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2 罪の正体
31 過去の残骸
しおりを挟む「おや? 界人だよね?」
充は言葉も出せない。そこには背の縮んだ、界人にそっくりの少年が目をぱちくりさせて、ぶかぶかの服の中、立っていたからだ。
旭は後ろ手にドアを閉めて再び施錠してしまい、充に笑いかけた。
「充君。こうしよう。布施界人君ってことにして、一週間ぐらいの転校生ということにして」
「待ってください、切り替えが早すぎますよ、旭さん。永野を生徒として連れ回すって言うんですか!」
驚いて目を大きく見張っていた界人は、急に顔を赤らめて、オーバーサイズのズボンをあきらめ、シャツの裾を伸ばしはじめた。
「大丈夫。私の部屋に子ども服のストックはいくつかあるから」
「実希にはなんて説明するんですか」
「界人が体調を崩して寝ているから、部屋に入っちゃダメ。しばらく勉強は一人でやりなさいって言ってくるよ」
鍵を開けてさっさと旭は行ってしまった。充と背の縮んだ界人だけが残される。
「永野、大人の言葉は大丈夫か?」
「え、えぇ。生徒としてふるまえるのか、心配ですが」
「いや、いい。礼儀正しい生徒の設定でいこう。呪詛の反動は数日で直る可能性が高い。もし、予兆を感じたら、トイレに行きたいと言うんだ。着替えはいつでも持ち歩いておくから」
「すみません……」と気落ちする界人の姿を充は改めて見つめる。大人の界人がそのまま縮んだように見えるが、サイズの合わない眼鏡がずり落ちており、よくよく充が見れば彼の目の色がちがった。
「永野、その目は」
ぶかぶかのシャツを着る界人が裾を踏んで転ばないようにと、彼の手を引いて、鏡の前に立たせれば界人の目が驚きで目いっぱい見開かれる。
「髪の色と同じに戻ってる」
赤き罪証をその瞳に宿していた界人。その刻まれた罪の色が、今は消えていた。
「なんとか、なりそうだな」
充は苦笑いを浮かべ、この先をどう乗り切るか、プランをめぐりめぐらせた。
廊下で教員と生徒が並んで歩いていれば目立つだろうと、人気の少ない廊下を選んで遠回りをしていた充だったが、同じく教員の移動ルートを避けている志葉とばったり出くわしてしまった。
「君は……もしや永野か?」
勘のいい志葉に一発で当てられてしまい、充はたじろいた。
「呪詛に失敗してしまいまして」
界人はすみませんとなぜか志葉に向かっても謝っていた。
「荻野。君も大変だろう。何かあれば私も手を貸そう」
今しがたまで、志葉を面倒でやりにくい相手だと忌避していた充も、このときばかりは彼への感謝が止まなかった。
「もしものときは、その子は界導先生の親族だと言えば何の問題も起きない」
「げっ」と充は声を上げてしまった。界導の名を出せば、ほとんどの教員連中は手を出せないだろうが。
「志葉先生、冗談がキツいです」
「冗談にするかは君が決めるといい」と志葉は行ってしまった。充は再びげっそりとして、界人の手を引いて歩き出した。
実希には嘘でごまかし、旭に身の回りの世話を任せ、冗談以外の志葉の助けを借り、充は幼くなってしまった界人を何とかして生徒として押し通し、日々を終えていた。
夏の暑さは夕刻を過ぎても、辺りをもうもうと包みこみ、充の体力を削いで疲弊させきっていた。
界人が唐突に、充と繋いだ手を強く揺らした。
「守護符に干渉された」
充は界人に手を引かれるがまま、走った。充が界人に導かれたのは、学園の裏手、旧校舎近く。辺りで争う声がした。
「実希の声だ」
争いの現場へ二人は躍り出る。男が刀をいくつも腰に差し、それを実希が取り戻そうと取っ組み合いになっていた。
拘束のために呪詛を構え、充は相手に呪詛を放ちかけたが、気づいた相手が実希を人質に取ってしまった。
「あっれー? 界人だぁ。みいーっけ」
おおよそ、地味と形容される見た目と外見年齢にそぐわない声が相手の口から発せられた。
「ひでぇよなぁ。俺の体、八つ裂きにしやがってさ」
充は横目で界人を見やった。界人も戸惑っていた。
「誰だって顔してるよ。忘れやがって。お前の婚約者だろ?」
「戌月折秋か……!」
「そう。そうだよ、目ぇ覚めたんなら、いっぺんぐらい見舞いに来いってんだよ。なってねぇ、配偶者だなァ」
実希が暴れているが、相手の拘束は解けない。
「その体は戌月折秋、あなたのものとはかけ離れている。なぜだ」
「知らねぇーよ、俺は俺だけっての。俺は戌月折秋でまちがいねぇんだってことだけよ?」
守護符は対象を守るためだけの一時的な効力しかない。影斬刀や他の呪詛などで破られたら、簡単に効力を失ってしまう。守護符には守る以上の効力の発揮もない。
界人の小さく呼ぶ声に充は目だけを向けた。
「充。下がって」
「なっ」
「丸腰で敵う相手じゃない」
充は言われたとおり、後ずさっていく。界人が声を張った。
「戌月折秋。お手合わせ願いたい」
「ハァ? なんで俺がわざわざ刀を渡さなきゃいけないワケ?」
大人対子どもの体だ。体格差からして、敵わないのは一目瞭然。戌月は刀をおもちゃのようにくるくると振り回して挑発していた。
「あなたは僕の剣術の師でもあります。ですが、負けるほど腕を落としたつもりはありません」
「あのさぁ、界人。お前に色仕掛け以外、才なんてねぇんだよ」
背が縮んでいるハンディをものともせず、界人はまったく動じる素振りを見せない。対して相手の発言は一線を越えて、侮辱の域に達していた。充の腹はだんだん、グツグツと煮えていく。
「それに影斬刀ってさぁ、人を」
周囲がたわむ音。鼻の奥が焦げる臭いが細く漂う。充は近づく気配に気づき、界人に走り寄り、抱えて道の端へ転がった。刹那、開けた道を強風が通り抜けた。
守護符に守られた実希は弾かれ、戌月だけが拘束されていた。
「おい、界人。雪季はどうした」
雄生の術に締め上げられながらも、戌月は悪態を止めなかった。
「亡くなりました」
塞がれない口をぞんざいに開けて、戌月はゲラゲラと笑う。
「そういや、ボロ小屋で飼ってたのはどうした?」
「確か、弟だっけぇー?」と尚も汚い笑みをまき散らす。充はついに口を挟もうと立ち上がりかけたが、界人がスッと進みでた。
「あなたに知る価値なんてない」
地に這いつくばり、見上げる戌月は呆けた顔になる。
「あと最後に」
気を失った実希の方へ寄りながら、界人は言い放った。
「あなたは〝元〟婚約者です」
「あ? んだと、ガキが言わせておけば」と戌月は吠える。
「家のために結んだ縁です。僕はあなたのこと、愛してなどいませんでしたから」
「愛? 縁を結んだぐらいでガキかよ。界人、お前のことは体の隅々までグッ」
雄生の呪詛に首のうしろを撃たれ、戌月の声はそこで途切れた。
ハタハタと手をはたく雄生の元へ、充は足音を立てて近づき、ドスの利いた声を発して睨みつけた。
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