[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第四章 人の噂も七十五日

6 ユニフォームの畳み方

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 康太を見るなり健司が云った。
「ああ、助かった」
「どうしたの?」
 康太は乾燥機を見あげた。武志のユニフォームと健司の柔道着がくるくると回っている。
「見たらわかるだろ? 高くて——」
「手が届かないとか云うんじゃないよね?」
「そのとおり! さすが幼馴染み。以心伝心!」
「じゃあ、誰が乾燥機に入れたの?」
「今井先輩に決まってるじゃないか」
 健司はその場でぴょんぴょんと飛んでみせた。
 そんなはずはないことは、一目瞭然だった。乾燥機は小柄な健司でも楽々と手が届く高さにある。背伸びをする必要さえない。
 まったく、健司ときたら……。
 康太は腰に両手を宛てて、
「健司、正直に云えよ。『ユニフォームの畳み方を教えてくれ』って」
 と云った。
 健司は、あはは、と快活に笑った。「バレたか。好みが五月蝿いんだってな、今井先輩って」
「健司は硬式野球部じゃないから、大目に見てくれると思うけどな。叮嚀に畳んでいれば問題ないよ」
 乾燥機が止まった。
 健司が相変わらず手が届かないフリをしたので、康太はさっさと乾燥機を開けて洗濯物を取りだした。ひとつひとつ台の上に乗せてゆく。洗剤の匂いがふんわりと漂った。
 健司は慣れた手つきで柔道着を畳みはじめた。
「康太、ぼうっと見てないでさあ」
「パンの生地、捏ねてるみたいだなあって」
「そうか? このくらい目を瞑っても出来るぜ」
 健司はこう云って目を閉じると、上衣と下衣をまとめて帯で結えはじめた。しかも鼻歌まで歌っている。
 康太はため息を吐いて、台の上に乗せた武志のユニフォームに目を下ろした。今のうちに今井先輩のズボンを畳まなくちゃ……。康太は、洗濯物のなかから真っ白に洗いあげられたズボンを取りだした。洗濯機に放りこむ前にチャックは閉じていたので、武志の股間を意識することはない。けれども、なぜかズボンを触っているところを見られたくはなかった。
 康太は目を閉じて武志のズボンを畳みはじめた。心をなるたけ無の状態にして、股間や尻の部分を気にしないようにした。まぶたの裏に、シャワールームで見た武志の素裸かが泛んでは消える——。三つ折りにして形を整えるだけだ。康太は、こう自分自身に云い聞かせながら、手早く作業を進めた。
「康太。おれにユニフォームの畳み方、教えてくれるんじゃなかったのか?」
 健司が声を掛けてきたのは、康太がアンダーシャツを畳み了えて、ソックスに手を伸ばそうとしたときだった。健司は、枕のような柔道着を胸の前で抱えていた。
「あ。つい……」
 と云いつつも、康太は無意識のうちに武志のソックスを畳んだ。手が勝手に動いていた。もう畳むものはない。
 健司は完璧に畳まれた武志のユニフォームを見て、
「ああ、どうしよう! ざ・でい・いず・にゃ~!」
 と頭を抱えてみせた。
「ローマ人への手紙? なんだよ、突然」康太は高校時代を思い出した。「ああ、健司の場合はエゼキエル書だっけ」
 健司は笑いかえすと、こんどはわざとのように胸の前で両手を組んでみせた。「ああ、天にします——」
「『天にします』だよ」康太が速攻でツッコミを入れた。「聖書の時間、先生に何度も怒られたじゃないか。神様が天に召されてどうすんだよ」
 健司はなおも続ける。
「ああ! 部屋に戻って、今井先輩に『おれの目の前で、もう一度、畳んでみな』なんて云われたら……」
 あり得る展開だ。
「じゃあ、やり直す?」
 康太が武志のユニフォームに手を差しのべようとすると、健司は、あっ、と声を上げ、慌てて康太の手をつかんで、
「いや、また今度」
 と笑った。
 そこへ寮生たちが数名、ドヤドヤと這入ってきた。水泳部の二年生たちだ。康太と健司は新入生なので、今すぐ彼らに場所を譲る必要があった。
 康太が、手早く武志のユニフォームをビニール袋に詰めて、
「お疲れさまです」
 と云い、それとほぼ同時に健司が、
「お疲れーっす」
 と云った。
 二年生たちが黙りこんだ。
 どさっ……。二年生のひとりがビニール袋を落とした。
 少し間があって、先頭にいた部員が進みでた。彼はオリエンテーション合宿のとき、風呂場で大樹の横に立って仔犬のようにぷるぷると震えていた。
「は……林、も、もうすんだのか?」
 康太は、
「はい」
 と即答したが、彼のぎこちない口調が気になった。
「今、空いているのは、ユニフォーム用が二台、私服用が三台です」
 と康太は続けて云った。
「ああ、サンキュー」仔犬だった部員が云った。
 するとそこへ健司が、ランドリールームから出てゆくタイミングを待っていたかのように、
「それでは、お先に失礼します」
 とすかさず割りこみ、康太の背中を押した。
 康太は前によろけそうになって、二、三歩進んだ。
 二年生たちがさっと二手にわかれて道を創った。康太は後ろから背中を押されながら、その道を足早に進んだ。水泳部の部員たちが緊張の面持ちで康太を見つめている。康太はなぜだろうと気にしながら、ランドリールームを出た。
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