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五 四六時中
七転
しおりを挟む別れがたくなるので駅前で解散した。ノイズキャンセリングイヤホンを耳に押し込み、朝の町を歩く。陽が顔を出し始め、熱帯夜から冷えないままの外気がもうもうと立ち込めていた。
歩道橋に差し掛かったところで、土手の人影が目についた。黒い服を着てうずくまっていたのは、間違えなく斎藤くんだった。
「おはよう……」
何日ぶりか思い出せない。あの時は頭がグラグラしていて、とうに限界だったから。無反応だったので背を向けて立ち去ろうとしたが、それも素っ気ないと思い直して彼の肩を控えめに叩いた。
「どこ行ってたんだよ」
いきなり強い力で腕を掴まれ、僕は前のめりになって転んだ。
「いったっ」
転倒した拍子についた手を砂利で切ってしまったようだ。立ち上がろうにも片腕は拘束されたままで、上手くバランスが取れなかった。
「痛いよ、離して」
「父さん、死んだんだ」
シンバルがバリーンガシャガシャと落ちた。フリーズしたように動けなくなる。振動がずっと僕の心をズタズタに踏みにじり続けるのだ。
「俺、耳も目もだいぶ悪いのに。何にも言ってくれなくて。しがみついて必死に呼びかけても、誰も何も言ってくれな」
「聞きたくないっ」
心の底から叫んだ。思ったよりも大きな声で、僕の拍動は大きく乱れた。
「なんでだよ、」
斎藤くんは涙で腫らした目で僕の方を睨む。しかし僕を正確に捉えてはいなくて、目線が揺れ動いていた。
「つらい、その音は……痛いよ」
縋るように力の込められる腕がメキメキ折れそうだ。僕も苦いものが込み上げてくる。
「真昼は一時だけじゃないか! これから大丈夫になる未来があるだろ!!」
何で、そんなこと。
「何で夕空と比べられなきゃならないの!? 僕だって、終わりが見えないのに! ずっと、ずっと苦しいのに!!」
僕の苦しみ、ちっとも分かってくれないくせに。
「全部無くならないだろ!? これから取り戻していくだけじゃん。俺は真昼がうらやましい。同じように仲間だって思ってたから。いつか抜け出せるんだって分かって、」
「お父さんもお母さんも居ないよ、もう。あの日からずっと、苦しいまま。取り戻せるなんて簡単に言わないで!」
ぶたれても罵らても大好きなお母さん。いつもいい子だと頭をなでてくれた大好きなお父さん。みんなみんな、大好きだったのに。僕を守るためにお父さんは選んだ。僕がそう選ばせてしまった。
「あー、そうかよ。いつまでホント、甘えてんだよ! 元に戻る努力しろよ!! 努力を怠る人間は嫌いなんだろ!?」
「止めて! 僕をこれ以上傷だらけにしないでっ!!」
なかなか離れない腕。痛くて痣になりそうだ。
「ふざけんな! 逃げてばっかのくせに、俺は逃げらんないんだよ。真昼は全部受け入れれば治るだろ!?」
思いきり振り払った。勢い余って尻もちをついて、傷口がジクジク痛んで、僕は声を上げて泣き始める。
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