1 / 69
一 盲目
一枚め
しおりを挟むコトン、ピッ、コトン、ピッ、コトン、ピッ……
ガラガラー、ガコンッ、ガラガラ……
ウィーン
トコン、トコン
バーコードを机の上で一つ一つ読み込みながら、処理の済んだ本を静かに積み上げ、ズズーと伝票を打ち出していく音。
積み荷を載せた台車がときどき段差につまずきながら走る音。
訪問とさよならを告げる扉の開閉音。
カーペットではない床を踏み鳴らす足音と、棚に本を戻す礼儀正しい音。
全て一つ一つ、区別してすくい上げて感じることができる。ここは雑多に音が重なり合わない場所だった。
僕にとって、僕の耳にとって、落ち着いた音が一つ一つ生まれては止んでいく世界は救いだった。
外へ一歩踏み出せば静寂から遠のいていく。至るところで鳴る音が、どれも他の音が止むものを待たずに、私は、俺は、僕はと言う。せめて音量を抑えられないものかといつも苦慮する。
本音を言えば、外出時はなるべくは車という一つの壁を通して世界を知覚したい。車があれば気が楽にちがいない。自分には到底、無理な想像を巡らしてしまう。なんせ、エンジン音も勢いよく閉まるドアの音もとても苦手たったから。
自転車は自分もかなりうるさい。止めろと言っても、僕が乗っているもんだから言うことを聞かない。道は平坦ばかりではないからガタガタ揺れるし、ベルはジリジリと耳をつんざく。
徒歩で歩き回るには、車や自転車以上に障壁が多すぎた。自分の足音が気にならないくらい、雑多な騒音たちに、どこにいてもすぐ見つかってしまう。見つけるだけでは飽き足らず、どこまでも追いかけてくる。必死の逃避の甲斐もなく、すぐに追いつかれてしまう。
車の行き交う音、クラクションの音、信号が急かす音、ざわめく話し声、大きさもリズムもまばらな足音。ときおり、バンッという心臓を掴まれるような音が急にすると、僕は耳を覆って頭を抱えながら逃げ出したくなる。
何やらまくし立てている人がいると、もっと震えてしまう。こちらが怒られているわけでもないのに、ほとばしる怒りが伝わってきて、自分も反省しなければ、耳を傾けなければならない気持ちにさせられてしまう。
音に怯える日常の中で、僕の目線はいつも自然とさまよって空虚を見つめている。耳には必ずノイズキャンセリングを施したイヤホンが欠かせない。ヒドいときはヘッドホンをかぶる。
耳に当たって擦れる摩擦音さえももどかしいと思うのだから、重症なんだろうと思う。
世界はなんでこんなにも僕を刺激してくるのだろう。そうやって周りを責めたくなったとき、思った。自分が敏感なだけなんだということに。
現に街ゆく人々は僕の感じるように、顔をしかめたり、苦しそうにしたりはしていない。みんながみんな、イヤホンやヘッドホン、帽子を目深に被っているわけでもない。
最初はみんな、演じるのが上手いなと思っていた。僕、山崎真昼は下手な役者なんだと。
あぁ、早く寝静まらないかな。毎日そんなことばかり考えながら、黙々と台車の本を棚に戻していたときだった。
「あの、すみません」
突然の声に、心の平静が引き裂かれた。自分でも分かりすぎるぐらい肩をビクリと反応させてしまい、やや遅れて返答する。
「…………はい?」
「この資料はありますか?」
彼の声のボリュームがあまりにも大きいので、僕はとっさに人差し指を唇に当てて促した。
「ほ、他の、利用者のご迷惑になりますから……」
注意喚起をしているのに萎縮して、視線が上下してしまう。彼は目を丸くして、じっとこちらを見ているようだ。彼も先ほどの僕と同様、やや遅れて返事をしてきた。
「すみません! 耳、悪くて」
僕は癖で彼の体中を見回して、その印や証を探した。僕の胸元に下がるネームカードともう一つのマークが付いたカード。同じようなものを探したけど、見当たらなかった。この人、不用心すぎる。
「探してみます」
いつも最大限の努力と配慮に尽力して、対策グッズや不調のことを周知しながら生きているのに、この人は聞こえにくいくせに、視認できる表示を一切身に付けていない。
自分にはこういう不調や不具合がある。なぜ、それを説明しないで、助けてもらえると思ってるんだろうか。そうして、知らなかった相手に注意されて、実はこうでしたってそこで初めて明かして、相手に迷惑をかけて、悪く思わないのだろうか。フツフツと沸き上がってくるものを感じて、短く答えて脇を抜けていく。
「あっ」
彼に肩を掴まれた。僕はパシンと振り払う。反動で倒れてしまい、尻餅をついた。
「ごめんなさい。なんて言ったか」
分からなかった? そのために意図せず相手を傷つけていいのか?
何があったのかと集まってくる無数の音に、僕は傷だらけになっても刺されながら、今日のお勤めを終えた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる