日陰者の暮らし

阪上克利

文字の大きさ
上 下
1 / 17

佐藤絵里子の場合

しおりを挟む
 幸せってなんだろう……。

 30歳を過ぎて独身でアパートで一人暮らしをしていると時折、ふとそんなことを考えることがある。
 20代前半は結婚して理想の男性と結婚して、仕事を寿退社して家庭に入り、ごく普通に暮らす……そんな将来を夢見ていた。20代後半になると現実が見えてくるから、そんなこともだんだん考えなくなってきている。

 それは仕事が面白くなってきていたからだ。

 あたしは20歳で専門学校を卒業して、介護福祉士の資格をとったあと、5年その施設で働いてケアマネジャーの試験に合格した。その年にはその施設の居宅支援事業所に配属されて、ケアマネジャーを続けながら現在に至っている。

 最初は現場の仕事ばかりだった。
 それはそれで面白かった。
 高齢者とのコミュニケーションは面白い。自分の知らない時代を生きてきた高齢者の話は興味深い。もちろん、大変な人もいる。しかし人とのコミュニケーションには答えがない。現場仕事は体力勝負でコミュニケーションという部分が少ないが、ケアマネジャーになったあとは身体を動かすより話を聞くことが多い。
 現場の仕事の嫌ではないが、あたしはケアマネジャーが向いていると思う。

 仕事が充実している感じなのであたしは結婚について深く考えなくなった。考えなくなったというより一人が気楽でいいと感じるようになってきたのだ。
 だから今のところ付き合っている彼はいない。彼氏を作って休日はデート……ということが、別に興味が全くないわけでもない。一人でも平気かと言えば、時折寂しくなることもある。

 だけど……なんだか仕事でさんざん他人ひとにあわせる生活をしていると、プライベートな時間まで誰かにあわせて生活したくないのだ。
 そうなると幸せとはなんなのか……本当に分からなくなってしまうのだ。

 そんなことをぼーーっと考えながら家で一人、カツオのたたきをつつきながら日本酒を呑んで、そのまま寝てしまうことも多くなった。

 結局、そんなに考えても結論はでない。

 あたしの場合は何か、趣味なり楽しめるものを見つけるのがいいのかもしれない、と思っているのだが、今のところすごく楽しめるものはない。
 
 街をキラキラ輝きながら歩いている若くておしゃれでキレイな女の子に比べると、常に施設のユニフォームであるジャージ姿でうろうろしているあたしは女としては日陰者なのかもしれない。
しおりを挟む

処理中です...