月負いの縁士

内山 優

文字の大きさ
上 下
66 / 121
6.暗夜を惑うソーン

66 蔓延る闇②

しおりを挟む

「‪葉月はづきの紋のかた……あぁ、在り月さんからのお届け物ですね」
 金属を叩く音が聞こえてくる敷地から出てきたのは、和装姿の小柄な女性だった。郁は車から出るなり、首を倒して、そびえ立つ屋敷を眺める。成清は出迎えた女性に軽く頭を下げて名乗った。

「成清です。時雨さんの代行で来ました。で、彼は……」
 成清が紹介するよりも先に、郁が口を開く。
「月見郁です」
「彼は新しいバイトです」
 彼女は郁をじろりと見遣ったが、名乗らず、二人に礼を返して、一旦中に戻ろうとして声をかけてきた。

「敷地内にはお車は入れませんので台車をお使いください」
「持ってきたのでお気遣いなく」
 はたと動きを止めて、二人に向き直り、彼女は一礼する。
「主は体調が優れないゆえ、なるべく手短にお願いします」

 彼女はその足ですぐ当主、水無月和枝の元へ向かった。昨晩はかなり闇縫やみぬいの刀を振るってしまったため、和枝は伏せっており、彼女――水無月和紗かずさは心配で、気が気ではなかったのである。

「和紗。御客人がいらしているのか?」
「はい……在り月の配達の方です。どうかされましたか?」
「あちら方に差し支えなければ通してはもらえないだろうか」
「かしこまりました」
 積んできた月見団子を屋敷に運びこんでいる最中、先ほどの女性が戻ってきて二人を呼んだ。

「搬入が終わりましたらお声がけください。当主がお呼びしておりますので」
 用件だけ伝えると、和紗は踵を返して引っこんでしまう。成清と郁は互いに顔を見合わせた。

「俺になんか用なんだろ、多分」
「いつも呼ばれてるの?」
「いや、初めてだ」
「じゃあ僕も含めてなんだよ」
「ルカオ。わかってるな? 在り月のお得意様なんだから、在り月の一員として振る舞えよ?」
「僕、成清くんみたいに失礼なことしないよ」
「んだと!?」
「宇津木さんにあんな失礼な態度で接しておいて、僕は成清くんの方が心配」
 宇津木と聞いて成清はうっかり口から行方不明になっていることをもらしそうになり、彼の数々のムカつく振るまいを思い起こしてすぐにごまかした。

「ハッ。生まれつき裏月の俺は弁えてるんだよ」
 言い合い続けながら搬入を終え、二人は直前まで互いにそっぽを向きながら、水無月一門の御殿へ向かう。
 成清が御殿の場所を匂いで探そうとしていた矢先、和紗と鉢合わせし、「屋敷の中はうろつかないでください。呼んでくださいと申しましたでしょう」といさめられ、彼は言い返せず黙って目的の場所までついて行くことになった。

「和枝様。お二人をお連れしました」
「ありがとう。和紗は下がって構わない」
 御殿に通された瞬間、郁は不気味な音を感じ取った。経験したことのない不快感。息が止まる。
 伏せっていたはずの和枝が、郁の眼前で刀を振りかざしている。刃が届くよりも先に、白銀の刻印が浮かび上がり、刀が弾かれた。

「な、!」
 成清は遅れて影斬刀かげきりとうを抜いて、和枝に向ける。
「どういうつもりですか、水無月さん」
「この刀が災いを感じ取った……?」
 和枝は確信があって刀を向けた、はずなのに、なにが自分を突き動かしたのか、己に問うても説明がつかなかった。

「そうですよ。あの男につけ回されてるんで」
「手荒な真似をしてすまなかった」
 和枝の口調が柔らかくなったが、郁の表情は固く、彼女の声に反応を示さない。
「君にまとわりつく邪気をこの闇縫やみぬいの刀が感じ取ったが、なぜか刀身が通らない」
「本気でも止めてください。その刀は人の縁を完全に切るものなんですよ!」
 郁の前に立ち塞がり、刀を構えていた成清は、語気を強めて相手を睨んだ。

闇縫やみぬいはより穢れている方の縁を切る。魂が清らかであればそちらを選ぶことはない」
 穢れている、その言葉に郁は目尻に涙を浮かべる。
「無遠慮に刀を向ける人ばかりで怖いです」
 大学で誰かに斬られそうなった。裏月の誰かだった。刃物を持って怖い人という記憶しか、郁は思い起こせない。

「初対面で刃物を向けられたら、誰だって怖いに決まってますっ」
 泣きながら郁は御殿を飛び出した。
「俺も今日のところはお暇します。ホント、変ですよ、水無月さん」
 成清もすぐあとを追って出て行く。

「そうだな……私はあの子に謝らなければならない気がするのに」
 なぜ刀を振るったのか、和枝は自身に問うても、わからなかった。とても申し訳ないことをしてしまった、その理由も思い当たらない。

「帰るぞ」
 車に戻ると、後部座席で丸くなっている郁に声をかけ、成清は在り月に戻った。
しおりを挟む

処理中です...