CLASHERS~人生の壊しアイ~

イセヤ レキ

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仁見ひとみ社長、何をご覧になっているんですか?」

新しい女秘書が、私の机にブラックコーヒーを置きながら声を掛けてくる。

「最近飼い始めたペットの写真だよ。とても綺麗で可愛い子なんだ」
「ああ、だから笑っていらっしゃったのですね。とても幸せそうなお顔をされていたので、気になってしまいました」
「よければ、見る?」
「え、いいんですか? 是非見たいです!」

その女秘書は声の高さを半音あげて、必要以上に近寄りながら、私が彼女のほうへと向けたスマホ画面を胸の谷間が見える角度で覗き込んだ。

「まぁ、確かに綺麗な毛並みですね。……一緒に写っていらっしゃる方は、どなたですか?」
「綺麗だろう? この子が私のペットで、こっちは彼が世話をしてるペットなんだ」

私がスズとリンを順番に指すと、女秘書は一瞬キョトンとした顔をしてからうふふ、と笑った。

「仁見社長でもそんな冗談をおっしゃるんですね。……私生活ではお辛いことがあったばかりなのに、ペットを飼うことでお元気になられたのなら、本当に良かったと思います」
「ああ、私の癒しだよ」

私生活では嬉しいことしかなかったのだが、それを訂正せずにもう一度スマホ画面を眺める。

なるほど、どうやら私はスズの写真を見るだけで、気付かないうちに笑みを浮かべてしまうらしい。

少し気を引き締めないと、と思いながら、淹れて貰ったコーヒーを啜る。
すると、まだ退室していなかったらしい女秘書からまた声を掛けられた。

「私も、犬が大好きでペットを飼いたいと思っているんです。よければ今夜、どんな犬種が私に合ってるか、相談に乗っていただけませんか?」
「すまないが、この通り私には可愛いペットが待っているからね、早く帰宅したいんだ。相談したければ、ペットショップに行って話を聞いてきたほうが早いと思うよ」

私の返事に、女秘書はさっと顔を赤らめ俯きながら「失礼いたしました」と言って退室する。

私が離婚をしたという情報は、社員の間で電光石火の如く流れたようだ。

政略結婚も女避けには便利だったな、と思いながら、一回も嵌めることのなかった結婚指輪を思い出した。

そうだ、スズとのペアリングを買いに行って、それを付ければいい。
この手の女はそうした変化に敏感だから、すぐに新しい恋人が出来たと理解するだろう。


その考えはとても良い考えであるように感じて、今すぐ指輪を見に行きたくなる衝動を必死で抑えながら、私は残りの業務に取り掛かった。


***


それなりに裕福な部類の家庭に生まれた私は、物心がついた時から、恋愛対象が男だった。
常識的な価値観の家族にはわざわざカミングアウトをすることはしなかった。
兄弟は私を含めて三人で、兄も弟も恋愛対象は女だったから、孫にも困らないし私くらいはひとりでも何も言われないだろうと思ったからだ。


しかし、親は独身主義だという私を心配し、勝手に婚約を決めてきた。
恋愛結婚が当たり前の現代、時代錯誤にも甚だしいし相手が断るだろうと無視を決め込んでいたら、まさかの相手が乗り気とのこと。

仕方なく断るために一度会って「私が君を愛することはない」と断言したのだが、何故か「いいえ、玲宝《れいほう》さんは必ず私を好きになるわ!」と謎の宣言をされた。

政略結婚相手……登和子は私に目をつけたらしく、その後の仕事の速さは私でも驚いたものだ。
再三にわたり結婚する気はないと伝えても諦めることなく、もう面倒になったので入籍だけはした。
登和子の面子のためにウエディング写真だけは協力してやったのに、結婚式を挙げないことを、義理の両親と一緒になって責め続けられたがそれは仕事を理由に断った。

それはともかく、事前調査によれば登和子は尻軽女。
普通の素行調査では引っ掛かってこないような、隠れビッチだ。

玄関のみ一緒というような部屋を借りて、入籍後も互いに顔を合わせないようなバラバラの生活を続ければ、金を渡されるだけの生活では満足せずに早々に遊びだすだろうことは容易に出来た。

そして数カ月は我慢してい登和子も、やはり私の予想通り、早々に男遊びを開始した。
流石に乱痴気騒ぎを起こすような真似はしなかったが、数人の男を自宅に呼んで行為に及ぶのだ。
離婚する時の証拠として盗聴や盗撮をしておいたが、証拠映像の確認をしていた時、登和子の浮気相手の中にとりわけ私の好みの男がいて、驚いた。

細いだけではない、適度な筋肉のついた美しい、均整のとれた肢体。
髪や瞳は色素の薄い透き通るような茶色で、唇や舌先も薄めで、ゆったりと落ち着いた声が紡がれる。
他の男たちは登和子とすぐにヤるのだが、彼はむしろ、登和子との対話を大事にしているようだった。
相手との対話の手段として、セックスを取り入れていると言ったほうが正しいのかもしれない。

他の男たちは「愛しているよ」とか「俺と一緒になってよ」などといった甘言で登和子に金をせびるのだが、彼はむしろ、登和子に一線を引いているような感じがした。

そして何よりも、男が登和子と身体を重ねる時に、写真立てを伏せたことに驚いた。
写真であるにも関わらず、私の前で登和子を抱くことに罪悪感があったのだろう。
案の定、盗聴していた二人の会話には、彼が登和子の心のケアに努めると同時に、私にも配慮した発言をしていることがわかった。

――欲しい。

それは、初めて私の胸に巣食った感情だった。
独身主義の私は、遊ぶ相手は作っても、恋人を作ったことはなかった。
自分の人生を誰かに縛られることも嫌だったし、誰かに執着したこともなかった。

それなのに、彼だけは、猛烈に欲しいという欲求が膨れ上がったのだ。

彼という人間を引き寄せてくれた登和子に感謝して、浮気の証拠を前に要求したのは離婚のみだった。
当面の生活費も面倒を見てやろうかと思ったが、そもそも資産家の娘だし、なんの問題はない。
それに対外的には美しいとされる女だから、私と別れたとしても直ぐに男を作って、今度こそ本人が望むような新しい生活を手に入れるだろう。


登和子を抱く彼を見つめながら、私は何度も自慰をした。
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