのに!」
「だから、早く帰れと、何度もいっていただろ!」

 いい合いを続けつつも、竜次はほぼ全速力で走っていた。もともと鞄ももたず、身ひとつとスマホしかもってきていないため、身軽だった。

 しかし、それでもだんだんと、蜘蛛たちとの距離が狭まってきた。
 竜次は焦ったが、これ以上スピードは出ない。

「あれ、何とかできないのか!?」
「そういわれてもなあ……」

 竜次の問いに、灼は気乗りしない返事をした。
 それでも、走りながら、背中に斜めにかけていたボディバッグを胸の前に持ってきて、中身を探った。

 目的のものは簡単に見つかったらしく、すぐにバッグから手を引きぬいた。
 その手には、黒い拳銃が握られていた。

「へ?」

 驚いた竜次が素っ頓狂な声を上げた。
 しかし、灼は気にした素振りも見せず、銃を後ろに向ける。そのまま、躊躇いなく引き金を引いた。

 パーン、パーン――。

 銃声がしたと同時に、2匹の蜘蛛がふっ飛んで、あとから来た大群の渦に飲まれていった。
 走りながら撃ったと思えないような、速さと正確さだった。

 しかし、蜘蛛の大群は気づいていないのか、はたまた気にしていないのか、速度を落とすことなく、なおもこちらに迫ってくる。

「な? 僕だけじゃ、どうにもならないだろ? 足止めにすらなっていない」
「いや、待て待て、何だよ今の!? 拳銃!? ずっともち歩いていたの!?」
「ただのエアガンだよ。改造銃じゃないから違法でもないし、多分命中した奴らも致命傷にはなっていない。あ、お祓いとか諸々はしているから、その意味では改造しているけど」

 灼は平然としていた。

(いや、何いきなり銃をぶっ放してんの!? びっくりするわ!! お祓いって何!?)

 むしろ、竜次のほうがいろいろと動揺してしまっていた。そのせいで、気づかないうちに速度が落ちていたらしい。

「ほら、しっかり走って!」

 燈の声に我に返ると、数匹の蜘蛛がすぐ後ろまで迫っていた。
 それらが竜次めがけて、いっせいに口から勢いよく白い糸を飛ばしてきた。
 糸に絡めて、捕獲するつもりなのだろう。

「うわあ!!」

 竜次は間一髪でそれを避けた。
 命中していたら、蜘蛛の巣にかかったエサよろしく、食べられていたのだろうか。

「何で、口から糸を吐くんだよ! 大体の蜘蛛は腹部からだろ!!」

 思わず蜘蛛に文句を投げつけたが、蜘蛛は構わず突進してくる。

「竜次くん、今そんなことをいっている場合じゃない……」

 燈は冷めた声でいうと、ひとりだけ立ち止まった。
 竜次が気づいてふり返ると、ちょうど蜘蛛に向かって、突っこんでいくところだった。

「あんな化けもの相手に、やめろ!!」

 叫んでから、気づいた。
 先ほどまでは手ぶらだったというのに、どこからとり出したのか、いつの間にか燈は刀を握っていた。
 走りながら、スラリと鞘から刀を抜き、鞘を投げすてる。そのまま、特に接近していた数匹に斬りこんでいく。

 燈が1匹に刀を振りおろして、倒す。
 その隙をついて、数匹の蜘蛛が横からものすごいジャンプ力で飛びついてきた。燈は少しも怯まず、一度に薙ぐ。
 見事な刀さばきで、蜘蛛を次々に斬っていく。

「すごい……。けど、あれこそ銃刀法違反じゃないのか?」
「……まあ、人間だったらな」

 ボソッといわれた灼の言葉が聞きとれず、竜次は聞きかえそうとして振りかえった。

 灼は再びボディバッグをゴソゴソと探って、札ふだのようなものを数枚とり出していた。

「何をしているんだ?」

 灼は無視して、それらを1枚ずつ、投げた。

 不用意に投げたように見えたそれらは、灼の手を離れると、シュッと鋭く空を切り、目的の場所に貼りついた。
 燈がいる位置よりさらに奥の左右の壁、天井近くに1枚ずつ、その下の床との設置面付近に1枚ずつ。

 計4枚が貼りついたのを見届けると、灼は目を瞑り、何ごとかをぶつぶつと唱えながら、手で印を結んでいる。
 唱えおわると、4枚の中間辺りの虚空に、さらにもう1枚の札を投げた。

 何もない空間であるはずのそこに、最後の1枚は貼りついた。まるで、見えない壁にでも貼りつくかのように。
 いや、正確には最後の札が貼りついた一瞬、4枚の札を起点に、水色の薄い膜のようなものが広がったように見えた。

(見間違いか……?)

 竜次は目を擦って再度確認したが、もう膜は見えなかった。

 灼はひとつ息をつくと、燈に叫んだ。

「燈様、完了です!」

 ちょうど燈も、周囲の蜘蛛を倒して、こちらに戻ってきたところだった。

「うん、ご苦労様~」

 鞘を拾って刀身を戻しながら、呑気な声で応じる。
 あれだけ乱闘をしてきたというのに、息も乱れていないようだった。

 一方、後続の蜘蛛たちは、見えない壁に阻まれたかのように、札からこちらに来ない。

「一体、何をしたんだ?」

 竜次がまた訝しげに、灼に問いかけた。

「燈様に協力してもらって、結界を張ったんだ。僕ひとりの力だと、張っている間に喰われるからな。これで、しばらくは時間が稼げるだろう」

 こともなげに、灼はいった。
 竜次はさらに結界について質問しようとしたが、燈に腕を引っ張られた。

「それより、急いで。結界のこちら側の蜘蛛たちは、峰打ちで気絶しているだけよ。すぐに追ってくるわ」
(あんなに容赦なく斬っていたのに、死んでないんだ……)

 竜次は蜘蛛も燈も、どちらも恐ろしく思えた。
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