たまにはこんなファンタジー

肯定ペンギン

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現実よりも甘美な幻

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 リリカは、まだ若い冒険者だった。輝くようなブロンドの髪と、希望に満ちた青い瞳。手には父から受け継いだ短剣、背には使い慣れた革のリュック。小さな体ながらも、彼女の胸には大きな夢が宿っていた。しかし、その夢は、突如として訪れたダンジョンの崩落によって、音を立てて崩れ去った。

 彼女が一人で挑んでいたのは、比較的安全とされていた『囁きの洞窟』。しかし予期せぬ地震が起こり、脆い洞窟は一瞬にして姿を変えた。気づいた時にはリリカは瓦礫の山に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。

 最初は恐怖だけだった。瓦礫に挟まれた足は激しく痛み、身動きが取れない。助けを呼ぶ声は狭い空間に虚しく響くだけだった。何度叫んでも返ってくるのは冷たい沈黙。時間だけが意味もなく過ぎていく。

 数時間が経っただろうか。喉の渇きと胃の底から這い上がってくるような空腹感がリリカの意識を支配し始めた。リュックの中には、わずかな干し肉と水筒の水。だが、それも長くは持たないだろう。

 初日は、まだ理性があった。干し肉を一口、水を一口。ゆっくりと計画的に消費した。しかし、体は正直だった。飢えは刻一刻と強くなり、思考を鈍らせていく。

「誰か……!」

 か細い声で助けを求めても、聞こえるのは自分の荒い呼吸と、遠くで響く瓦礫の音だけ。ダンジョンの奥深く、外界の光は届かない。彼女は絶対的な闇と静寂の中に囚われていた。


 二日目。水は尽き、干し肉も残り少なくなっていた。リリカの喉は焼け付くように乾き、唇はひび割れていた。空腹はもはや痛みとなり、意識を朦朧とさせる。

その時、彼女の視界に、ふわりと光るものが現れた。それは美味しそうなパンの塊。焼きたての香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。

「パン……?」

 リリカは幻覚だと分かっていながらも、手を伸ばした。しかし、その手は虚空を掴むだけだった。

「ああ……パンが食べたい」

 飢えは、彼女の精神を着実に蝕んでいった。時間の感覚も曖昧になり、昼と夜の区別もつかない。聞こえるはずのない、水の流れる音や、食卓を囲む人々の笑い声が、幻聴として聞こえ始めた。

 彼女は瓦礫の隙間から見える小さな穴をじっと見つめていた。そこから誰かが顔を覗かせて、自分を助けてくれるのではないか。そんな希望が彼女の心を支配する。しかし、それは決して現実になることはなかった。


 三日目。意識はもはや混濁し、リリカは正気を保つのが精一杯だった。体に触れる瓦礫が、まるで生きているかのように見えた。

「ねえ……お腹、空いたねぇ」

 隣の岩が、そう話しかけてきたように感じた。リリカは、その岩に返事をした。

「うん……私、パンが食べたいの。バターと蜂蜜をたっぷり塗って……」

 瓦礫は彼女の言葉に頷いたように見えた。そして、彼女の前に幻覚のパンが現れた。リリカは、それをむさぼるように食べた。もちろん、それは現実のパンではない。しかし、彼女の脳は、それが本物だと信じ込ませていた。

 彼女は、自分が瓦礫に囲まれていることを忘れていた。ここは温かい食卓。家族や友人が彼女のために美味しい料理を用意してくれている。彼女は幻の料理を頬張りながら、幸せそうに笑っていた。その笑顔は、かつての輝きを失い、どこか不気味なものに変わっていた。

 痛みも、恐怖も、もう感じない。ただ、漠然とした幸福感と食欲だけが彼女を満たしていた。


 四日目。彼女は、もはや自分が何者であるかすら覚えていなかった。彼女の目の前には、きらびやかな宮殿が広がっていた。そこには、美味しい料理が所狭しと並べられている。

「もっと! もっと持ってきて!」

 彼女は、誰ともいない空間に叫んだ。彼女の口からは意味不明な言葉が漏れ、涎が垂れていた。かつての希望に満ちた青い瞳は虚ろで、焦点が合わない。

 彼女は自分の体を覆う瓦礫を『豪華な衣装』だと認識し、身動きが取れない現状を『優雅な休息』だと捉えていた。空腹は、もはや彼女を苦しめるものではなかった。それは彼女を別世界へと誘う、甘美な幻覚の源泉となっていた。

 彼女は瓦礫の隙間から差し込む、わずかな光を見つめた。それは、かつて彼女が追い求めていた夢の光だった。しかし、今の彼女には、その光が何であるかすら分からなかった。

 意識は、完全に深い霧の中に沈んでいく。彼女の思考は、飢えと孤独によって、完全に書き換えられてしまった。ダンジョンの奥深くで、一人の少女が、静かに、そしてゆっくりと、精神の破綻へと向かっていた。彼女の瞳に映る世界は、もはや現実とはかけ離れた、彼女自身の幻覚で彩られた場所となっていた。
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