黒き荊の檻

内山 優

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8.契りと解放

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 保護対象──篠垣ささがき 泰生たいきが混乱し、引き金を引きかけたとき、飛び出してきた男──南場なんばが、その手から銃を奪い取った。
「せん、ぱい。俺、もう先輩と楠城くすのきがいないなら、生きていけない」
「タイキ」
 泣き崩れる篠垣ささがきを現れたもう一匹の吸血鬼が懐柔していた。

「もう一体だと。人間から離れろ、吸血鬼!」
 銃声が鳴った。聖職者、八古部やこべは遅れて、肩に痛みを感じ、よろめく。
 「一発ぐらいで済んだこと、幸運に思え」と、地に伏す吸血鬼がわめく。奪われた銃が宙を舞い、八古部やこべを撃ち抜いていた。

「もう誰にも奪わせない」
 吸血鬼の背中から荊が這いでる。吸血鬼が保護対象の人間の首元に噛みつき、血を啜っていった。
「荊で冥約を結ぶ気か! させるか、吸血鬼ごときに!」
 八古部やこべは叫び、むしり剥がす勢いで飛びかかろうとした。

「そいつは俺が眷属にした元人間だぞ。殺せるのか、聖職者!」
 楠城くすのきの言葉に、八古部やこべは一瞬の動揺を見せてしまった。
 刹那、吸血鬼は血を吸い尽くした人間の唇に唇を重ね、荊で貫く。
「貴様らは生まれ変わっても、離れられぬ契りを交わした。実に美しい最期。愛しているぞ、篠垣ささがき

 地を這っていた楠城くすのきが撃ち抜かれた。「うるせぇよ、クソ吸血鬼が」と撃ったのは、人間を失血死させ、荊で貫いた吸血鬼だった。彼はその銃で自身を撃ち抜き、自身をも自らの荊で貫いて果てた。

 人間と吸血鬼。本来であれば交わることは叶わない。
 交われるはずのない二人。彼らの永遠の契りが冥約によって交わされる。二つの魂は、朽ちぬ檻の中で、荊に囚われ続ける。
 八古部やこべはその場に崩れ落ちた。


 地に伏した吸血鬼が嗤う。美しい、実に素晴らしかったと歌うようにその賞賛を響かせながら。
「せっかく譲ってやったのに、南場。この返しはさすがだ、な」

 八古部やこべはもう銃など拾わなかった。まだ息のある吸血鬼、楠城くすのきの方へ、痛む肩を押さえながら、ゆっくりと確実に近づいていく。
 八古部やこべの腕が歪に変形していった。人間ではない、うごめく体の一部を楠城くすのき目がけて、振り下ろす。

 風が八古部やこべのそばを抜けていった。楠城くすのきが行った方へは、血が落ちていない。
 ──吸血鬼は瞬間的に傷を完治させた、ということだ。
 傷を治すにはそれだけの吸血量が要る。負傷した吸血鬼は短時間のうちに傷をすべて治してしまった。もう吸血の残量はないに等しい。

 吸血による一時的な制約の解除、日光への耐性は、失せたはずだ。耐性のない吸血鬼は、日の下へは出れまい。
 彼は無言のまま振り向き、楠城くすのきが逃げた方へ、歩いていく。
 出口は一つしかない。今は昼間だ。日の光は吸血鬼にとって地獄の業火でしかない。八古部やこべは無感情のまま、楠城くすのきを追った。

「やはり夜は檻でしかなかった」
 楠城くすのきがひらりと舞い上がり、日の下へ躍り出た。
「日の下でこそ、真の自由を全身に感じられる」
 楠城くすのきの全身から、炎が上がる。彼は笑って手を広げていた。

「お前は来ないのか? それとも、もう来られなくなった・・・・・・・・のか?」
 八古部やこべは腕を押さえ、入り口の影から外へ出ようとしない。

 「歓迎しよう、同胞よ。果てでまたな」と楠城くすのきの体が燃え尽きる。灰が舞い散る。
 悪人は地に落ちるというのに、天が身軽になった彼を空へ連れ去ってしまった。
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