10 / 84
第一章 海軍の男
10 狼と猪と隼(はやぶさ)と
しおりを挟む
勝利は、愉快な光景に遭遇したのを喜ぶように、洗い場をゆっくりと歩いてきた。
「おまえらときたら、いつもいつも狼と猪とで盛りあってるなあ」
「ゴリ野さん、猪じゃなくてバッファローっすよ。おれ、牡牛座だし」
武志が愚痴をこぼすや否や、海軍の男と勝利が、一せいに口を開いた。
「おれだって獅子座なのに狼だぞ。あと、狼のまえは野獣だったし」
「ゴリ野だとお? おれは隼だ。薩摩隼人だってこと忘れたのか?」
海軍の男の声にかぶせるように、勝利がずんと進みでた。
勝利にすごまれた武志が、肩をすくめた。
康太は、場の雰囲気をかえようと、しかし遠慮がちに勝利に声をかけた。
「あの、大野先輩……」
「おっ、康太」
康太は、立上ってあいさつしようと腰を泛かせたが、勝利はそれを制した。
「風呂では堅っ苦しいのは抜きだ。坐っていいぞ」
康太は、仁王立ちで彼を見おろす勝利を、ふしぎな気持で眺めた。真裸かであるのにその立ち姿は、直視してはいけないという気を、まったく起させなかった。むしろ真裸かとなった男の凛々しさ、晴れ晴れしさといったものを、感じさせたのだ。股間に旺んに生い茂る草叢も、そのしたの男の徴も、痴慾や色慾といった邪念を知らぬ健全な肉體の一部として、そこに存在していた。
康太は、それでもなるべく勝利の徴を目にしないように視線を少しうえに向けた。それは、彼にとって不都合で不道徳で不本意な事態に備えるためだった。
果たして勝利の爽やかな顔から、すっきりと整った逆台形の草叢までが、康太の視界にきちんとおさまった。
「裸かになってしまえば、先輩も後輩もない」勝利は、狼と猪にチラッと目で合図を送り、それから康太を見て、両手を出すように云った。白い歯を見せて爽やかに笑う。それから数歩近づいて、康太の両手のうえに快活さの源を乗せた。「おまえの先輩は、ゴリ野なんて云ってるが――」
「あ」
「おまえには、どう見える?」
勝利が指先で、したから勢いよく跳ねあげた。
瞬間、康太の目のまえに、確かに隼の姿が現れた。今、両手に捧げている勝利の分身は、まさしく隼の頭と胴のようであり、腰骨までキリリと生い茂る草叢は、大空を優雅に羽搏く隼の翼を象っている。見れば見るほど、気高く崇高な隼の輪廓が、はっきりとしてくるように思えた。
「な? 隼だろ。男子寮ではファルコン大野と呼ばれている」勝利は自信たっぷりに云い、康太の股間に目を落とした。「ホームランばんばん打ちそうだな。レギュラー入り間違いなしだ」
その言葉に狼と猪が笑った。
「ありがとうございます」康太は、こう応えるのが精いっぱいだった。
康太は、また武志とふたりになった。話があると云って、隼が狼を連れていったのだ。
「ゴリ野さん、おまえのこと気に入ったみたいだぜ」湯槽に戻りながら武志が云った。
「どういうことですか?」あとを追う康太が訊いた。
武志は、肩に湯をかけながら、
「ゴリ野さんはな、気に入った後輩がいると、さっきみたいに小悪戯かけるんだよ」
「爽やかすぎて、何が起こったのかわかりませんでした」
「スーツ姿だと外資系のエリート営業マンみたいになるもんなあ」
と云って、武志は湯で顔を濯いだ。
「あの……」康太は、遠くにいる隼と狼を見た。それから武志の顔をまじまじと見つめた。「九州男児って、皆んな……あの、そうなんですか?」
康太の素直な質問に武志は笑った。そして康太に顔を近づけて耳打ちをした。
「ファルコン大野、バッファロー今井、ウルフ森。男子寮の三大バズーカ砲だ。あとは森を攻略すればグランドスラム達成だな」
このとき、ふいに康太の脳裏にこんな情景が泛んだ。
――「健司!」
康太は、健司のうしろ姿を追って、湯槽のなかを歩き進む。
健司は、彼の呼び声に気づかないのか、ふり向きもせず、そのまま脱衣場にすうっと吸いこまれてゆく。
浴室と脱衣場を隔てる戸口が、遠慮なく、閉まる。
突如、浴室の照明が落ちた。湯桶の音も、湯水の音も、話し声も、一瞬にして消えうせ、康太は真裸かのまま、湯槽の央に置き去りにされた。
賑やかな脱衣場の灯りが、戸口を通して、ひっそりと静まった浴室に射しこんでいる。その灯りを頼りに周囲を見まわすと、三人の真裸かの男たちが、湯槽の三隅に泛びあがった。彼らは、湯につかりながら、康太を凝っと見ている。
康太は、金縛りにあったように、身動きが取れない。
男たちがおもむろに立上がり、ゆっくりと康太に歩み寄る。
終に康太は、男たちに取り囲まれてしまう。
「康太……」
野球のユニフォームを脱いだ男が、自分を呼ぶ。
「康太……」
スーツを脱いだ男が、自分を呼ぶ。
「――」
水着を脱いだ男は、自分をどう呼ぶのだろう――。
「康太」
突然呼ばれて、康太はビクッとした。
「おい、康太」
武志が、康太の顔に湯をパシャっとかける。
「のぼせたのか? そろそろあがるとするか」
「は、はい」
武志のあとをついて、康太は湯槽から出た。
「おまえらときたら、いつもいつも狼と猪とで盛りあってるなあ」
「ゴリ野さん、猪じゃなくてバッファローっすよ。おれ、牡牛座だし」
武志が愚痴をこぼすや否や、海軍の男と勝利が、一せいに口を開いた。
「おれだって獅子座なのに狼だぞ。あと、狼のまえは野獣だったし」
「ゴリ野だとお? おれは隼だ。薩摩隼人だってこと忘れたのか?」
海軍の男の声にかぶせるように、勝利がずんと進みでた。
勝利にすごまれた武志が、肩をすくめた。
康太は、場の雰囲気をかえようと、しかし遠慮がちに勝利に声をかけた。
「あの、大野先輩……」
「おっ、康太」
康太は、立上ってあいさつしようと腰を泛かせたが、勝利はそれを制した。
「風呂では堅っ苦しいのは抜きだ。坐っていいぞ」
康太は、仁王立ちで彼を見おろす勝利を、ふしぎな気持で眺めた。真裸かであるのにその立ち姿は、直視してはいけないという気を、まったく起させなかった。むしろ真裸かとなった男の凛々しさ、晴れ晴れしさといったものを、感じさせたのだ。股間に旺んに生い茂る草叢も、そのしたの男の徴も、痴慾や色慾といった邪念を知らぬ健全な肉體の一部として、そこに存在していた。
康太は、それでもなるべく勝利の徴を目にしないように視線を少しうえに向けた。それは、彼にとって不都合で不道徳で不本意な事態に備えるためだった。
果たして勝利の爽やかな顔から、すっきりと整った逆台形の草叢までが、康太の視界にきちんとおさまった。
「裸かになってしまえば、先輩も後輩もない」勝利は、狼と猪にチラッと目で合図を送り、それから康太を見て、両手を出すように云った。白い歯を見せて爽やかに笑う。それから数歩近づいて、康太の両手のうえに快活さの源を乗せた。「おまえの先輩は、ゴリ野なんて云ってるが――」
「あ」
「おまえには、どう見える?」
勝利が指先で、したから勢いよく跳ねあげた。
瞬間、康太の目のまえに、確かに隼の姿が現れた。今、両手に捧げている勝利の分身は、まさしく隼の頭と胴のようであり、腰骨までキリリと生い茂る草叢は、大空を優雅に羽搏く隼の翼を象っている。見れば見るほど、気高く崇高な隼の輪廓が、はっきりとしてくるように思えた。
「な? 隼だろ。男子寮ではファルコン大野と呼ばれている」勝利は自信たっぷりに云い、康太の股間に目を落とした。「ホームランばんばん打ちそうだな。レギュラー入り間違いなしだ」
その言葉に狼と猪が笑った。
「ありがとうございます」康太は、こう応えるのが精いっぱいだった。
康太は、また武志とふたりになった。話があると云って、隼が狼を連れていったのだ。
「ゴリ野さん、おまえのこと気に入ったみたいだぜ」湯槽に戻りながら武志が云った。
「どういうことですか?」あとを追う康太が訊いた。
武志は、肩に湯をかけながら、
「ゴリ野さんはな、気に入った後輩がいると、さっきみたいに小悪戯かけるんだよ」
「爽やかすぎて、何が起こったのかわかりませんでした」
「スーツ姿だと外資系のエリート営業マンみたいになるもんなあ」
と云って、武志は湯で顔を濯いだ。
「あの……」康太は、遠くにいる隼と狼を見た。それから武志の顔をまじまじと見つめた。「九州男児って、皆んな……あの、そうなんですか?」
康太の素直な質問に武志は笑った。そして康太に顔を近づけて耳打ちをした。
「ファルコン大野、バッファロー今井、ウルフ森。男子寮の三大バズーカ砲だ。あとは森を攻略すればグランドスラム達成だな」
このとき、ふいに康太の脳裏にこんな情景が泛んだ。
――「健司!」
康太は、健司のうしろ姿を追って、湯槽のなかを歩き進む。
健司は、彼の呼び声に気づかないのか、ふり向きもせず、そのまま脱衣場にすうっと吸いこまれてゆく。
浴室と脱衣場を隔てる戸口が、遠慮なく、閉まる。
突如、浴室の照明が落ちた。湯桶の音も、湯水の音も、話し声も、一瞬にして消えうせ、康太は真裸かのまま、湯槽の央に置き去りにされた。
賑やかな脱衣場の灯りが、戸口を通して、ひっそりと静まった浴室に射しこんでいる。その灯りを頼りに周囲を見まわすと、三人の真裸かの男たちが、湯槽の三隅に泛びあがった。彼らは、湯につかりながら、康太を凝っと見ている。
康太は、金縛りにあったように、身動きが取れない。
男たちがおもむろに立上がり、ゆっくりと康太に歩み寄る。
終に康太は、男たちに取り囲まれてしまう。
「康太……」
野球のユニフォームを脱いだ男が、自分を呼ぶ。
「康太……」
スーツを脱いだ男が、自分を呼ぶ。
「――」
水着を脱いだ男は、自分をどう呼ぶのだろう――。
「康太」
突然呼ばれて、康太はビクッとした。
「おい、康太」
武志が、康太の顔に湯をパシャっとかける。
「のぼせたのか? そろそろあがるとするか」
「は、はい」
武志のあとをついて、康太は湯槽から出た。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる