Magic DOLL

涼風 蒼

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第1章

1-12 クラーケン討伐

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 ダンジョン攻略の報告をギルドへと行い、シリウスたちは港町オーシャンへと足を踏み入れた。クラーケンの問題を抱えているはずだが、町中は意外にも賑わっていた。
 その雰囲気に、シリウスはイメージと違うことに小首を傾げた。

「ねぇ、本当にクラーケンの被害が出てるの?」
「町自体に、というより漁業に被害が出てるんだよ。クラーケンがこんな町中まで来たことは数百年はねぇって話だ」
「なら沖合まで出ての討伐になるの?」
「あぁ。そのためギルド長が船を一隻借りてる。それに乗って沖合まで出ていく予定だ」
「そうなんだ。船は初めて乗るね、ウィズ!」
「さようでございますね」

 船に乗ったことのないシリウスはワクワクと楽しそうに年相応な表情を浮かべた。

「けど、船酔いには気を付けろよ」
「船酔い?」
「船の上は常に揺れているため酔いやすいのだ。気分が悪くなったら言ってくれ。私は治癒魔法も使えるからな」
「治癒魔法でなんとかなるものなの?」
「完全に治すことは難しいが、ある程度の回復はするのだ」
「へぇ、そんな魔法もあるんだね。あとで教えてよ。僕も万一の時に備えたいし」
「治癒魔法も使えるのか?」
「うん。回復ヒールとか、上回復ハイヒールとか。あとは状態異常を回復する再生リジェネレーションとかあるね。あんまり使ったことないけど」
再生リジェネレーションも使えるのか!? なら私の魔法は要らぬかもしれない。私の魔法はその下級に当たる状態回復リジェネだからな。再生ならば船酔いも完全に治すことも可能だろう」
「そうなんだ」

 ハウルの言葉に、シリウスはそこまで驚いた反応をしなかった。しかし、そんなシリウスに対して、ハウルはまたもや興奮気味にシリウスの魔力の強さに興味津々となった。
 シリウスの口から出てくる魔法はどれも上級魔法ばかりだったのである。
 そして、上級魔法は下級魔法と違い、詠唱や魔力があるだけでは使うことができない。使うには精霊の加護を持っているか、その魔法に関する知識や現象に対して理解をすることであった。
 しかし、精霊という存在を知らない者は多く、上級魔法は長い年月の修練の賜物や、天才という存在として認識されているのだった。
 そして、シリウスとって上級魔法は使えるのだからそこまで驚くことではない、という認識だった。

「ふむ、シリウスは天才というものだな」
「天才?」
「あぁ。私がいた村でもこうも上級魔法が使える者はいなかった。それに、シリウスぐらいの年頃なら下級魔法を連発できるぐらいで、上級魔法なんぞ一つも使える者はそういなかったのだ」
「そうなんだ。そんなに珍しいことなの?」
「そうだとも! 今でこれほど使えるのだ。大人になったらさぞ高明な魔法使いになることだろう」

 力強く頷くハウルに少し引きつった笑みを浮かびながら、シリウスは自分の内に眠る魔力を感じる。
 先程の戦いのときに薄まっていた魔力は全快しているようで、いつものように感じることができた。
 それを他者と比べたことはなかった。村では少ないとはいえ魔法使いたちがいた。しかし、嫌悪してくる相手を誰が知ろうとするだろうか。
 そして、村の魔法使いたちと関わらないことでシリウスは自分自身にもあまり興味を持っていなかった。当時あったのは胸を占める虚無感を埋めること。
 自分の味方を作ることだけを考えていた。魔法を片っ端から書物を読み漁り、学んだのもその術を探すためだった。
 一人だったシリウスにとって時間だけは十二分にあったのだ。

「シリウス様?」

 物思いに耽っているところに、ウィズが心配そうな表情でシリウスへと声をかけてきた。そのためシリウスは過去への振り返りを打ち切り、ウィズに「何でもないよ」と笑いかける。

「さようでございますか。そろそろ船着場に到着でございます」
「へぇ、ここから船が出るのか」

 いつの間にか船着場付近まできていたらしく、シリウスは海から香る磯の臭いを感じた。村では鉱山や小川といったものを見聞きしてきたものの、海は初めて目の当たりにしたのだった。
 大きな漁船が船着場には何隻かあり、船乗りたちの賑わう声が響き渡る。
 依頼のことさえなければ、とても魔物に困っているとは思えないほどだった。

「おう、ギーヌ船長はいるか?」
「誰だ、あんたら?」
「俺はギルドより派遣された狂戦士のリードだ」
「あんたが!?」
「あぁ。マスターから話はついてると聞いてるんだが?」
「へ、へい。失礼しやした。ギーヌ船長はこちらっす」

 チンピラのような言葉遣いだが、誰もその事には突っ込まない。
 リードを先頭にシリウス、ウィズ、ハウルと続いていく。シリウスたちは大きな漁船へと乗り込むとすぐさま船長室まで案内された。
 そこには無精髭を生やした図体の大きな男が沈黙したまま空を睨みつけていた。

「お頭! ギルドのモンがきやした!」
「……あぁ、聞いとるよ」

 静寂に包まれた室内に、乗組員の大声が響き渡る。それに対して、船長のギーヌは静かにそう言った。
 嗄れた声の割に、ドスの利いた声音で乗組員へとそう告げる。それを受けた乗組員はリードたちを部屋へと招き入れたあと、そそくさと船長室を出て行った。

「ん? 最近のギルドじゃ、こんな小童を遣すのか?」
「それって僕のこと?」
「あぁ。ギルドから聞いとるのは二人。恐らくお前さんと、お前さんだろう」

 見下したような視線のまま、ギーヌはリードとハウルを指差した。

「うむ、いかにも。私は魔法使いのハウル、そして狂戦士のリードだ」
「それじゃその小童たちは何しに来たんでぇ?」
「こっちの子どもはシリウス。んでこっちがウィズだ。二人はギルドメンバーではないが、クラーケン退治を手伝ってくれる助っ人だ」
「あぁ? こんな小童に何が出来る?」
「僕はハウルと同じ魔法使いだよ。それとウィズは……うん、船長さんたちより断然強いよ」
「ほう? 言いよるな、小童が」
「船長さんが認めないなら、僕たちはクラーケン退治に参加しなくてもいいよ。僕たちは冒険者でもないもの」
「ならなんで一緒に来たんでぇ?」
「リードに頼まれたからだよ。知人の頼み事を無下に断らなかっただけ。でも、船長さんが認めないのならば僕たちはこの船に乗ることはできない。船に乗れないのであれば、無理にクラーケン退治に参加しなくても良いってことでしょう? ね、リード」
「あ~……けど、お前たちが戦ってくれるほうが助かるんだがなぁ」
「……小童がおらなんだらお前さんたちは役立たずか?」
「手厳しいねぇ。もちろん、俺たちでも討伐は可能だろう。けど、船長さん。あんたも知っての通り魔物討伐は何が起こるか分からない。自身の力を過信して挑むより、警戒して周到に準備して挑むのが鉄則。なおかつクラーケンは海の魔物だ。どうしても俺たちだけでってのはちとキツいんだよ」

 リードの説明でも、ギーヌは訝しげな視線を向けたままだった。それは幼い見た目の子どもに戦わせることへの負い目を感じているからだった。
 しかし、凄腕と言われる狂戦士のリード、そして強力な魔法の使い手とされるハウルの名を知らないわけではない。だからこそ、何かあっても大丈夫だろうと思う反面、子どもを巻き込む必要性を感じないのもあった。
 何分かの沈黙のあと、ギーヌは大きく息を吐き出した。

「……分かった。おい、ちゃんと守ってやれよ」
「あぁ、もちろんだ」

 リードへとそう言うと、彼は力強く頷いた。
 ギーヌとのやり取りを終えたあと、船は沖合へと出発した。魔物討伐のため乗組員はごく少数となり、忙しなく船の操縦に追われる。リードやウィズは乗組員と共に帆の操作を、シリウスとウィズで魔法を使って船の速度を速めていく。
 それと同時に、シリウスは船に乗っている全員に再生と肉体強化、そして船体には防御魔法を付与させた。

「シリウス様、あまりご無理はなさいませぬように」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、ウィズ」
「いえ……そこまでしておく相手なのですか?」
「どうかな。僕は戦ったことないし。でもクラーケンに関しては書物で読んだことあったし、念には念を入れたほうがいいだろうしね。リードも言ってたけど過信して足元を掬われるよりは良いと思うよ」
「ならば戦闘時は私にお任せください」
「相手は海の中だよ?」
「それはリードとて同じですよ。リードの戦い方は私も身につけておいたほうがいいでしょう」
「ウィズも猪突猛進になるの?」
「いいえ。あんな馬鹿みたいに突進はしません。相手の技量を見抜くことや、魔物と対峙する際の体の動き。今後二人となった場合でも問題がないようにしたいのです」
「そっか。そうだね。リードたちとも、これが終わったらお別れだもんね」

 ウィズに言われ、シリウスは内心驚いていた。
 最初こそ、リードたちとは一時の間だけ協力するだけだと考えていた。しかし、ウィズに言われるまで、いつの間にか今後も一緒に行動することを想像していたのである。

「シリウス様?」
「ううん、何でもないよ。二人旅に戻ったらきっと静かだろうなって思っただけ」
「……さようでございますか」

 二ヘラと笑って誤魔化すシリウスに、ウィズは突っ込まずに頷くだけだった。
 そうして沖合に到着すると、すぐさま船体が大きく揺れた。海面から巨大なタコの足のような触手が船を包み込むような形で伸びていく。
 しかし、クラーケンから与えられた衝撃では船体に穴は開かなかった。

「シリウスか?」
「うん。だって船に何かあってからだと戦えないだろうから。船体に防御魔法を付与してるんだ」
「これほどまでに強い防御魔法を……さすがだな、シリウス!」
「ありがとう、ハウル。それより、早く倒して町に戻ろうよ」
「あぁ、さっさと討伐しちまうぞ!」

 リードは大剣を抜いて構え、ハウルは素早く呪文を唱え始めた。シリウスもウィズに視線を向け、ウィズは双剣を使って触手の一本へと斬り掛かった。
 まずは船体を攻撃してくる触手の排除が優先である。
 リードとウィズの攻撃でクラーケンの触手はまるで豆腐のように意図も簡単に斬られていく。
 その攻撃に反撃しようとしてか、クラーケンの本体が海面から浮上してきた。その頭を目掛け、ハウルは先刻の戦いでこ使った雷の龍の形をした攻撃を放った。そして、その威力を底上げするかのように、シリウスもハウルと同じ雷の魔法を放つ。
 二つの雷が合わさり、龍の姿が一瞬にして姿を消したかと思うと、クラーケンの頭上を貫通していた。
 額に黒い焼け焦げた跡を残し、クラーケンは悲鳴にも似た奇声を発した。
 一本の触手をシリウスたちへと叩きつけようとするも、彼らに届く前にウィズによって斬り刻まれた。
 リードは甲板からクラーケンの巨体へと乗り移り、豪快に大剣を振るう。斬り付けられたクラーケンは撤退をするように海へと潜ろうと体を沈めた。
 リードは小さく舌打ちし、クラーケンから船へと跳躍して戻った。

「逃すものか!」

 逃げ出すクラーケンへと、ハウルは咄嗟に闇の魔法でクラーケンの触手を捕まえる。その魔法は黒い触手のようなもので、クラーケンが海へと戻るのを抑制した。

「僕も逃す気はないよ。フィールド結界! 続けて影縫い!」

 船体とクラーケンを覆う結界が張られ、そしてクラーケンの触手は船体へと吸い寄せられるように離れられなくなった。
 その隙を、リードとウィズはクラーケンの巨体へと飛び乗り、クラーケンの核となり部位を探しながら斬り付けていく。するとクラーケンは、ウィズやリードに向かって黒い墨を吐き出した。その墨に触れた海中の魚たちが次々と死んで浮かんでくる。

「かの者たちを守れ!」
再生リジェネレーション!」

 ハウルは墨がリードたちにかかる前に二人の前に見えない壁を作り、シリウスは念のために回復魔法を使った。

「助かりました、シリウス様、ハウル」
「おう、サンキューな!」


 恐らく毒であったであろう攻撃を防ぎ、なおかつ体力と状態異常を回復ができる再生リジェネレーションで二人の体力を回復させる。
 ハウルとシリウスの魔法のタイミングは絶妙だった。
 そこから小一時間程かかり、ついにクラーケンの核を見つけ出したリードが、その部位を破壊した。
 断末魔のような奇声を発したクラーケンは力なく海へと崩れ落ちる。船体に張り付いていた触手も次々と外れ、クラーケンの討伐が完了したことを物語っていた。
 そのことに、一部始終を見ていた乗組員たちは歓声を上げた。

「すげぇ! あのクラーケンを倒しやがった!」
「あぁ、これで明日から無事漁ができるぜ!」
「さすがは狂戦士リード!」
「魔法使いハウルも凄かったぜ!」
「あのチビも大したもんだな!」

 クラーケンとの戦闘を終え、リードとウィズは甲板へと戻ってきた。海面で戦っていたこともあってか、リードとウィズはびしょ濡れの状態だった。

「二人とも大丈夫?」
「私はなんともございません」
「俺もこんぐらいどうってことねーよ」
「それでも乾かさんといかんだろう」

 平気だと言う二人に、ハウルはすぐさま突っ込んだ。討伐が完了し、賑わう乗組員を他所に、ギーヌは二つの布切れをリードとウィズへと投げつける。

「船長室に来い。あと、温かいスープを出してやる……ありがとな」

 背中を向けたまま、ギーヌはポツリと礼を述べた。その事にフッと笑い、シリウスたちは船長室へと足を運んだ。
 帰り道はゆったりとした船旅になった。
 魔法は使わずに、自然の風に任せた船はゆっくりと港町へと戻っていく。
そんな船室で、四人は温かいスープに喉を鳴らしていた。

「海で獲れる魚で作った魚介スープだ。うめぇか?」
「うん。美味しいよ、ありがとう」
「くくっ、まさか小童にあれほどの魔法が使えるとはな。恐れ入った」
「そう? 普通だよ」
「この船も守ってくれたんだろう?」
「僕たちだって帰れないと困るもの。そんなに褒めなくてもいいよ、ギーヌ船長」
「いいや、海の男たるものケジメはつけねぇといけねぇ。見た目で判断して悪かった」
「いいよ、そんなこと。僕がやりたいようにやっただけなんだから」

 ギーヌの態度の変わりように、シリウスは苦笑しながらそう言った。
 乗組員たちもつられるように、シリウスへの態度が改まっている。そのことに、若干の違和感を覚えながら、シリウスはそれ以上突っ込もうとはしなかった。
 ガヤガヤと煩い船長室から出て、シリウスは夕暮れの甲板へと足を向けた。夕陽が眩しく、辺り一面がオレンジ色に染まる中、シリウスは浮かない表情で海面を見つめる。

「シリウス様?」
「ウィズ……」

 甲板から海を眺めているシリウスに、ウィズはソッと声をかけた。ウィズは決して片時もシリウスから離れなかった。
 席を立ったシリウスの後をついてきたのである。

「別れたくないのでしょうか?」
「どうだろ? 分からないんだ」
「分からないとは?」
「船が戻ればリードたちとはお別れだけど、それにすっきりするようなしないような……胸の中がモヤモヤするんだ。こんな気持ちは初めてだよ」
「別れたくないから、だけではないのですか?」
「リードたちがいたら騒がしいし、魔物の討伐には巻き込まれるし、いろいろと面倒だよ。それに、僕たちが旅に出たのは自分たちだけの居場所を見つけるためだ。その目的を、忘れてしまいそうになる」
「さようでございますか。オーシャンは如何でしたか?」
「いい町だとは思うよ。けど、ちょっと住みにくいかな。ギーヌ船長たちは魔法使いに偏見はないみたいだけど、他の住人たちまでは分からないし」
「それではまた新しい街に向かいますか?」
「そうだね。もうちょっと色々と見て回ろうと思うよ」
「畏まりました」

 ウィズはシリウスの言動を否定しなかった。ただただ、ウィズはシリウスの言動を肯定する。それはシリウス自身が望んでいたことだった。
 しかし、その歪さにシリウスは目を伏せていた。
 ウィズの存在は世の理から外れている。どんなことでウィズが居なくなってしまうのかが分からない。だからこそ、シリウスはウィズのことを疑問に思わないようにしていた。
 矛盾な事だと気づいていながら、それでもシリウスはウィズを失ってしまうことのほうが何倍も恐ろしく、怖いと感じていることだった。
 そんな胸中のしこりを残したまま、シリウスたちはオーシャンの町へと戻ってきた。
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