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その、一カ月後。
俺は登和子さんと行為に及んだソファの横で、身を縮ませながら身体を硬くして正座をしていた。
恐らく蒼白であろう俺の目の前で、持て余したような長い足がさらりと組み換えられる。
「――さて。妻との不貞の証拠もあることだし、私は君に慰謝料を請求できるわけだが」
慰謝料、と聞いて俺はびくりと身体を揺らす。
この家での行為を盗撮されたとあっては、言い逃れは出来ない。
お金を貰って身を売る売春は許可がなければ犯罪だし、不倫だって民事裁判の対象だろう。
登和子さんの旦那さんと上手く交渉する以外、俺に残された道はなかった。
「君のこと、少し調べさせて貰ったよ」
写真立ての中でしか見たことのなかったインテリ眼鏡のイケメンは、うっすらとした笑みを浮かべながら、スラスラと俺の個人情報を口にする。
この人も笑うことができるんだな、なんて写真では一度も浮かべていなかった微笑を前に現実逃避をしながら、想像以上にがっしりした鍛え上げられた体格に恐れ慄く。
殴り合いになれば、恐らく、いや絶対に負けるだろう。
「五十嵐涼晴君、二十歳。お父さんは小さい頃に蒸発して、家計を支えてきたお母さんは身体を壊して療養中。大学は奨学金で通ってるんだね」
膝の上に置いた拳をぎゅっと握る。
母さんの療養費と、学費。
お金が必要だから身を削って稼いできたのに、その上慰謝料の支払いなんて、無理に決まっている。
「……申し訳、ありません。どうしても金が必要だったとはいえ、許されない行為をしてしまいました。二度と奥さんとは、いえ、お二人とは関わらないと誓いますので、どうか……」
頭を下げ、額を床に付ける。
土下座で許して貰えるならば警察はいらない。
それは勿論理解しているが、とんでもないことをしてしまった、という気持ちを少しでも相手に伝えたかった。
――今日、いつも通り登和子さんから連絡を受けて呑気に訪問した結果、家にいたのは登和子さんだけではなく、その旦那も一緒だった。
ハウスクリーニングを装った俺が顔を引き攣らせながら挨拶をすると、旦那さんはにこりと笑って「もういいから、出て行け」と登和子さんを追い払い、俺をリビングに通すと俺たちの不貞の映像を見せたのだ。
はっきりと顔が映し出された状態で生々しい行為が収められており、言い訳もできなければ逃げ場もない。
「君は、私の人生を壊したんだ。わかってる? 今後どんな女を迎えようが、また浮気されるんじゃないかと不安で堪らないだろうね。君は私に、女性不信を植え付けたんだ」
「はい。本当に、申し訳ありません」
「なら、私も君の人生を壊す権利があると思わないか?」
「……は、い」
やはり、頭を下げるだけでは……誠心誠意、謝るだけでは、駄目だったようだ。
口先だけではなく、反省しているという姿勢をもっと見せないと。
そうでないと、俺の人生はこの男によって、壊されてしまう。
「本当に、申し訳ありません。俺に出来ることなら、なんでもしますので……!」
「なんでも?」
「は、はい」
俺がほんの少しの期待を胸にバッと顔を上げると、旦那さんは仄暗い表情でこちらをじっと見て笑んでいた。
奥さんの不倫相手という到底許すことのできない男と一緒にいるのに、その瞳に浮かぶのは憤りとは真逆の感情に思えて、怖気づく。
「……私はね、犬を飼ってみたかったんだ。大型犬」
「……犬、ですか?」
「そう。私だけに従順で、いつ帰っても尻尾を振って喜んで出迎えてくれるような、可愛い犬をね」
意味がわからず、俺は首を傾げる。
「ええと、そんな犬を探してくればいいのでしょうか?」
大型犬と言っても、多種多様だ。
犬の種類は何がいいのだろうか。
すると、男は俺の言葉にフッと笑った。
「違うよ。君が、私の犬になるんだ」
「……え?」
耳を疑った俺に、旦那さんは言い放つ。
「手配は私がしてあげるから、三日以内にここに引っ越しておいで。これからは、ここが君の家だ。私の犬になると約束するなら、君を訴えることはやめよう。お母さんの入院費も治療費も、君の学費も全部出してあげるよ」
旦那さんの提案に、俺は目を見開いた。
こくり、と喉がなった気がする。
犬というからには、人間と同じ扱いはしないということだろうか。
妻に不貞を働かれてズタズタにされたプライドの分、今度は俺に犬の食事や排泄を真似させて尊厳を傷つけるつもりだろうか。
どんな仕打ちを受けるのか、想像するだけでも恐ろしい。
しかし、母の療養費と俺の学費、慰謝料の免除というあまりにも魅力的な誘いを、万年金欠の俺が断れるわけがなかった。
俺は登和子さんと行為に及んだソファの横で、身を縮ませながら身体を硬くして正座をしていた。
恐らく蒼白であろう俺の目の前で、持て余したような長い足がさらりと組み換えられる。
「――さて。妻との不貞の証拠もあることだし、私は君に慰謝料を請求できるわけだが」
慰謝料、と聞いて俺はびくりと身体を揺らす。
この家での行為を盗撮されたとあっては、言い逃れは出来ない。
お金を貰って身を売る売春は許可がなければ犯罪だし、不倫だって民事裁判の対象だろう。
登和子さんの旦那さんと上手く交渉する以外、俺に残された道はなかった。
「君のこと、少し調べさせて貰ったよ」
写真立ての中でしか見たことのなかったインテリ眼鏡のイケメンは、うっすらとした笑みを浮かべながら、スラスラと俺の個人情報を口にする。
この人も笑うことができるんだな、なんて写真では一度も浮かべていなかった微笑を前に現実逃避をしながら、想像以上にがっしりした鍛え上げられた体格に恐れ慄く。
殴り合いになれば、恐らく、いや絶対に負けるだろう。
「五十嵐涼晴君、二十歳。お父さんは小さい頃に蒸発して、家計を支えてきたお母さんは身体を壊して療養中。大学は奨学金で通ってるんだね」
膝の上に置いた拳をぎゅっと握る。
母さんの療養費と、学費。
お金が必要だから身を削って稼いできたのに、その上慰謝料の支払いなんて、無理に決まっている。
「……申し訳、ありません。どうしても金が必要だったとはいえ、許されない行為をしてしまいました。二度と奥さんとは、いえ、お二人とは関わらないと誓いますので、どうか……」
頭を下げ、額を床に付ける。
土下座で許して貰えるならば警察はいらない。
それは勿論理解しているが、とんでもないことをしてしまった、という気持ちを少しでも相手に伝えたかった。
――今日、いつも通り登和子さんから連絡を受けて呑気に訪問した結果、家にいたのは登和子さんだけではなく、その旦那も一緒だった。
ハウスクリーニングを装った俺が顔を引き攣らせながら挨拶をすると、旦那さんはにこりと笑って「もういいから、出て行け」と登和子さんを追い払い、俺をリビングに通すと俺たちの不貞の映像を見せたのだ。
はっきりと顔が映し出された状態で生々しい行為が収められており、言い訳もできなければ逃げ場もない。
「君は、私の人生を壊したんだ。わかってる? 今後どんな女を迎えようが、また浮気されるんじゃないかと不安で堪らないだろうね。君は私に、女性不信を植え付けたんだ」
「はい。本当に、申し訳ありません」
「なら、私も君の人生を壊す権利があると思わないか?」
「……は、い」
やはり、頭を下げるだけでは……誠心誠意、謝るだけでは、駄目だったようだ。
口先だけではなく、反省しているという姿勢をもっと見せないと。
そうでないと、俺の人生はこの男によって、壊されてしまう。
「本当に、申し訳ありません。俺に出来ることなら、なんでもしますので……!」
「なんでも?」
「は、はい」
俺がほんの少しの期待を胸にバッと顔を上げると、旦那さんは仄暗い表情でこちらをじっと見て笑んでいた。
奥さんの不倫相手という到底許すことのできない男と一緒にいるのに、その瞳に浮かぶのは憤りとは真逆の感情に思えて、怖気づく。
「……私はね、犬を飼ってみたかったんだ。大型犬」
「……犬、ですか?」
「そう。私だけに従順で、いつ帰っても尻尾を振って喜んで出迎えてくれるような、可愛い犬をね」
意味がわからず、俺は首を傾げる。
「ええと、そんな犬を探してくればいいのでしょうか?」
大型犬と言っても、多種多様だ。
犬の種類は何がいいのだろうか。
すると、男は俺の言葉にフッと笑った。
「違うよ。君が、私の犬になるんだ」
「……え?」
耳を疑った俺に、旦那さんは言い放つ。
「手配は私がしてあげるから、三日以内にここに引っ越しておいで。これからは、ここが君の家だ。私の犬になると約束するなら、君を訴えることはやめよう。お母さんの入院費も治療費も、君の学費も全部出してあげるよ」
旦那さんの提案に、俺は目を見開いた。
こくり、と喉がなった気がする。
犬というからには、人間と同じ扱いはしないということだろうか。
妻に不貞を働かれてズタズタにされたプライドの分、今度は俺に犬の食事や排泄を真似させて尊厳を傷つけるつもりだろうか。
どんな仕打ちを受けるのか、想像するだけでも恐ろしい。
しかし、母の療養費と俺の学費、慰謝料の免除というあまりにも魅力的な誘いを、万年金欠の俺が断れるわけがなかった。
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