[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第四章 人の噂も七十五日

10 マイナス・ワン

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 体操部とバスケ部のパフォーマンスは大盛況のうちに幕を下ろした。
 康太は、バスケ部から古い電球を受けとると健司の手を引き、踊り場に集まった寮生たちから逃げるようにして階段を登った。三階に着く。あと少しだ。四階へと上がる階段を踏んだところで、康太はようやく口を開いた。
「大部屋の人たちって、なんかスゴいね」
 健司はちらっと階下をふり返った。「脳みそ、全部筋肉で出来てるって感じ」
「それ、皆んなの前で云っちゃダメだよ」康太は慌てて釘を刺した。
「わかってるって」健司はすっと三段駆けあがった。「ああはなりたくないね。ふたり部屋で助かったよ。今井先輩も可愛がってくれるし。康太、おまえは?」
「ぼく? まあ……」
 康太は返事を濁した。ウルフ・ブラザーズと呼ばれるのは抵抗がある。けれども周囲が何を恐れているのか理解できなかった。
 健司は、さらに五段登るとくるりと康太のほうへふり返って、
「あの海軍って、むちゃくちゃ女好きらしいから、感化されないようにしろよ。まあ、変な誘いには乗らないことだな」
「変な誘いって?」康太は一段ずつ登って健司に追いついた。
 健司はさらに三段登った。康太と目の高さが同じになる。「ナンパしに行こうぜ、とか。あの女に声を掛けてこい、とか。康太は童貞だから余計に心配だよ」
 康太は乾いた笑いを洩らした。「だったら、今井先輩に注意してもらうように健司からも云っておいてよ。森先輩と今井先輩って幼馴染だから、今井先輩の話なら効果あると思うよ」
「オッケー」健司は無邪気に笑った。「まあ、あの海軍も悪いことばかりじゃないけどな。おまえのこと、皆んなリトル・ウルフって呼んでるだろ?」
 康太は階段を駆けあがって健司の肩を掴んだ。「それって、健司が広めているんじゃないか」
「康太のためだよ」健司は康太の手を払った。「引っ込み思案のおまえが、あの四人部屋の連中と渡りあえるか? リトル・ウルフって呼ばれているほうが、身の安全を保てるだろ」
 健司の云うことも一理ある、と康太は思った。「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」
「さあ、四階だ。電球、ゴリ野さんに戻すの宜しくな」健司は康太を階段に残して402号室の前に疾った。「さてと。今井先輩を驚かしてやろうっと」
 何をするつもりなのだろう、と康太はいぶかった。健司は、康太を一度見てニヤリと笑うと、着ているものを脱ぎはじめた。
「健司、何してるの?」
「見てわかんない? マイナス・ワンだよ」健司はあっという間に素裸かになった。「スッポンポンでおれが部屋に這入る。すると今井先輩はパンイチにならなきゃならないってわけ」
「健司、ここで全部脱がないほうが好いと思うよ」
「なんで?」
「だって、今井先輩——さっきパンイチでアダルト・ビデオ観てたから」
「えっ?」
「今井先輩の性格だと、健司が目の前でスパッと脱いだほうが可愛がってもらえるよ。じゃあ、大野先輩の部屋に行ってくるね」
 健司が脱いだものをもう一度身につけるのを確認し、康太は五階へと上がった。ドアの前に立つ。二度目の訪問だが、緊張は避けられない。
 ——暗証番号押して、そのまま這入ってこい、って云ってたけど……。
 康太はシミュレーションしてみた。
 ——でもインターフォンを鳴らすくらいはしないと……。
 勝利の忠告が頭によぎる。
 ——大野先輩、堅苦しいのは抜きだ、って云ってたよなあ……。
 康太は、怒られたらそのときだ、と覚悟を決めてインターフォンを押さず、暗証番号を押した。ドアを開く。ドアチェーンは掛かっていなかった。このまま這入っても大丈夫そうだ。
「大野先輩、康太です。古い電球、持ってきました」
 ドアを開けて用件を云う。まだなかには這入らない。耳を澄ませてようすを窺う。
 ふんっ、ふんっ、はあっ、はあっ……。
 部屋の奥から怪しげな声が流れてきた。アダルト・ビデオの音声は聞こえてこない。けれども今耳にしているのは、アダルト・ビデオに出ている男優のような声だ。ひょっとして、と康太は身震いした。
 ——大野先輩だって男だし……よな。
 どうしようか、と康太が考えあぐねていると、勝利が康太を呼んだ。
「おう、康太。さっさと這入ってこい」
「は、はい。失礼します」
 康太は、なるたけ見ないように、顔をうつむき加減にして部屋へ進んだ。
 部屋のなかは男の汗の匂いがした。しかしそれは、若草のように爽やかで、ボールを抱えてフィールドを疾る勝利を思わせるものだった。
「よう、康太」
 康太は呼ばれて顔をあげた。
「あ」
 勝利はフラットベンチに仰向けになっていた。両手にダンベルを持ち、上下させている。勝利は康太に顔を向けて、
「ちょうど部屋トレしていたところだ。おまえもどうだ?」
 と云って、白い歯を覗かせながら快活に笑った。
 康太は立ちすくんだ。「え、えっと……」
 勝利は、床にダンベルを置いて起きあがると、フラットベンチに大開おおはだけになって腰掛けた。「康太。筋トレなら、おれが教えてやるぞ」
 康太は、勝利の着衣枚数を数えた。いや、数える必要はなかった。真っ白なサポーター一枚だった。
 勝利が立上がった。汗に濡れた素肌が艶めき、その筋肉の隆起を綺羅と輝やかせている。サポーターの中心が、その隆起に負けじと大きく盛りあがっていた。
「大野先輩、あの……。マ、マイナス・ワンでしたよね?」
 康太は、すぐそばの棚に古い電球を置いて、ジャージの上とTシャツを脱いだ。そして、ジャージの下と下着を一気に下ろそうと、腰周りに両手の親指を差しこんだ。
「康太、何枚だ?」
 見ると勝利が汗をタオルで拭いて、それを肩に掛けた。
「に、二枚です」
 康太はジャージの下だけを脱いで下着一枚になった。
「ほう。それなら——」勝利がタオルをフラットベンチに置いた。両腕を胸の前で組んですっくと立つ。「これは何枚だ?」
 康太は、応える代わりに下着を脱いだ。ここは風呂場だ。こう思えば、素裸かになることは何でもなかった。それに互いの素裸かはすでに何度も見ている。今さら隠すようなものでもない。
「いい脱ぎっぷりだな、康太。でもな——」勝利はいたずらっぽく笑うと、サポーターの前の膨らみに手を入れた。「これがあるんだなあ」
「あっ」
 勝利はファウルカップを取りだした。「引っかかったな」
 康太は目を丸くした。ラグビーでファウルカップを着用するなんて聞いたことがない。恐る恐る訊いた。「あの、それって野球用のですよね?」
「バレたか」勝利は、ふっと笑うとサポーターを脱いで素裸かになった。「脱いだついでだ。康太、今からシャワーを浴びるから風呂の準備を頼む。あと背中を流してくれ」勝利は浴室のほうを指差した。
「は、はい……」康太は浴室へ向った。
「球磨きも頼む」
 康太の背中越しに勝利が云った。
「え」
 康太がふり返ると、勝利は白い歯を見せて爽やかに笑った。
「冗談だよ」
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