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同行訪問
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『こんにちはー。』
チャイムを鳴らしても返事がないときは家の鍵は開けてあるので入ってサービスをしてもいい、と事前に言われている。
声をかけて家に入った瞬間、鼻につく匂いがした。
介護を必要とする利用者の家で、埃っぽい匂いに混じって、強烈な匂いがすることにはある程度の経験を積んだ介護職ならみんな慣れている。
あたしもサトエリちゃんもその例外ではない。
最初の頃はこの匂いに慣れるのに困ったのを覚えている。
この匂いに耐えられないようなら介護職は務まらない。
この匂い…。
つまり便の匂いだ。
そして…案の定、康彦はいなかった。
いや…正確にはいるのだが、2階の自室にこもって『仕事』しているのだろう。
彼の仕事は自称デザイナー。
一度、見せてもらったが、それはデザインと呼ぶには程遠く、流行りのアニメのキャラクターに似た女の子の体にピッタリの服を着させて、ポージングさせているものだった。
康彦の描く女の子は、大人なのか子供なのかが分からない。
そもそも…彼は服をデザインしたいのか…それとも女の子を描きたいのか…
あたしには彼がただ単に女の子を描きたいだけのように見える。
大人なのか、子供なのか分からない女の子の服を着こなすことのできる女性などこの世にいるのだろうか。
こんな服…誰が着るんだろう…と思ったのを覚えている。
ある日、風邪を引いて仕事が行けなくなったヘルパーの代わりにあたしがサービスに入ったとき、やはり玄関のチャイムを鳴らしてもなんの返事もなかったのでいつものように部屋に入って初子さんに挨拶してサービスを始めたのだが、2階の部屋から女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
あの時は本当に肝を冷やした…。
2階に声をかける勇気はなかった。
背中に冷たいものが流れるのを感じた。
こちらは何も悪いわけではないのに、何か悪いことしたような気になってしまったのを覚えている。
あたしはそのまま聞こえないふりをして仕事を続けて、時間が来た時点で逃げるように帰ったのを覚えている。
それにしても…。
介護の仕事は利用者だけでなく、家族のさまざまな面に遭遇することがあるが、『性』という基本的に秘められた部分に遭遇することは基本的にない。
そういうものを間接的にとはいえ知ってしまったあたしのショックは大きかった。
実際にそういうところに遭遇するとホントに嫌な気持ちになる。
嫌な気持ちになるのは人それぞれなのかもしれないけど…あたしはこのことは誰にも言っていない。
なんだか口に出してしまうのも嫌な感じがするからだ。
もしかしたら…
性格的にサトエリちゃんなら平気かもしれない…。
今日もあたしは家に入った瞬間、便の匂いよりもあの時のことを思い出した。
サトエリちゃんはずかずか入って行って2階に声をかけている。
それを見て身体が少し固まっている自分をあたしは感じた。
『こんにちは。初子さん。』
サトエリちゃんが2階に声をかけているのを聴きながら、あたしは初子さんのベッドに近づいて挨拶した。
初子さんはあたしを見たが何も言わなかった。
彼女は都合が悪くなると何も話さない。
そしてすぐに視線をそらして天井をじっと見つめた。
あたしはあの時と同じ背筋に冷たいものが走った。
なるべく考えたくない考えが頭に浮かんだ。
その考えを振り払うように、あたしは『ポータブルトイレ、掃除しておきますね。』と言ってトイレの掃除をすることにした。
あたしはトイレの掃除をしたら初子さんはあたしに声をかけてきた。
『喉が渇きました。』
ベッドサイドに飲み物は置いてあるし、ベッドは電動型のベッドなのでボタン一つで背を上げることができるから、のどが渇いても誰もいなければ自分で飲んでいるはずなのだが、最近では初子さんは人に頼ることばかり考えているようだ。
『どうぞ。』
あたしは吸い飲みを初子さんに渡した。
初子さんは一口、二口、飲んで吸い飲みをあたしに返してきた。
『寝ます…。』
今日は午前中にヘルパーが入ったはずなので、初子さんは清潔な服装をしている。
ところがサービス時間に入ると初子さんの服装はひどい状態のときが多い…というか清潔な状態でいる方が少ない。
サービス時間は午前中だ。
便に関しては自分でポータブルトイレに行けるのだから、尿も行けば良さそうなものだが、オムツを当てているのでそこでしてしまう。最近のオムツは一晩ぐらい大丈夫なものが多くなってきてはいるものの、ヘルパーが入る10時ごろまでは持たない。
だから初子さんのサービスに入るヘルパーはシーツから何から何まで一式交換しなければならない。
これでは非常に手間がかかるのだ。
おそらく…。
康彦さんは何もやっていないのだろう。
決めつけで物は言えないのであたしはそのことを誰にも話してはいないが、現場のヘルパーたちはそう思っている人が少なくないようだ。
やはり…何とかしないといけない。
あたしも腹を括る時期がきたのかもしれない。
チャイムを鳴らしても返事がないときは家の鍵は開けてあるので入ってサービスをしてもいい、と事前に言われている。
声をかけて家に入った瞬間、鼻につく匂いがした。
介護を必要とする利用者の家で、埃っぽい匂いに混じって、強烈な匂いがすることにはある程度の経験を積んだ介護職ならみんな慣れている。
あたしもサトエリちゃんもその例外ではない。
最初の頃はこの匂いに慣れるのに困ったのを覚えている。
この匂いに耐えられないようなら介護職は務まらない。
この匂い…。
つまり便の匂いだ。
そして…案の定、康彦はいなかった。
いや…正確にはいるのだが、2階の自室にこもって『仕事』しているのだろう。
彼の仕事は自称デザイナー。
一度、見せてもらったが、それはデザインと呼ぶには程遠く、流行りのアニメのキャラクターに似た女の子の体にピッタリの服を着させて、ポージングさせているものだった。
康彦の描く女の子は、大人なのか子供なのかが分からない。
そもそも…彼は服をデザインしたいのか…それとも女の子を描きたいのか…
あたしには彼がただ単に女の子を描きたいだけのように見える。
大人なのか、子供なのか分からない女の子の服を着こなすことのできる女性などこの世にいるのだろうか。
こんな服…誰が着るんだろう…と思ったのを覚えている。
ある日、風邪を引いて仕事が行けなくなったヘルパーの代わりにあたしがサービスに入ったとき、やはり玄関のチャイムを鳴らしてもなんの返事もなかったのでいつものように部屋に入って初子さんに挨拶してサービスを始めたのだが、2階の部屋から女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
あの時は本当に肝を冷やした…。
2階に声をかける勇気はなかった。
背中に冷たいものが流れるのを感じた。
こちらは何も悪いわけではないのに、何か悪いことしたような気になってしまったのを覚えている。
あたしはそのまま聞こえないふりをして仕事を続けて、時間が来た時点で逃げるように帰ったのを覚えている。
それにしても…。
介護の仕事は利用者だけでなく、家族のさまざまな面に遭遇することがあるが、『性』という基本的に秘められた部分に遭遇することは基本的にない。
そういうものを間接的にとはいえ知ってしまったあたしのショックは大きかった。
実際にそういうところに遭遇するとホントに嫌な気持ちになる。
嫌な気持ちになるのは人それぞれなのかもしれないけど…あたしはこのことは誰にも言っていない。
なんだか口に出してしまうのも嫌な感じがするからだ。
もしかしたら…
性格的にサトエリちゃんなら平気かもしれない…。
今日もあたしは家に入った瞬間、便の匂いよりもあの時のことを思い出した。
サトエリちゃんはずかずか入って行って2階に声をかけている。
それを見て身体が少し固まっている自分をあたしは感じた。
『こんにちは。初子さん。』
サトエリちゃんが2階に声をかけているのを聴きながら、あたしは初子さんのベッドに近づいて挨拶した。
初子さんはあたしを見たが何も言わなかった。
彼女は都合が悪くなると何も話さない。
そしてすぐに視線をそらして天井をじっと見つめた。
あたしはあの時と同じ背筋に冷たいものが走った。
なるべく考えたくない考えが頭に浮かんだ。
その考えを振り払うように、あたしは『ポータブルトイレ、掃除しておきますね。』と言ってトイレの掃除をすることにした。
あたしはトイレの掃除をしたら初子さんはあたしに声をかけてきた。
『喉が渇きました。』
ベッドサイドに飲み物は置いてあるし、ベッドは電動型のベッドなのでボタン一つで背を上げることができるから、のどが渇いても誰もいなければ自分で飲んでいるはずなのだが、最近では初子さんは人に頼ることばかり考えているようだ。
『どうぞ。』
あたしは吸い飲みを初子さんに渡した。
初子さんは一口、二口、飲んで吸い飲みをあたしに返してきた。
『寝ます…。』
今日は午前中にヘルパーが入ったはずなので、初子さんは清潔な服装をしている。
ところがサービス時間に入ると初子さんの服装はひどい状態のときが多い…というか清潔な状態でいる方が少ない。
サービス時間は午前中だ。
便に関しては自分でポータブルトイレに行けるのだから、尿も行けば良さそうなものだが、オムツを当てているのでそこでしてしまう。最近のオムツは一晩ぐらい大丈夫なものが多くなってきてはいるものの、ヘルパーが入る10時ごろまでは持たない。
だから初子さんのサービスに入るヘルパーはシーツから何から何まで一式交換しなければならない。
これでは非常に手間がかかるのだ。
おそらく…。
康彦さんは何もやっていないのだろう。
決めつけで物は言えないのであたしはそのことを誰にも話してはいないが、現場のヘルパーたちはそう思っている人が少なくないようだ。
やはり…何とかしないといけない。
あたしも腹を括る時期がきたのかもしれない。
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