元公女の難儀な復讐

イセヤ レキ

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25 近すぎて見えないもの

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「エフィナ様、一週間後にはロイアルバ様との結婚式のご予定ですよ」
「エフィナ様には私たちが世話係として付くよう言われておりますので、何かご要望がございましたらお申しつけください」
「ええ、ありがとう」

自分に宛がわれた部屋で、私はゆっくりと身体を休めていた。

ロイアルバはグシャナトに戻ってから休む間もなくすぐに地方視察へ向かったので、あの旅の最中ずっと一緒にいたのは夢ではなかったのではないかと思うほど、彼と会わない日々が続いた。

そしておよそ一カ月後、ロイアルバは髭も髪も伸びきった状態で宮殿に戻って来た。


「グシャナトの地方には良い資源がたくさんあるな! まずは北方の石だ。世界的にみても、こんなに良質な石が採れる場所はまずないし……」
「ロイアルバ、まずは湯あみに行って、そのあとで話を聞かせてくださいませんか?」
「おっと、男所帯だったから気付かないですまなかった。直ぐに戻って来る、待っててくれ」
「直ぐではなく、ゆっくりどうぞ」

久しぶりに再会したロイアルバは私の額にキスを落として、颯爽と風呂場へ向かった。


ロイアルバが戻ってくるまでの間、気分はどことなくそわそわとして落ち着かない。

無事に帰って来て良かったと思うと同時に、彼に女の気配を全く感じなかったことに、ホッとしてしまう。
一緒にいれば鬱陶しいことこの上ないのに、傍にいないと喪失感を覚える。

あれだけ殺そうと考えていた相手なのに、骨抜きにされたのは自分の方だ。


「エフィナ……」
「ん……」
ベッドの上で寝そべったままロイアルバを待っていたつもりだったが、どうやら寝てしまっていたらしい。

「すまない、寝ていたのか」
「……いいえ……話が途中でしたよね、すみません……」
上体を起こそうとする私を、ロイアルバは優しく止めた。

「いいんだ、話はまた明日にしよう。今日はエフィナを感じていたい」
「はい……」
ロイアルバがベッドに潜り込み、私を抱き締める。

「できたら私の許可なく触らないでいただけますか?」

ベッドで抱き締められたことは初めてで、動揺を隠しながら素っ気なくお願いした。

野営では私のすぐ傍にロイアルバが常にいたが、帝国の城や途中の宿ではベッドどころか部屋が別々だったのに、この宮殿に来てから寝室が一緒になってしまったのだ。

それでもロイアルバが直ぐに長期不在であったから平気だったのに、夫婦のような距離感に意識しないでいられるはずもなかった。


「もう一カ月近く触っていなかったから、今日は嫌だ」
「そうですか……」
「もうすぐでエフィナが私の妻だ……長かった……」

ロイアルバの腕が地味に重い。そして暑苦しい。けれども、心は満たされていく。


出会った頃のロイアルバは、賢い弟と比べられる毎日に腐っていて、もっとずっと短気だった。
私は美しくあればいいと言われて育ったので、賢くないことの何が悪いのかわからず、「あなたはあなたの良いところを伸ばせばいいのではないかしら? 運動神経なんてよさそうですし、いっそのこと国は弟に任せて、自ら軍を率いる王になっても素敵だと思いますけれど」なんて首を捻りながら口にしたものだが、それからは会うたびに大人になって、逞しくなって、優しくなって、ロイアルバの来訪を待ち遠しく感じたものだ。


「出会った頃にはこうなるなんて、想像もしておりませんでしたね」
「いや、こうなることしか想像していなかったぞ」
「……そうですか」
閉じていた瞳を開くと、そこには精悍な顔をしたロイアルバがじっとこちらを見ていた。

「出会った時から、私はエフィナのものだ」
「……そうですか……」
ロイアルバと会話していると、返事に困って「そうですか」しか言えなくなってしまう。


ロイアルバが私の胸にすりすりと石鹸の香りのする頭を擦り付けてきて、大きな猛獣を飼っているところを想像してしまい、ふふ、とつい笑ってしまった。
そしてそのまま睡魔に襲われ、再び瞳を閉じる。
悪夢ではない夢の中に落ちる寸前、唇に熱く柔らかいものが当たった気がした。
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