[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第一章 海軍の男

10 狼と猪と隼(はやぶさ)と

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 勝利は、愉快な光景に遭遇したのを喜ぶように、洗い場をゆっくりと歩いてきた。
「おまえらときたら、いつもいつも狼と猪とで盛りあってるなあ」
「ゴリ野さん、猪じゃなくてバッファローっすよ。おれ、牡牛座だし」
 武志が愚痴をこぼすや否や、海軍の男と勝利が、一せいに口を開いた。
「おれだって獅子座なのに狼だぞ。あと、狼のまえは野獣ビーストだったし」
「ゴリ野だとお? おれははやぶさだ。薩摩隼人だってこと忘れたのか?」
 海軍の男の声にかぶせるように、勝利がずんと進みでた。
 勝利にすごまれた武志が、肩をすくめた。
 康太は、場の雰囲気をかえようと、しかし遠慮がちに勝利に声をかけた。
「あの、大野先輩……」
「おっ、康太」
 康太は、立上ってあいさつしようと腰を泛かせたが、勝利はそれを制した。
「風呂では堅っ苦しいのは抜きだ。坐っていいぞ」
 康太は、仁王立ちで彼を見おろす勝利を、ふしぎな気持で眺めた。真裸かであるのにその立ち姿は、直視してはいけないという気を、まったく起させなかった。むしろ真裸かとなった男の凛々しさ、晴れ晴れしさといったものを、感じさせたのだ。股間にさかんに生い茂る草叢も、そのしたの男のしるしも、痴慾や色慾といった邪念を知らぬ健全な肉體の一部として、そこに存在していた。
 康太は、それでもなるべく勝利の徴を目にしないように視線を少しうえに向けた。それは、彼にとって不都合で不道徳で不本意な事態に備えるためだった。
 果たして勝利の爽やかな顔から、すっきりと整った逆台形の草叢までが、康太の視界にきちんとおさまった。
「裸かになってしまえば、先輩も後輩もない」勝利は、狼と猪にチラッと目で合図を送り、それから康太を見て、両手を出すように云った。白い歯を見せて爽やかに笑う。それから数歩近づいて、康太の両手のうえに快活さの源を乗せた。「おまえの先輩は、ゴリ野なんて云ってるが――」
「あ」
「おまえには、どう見える?」
 勝利が指先で、したから勢いよく跳ねあげた。
 瞬間、康太の目のまえに、確かに隼の姿が現れた。今、両手に捧げている勝利の分身は、まさしく隼の頭と胴のようであり、腰骨までキリリと生い茂る草叢は、大空を優雅に羽搏く隼の翼を象っている。見れば見るほど、気高く崇高な隼の輪廓が、はっきりとしてくるように思えた。
「な? 隼だろ。男子寮ではファルコン大野と呼ばれている」勝利は自信たっぷりに云い、康太の股間に目を落とした。「ホームランばんばん打ちそうだな。レギュラー入り間違いなしだ」
 その言葉に狼と猪が笑った。
「ありがとうございます」康太は、こう応えるのが精いっぱいだった。

 康太は、また武志とふたりになった。話があると云って、隼が狼を連れていったのだ。
「ゴリ野さん、おまえのこと気に入ったみたいだぜ」湯槽に戻りながら武志が云った。
「どういうことですか?」あとを追う康太が訊いた。
 武志は、肩に湯をかけながら、
「ゴリ野さんはな、気に入った後輩がいると、さっきみたいに小悪戯ちょっかいかけるんだよ」
「爽やかすぎて、何が起こったのかわかりませんでした」
「スーツ姿だと外資系のエリート営業マンみたいになるもんなあ」
 と云って、武志は湯で顔を濯いだ。
「あの……」康太は、遠くにいる隼と狼を見た。それから武志の顔をまじまじと見つめた。「九州男児って、皆んな……あの、なんですか?」
 康太の素直な質問に武志は笑った。そして康太に顔を近づけて耳打ちをした。
「ファルコン大野、バッファロー今井、ウルフ森。男子寮の三大バズーカ砲だ。あとは森を攻略すればグランドスラム達成だな」

 このとき、ふいに康太の脳裏にこんな情景が泛んだ。
 ――「健司!」
 康太は、健司のうしろ姿を追って、湯槽のなかを歩き進む。
 健司は、彼の呼び声に気づかないのか、ふり向きもせず、そのまま脱衣場にすうっと吸いこまれてゆく。
 浴室と脱衣場を隔てる戸口が、遠慮なく、閉まる。
 突如、浴室の照明が落ちた。湯桶の音も、湯水の音も、話し声も、一瞬にして消えうせ、康太は真裸かのまま、湯槽のなかに置き去りにされた。
 賑やかな脱衣場の灯りが、戸口を通して、ひっそりと静まった浴室に射しこんでいる。その灯りを頼りに周囲を見まわすと、三人の真裸かの男たちが、湯槽の三隅に泛びあがった。彼らは、湯につかりながら、康太をっと見ている。
 康太は、金縛りにあったように、身動きが取れない。
 男たちがおもむろに立上がり、ゆっくりと康太に歩み寄る。
 ついに康太は、男たちに取り囲まれてしまう。
「康太……」
 野球のユニフォームを脱いだ男が、自分を呼ぶ。
「康太……」
 スーツを脱いだ男が、自分を呼ぶ。
「――」
 水着を脱いだ男は、自分をどう呼ぶのだろう――。

「康太」
 突然呼ばれて、康太はビクッとした。
「おい、康太」
 武志が、康太の顔に湯をパシャっとかける。
「のぼせたのか? そろそろあがるとするか」
「は、はい」
 武志のあとをついて、康太は湯槽から出た。
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