65 / 69
五 四六時中
幾度
しおりを挟む車のエンジン音が遠くで聞こえる。僕は微睡みに蕩けていく。優しい温もりが僕をなでている。もう怖くはなかった。
責めるようなセミの大合唱も。たたき起こしてくる目の覚めるような騒音も。鼓膜に響いてくる、触れられる度に跳ねる心音も。
永遠に覚めない方が幸せなのかもしれない。ずっと夢を見ていられたなら。
でも、幻想に浮かぶ夜一さんは僕が作り出した幻影にすぎない。僕が会いたいのは僕の目に映る現実の感触を帯びた彼だ。
妄想の域から抜け出して、壊れるぐらい抑制の利かない鼓動に胸が苦しくなる、そんな生々しい触れ合いを僕はもう求めずにはいられない。
ドアはいつの間にか閉まったようだ。車が走っていく感覚がある。すすり泣く声も聞こえてきた。
僕は身を預けながら、重たいまぶたを開こうともせず、大好きな彼の体温を感じている。
「神田」
「なんだよ」
「ありがとう」
「いきなり。どういう風の吹き回し?」
「真昼を連れて逝かないでくれて」
夜一さんはクツクツ笑っている。
「俺が死に急いでるようにでも見えたのか?」
「夜一さんならっ……ひっ、く。やりかねないじゃないですかぁ……」
これは夕空の音のような気がする。
「心中以上に見たいものができたから」
髪を選り分けてあらわになった耳に彼はそっと触れてくる。まだドキドキは止まらない。だけど、触れられる心地よさも感じていた。
「あっ、でも、ひまと俺を引き離そうもんなら、道連れを考え直してもいいかなー。駆け落ちもアリだし。温泉に誘ってそのままふらっと攫っていくのもいいなぁ」
「もうやめてください! 夜一さんの好きにどうぞ」
「お、俺も真昼にきちんと謝ったら今度こそあきらめるから……!」
二人を手玉に取るなんて、やっぱり夜一さんは強い。でもそれ以上に脆くて危うい。だから僕に、叶うなら少しだけ、彼の痛みを分けてほしい。
「はいはーい。藤岡くん、ちゃんと運転に集中して」
この四人が居合わせるなんてどんな運命の導きなんだろう。苦しみだけで僕たちは繋がっているわけではなさそうだ。傷つけ合って、愛し合って、僕たちは懸命に命を燃やしている。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる