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二 すれ違い
十五片
しおりを挟む社会性って何だろう。社会に溶け込めるスキルのあることか。会社に勤めて同僚や上司と上手くやっていくための必須要素か。それなら、僕には期待しないでほしい。とっくに社会から逸脱しているから。
公務員になるには、社会をより良くしようという志を持っていないとダメだ。僕にはあるだろうか。僕は自分が良ければいいだけ、じゃないだろうか。
それでもあさにぃの言うことは理解できない。もしかしたら彼は僕に何か隠しているのかもしれない。
目が覚めた。いつにも増して最低な目覚めだ。発作を起こしかけたせいもあって、胸と肺が痛い。ジリジリジリと痛みを抉ってくるナイフが暴れ回っている。
「一体何の騒ぎだ!?」
階下から上がってきたあさにぃにぷいと顔を背けてヘッドホンを掴んで装着した。
「真昼……じゃないよな。それにしてもすごい音だな」
「帰ってって言った」
なんでまだ居るんだろう。昨日ずいぶん言い合って仲がこじれたばかりの相手と朝から顔を合わせたくなかった。
「これだけは聞いてほしい。俺は真昼のことを家族として大切に思ってる。真昼がその気なら藤岡に戸籍を入れないか?」
僕はどんなことをされても、僕のお父さんとお母さんのことは嫌いにはなれなかった。お母さんは病気のせいで、よく僕に手を挙げてヒドいこともいっぱいしてきたけど、僕のお母さんだ。僕を救うためにお父さんは仕事と施設と警察と、あちこちに出掛けていって尽力してくれた。結果がどうであれ、僕はお父さんとお母さんがくれたこの姓名を手放したくなかった。
「僕の気持ちも知らないくせに」
「真昼?」と彼の呼ぶ声がする。でも、僕は溢れ出すものを止められなかった。
「僕が生まれてこなければ、お父さんも、お母さんも、あんなのことしなくて済んだのに!!」
僕という産声が彼らの歯車を狂わせた。僕の全てを否定するその音が僕の鼓膜を震わせ、脳があの日の惨劇の記憶を何度も自動再生し、グサグサ心を壊し続ける。
「……悪かった。もう帰るから。カギはちゃんと閉めてくれ」
静かに足音は去っていく。割れんばかりの騒音はいつの間にか収まっていた。
今はとにかく気持ちを入れ替えよう。施錠してシャワーを浴びる。汗は流せても、腹の底にこべりついた苦しみは晴れなかった。
タオルドライをしながらリビングのソファにでんっと腰を下ろした。床が軋む嫌な物音がした。付けっぱなしだったスマホの画面を確かめると、夜一さんからメッセージがきていた。
『これからのこと、
ちゃんと話したい。
ひまが落ち着いてから。
俺も来週の土曜まで仕事。
ごめんね』
これからのこと。何を話せばいいのだろうか。僕は夜一さんと一緒に居たい。あさにぃはそれを断固として望まない。平行線のような気がする。
『話す意味はないと思います。
あさにぃは絶対認めませんし。
時間の無駄です。』
『さすがにそれはもう避けたいな。
ひまと二人でこれからのこと、
考えたいんだけど、
早くて次の土曜が空いてるよ』
まだ出勤前なのだろうか。すぐに返事がきて、ドクンと脈打つ胸が今は苦しい。二人だけで。もう会うなと釘を刺されたのに。とても、とても、また悪いことをしている気持ちに胸がざわついた。
僕はどんどんより良い社会から離れてしまっている。いつか、大切な人を本当に毒してしまう前に、早く誰か悪いこの僕を夜の闇に捕らえておいてほしい。
「ほおつきよ 二 すれ違い」完
三部につづく
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