フツメンを選んだ筈ですが。

イセヤ レキ

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第二章 カップル(ABC)編

(2)

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ただ、自分の想い通りにならなかったものもあった。そのうちの一つが思った以上に「普通」を装えなかったことだ。
キララと初めのデートの行き先で水族館か動物園になった時、日帰りで沖縄まで行くことは「普通」ではないということを初めて知った。
日帰りで飛行機を使うのは「普通」ではなくて、移動手段にタクシーならまだしも、ヘリや船が入るのは「普通」ではないことも。
デート中も俺は当たり前のように現金を持ち歩いていなかったが、その時初めて「普通」は現金を持ち歩くものだと知ったし、屋台で何かを購入したこともなかったからカードが使えない店というものが存在することも知らなかった。
いつものインビテーション制のブラックカードで支払おうとしてしまって、慌ててカードを変えたり、ついいつものブティックに足を向けてしまいそうになったり。
大学には腕時計をしないように気を付けていたのに、休みの日感覚で腕時計をしてしまったら、キララに「高そう」と言われてドキッとした。キララが時計に詳しくなくて、本当に良かったと思う。
大学生カップルの誕生日プレゼントの「普通」の相場を調べずに購入した後、偶々報告業務に来ていた増田に「その金額やべぇ」と言われ、キララに渡す時はわざと安い石で説明したり。まぁ実際、ムーンストーンも指定して入れさせたから、宝石商の友達でもいない限りはバレることはないだろう。高いと言われた石を鑑定することはあっても、わざわざ安いと言われた石を鑑定に出すことはないだろうし。
その後のデートでも、キララが海に行きたいというので、クルージングに誘ってみたことがある。彼女は「クルーズ船に乗るのなんて初めてだよ、楽しそう」と喜び、「どんなコースの船にしようか?」と聞かれて初めて、俺は二人の間のクルーズ船に対してのズレに気付いた。
同じ理由で、空の旅に誘うのは結婚した後にしよう、とその時決めたことも結果的に良い判断だった。
俺はその一人暮らしの部屋に関しても色々ミスを犯していた。
必要最小限しか設備が整っていない「普通の」物件を探したつもりだったのに、キララが「ここ家賃高くない?」と聞いてきた時は焦った。普通の大学生が使う部屋を探させたのに、どうやら標準より高水準の物件だったらしい。部屋が狭すぎて、全く気付かなかった。
「冷蔵庫も凄く大きいね!」と言われて肝を冷やす。一人暮らしならこれ位の大きさか、と思って買った冷蔵庫は、キララの家にあるものより大きく、家族四人で使って丁度いい位の大きさだったらしい。スペースが開いていたから設置したけど、普通はそこのスペースに小さな食器棚などを配置する仕様だったそうだ。
食器棚と言えば、俺の部屋には皿と呼べるようなものがなく、コップやグラスだけ吊戸棚に入れていた。
冷蔵庫の中には、家政婦が作った食事が全て温めれば済む状態で綺麗に整頓されているので、皿を用意する必要がなかったのだ。使い終わった皿は、俺が部屋から出れば自然と片付いていたのだが、それが常識ではないということにキララと話さなければ気付かなかった。
親が食べ物だけはしっかり栄養を摂るように、と俺が宅配や取り寄せだけで食事を済まさないように手配したのだが、一回量が足りなかった時の為に、それぞれの総菜がタッパーに入れられ綺麗に並んでいるのもよくよく考えればキララが違和感を覚えてしまうかもしれなかった。とにかく初日はキララが冷蔵庫を覗かないように気を付けたが、次に部屋にくるまでにはなんとか対処しておかなければならない。
「普通」を装う為にもコンビニかスーパーで買って来たものを実際に食べれば済むのだが、正直食材が口に合わないから、どうしたものかと結構真剣に悩んだ。
部屋に置いていたコーヒーメーカーはキララが来る前に片づけておいたので、直ぐに彼女を呼べたのはラッキーだった。本当はブラック好きで、キララの嗜好と合わせていたことがバレそうになったのも焦ったが、インスタントコーヒーを入れる練習をしておいて良かったと心から思う。その場で思いついた苦し紛れの言い訳にも、素直な彼女は「そうなんだー」とあっさり納得してくれていた。
そんな微妙なズレがしょっちゅうありながらも、徐々にそのズレを埋めていくことに成功した。成功したというより、俺は疑うことを知らないキララのお陰でなんとか「普通」でい続けられたのだと思う。
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