2 / 14
第1章
1-1.旅立ち
しおりを挟む
シリウスが暮らす世界は小さな村だった。田舎ともいえるその村には魔法使いたちが数多く暮らす村の一つである。
魔法使いたちが暮らす村や街はそれほど多くなく、また魔法使いそのものも数少ない人種だ。
魔法とは魔力によって使える不思議な力のことであった。その魔法は古来より一部の人間にしか使うことができず、それは現在でもあまり変わらない。
しかし、世界には魔力を蓄えた宝石があった。その宝石により、魔力を持たない人間でも魔法を使えることができる。
だからこそ、世界は絶妙なバランスのもとに成り立っていた。魔法使いたちが実権を握れていないのは宝石という存在があってこそだった。けれど、宝石は高価な代物であることに変わりはなく、宝石を持っているのは主に貴族や王族といった特級の者たちだ。
「なるほど。つまり、王族や貴族といった者たちが宝石を集め、それを自分達の部下に与えている。さらにその宝石を与えられる者たちは己の首に爆弾を仕込まれた首輪をさせられ、奴隷のごとき扱いを受けている、と」
「そ。こういった魔法使いがいる村や鉱山地帯で宝石がよく掘られている場所でなければ、民衆は特級のやつらからしか宝石をもらえない。けど、宝石をもらえばそれは自分の魂を特級のやつらに差し出すようなもの。主に兵士がその宝石を持たされているんだよ」
「宝石はその特級という者たちでは扱えないのですか?」
「いいや。宝石はどんな人間にも力を与える。けど、基本的にその力は人間が到底支配できるような力じゃない。魔法に魅せられ宝石集めばかりしている奴もいれば、魔法によって精神を壊され理性という概念を失い、果てには虐殺を行う者さえ出てくる。だから、本来宝石は魔法使いによって管理されるもので普通の人間たちがどう足掻いたって手に入れるべきものではないんだ」
「ふむ……しかし、宝石がなければ魔法使いたち……つまり貴方様のような方々がこの世界を支配する世の中になる。そういうことですか?」
「まさか。僕らはそんなことはしないさ。というか、そんなことに興味はない。魔法使いの大半は知識欲が強い者ばかりだ。だから目先の権力だとか武力だとか富や名声なんてものには一切の欲がわかない。魔法使いが目指すのはなぜかみんな一つなんだ」
「それはなんなのですか?」
「この世の真理さ。魔法とはなにか、魔法使いとはなにか。なぜ魔法を使える人間は限られているのか。宝石はなんのために存在しているのか。なぜ魔法使いは人間とは違い、知識欲を満たすことで権力や武力などを欲したりしないのか。そういったありとあらゆる真理を知りたい。それこそが魔法使いたちの欲求なのさ」
「不思議なものですね。宝石を持った人間はあらゆる欲に縛られ、その理性を失う。逆に貴方様や魔法使いたちは知識欲を満たすことで満足感を得られる。それ以上のことを欲しない、というのは何とも不可思議なことですね」
「まぁね。だからこそ、そこも真理の一つなのさ。不可思議なこと、矛盾していること。疑問に思うことは何でも追求する。何でも探求する。それが魔法使いだ」
「では、私もその興味対象の一つとなり得るのでしょうか?」
「他の魔法使いはそうだろうね。でも、僕はそんなことを求めて君を作ったんじゃないよ。僕の友達であり味方でいてくれること。これさえ満たしてくれればいいのさ」
「貴方様のお心のままに」
彼の髪に櫛を通していたウィズはその手を止め、主に忠誠を誓った。
現在は朝の刻限。学校へ行く準備をしようとしていたシリウスを、ウィズは手取り足取り彼の身支度を手伝った。てきぱきと動く彼に抵抗する気が失せたシリウスはウィズのなすがままに体を委ねていた。制服も着替え、あとは髪を整えるだけとなってから、先程の会話が浮上したのである。
ほんの些細な会話のつもりだった。ウィズにとって質問は質問としての意味をなさない。彼が質問を投げ掛けたのは単なるシリウスの退屈凌ぎのつもりだった。けれど、意外と彼は色々と喋ってくれた。
おかげで彼の身支度を整える間、暇をもて余すことはなかったようだ。
ウィズにとって、質問とは興味を引いたことへの関心ではなく、ただ単にシリウスの暇潰し相手の会話だった。しかし、そんなウィズの心中を知るよしもなくシリウスは不思議そうに彼を見る。
「君は本当に不思議だね? これは僕の血肉を混ぜた結果なんだろうか」
「どうでしょうか。しかし、貴方様の血肉を分けていただけたからこそ、私はここにいるのです」
「まぁ、僕が欲しくて作ったからね。それに対する代償はどんなものでも払うつもりだけど」
「それもまた世の理というものですか?」
「そうだね。理をねじ曲げるようなことをしたからにはそれなりに大きな代償が必要だと思うよ。今は特になんともないけど、お気楽には構えてられないかも」
「その時は、私が貴方様の味方で居続けられる絶好の機会というわけですね。もっとも、私はいつでも貴方様のご意向に背く気はありませんが」
「そだね。どんな代償がくるかわからないけど……君が味方としていてくれるんだもの。なにも怖くないよ」
ウィズの存在を確かめるように腕を掴み、シリウスは安心したような表情を浮かべた。
彼が望むのなら微笑む。彼が望むのなら傍にいる。彼が望むのなら、全身全霊をもって全ての望みを叶える。
ウィズにはシリウスが欲するのであればどんなことにも手を染められた。彼を苛める者がいるならばその存在を制裁し、彼を傷つける者がいるならば彼を守るために相手を傷つけることを躊躇わなかった。
そのため、シリウスは同じ魔法使いたちからさらに敬遠されるようになってしまった。しかし、意外にもシリウスは気にする風もなかった。
“ウィズ”という味方を傍に置いていたからなのかもしれない。
どれほど陰口を囁かれても、どれほど傷付けられても、シリウスは平気だった。自分を責める相手など存在していないかのように、シリウスの眼はウィズだけしか映していなかった。そして、ウィズ自身もシリウスにしか眼をくれなかった。それは、シリウスが無意識に望んでいたことだったからだ。
「ねぇ、ウィズ。これから旅をしよう」
「貴方様の仰せのままに。どちらへ行かれるのですか?」
「そうだね~。この村にはもう飽きたし、どこか広い街で二人で一緒に住もう。海が見えるとこがいいなぁ。それと山も近い所。特に人間が容易く入れなさそうな山は珍しい薬草だとか動物が生息しているし……って、そんな場所ないかな?」
「貴方様が望むのであれば、それはきっと現実となりましょう。世界は広いのです。きっと、お気に召す街を見つけれますよ」
「そだね。うん、ウィズとなら見つかるかもって思えてきた! ありがとう、ウィズ」
「勿体ないお言葉です」
シリウスが微笑めば、ウィズも彼へと微笑んだ。そうして二人は村から出ていった。彼らは村に挨拶することもなく、また村人も誰一人として彼らを見送らなかった。
こうしてシリウスとウィズの旅は幕を開けた。
魔法使いたちが暮らす村や街はそれほど多くなく、また魔法使いそのものも数少ない人種だ。
魔法とは魔力によって使える不思議な力のことであった。その魔法は古来より一部の人間にしか使うことができず、それは現在でもあまり変わらない。
しかし、世界には魔力を蓄えた宝石があった。その宝石により、魔力を持たない人間でも魔法を使えることができる。
だからこそ、世界は絶妙なバランスのもとに成り立っていた。魔法使いたちが実権を握れていないのは宝石という存在があってこそだった。けれど、宝石は高価な代物であることに変わりはなく、宝石を持っているのは主に貴族や王族といった特級の者たちだ。
「なるほど。つまり、王族や貴族といった者たちが宝石を集め、それを自分達の部下に与えている。さらにその宝石を与えられる者たちは己の首に爆弾を仕込まれた首輪をさせられ、奴隷のごとき扱いを受けている、と」
「そ。こういった魔法使いがいる村や鉱山地帯で宝石がよく掘られている場所でなければ、民衆は特級のやつらからしか宝石をもらえない。けど、宝石をもらえばそれは自分の魂を特級のやつらに差し出すようなもの。主に兵士がその宝石を持たされているんだよ」
「宝石はその特級という者たちでは扱えないのですか?」
「いいや。宝石はどんな人間にも力を与える。けど、基本的にその力は人間が到底支配できるような力じゃない。魔法に魅せられ宝石集めばかりしている奴もいれば、魔法によって精神を壊され理性という概念を失い、果てには虐殺を行う者さえ出てくる。だから、本来宝石は魔法使いによって管理されるもので普通の人間たちがどう足掻いたって手に入れるべきものではないんだ」
「ふむ……しかし、宝石がなければ魔法使いたち……つまり貴方様のような方々がこの世界を支配する世の中になる。そういうことですか?」
「まさか。僕らはそんなことはしないさ。というか、そんなことに興味はない。魔法使いの大半は知識欲が強い者ばかりだ。だから目先の権力だとか武力だとか富や名声なんてものには一切の欲がわかない。魔法使いが目指すのはなぜかみんな一つなんだ」
「それはなんなのですか?」
「この世の真理さ。魔法とはなにか、魔法使いとはなにか。なぜ魔法を使える人間は限られているのか。宝石はなんのために存在しているのか。なぜ魔法使いは人間とは違い、知識欲を満たすことで権力や武力などを欲したりしないのか。そういったありとあらゆる真理を知りたい。それこそが魔法使いたちの欲求なのさ」
「不思議なものですね。宝石を持った人間はあらゆる欲に縛られ、その理性を失う。逆に貴方様や魔法使いたちは知識欲を満たすことで満足感を得られる。それ以上のことを欲しない、というのは何とも不可思議なことですね」
「まぁね。だからこそ、そこも真理の一つなのさ。不可思議なこと、矛盾していること。疑問に思うことは何でも追求する。何でも探求する。それが魔法使いだ」
「では、私もその興味対象の一つとなり得るのでしょうか?」
「他の魔法使いはそうだろうね。でも、僕はそんなことを求めて君を作ったんじゃないよ。僕の友達であり味方でいてくれること。これさえ満たしてくれればいいのさ」
「貴方様のお心のままに」
彼の髪に櫛を通していたウィズはその手を止め、主に忠誠を誓った。
現在は朝の刻限。学校へ行く準備をしようとしていたシリウスを、ウィズは手取り足取り彼の身支度を手伝った。てきぱきと動く彼に抵抗する気が失せたシリウスはウィズのなすがままに体を委ねていた。制服も着替え、あとは髪を整えるだけとなってから、先程の会話が浮上したのである。
ほんの些細な会話のつもりだった。ウィズにとって質問は質問としての意味をなさない。彼が質問を投げ掛けたのは単なるシリウスの退屈凌ぎのつもりだった。けれど、意外と彼は色々と喋ってくれた。
おかげで彼の身支度を整える間、暇をもて余すことはなかったようだ。
ウィズにとって、質問とは興味を引いたことへの関心ではなく、ただ単にシリウスの暇潰し相手の会話だった。しかし、そんなウィズの心中を知るよしもなくシリウスは不思議そうに彼を見る。
「君は本当に不思議だね? これは僕の血肉を混ぜた結果なんだろうか」
「どうでしょうか。しかし、貴方様の血肉を分けていただけたからこそ、私はここにいるのです」
「まぁ、僕が欲しくて作ったからね。それに対する代償はどんなものでも払うつもりだけど」
「それもまた世の理というものですか?」
「そうだね。理をねじ曲げるようなことをしたからにはそれなりに大きな代償が必要だと思うよ。今は特になんともないけど、お気楽には構えてられないかも」
「その時は、私が貴方様の味方で居続けられる絶好の機会というわけですね。もっとも、私はいつでも貴方様のご意向に背く気はありませんが」
「そだね。どんな代償がくるかわからないけど……君が味方としていてくれるんだもの。なにも怖くないよ」
ウィズの存在を確かめるように腕を掴み、シリウスは安心したような表情を浮かべた。
彼が望むのなら微笑む。彼が望むのなら傍にいる。彼が望むのなら、全身全霊をもって全ての望みを叶える。
ウィズにはシリウスが欲するのであればどんなことにも手を染められた。彼を苛める者がいるならばその存在を制裁し、彼を傷つける者がいるならば彼を守るために相手を傷つけることを躊躇わなかった。
そのため、シリウスは同じ魔法使いたちからさらに敬遠されるようになってしまった。しかし、意外にもシリウスは気にする風もなかった。
“ウィズ”という味方を傍に置いていたからなのかもしれない。
どれほど陰口を囁かれても、どれほど傷付けられても、シリウスは平気だった。自分を責める相手など存在していないかのように、シリウスの眼はウィズだけしか映していなかった。そして、ウィズ自身もシリウスにしか眼をくれなかった。それは、シリウスが無意識に望んでいたことだったからだ。
「ねぇ、ウィズ。これから旅をしよう」
「貴方様の仰せのままに。どちらへ行かれるのですか?」
「そうだね~。この村にはもう飽きたし、どこか広い街で二人で一緒に住もう。海が見えるとこがいいなぁ。それと山も近い所。特に人間が容易く入れなさそうな山は珍しい薬草だとか動物が生息しているし……って、そんな場所ないかな?」
「貴方様が望むのであれば、それはきっと現実となりましょう。世界は広いのです。きっと、お気に召す街を見つけれますよ」
「そだね。うん、ウィズとなら見つかるかもって思えてきた! ありがとう、ウィズ」
「勿体ないお言葉です」
シリウスが微笑めば、ウィズも彼へと微笑んだ。そうして二人は村から出ていった。彼らは村に挨拶することもなく、また村人も誰一人として彼らを見送らなかった。
こうしてシリウスとウィズの旅は幕を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる