満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

文字の大きさ
5 / 28
じっと待っているだけでは魚は釣れない

会話

しおりを挟む
結局、靖男は一睡もせず、約束の場所にでかけた。
いつも克利や史郎との約束の時は大抵、寝坊したりなんだかんだで、数分遅れで行くのだが、そんなわけで今日は約束の時間より早く待ち合わせ場所に着いたのだ。

『待たせちゃってすみません。』

釣りに行くたびに聴きなれた、張りのある小気味のいい声に振り返ると、いつもとは違う格好をしている里奈がいた。
どうやら一人のようだ。
誰かが来るような気配はない。
いつもは釣り用のジャケットに雨合羽のようなズボンとゴム長なのだが、今日の彼女は、白を基調としたピンク系の柄が入ったブラウスに紺色のやわらかそうな生地のスカートをはいていた。
髪型もいつもは栗色の髪を邪魔にならないようにリボンでまとめているのだが、今日はおろしてゆるくカールをかけていた。
こんなことは言ってはいけないと思うが、正直、雑誌に載っているようなモデルのような華やかさはないし、里奈自身、ビックリするほどの美人ではないとは思う。
靖男にはファッションのことはよく分からない。
ただはっきり分かるのは、釣りのときの里奈よりも今日の方が数段かわいい。

『いや。大丈夫です。』
『行きましょうか?』
『あ…はい…。』

歩き始めながら、靖男の頭の中には克利に普段から言われている言葉が一瞬のうちに駆け巡った。
『女性と話すときはよくよく観察して普段と違うところがあったら褒めるんだよ。ボケーっと黙ってたら嫌われるぞ。』…そのとき靖男はこう答えたのを覚えている。
『オレの職場も、プライベートも女はいねえから大丈夫だ。』

…しまった。
もう少し真面目に克利の話を聞いておけばよかった。
まさか自分が女性と二人きりで歩くことがあるなどとは思ってもいないから、克利はその後いろいろ話をしていたが、あの時はいい加減に話を聞いていたのだ。

靖男は少し気を利かしてみた。
『なんか釣りの時とちょっとイメージ違いますね。』
『そうですか?馬子にも衣装ってとこでしょうかね。』
『いや…えーと。そうなのかな?』
やはり克利のようにできるわけはない。
なんだかしりきれトンボのような会話になってしまい、気まずい空気が流れた。
てゆうか馬子にも衣裳ってなんだ??
そうですねって言っていいのか??

まあ、嫌われたら嫌われたでかまわないからいいか…。
靖男はそう思って、無言になった。
できないことなど無理してやるものでもないだろう。

『保高さんは釣り行かない日は何してるんですか?』
『う~ん。そうですねえ…。なんだろ。ぼーっとしてますね。』
『ぼーーーっと?』
『そうです。なんもせずにぼーーーっとしてます。』
『趣味とかないんですか?』
『…特にないですね…。』

よく考えてみたら釣りで知り合ったのだから趣味は釣りと言えばよかったんじゃなかろうか…と靖男が思ったとたんに里奈は言った。

『でも釣りは好きそうじゃないですか。』

里奈は笑顔で靖男に話しかけてくれた。
釣具屋で見せた笑顔とまったく変わらない屈託のない笑顔だった。
『まさか…このあと100万の竿を買えとか言うんじゃないだろな?』不安が靖男をよぎった。

当然のことだが、里奈はそんなことは言わなかった。
『あたし、休みの日って一人で過ごすこと多いんですよ。趣味も一人でできることばかりだし…。』
『へええ。』
『一緒ですね。保高さんと。あたしもぼーーーっとしてます。』
『そ…そうなんですか…。なんかその…。』
靖男は話題を探そうと頭をフル回転させた。
何を話せばいいか分からない。
ふと…里奈を見た。
いつもと違う服装。
それに比べて自分はいつもと全く変わらない服装だ。

『あの…服とかってどうしてるんですか?』
『服…ですか?』
『はい。なんかその…今日はちょっと…。』

靖男は何を言っているのか分からなくなってきた。
これだから慣れない人と出かけるのは嫌なのだ。

『あたしはいつも古着屋さんですね。』
『そ…そうなんですか。』
『ええ。あまりショッピングモールとかでは買わないですよ。高いし。』
『はあ…。』
『保高さんはいつもどこで買ってるんですか?』

どこで買っていると言われても困る。
どこでと言われると自宅近くの生活雑貨も売っている少し大きめのスーパーだ。
靖男にとっては古着屋という響きもなんとなくお洒落に聞こえる。

『いや…近所のヨーカドーで…。』
『ヨーカドーですか。けっこう安くて良いものありますよね。あたしもたまに行きますよ。』
『そ…そうなんですか…。』
『モデルさんが行くようないい店に行く必要なんかないですよ。』
『はあ…そういうもんなんですね。』
『でも今日はちょっとそういう店に行ってみます?映画まで時間あるし。』

何を話せばいいか分からないから適当に服の話をしたのだが…靖男はまさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
『行きましょ。こっちですよ。』
里奈は楽しそうに笑って靖男の少し先を歩いた。
なんだかふわふわした変な気持ちだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...