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5. 深夜の逃走劇
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「さっき灼が、わたしに近づいてくるのは強いお化け、といってたでしょう? あれらはまだ子どもだから個々の力は大したことないけれど、数と連携が怖いわ」
走りながら、燈が説明する。その手には、まだ刀がしっかりと握られていた。
どこからとり出したのか、竜次は改めて疑問に思った。
灼の使った不思議な術と同じようなものだろうか。
しかし、訊いても理解できなさそうなので、竜次はあえて質問しないことにした。
「あそこは通れないとわかった蜘蛛たちが、先まわりして襲ってくるかもしれない。油断しないで」
灼が思案顔で頷いて、肯定する。
「今のうちに、学校の外まで逃げられたらいいんですけどね……」
竜次たちが今いるのは、第二階段と第三階段の中間地点だった。
蜘蛛に追われながらでは第三階段から降りる余力がなかったため、そのまま廊下を走ってきたのである。
できることなら今のうちに階段を降りて、1階にたどり着きたいところではあった。
(でも、この考えは蜘蛛にも見抜かれているかも……。いやいや、さすがに蜘蛛にそれほどの思考力はないだろ。けど、あいつらは普通の蜘蛛じゃないからな。何をしでかすか、わからないか……)
竜次の思考は、堂々巡りをくり返していた。他のふたりにもそれを伝えて、判断を仰いでみた。
同じく何ごとかを考えこんでいた灼が、ポツポツと話しはじめた。
「どこかに隠れてやり過ごすという手もあるが、囲まれる恐れがあるからな……。ひとつ訊くが、お前はどこから学校に侵入したんだ?」
「ああ、裏門からだ」
「あの柵を越えられるのなら、やはり第一か第四階段付近から校庭に出て、裏門から逃げるルートが一番いいか……」
第四階段は、蜘蛛と最初に遭遇した場所でもある。
大多数が竜次たちを追ってきたため、あそこに蜘蛛が残っていたとしても、数は少ないだろう。
しかし、何匹かはそのまま階段を降りてきているかもしれない。
それを踏まえると、第一階段から逃げるのが一番無難だろう。
何より結界で分断されたことによって、ここから第四階段へ行くには、一度第二階段まで行ってから下の階で引きかえす必要がある。
真っ直ぐに第四階段を目指せない今、第一階段へ行くほうが最短ルートでもあった。
竜次が、そのようにいおうとしたときだった。
口を開くより先に、燈がポツリと呟いた。
「第四階段なら、理科室から近いわね……」
「はい。でも、蜘蛛の動向もありますから、どちらの階段がいいかは、そのときの状況に合わせたほうがいいと思います」
答えた灼の表情は、何故か固かった。
この学校の理科室は、1階の第四階段に近いところにある。竜次が侵入した男子トイレの隣りが女子トイレ、その隣りに理科室と理科準備室がある。
しかし、理科室から近いと、何か問題でもあるのだろうか。
疑問に思っているうちに、第二階段まで迫っていた。竜次はこのまま降りずに、第一階段を目指すということも考えた。
しかし、そのまま行くと職員室がある。
この階で第一階段を目指すには、職員室の中を通過しなければたどり着けない。
先ほどまで忘れていたが、恐らく職員室には防犯のために鍵がかかっているだろう。このお化けだらけの学校に、果たして泥棒が入れるかは知らないが。
竜次たちには、どのみち第二階段から降りるしか選択肢はなかった。
3人は注意深く、階段を降りはじめた。今のところ、蜘蛛の姿はない。
しばらく降りて、竜次はあることに気がついた。
「ここの窓、外から丸見えじゃん! 正面には警備員の詰所もあるし、誰か駆けつけてくるかも」
竜次は慌てて、ライトを消そうとした。
それを、燈の手が押しとどめる。
「大丈夫よ。この学校、夜8時以降は校舎に誰も入っちゃいけないことになってるから。彼らも例外じゃないわ」
「見まわりもしないってこと? でも、それじゃ警備にならないんじゃない?」
「彼らの仕事は、人を中に入れないことだもの。お化けの被害を最小限にするためにね」
燈がニッコリと笑う。
竜次はとても笑える気分ではなかったが、その話を聞いて、正門で警備員に捕まった同級生ふたりを思い出した。
なるほど、あそこで捕まっていたほうが幸せだったのかもしれない。
自業自得とはいえ、思えばとんでもないことに首を突っこんでしまったものだ。
灼の忠告を聞いて、夜になど来なければよかったとも思うが、それを灼に悟られることだけは嫌だった。
代わりに、竜次は別のことを口にした。
「でも、校舎にはあんなにお化けがいるのに、詰所は安全なの? 襲われない?」
「それは大丈夫。詰所には強力な結界が張ってあるから、中にいれば安全よ」
「仮に侵入者がいて警備員が外に出たとしても、捕らえてすぐに戻れば、まあ大丈夫だろう……。危険手当もついているしな」
それの何が大丈夫なのだろう。危険な目に遭う前提ではないか。
竜次はツッコミたかったが、灼にいっても仕方ないので、諦めた。
「何でふたりはこんなに詳しいんだ? お化けのこともだけど、この学校のことも」
燈と灼が顔を見合わせた。ふたりとも、何と答えたらよいか逡巡しているのが見てとれる。
やがて、灼がぶっきらぼうに答えた。
「あー、お前には何も教えられない。企業秘密だ」
「高校生だぞ! 企業秘密もクソもあるか!!」
竜次の態度に、ふたりはまた困ったように、目配せをしている。やがて、灼がため息をついて、いった。
「仕方ない。じゃあ、ひとつだけ教えてやる。僕らは、この学校のある教師を手伝うことが多い。その先生から警備員の話を聞いた」
「その先生って誰?」
「ひとつだけ、といっただろ。そこまで教えるわけがないだろう」
「ケチ!!」
そのようなやりとりをしながら、1階と2階の間の踊り場にさしかかったときだった。
「ちょっと待って」
手すりから身を乗りだして、ライトもなしに階下の安全を確認していた燈が、ふたりを制止した。
燈は階を降りる度に階下を覗きこんでいたのだが、この暗さでよく見えるものだと、竜次は感心していた。
「何かいる」
燈が小声で呟いた。
竜次たちも、横から暗闇を覗きこんでみた。
いわれてみると、確かに1階から地下に降りる階段の闇がひと際濃い気がする。
(暗くてよく見えないけど、何かがたくさんいる……?)
「多分、待ちぶせの蜘蛛ね。これは下手に刺激しないほうがいいわ。一度、2階に戻って、第三か第四階段から降りましょう」
燈の提案に、ふたりは黙って頷いた。そして、そっとその場を離れようとしたときだった。
緊張で汗ばんだ手が滑り、竜次は持っていたスマホをとり落としてしまった。
気づいた灼が、空中でキャッチしようと手を伸ばす。しかし、その甲斐もむなしく、スマホは石づくりの階段に思いきり打ちつけられた。
ガシャーン――。
深夜の静かな校舎に、その破滅の音は無惨に響きわたった。当然、あちらこちらで待機していた蜘蛛たちにも、その音は伝わった。
竜次は慌ててスマホを拾いあげたが、もう遅かった。
階下の蜘蛛たちが、蜘蛛の子を散らすようにいっせいに動きだした。いや、正確には散らすのではなく、エサに群がろうとしているわけだが。
「ヤバい、逃げろ!!」
竜次の声を合図に、3人は駆けだした。
「蜘蛛を蹴ったことといい、全く余計なことを……!」
「ほんと、すんません……」
灼に思いきり睨まれ、竜次は心から詫びた。
スマホは画面が割れていたものの何とか無事だったらしく、ライトはついていた。
階段を駆けあがり、2階の廊下を第三階段のほうへ全速力で走る。
しかし、先頭を走っていた燈が、ふいにたち止まった。
「あちゃ~、これはまずいね……」
走りながら、燈が説明する。その手には、まだ刀がしっかりと握られていた。
どこからとり出したのか、竜次は改めて疑問に思った。
灼の使った不思議な術と同じようなものだろうか。
しかし、訊いても理解できなさそうなので、竜次はあえて質問しないことにした。
「あそこは通れないとわかった蜘蛛たちが、先まわりして襲ってくるかもしれない。油断しないで」
灼が思案顔で頷いて、肯定する。
「今のうちに、学校の外まで逃げられたらいいんですけどね……」
竜次たちが今いるのは、第二階段と第三階段の中間地点だった。
蜘蛛に追われながらでは第三階段から降りる余力がなかったため、そのまま廊下を走ってきたのである。
できることなら今のうちに階段を降りて、1階にたどり着きたいところではあった。
(でも、この考えは蜘蛛にも見抜かれているかも……。いやいや、さすがに蜘蛛にそれほどの思考力はないだろ。けど、あいつらは普通の蜘蛛じゃないからな。何をしでかすか、わからないか……)
竜次の思考は、堂々巡りをくり返していた。他のふたりにもそれを伝えて、判断を仰いでみた。
同じく何ごとかを考えこんでいた灼が、ポツポツと話しはじめた。
「どこかに隠れてやり過ごすという手もあるが、囲まれる恐れがあるからな……。ひとつ訊くが、お前はどこから学校に侵入したんだ?」
「ああ、裏門からだ」
「あの柵を越えられるのなら、やはり第一か第四階段付近から校庭に出て、裏門から逃げるルートが一番いいか……」
第四階段は、蜘蛛と最初に遭遇した場所でもある。
大多数が竜次たちを追ってきたため、あそこに蜘蛛が残っていたとしても、数は少ないだろう。
しかし、何匹かはそのまま階段を降りてきているかもしれない。
それを踏まえると、第一階段から逃げるのが一番無難だろう。
何より結界で分断されたことによって、ここから第四階段へ行くには、一度第二階段まで行ってから下の階で引きかえす必要がある。
真っ直ぐに第四階段を目指せない今、第一階段へ行くほうが最短ルートでもあった。
竜次が、そのようにいおうとしたときだった。
口を開くより先に、燈がポツリと呟いた。
「第四階段なら、理科室から近いわね……」
「はい。でも、蜘蛛の動向もありますから、どちらの階段がいいかは、そのときの状況に合わせたほうがいいと思います」
答えた灼の表情は、何故か固かった。
この学校の理科室は、1階の第四階段に近いところにある。竜次が侵入した男子トイレの隣りが女子トイレ、その隣りに理科室と理科準備室がある。
しかし、理科室から近いと、何か問題でもあるのだろうか。
疑問に思っているうちに、第二階段まで迫っていた。竜次はこのまま降りずに、第一階段を目指すということも考えた。
しかし、そのまま行くと職員室がある。
この階で第一階段を目指すには、職員室の中を通過しなければたどり着けない。
先ほどまで忘れていたが、恐らく職員室には防犯のために鍵がかかっているだろう。このお化けだらけの学校に、果たして泥棒が入れるかは知らないが。
竜次たちには、どのみち第二階段から降りるしか選択肢はなかった。
3人は注意深く、階段を降りはじめた。今のところ、蜘蛛の姿はない。
しばらく降りて、竜次はあることに気がついた。
「ここの窓、外から丸見えじゃん! 正面には警備員の詰所もあるし、誰か駆けつけてくるかも」
竜次は慌てて、ライトを消そうとした。
それを、燈の手が押しとどめる。
「大丈夫よ。この学校、夜8時以降は校舎に誰も入っちゃいけないことになってるから。彼らも例外じゃないわ」
「見まわりもしないってこと? でも、それじゃ警備にならないんじゃない?」
「彼らの仕事は、人を中に入れないことだもの。お化けの被害を最小限にするためにね」
燈がニッコリと笑う。
竜次はとても笑える気分ではなかったが、その話を聞いて、正門で警備員に捕まった同級生ふたりを思い出した。
なるほど、あそこで捕まっていたほうが幸せだったのかもしれない。
自業自得とはいえ、思えばとんでもないことに首を突っこんでしまったものだ。
灼の忠告を聞いて、夜になど来なければよかったとも思うが、それを灼に悟られることだけは嫌だった。
代わりに、竜次は別のことを口にした。
「でも、校舎にはあんなにお化けがいるのに、詰所は安全なの? 襲われない?」
「それは大丈夫。詰所には強力な結界が張ってあるから、中にいれば安全よ」
「仮に侵入者がいて警備員が外に出たとしても、捕らえてすぐに戻れば、まあ大丈夫だろう……。危険手当もついているしな」
それの何が大丈夫なのだろう。危険な目に遭う前提ではないか。
竜次はツッコミたかったが、灼にいっても仕方ないので、諦めた。
「何でふたりはこんなに詳しいんだ? お化けのこともだけど、この学校のことも」
燈と灼が顔を見合わせた。ふたりとも、何と答えたらよいか逡巡しているのが見てとれる。
やがて、灼がぶっきらぼうに答えた。
「あー、お前には何も教えられない。企業秘密だ」
「高校生だぞ! 企業秘密もクソもあるか!!」
竜次の態度に、ふたりはまた困ったように、目配せをしている。やがて、灼がため息をついて、いった。
「仕方ない。じゃあ、ひとつだけ教えてやる。僕らは、この学校のある教師を手伝うことが多い。その先生から警備員の話を聞いた」
「その先生って誰?」
「ひとつだけ、といっただろ。そこまで教えるわけがないだろう」
「ケチ!!」
そのようなやりとりをしながら、1階と2階の間の踊り場にさしかかったときだった。
「ちょっと待って」
手すりから身を乗りだして、ライトもなしに階下の安全を確認していた燈が、ふたりを制止した。
燈は階を降りる度に階下を覗きこんでいたのだが、この暗さでよく見えるものだと、竜次は感心していた。
「何かいる」
燈が小声で呟いた。
竜次たちも、横から暗闇を覗きこんでみた。
いわれてみると、確かに1階から地下に降りる階段の闇がひと際濃い気がする。
(暗くてよく見えないけど、何かがたくさんいる……?)
「多分、待ちぶせの蜘蛛ね。これは下手に刺激しないほうがいいわ。一度、2階に戻って、第三か第四階段から降りましょう」
燈の提案に、ふたりは黙って頷いた。そして、そっとその場を離れようとしたときだった。
緊張で汗ばんだ手が滑り、竜次は持っていたスマホをとり落としてしまった。
気づいた灼が、空中でキャッチしようと手を伸ばす。しかし、その甲斐もむなしく、スマホは石づくりの階段に思いきり打ちつけられた。
ガシャーン――。
深夜の静かな校舎に、その破滅の音は無惨に響きわたった。当然、あちらこちらで待機していた蜘蛛たちにも、その音は伝わった。
竜次は慌ててスマホを拾いあげたが、もう遅かった。
階下の蜘蛛たちが、蜘蛛の子を散らすようにいっせいに動きだした。いや、正確には散らすのではなく、エサに群がろうとしているわけだが。
「ヤバい、逃げろ!!」
竜次の声を合図に、3人は駆けだした。
「蜘蛛を蹴ったことといい、全く余計なことを……!」
「ほんと、すんません……」
灼に思いきり睨まれ、竜次は心から詫びた。
スマホは画面が割れていたものの何とか無事だったらしく、ライトはついていた。
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