[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

文字の大きさ
16 / 84
第二章 401号室

5 犬笛

しおりを挟む
「リトル・ウルフかあ……」
 康太がぼそっと呟いたそのとき、
「おい、こら杉野! 鍵ば閉めたやろ!」
 蹴破り戸の向うで武志が怒鳴り声を上げた。
「開けんかったら、ぞ!」
 武志の口から『ボコボコにする』という意味の博多弁が飛びだした。武志がこれを口にすると部員の誰もが震えあがるのだ。康太が隣りのベランダをそっと覗くと、ちょうど健司がサッシを開けたところだった。
 武志が健司の頭をむんずと掴んだ。
「痛っ! 先輩、痛いっす」
「せからしか。この寮の戒律ば、みっちり教えちゃあけん、覚悟しろ」
 武志の豪快な笑い声とともにサッシが閉まった。
 康太は、もしかしてと、自分の部屋のほうをふり向いた。
「よう、康太」
 大樹が窓枠の上部に両手を宛て、ベランダを覗き込むように顔を突きだしていた。上背があるので、両腕は余裕のある角度でもたげられ、はだしの両脚は肩幅にひらかれている。ファスナーをすっかり下ろした大学のトレーニングウェアのトップスのしたから、純白のTシャツが鮮やかに覗かれた。
「あっ。森先輩……」
 大樹は右手を窓枠に宛てたまま左手を下ろし、首から掛けていた銀いろのホイッスルを手にした。そのとき左肩が下がったので、大樹の巨軀は、しなやかな曲線を描いた。左脚を真っ直ぐに伸ばし、右脚は膝を軽く曲げて左脚の踵のうしろにその爪先をつけている。如何にも余裕綽々のていだ。
 康太は、脚の先で湯槽の湯をかき混ぜる大樹の、そして脱衣場で挨拶をしたときの大樹の、あの堂々とした見事な素裸かを思い出した。
 大樹がホイッスルを口にくわえた。その姿はまるでプールの監視員のようだったので、康太は、ベランダが一瞬にしてプールに変わったような気がした。大樹が息を吸いこむと、白いTシャツの胸が雲のように膨らんだ。
 康太は、ホイッスルが鳴るまえに大樹のもとへ駆け寄った。
 大樹がホイッスルを口から離して、
「康太、まだ部屋のなかも見ていないし、荷物もほどいていないだろ?」
 康太は、はい、と応えた。しかし部屋に上がろうにも、大樹が壁のように立ちはだかって、通せんぼをしている。
 銀いろの細長い筒のようなホイッスルが大樹の鳩尾みぞおちにあって、太陽の光を反射してきらきらと揺れていた。
「森先輩。そのホイッスル、いつも持ち歩いているんですか? プールの外でも?」
「こいつは犬笛だ。試してみるか?」
 大樹は、その吹き口を康太の口先につけた。康太が反射的に唇を開いたので、大樹はそれを押しこんで銜えさせた。康太は、その銜えたものを落とさないように両手をそっと添えて支えた。鼻から息を吸うと、洗いたてのTシャツの匂いに混じって、大樹の匂い――プールの匂い――がした。
 近すぎたのだ。康太は、一歩、退いた。
「康太、吹いてみな。隣りには聞こえないから安心しろ」大樹が、空いた左手の人差し指をかぎにして誘った。「この犬笛の音が聞こえるのは、おれとおまえだけだ」
「えっ?」
 康太は、吃驚びっくりして声を上げた。その拍子に犬笛が、康太の口からこぼれ落ちた。康太は、両手を宙に泳がせたまま、大樹の顔を仰ぎ見た。
「森先輩。本当、ですか?」
「だって、おまえ――」大樹が左手で康太の頭をポンポンと叩いた。「『リトル・ウルフ』なんだろ?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

捜査員達は木馬の上で過敏な反応を見せる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...