ほおつきよ

兎守 優

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五 四六時中

何度でも

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 柔らかなソファの感触にうなり声を上げた。気持ちよくてまだ寝ていたい。
 けれど、
「今日は火曜……!?」
「まだ月曜だって」
 降ってきた声に驚いて僕は飛び上がった。
「夜一さん!?」
 彼の存在を確認しただけで泣きそうだった。
「真昼、やっと起きた……」
 机に突っ伏していた夕空ゆらが泣き腫らした目で力なく見つめてくる。その隣には正座をしているあさにぃの姿があった。夕空ゆらが口を開く。
「ごめん、なさい。俺、父さんが死んで余裕なくなってたし、視力も聴力も急激に落ちて不安で仕方なくて……俺の勝手な都合で傷つけて、本当にごめんなさい」
 夕空ゆらの目は僕を捉えているようで、揺らいでいて、視線が定まらないようだった。おそらく、視界のほとんどを失ってしまっているのだろう。
「お父さんのこと、ご愁傷さま。夕空ゆらも大変だっただろうに。気づかなくてごめん」
 彼の目からまた涙が零れてくる。拭おうともせずに、意を決したように彼は僕に告げた。
「俺、卒業したら、父さんの妹夫婦の元で……お世話になることになって。それまでは、……ここから大学に通って、ヘルパーさんとかに頼って……」
「僕も手伝うよ、たまになら。だってお隣さんでしょ?」
 夜一さんが不機嫌そうにソファを叩いた。
「ちょっとー。先にそういうこと、ひまに言わせて……っ! 俺がこれから言うの、尻込みするじゃん。ズルい!」
「夜一さんにも迷惑ばっかかけてすみません。俺、できる限りやれることはやるので、勝手なお願いですけど、見捨てないでください」
「えー、俺、仕事辞めたからムリ」
 夕空ゆらとあさにぃは揃って驚きの声を上げた。
「辞めたって、神田、どういう」
「だからさぁ。大事なものを人質にとられてるから、そいつのところに取り返しに行くって手はず」
「行く当てがあるってことですか?」
 夜一さんはよく聞いてくれましたとばかりに僕の手を取った。
「もし良かったら、俺と一緒にその人のところで働かない?」
「ちょ、っと待て。真昼は公務員になるって」
 夜一さんは本気だ。僕は迷っていた、ずっと。僕自身の道を歩いていくことに。
「僕ね、あさにぃ。ずっと苦しかった。あさにぃと肩を並べなくちゃって、無意識のうちに思ってた。それが恩返しになるって。でも、そんなの望まれてない。僕は自分のために自分で羽ばたいて、生きることが一番だってやっと気づけた。自分勝手でごめんなさい」
 僕は夜一さんの手を握りかえす。
「一緒に行きます、夜一さん」
 彼は満足そうに微笑んだ。夕空ゆらがちぇっと舌打ちをしている。
「俺も……真昼に謝らないと。ひどいことをして、申し訳なかった。許してくれなくて構わない」
 項垂れるあさにぃに僕は返事を向ける。
「あさにぃ。ずっと覚えておいて。簡単に人を傷つけられるんだって。信頼していた身近な人が豹変するの、僕、すごく怖かった……。でも、あさにぃのこと、家族として嫌いになれない。わがままだけど、これからも『あさにぃ』って呼びたい」
 ポタリ、ポタリ。彼の目からほおを伝って、涙が流れ落ちていく。
「ありがとう……」
 僕たちは何度でも間違える。間違える度に分かり合おうと歩み寄って、少しでも許し合えたら、苦しみも痛みも和らぐのかもしれない。
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