たまにはこんなファンタジー

肯定ペンギン

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異世界エルフの現代研究

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「はぁ~、今日も疲れたなぁ」

 佐藤さとうはなは大学の講義を終え、くたくたになってアパートのドアを開けた。狭いワンルームに足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。そして視線の先には、いつも通りの光景が広がっていた。

 ローテーブルには、コンビニのおにぎりの残骸が散乱し、その横では銀髪の少年――リーフが、スマホの画面に釘付けになっている。彼は花が家に連れて帰ってきてから数週間、もうすっかりこの部屋の住人と化していた。

「リーフ、またスマホばっかり見て。宿題、終わったの?」

 花が声をかけると、リーフはゆっくりと顔を上げた。透き通るような緑の瞳が花を捉える。

「おお、ハナ! おかえり! これはな、ハナが言っていた『どうが』というものだ。この『どうが』とやらは、森の木々が語りかける声よりも、はるかに多くの情報をくれる。驚くべき箱だ!」

 リーフが熱弁しているのは、YouTubeでたまたま見つけた猫の面白動画集だった。彼の世界には、映像や音を記録する技術は存在しない。そのため、スマホで見る動画は、リーフにとって『魔法の箱に閉じ込められた魂の記録』としか思えないらしい。

「あれは魂じゃないよ、リーフ。データだよ、データ」

 花が説明しても、リーフは首を傾げるばかりだ。

「データ……? 我らの世界で言うところの、精霊の記録のようなものか? だが、この小さな箱に、これほどの精霊が宿るとは……」

 そして、彼の視線は再びスマホへと戻った。次の瞬間、リーフは真剣な顔でスマホを撫で始めた。

「どうか、我らを導きたまえ、精霊よ……!」

 花は思わず頭を抱えた。

「あーもう! お供え物とかいらないから!」

 夕食の時間になった。今夜のメニューは花がスーパーで買ってきたカップラーメンだ。エルフであるリーフは本来、菜食主義のはずだが、花との共同生活でだいぶ日本の食文化に順応しつつあった。

「今日はこれだよ」

 花がそう言って、カップラーメンにお湯を注ぐ。立ち上る湯気に、リーフは目を丸くした。

「ハナよ、これは一体……? この乾いた麺が湯を注ぐだけで、あのような香りを放つとは……何たる魔法だ!」

 リーフは目を輝かせながら、箸を構えた。しかし、彼が箸で掴んだのは、なぜか麺ではなく、スープの中に沈んだ具材のネギだった。

「む……この緑の草は、一体どうやって食すのだ?」

 花は苦笑しながら、リーフの箸の持ち方を直してやる。

「こうやって麺を絡めて食べるの。ほら、やってみて」

 リーフは言われた通りに麺を口に運んだ。最初は警戒していた表情が、一口食べるとみるみるうちに驚きに変わっていく。

「う、美味い! なんという深い味わい! 我らの森の恵みにも劣らぬ!」

 目を輝かせてラーメンを啜るリーフを見て、花は少しだけ嬉しくなった。しかし、その喜びも束の間だった。リーフは、ふと何かを思い出したように、箸を置いた。

「ハナよ、一つ聞きたいことがある」
「なに?」
「この『カップ麺』とやら、なぜこのような……奇妙な絵が描かれているのだ? 特にこのブタとやらは、一体何なのだ?」

 リーフが指差したのは、カップラーメンのパッケージに描かれた可愛らしい豚のキャラクターだった。

「あ、ああ、これはね……このラーメンのイメージキャラクターっていうか……」

 花が言葉に詰まっていると、リーフはさらに真剣な顔で続けた。

「我らの世界では、動物の絵を描く際には、その魂を敬意をもって描く。だが、このブタは……あまりに滑稽ではないか? なぜ、このような姿で描くのか、理解に苦しむ」

 真面目な顔で、しかしどこか困惑したようにブタの絵を凝視するリーフに、花は堪えきれずに吹き出した。

「あはは! リーフ、それはそういうもんじゃないの!」


 翌日、花はリーフを連れて大学へ行くことになった。リーフは「ハナの学ぶ場所を見てみたい!」と懇願したのだ。初めての電車に、リーフは終始興奮気味だった。

「おお、ハナ! この鉄の塊は、一体どのようにして動くのだ!?」

 リーフがそう叫んだ瞬間、電車のドアが閉まった。リーフは驚いて花に抱きついた。

「な、なぜ扉が自ら閉まる!? 精霊の仕業か!?」

 花は、周囲の視線を感じながら、小声で説明する。

「自動ドアって言ってね、人が近づくと勝手に開くの。閉まるのも勝手に閉まるから、びっくりしなくて大丈夫」

 電車が動き出すと、リーフは窓の外を流れる景色に釘付けになった。

「なんと速い! 我らの森の馬車よりも速いではないか! この鉄の獣は、一体どこまで我らを運んでいくのだ!?」

そして、電車が次の駅に到着し、ドアが開いた時、リーフは再び驚きの声を上げた。

「おお! また扉が開いた! 精霊が我らを解放してくれたのだ!」

 花は周囲に頭を下げながら、リーフの手を引いた。

「リーフ! 静かにして! 大声出しちゃダメなの!」

 しかし、リーフの好奇心は止まらない。彼は車内を見回し、吊り革に目を留めた。

「ハナよ、あの輪っかは一体何だ? 何か儀式に使うものか?」

 花が「あれは掴まるやつだよ」と説明する間もなく、リーフは身軽にジャンプして、吊り革を掴んでしまった。そして、そのまま宙ぶらりんになり、目を輝かせた。

「おお! なんという心地よさ! これが空を飛ぶ鳥の気分というものか!」

 周囲の乗客たちが、一斉にリーフに注目する。花は顔を真っ赤にして、必死にリーフを降ろそうとした。

「リーフ! やめて! 目立ってるから!」


「はぁ……」

 アパートに帰り着いた花は、ソファにぐったりと倒れ込んだ。隣では、リーフが今日見た電車の動画をスマホで検索している。

「ハナよ! この『てつどうオタク』とやらは、この鉄の獣の精霊を研究している者たちか! 我も研究に加わりたい!」

 今日もまた、新たな常識ギャップが生まれた瞬間だった。花はため息をつきながらも、どこか楽しそうに笑っていた。この奇妙で賑やかな日常は、もう少し続きそうだ。
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